幕間2:貴方には分からない


 ――勢いでやり過ぎてしまったかもしれない。

 そんな事を考えながら、ボクは目の前の「惨状」を眺める。

 逃げようとしたレックス達に向けて放った渾身の《竜王の吐息ドラゴンブレス》。

 それによって城の一部は崩れ、触れるモノを溶かす毒気が渦巻いていた。

 ……うん、我ながらやり過ぎましたね!

 頭に血が上ると無茶苦茶してしまうのは我ながら悪癖だと思う。

 殺してしまっては意味がない。

 いやでもこのぐらいで死ぬようでは期待外れでは?

 このボク、《五龍大公》が本当の真竜になる為に必要な魂。

 それを実現できる本当の英雄ならば、この程度で死んだりしないはずだ。

 

「……しかしコレ、本当に生きてますかね?」

「自分でやっておいて言う事じゃあないですけどねぇ!」

「こんだけ壊したら修復するのもちょっと手間ですよ、まったく」

 

 自分同士で喋りながら気配を探る。

 この《天空城塞》はボクの腹の中も同然。

 常に全てを完璧に――とは行かないまでも、凡その事は把握できる。

 少なくともその場で気配を探る事ぐらいは容易い。

 けれど吹き飛ばした跡や、その周辺にそれらしい気配は感じられなかった。

 《吐息》に呑まれて本当に死んだのか。

 いやいや、ギリギリで逃げ切った可能性も十分にある。

 

「城の外に出た可能性は?」

「術式による警戒網が敷いてありますし、それなら一発で分かりますよ」

「それより気配を隠して身を潜めてる方があり得ますよねぇ」

「だったら次はかくれんぼですか。

 いやぁちょっと楽しくなって来ちゃいますね!」

 

 言葉を交わしながら、クスクスと笑みがこぼれる。

 楽しい、楽しい、こんなにも愉快なのはどれだけぶりだろう。

 あのレックスという男も、二匹の古い竜も。

 どちらも素晴らしい遊び相手だ。

 だからこそ絶対に逃がすつもりはない。

 あの男の魂をボクのモノにすれば、間違いなくボクは最強の真竜になれる。

 そうすれば――。

 

「……むっ?」

 

 ざわりと、頭の中を撫でられたような感覚。

 遠話の魔法による接触。

 ボクに直接繋げられるとなると相手は限られてくる。

 そして魔力の波長から、それが誰なのかは明白だった。

 はて、一体何の用でしょうか。

 首を傾げながら、無視するワケにも行かないので思念を繋げる。

 

『――ゲマトリア』

「ええ、皆に愛される《五龍大公》ゲマトリアですよ!

 一体今日は何の御用でしょうかねぇウラノス?」

 

 《大竜盟約》の礎たる大真竜。

 その序列三位である鋼の男。

 ボクが知る中でも最も強い英雄の一人。

 声の調子からしてまた渋い顔をしているんでしょうね。

 もうちょっと気楽に生きれば良いのに。

 

『そう大した用ではない』

「おやそうなんですか?

 実はボクは今非常に忙しいので!

 そういう事でしたら出来ればまた後日に」

『侵入者――いや、自分で招き入れた客人の相手か?

 此方もある程度は把握しているつもりだ、ゲマトリア』

「……おや、そうなんですか?」

 

 いつものように、大真竜ウラノスの声は落ち着いている。

 けれど同時に此方を咎める響きも含んでいた。

 それなりには長い付き合いですから。

 相手が今どう思っているかとか、何となくは察せられる。

 続く言葉には僅かな怒りも滲んでいた。

 

『下らん真似は止めて、即刻片付けろ。ゲマトリア』

「……言ってる意味が分からないですね、ウラノス。

 ボクと話をしたいのならもっと分かりやすくお願いしますよ」

『お前が真竜となる為に、相応しい人間の魂を探していた事は分かっている。

 そして今回、とうとうお眼鏡に適う相手を見つけた事も』

「それが何だって言うんです?

 別にウラノスには関係ない話でしょう」

『――関係が無いと、お前は本気でそう思っているのか?』

 

 それは強い言葉だった。

 有無を言わさず聞く者を屈服させる声。

 知っていた。

 ボクもそれなりに長い付き合いですから。

 この声を出している時のウラノスは、この世の誰よりも恐ろしい。

 だから一瞬、ボクはその場に跪きかけた。

 昔も彼を怒らせて、何度も地べたを這い蹲った事がありましたっけ。

 その度に「彼女」が仲裁に入ってくれた事も今となっては懐かしい話で。

 あの時のように、いつものように。

 ボクはウラノスの言葉に従おうとして。

 

「…………ええ、そうですよ。思っていますよ。

 だってそうでしょう? ボクにはボクの望む事がある!

 それは貴方には関係がないはずだ、ウラノス!」

『ゲマトリア……』

 

 気が付けばボクは叫んでいた。

 魔法で繋がったウラノス以外は誰もいない城の通路。

 がらんとした寂しい空気の中、ボクの声は良く響いた。

 

「大体何がいけないんですか!

 貴方や他の皆だって真竜になったんですよ!

 だったらボクだけなっちゃいけない理由はないじゃないですか!」

『……意味がない。盟約が成立した時点で、その行いには何の意味もない。

 それが分からんお前ではないだろう』

「分かりませんよ!」

 

 果たして、これまでこんなにも激しく抗った事があったろうか。

 恐ろしくも頼もしいこの鋼の男に。

 ボク自身にとっても意外な事だし、それは相手も同じようだった。

 普段は揺るぎない鋼の男に僅かな戸惑いを感じる。

 

「分かりませんよ! 盟約が成立した? ええ、それは知っています!

 その為にどれだけの犠牲を払ったのかも!

 だけどボクの望みはそんなところには無いんですよ!」

『今のお前は十分以上に強大な竜のはずだ。

 わざわざ真竜とならずとも、その力は《古き王》に匹敵する。

 或いは最も強大であった《五大》にも……』

「それでもボクが一番弱いんですよ、ウラノス!

 序列の七番目! 場違いな道化者! 礎だなんてまやかしだ!

 だってボクの力は、今の『彼女』には遠く及ばないんですよ!?」

 

 黒銀の焔に自らを染め上げた「彼女」。

 ボクにとっての太陽で、それは今も変わる事はない。

 その輝きが黒く染まってしまったとしても。

 変わらない。何も変わらない。

 変わらないはずだと、ボクは信じたい。

 

「分からないですか? 分からないですよね!

 ボクがどんな思いで此処まで来たのか!

 千年前の戦いを終わらせて、盟約の成立で全部蓋をして!

 それをただ維持するだけで満足した貴方じゃ分かりっこないですよね!」

『っ……』

 

 小さく呻くような声が聞こえた。

 嗚呼、ボクは何て酷い事を言ってしまったんだ。

 彼は心優しい男なのに。

 鋼の男、鋼鉄の大英雄、最初に竜を屠った男。

 そんな相手に対してボクは心無い言葉をぶつけてしまっている。

 少しだけ胸が痛んだけれど、もう今さら止められない。

 止められるなら、こんな真似はしていない。

 

「……兎に角、邪魔をしないで下さい。ウラノス」

『……盟約に背くつもりか、ゲマトリア』

「そんなつもりは毛頭ありませんよ。

 例え紛い物だとしても、ボクは盟約の礎たる大真竜。

 あの戦いの終わりに立ち会った者の誇りみたいなものはあるんですよ」

『それならば……』

「だとしても、これだけは譲れない。

 ボクは最強の真竜となって、彼女の隣に並び立つ。

 たった一人、星の怒りを背負う事を選んだ彼女の為に」

 

 誰よりも高く。

 何よりも高く。

 頭上で輝くあの太陽と同じ位置に。

 それが全て、それだけがボクの願うただ一つの事。

 

「大体盟約に背くだの何だの、実際のところは脅し文句ですよね?」

『…………』

「もし本当にボクを反逆者として扱うのなら。

 とうの昔に貴方自身がこの城まで飛んで来てボクを殴り倒してるはず。

 ボクの行動は、あくまでボクの責任の範疇に収まっている。

 だから言葉だけで説得するしかない、そうでしょう?」

 

 それは半分真実で、半分は嘘だ。

 ウラノスがそうしないのは、単純に彼が優しい男だからだ。

 言葉で諫めればボクが分かってくれると信じている。

 その事についてはちょっとだけ罪悪感があった。

 だけどウラノス、ボクは貴方が思う程に良い子じゃないんです。

 どれだけ咎められようと、これだけは曲げられない。

 ――たとえそれが、黒銀くろがねの怒りに触れる事になったとしても。

 

「それで、話はおしまいですか?」

『……ゲマトリア』

「それならもう切りますよ? ボクは非常に忙しいので」

『お前がどれだけ「彼女」の事を想っているか。

 分かっていると、そう口に出来る程度には理解しているつもりだ』

「…………」

 

 切るつもりだったのに。

 思わずその言葉に耳を傾けてしまった。

 これ以上どれだけ言葉を尽くしても、ボクはこの願いを諦めない。

 ウラノスもきっと分かっている。

 分かっているからこそ、彼は最後まで語り掛けて来た。

 

『理解した上で、私は言うしかないのだ。

 お前の行いに何の意味もないと。

 盟約は揺るがず、我々の役目はそれを未来永劫に維持する事のみ。

 何も変わらない――いや、変えてはならないんだ』

「もう聞きたくありません」

『無駄な事は止めて、侵入者たちを即刻始末しろ。

 お前ならば容易いはずだ』

「この城はボクの領域。貴方でも好きに干渉はできませんよ」

『ゲマトリア、私は――』

「ウラノス」

 

 分かっている。

 何を分かっているのか分からないけど。

 貴方が言っている事は馬鹿なボクだって分かっているんですよ。

 けれど。

 

「高く、もっと高く。

 それだけがボクの望みで、それだけがボクの願いなんですよ。

 誰にも邪魔はさせません、誰にも。

 それが貴方や彼女だとしても、絶対に」

『…………』

 

 今度こそ、ウラノスは応えなかった。

 そんな風に彼を黙らせてしまったのは初めてかもしれない。

 気が付いて、ボクは少しだけ笑った。

 笑って、笑って、そこにはもう迷いなんて一つもなかった。

 だから恥じる事も悔いる事もない。

 この願いが正しい事は、ボクだけが知っていれば良いんだ。

 だから、そう。

 せめてボクは笑って行こう。

 

「ではサヨウナラ、ウラノス。

 次に会う時は超凄くなったボクを見てビックリしないで下さいねっ!」

 

 その言葉を最後に、ボクは一方的に遠話の接続を解除した。

 ウラノスは何も言わなかった

 単に呆れて言葉が出て来なかっただけかもしれない。

 どちらにせよ、彼に逆らったのは初めてだ。

 その事実を思うと、何故か胸の辺りがモヤモヤした。

 

「――よし、切り替えましょう。

 こんな事で凹むなんてボクらしくありませんからね!」

 

 わざとらしく声を上げ、それから自分の顔を軽く叩いた。

 この場合の自分とは隣にいたボクの事ですが。

 軽く引っ叩いたら拳が飛んで来た。

 殴って殴られて、暫し自分同士でドツキ合う。

 

「ちょっと! 何やってんですかボク達!」

「自分でも良く分からないですね!」

「でもちょっとスッキリしましたよ!」

 

 それは確かに。

 胸の辺りにあったモヤっと感は大分楽になった気がする。

 やっぱり気持ちが沈んでいる時は身体を動かすに限りますね!

 無駄に柔軟などしながら、とりあえず今後について考えを巡らせる。

 最優先は当然レックスの確保。

 それ以外はそのついで……いいや、一つ訂正。

 《最強最古》。確か今はアウローラと呼ばれていたはず。

 酒宴での発言が正しいなら、レックスに施された蘇生術式とやらは彼女が術師だ。

 ボクは正直、魔導についてはそこまで得意じゃないですし。

 術式を完成させてレックスの魂を生者に戻すなら、彼女の存在は必須のはず。

 知識的にも、術式の為に費やす代償コスト的にも。

 後は大体おまけですね、おまけ。

 

「でもウィリアムだけはめっちゃ許せないですよね」

「ぶっ殺したい気持ちはとてもありますよ」

「今すぐブチ切れて追い回したいのが正直なところです」

「試される自制心」

 

 話してる内にどんどん真顔になってく奴ですねコレ!

 ウィリアム、あの糞エルフめ。

 レックスの事や《最強最古》の事など、重要な情報は確かに貰いました。

 が、まさかあんなスピード感で後ろから刺してくるとは。

 あらゆる意味で無視はできませんが、ボクが直接行くんじゃ本末転倒。

 こっちのメインはあくまでレックス達の確保ですから。

 正直、雑魚を送りつけてどうにかできる気はあんまりしないんですが……。

 

「まぁ、妥協せざるを得ませんね。

 状況的にはボクがレックス達を捕まえたら勝ちですし。

 アレが何を考えて動いてるか分からないのはちょっと怖いですけど」

 

 三人分のため息。

 これ以上ぐだぐだと頭を悩ませても仕方なし。

 ウラノスとの話に時間を割き過ぎましたし、さっさと動くとしましょう。

 先ずは小出しにしていた他の真竜達に念話を飛ばす。

 内容は改めての狩猟解禁。

 さっきまでは数匹ごとに許してましたが、今度は全員纏めての投入です。

 主な標的として糞エルフの設定は忘れない。

 必要以上に城内を荒らしたくなかったですが致し方なし!

 見事に首を取った者には望む褒美を取らせる旨も忘れずに。

 これでヨシッ。

 そっちは有象無象に任せて、ボクは本命を探しに行きましょうか。

 

「ボクの願いまであと一歩! 二歩か三歩かもしれませんけど!

 でもそんな事は関係ない!

 そう、諦めなければ夢は必ず叶うものですからねっ!」

 

 出鱈目な調子で歌いながら、ボクは城の内側に意識を伸ばす。

 繰り返しますが、この《天空城塞》はボクの腹の中も同然。

 城の中にいる限り逃げ場は何処にもありはしない。

 だから絶対に見つけ出してあげますからね!

 

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