248話:他愛もない話


 順調――と言えば、順調ではあった。

 「殺し屋」どもの襲撃の後は、これといった妨害もない。

 おかげで特にやる事もないが、だからって部屋に籠っていても仕方がない。

 だったら、外の様子をハッキリ見ておこうと。

 オレは《移動商団》の先頭車両、その天井に上っていた。

 

「……おぉ」

 

 風を感じる。

 《商団》自体が結構な速度を出してるのもあるだろう。

 気を抜くと転びそうなぐらいの風を、全身に感じる。

 墓標みたいに立ち並ぶ、朽ち果てた無数の建造物。

 その景色が、高速で後ろへと流れていく。

 こんな状況ではあるが、なかなか悪くない。

 

「楽しそうだな?」

 

 と、後ろから声がした。

 一緒について来たアッシュが、少々苦戦しながら這い上がって来る。

 手を貸してやろうかとも思ったが、やめておいた。

 

「手ェ貸してくんないの?」

「うるせぇ、自分で何とでもできるだろ」

「ホント手厳しいなぁ」

 

 なんて笑いながら、存外あっさりとアッシュは上がって来る。

 そら、やっぱり何とでもなるじゃねぇか。

 

「まぁでも、誰かに手を貸して欲しいって思うことってあるだろ?」

「甘えんなよ。お友達じゃねェんだから」

「じゃあ、どう頼んだら友達になって貰えるかな?」

「頼まれてなるもんでもないだろ」

 

 我ながらアホな会話をしてんな、と。

 そう思いながら、視線は流れる風景に向ける。

 年月の果てに朽ち果てた、かつての理想郷である《天の庭》。

 ……地の底に眠るバビロンは、一体何を思っているのだろうかと。

 それこそ、考えても仕方ない話だ。

 此処にはかつて、本当に大勢の人間が暮らしていたとか。

 その全てが消え去って、残るのは廃墟と無法に生きる連中だけ。

 人間を愛していたという竜は、何を夢見ているのだろう。

 

「……なに考えてる?」

 

 纏まりのない思考の渦。

 アッシュは、そこへ無遠慮に手を突っ込んで来た。

 まぁ、別に良いけどな。

 

「どうでも良いことだよ」

「そういうの、案外どうでも良くないパターンじゃないか?」

「ちょっとばかり感傷的になってただけだ。

 他人に話すほどのことじゃねーよ」

「ホント、君は俺には手厳しいなぁ」

「別にお前にだけじゃねぇよ」

 

 アッシュに対しても、特別厳しくしてるつもりもない。

 もし、そういう部分があるとしたら。

 

「テメェのことを明かさない奴に、胸の内の話なんてするかよ。

 お前こそ、自覚してやってんだろ?」

「…………」

 

 言葉は、すぐには帰って来なかった。

 沈黙に釣られる形で、オレは視線をアッシュの方へと向けた。

 相変わらずの、何を考えてるか分からない笑み。

 胡散臭くてイマイチ信用に置けない。

 だけど今はほんの少しだけ、そこに驚きが含まれていた。

 

「……君は人を良く見てるなぁ。

 いや、今のは素直に感心したよ」

「誰だって分かるだろ、そのぐらい」

「いやいや、そんな事はないさ。

 誰もが君ほど聡くもなければ賢くもないんだ」

「……持ち上げても何もしてやらねーぞ」

「流石にちょっと捻くれ過ぎじゃないかな?」

 

 苦笑するアッシュに、オレは肩を竦めて応じた。

 

「生憎と、育ちが悪いんでね。

 都市の底辺生まれで、人を簡単に信じられる生き方はしてねーんだ」

「けど、それは人間不信ってワケじゃないだろ?」

 

 軽口が返って来ると、そう思ってたが。

 その声は、スルリと胸の内に滑り込むような言葉だった。

 

「信頼することの重さを知ってるから、相手を簡単には信じない。

 言葉よりも行動の雄弁さに重きを置いてる。

 だから言葉の方は、殊更厳しくなる。そんなところかな?」

「何かムカつくからブン殴っても良いか?」

「いやぁ理不尽過ぎると思うなソレは!」

 

 人の内面を勝手に分析するんじゃねぇよ。

 そういう口が軽いのがイマイチ信用できねぇっつーの。

 ちょっと睨むと、アッシュは両手を広げて降参のポーズを取る。

 やっぱ一発ぐらい殴っても良いだろうか。

 

「ホント、からかってるワケじゃないんだ。

 素直に感心してるし、君って人間のことは気に入ってるんだ」

「ソイツはどうも。オレはお前のことが気に入らねェよ」

「そういうの、隠さず言ってくれるのは俺としてもありがたいね。

 嘘や誤魔化しがないってのは、それだけで気分が良い」

 

 暗に、そういうのが下手だって言われてるようにしか聞こねェんだけど。

 とはいえ、流石にそれは捻くれるにも限度があるか。

 ……まぁ、誉め言葉として受け取るつもりもないけどな。

 

「……何とかなると思うかい?」

「あ?」

「もし仮に、カーライルの言った通り。

 地の底にバビロンが眠っていて、それが目覚めたとしたら。

 その状況でも何とかなると、君は思ってる?」

 

 いきなり、何を聞いて来るかと思えば。

 即答したら、アッシュは何故かきょとんとしていた。

 

「思ってるワケねぇだろ。

 本当に目覚めたとして、かつて大陸を実質的に支配してた最古の竜だろ?

 そんなもん、オレがどうにか出来るわけないだろ」

「……だから、探し人の竜殺しとやらに頼る感じかな?」

「そうだな。

 あのバカならまぁ何とかできると思ってるな」

 

 レックス。

 名前も残らない御伽噺に生きた、最古の竜殺し。

 アイツだったら、相手が竜王バビロンでも簡単に負けやしないだろう。

 これまでも絶望的な戦いを、何度も乗り越えて来た。

 オレもそれは見て来たから、その点については誰よりも信頼してる。

 だけど。

 

「アイツだって、あくまで人間だからな。

 やってくれると信じちゃいるが、だからって絶対はないんだ」

「負けるかもしれないと、そう思って挑むのかい?」

「挑むなら勝つ気しかないに決まってんだろ。

 その上で、負ける可能性を考えないのはダメだろってだけだ。

 オレは何もかもできる特別な奴じゃないからな」

 

 絶対なんてない。

 だから負けるって可能性の上で、最善を尽くして足掻くしかない。

 なんたって、こっちはただの人間だからな。

 不死身で万能な竜とは違う。

 それはオレもレックスも、変わらない事だと思ってる。

 アッシュは、意外と真面目な面持ちでオレの話を聞いていた。

 

「……君は特別な力を持った人間だと思うけどね」

「すげェ奴は、すげェ力がある奴だって思ってるのか?」

「それが、偉大な個人の資質だと信じてるよ。

 特別な事を成し遂げるなら、どうしたって特別な力が必要になる。

 でなければ、大きな事なんて成し遂げられないだろう?」

「ガキの考えそうな話だな」

 

 あんまり下らないもんで、オレは素直に笑い飛ばしてやった。

 オレにとって、アッシュの言ったことは笑い話だ。

 

「そういう奴は、まぁ大体上手く行くんだろうさ。

 どの程度まで上手く行くかまでは知らねーけどな」

「それで?」

「どっかでコケるんだよ。

 それまでが上手く行ってた分、コケる時は大層派手にな」

 

 言いながら、オレは周りの景色を示した。

 かつて理想郷とされ、繁栄が永遠だと誰もが信じていた《天の庭》。

 今は昔と成り果て、朽ちるばかりの残骸の都。

 オレは、バビロンのことを直接知ってるワケじゃない。

 けれどきっと、自分は何もかもできると信じていたんだろう。

 アウローラとか見てると、何となく想像はつく。

 デカくて凄い力を持ってる奴ほど、自分だけで抱え込みがちだ。

 

「アイツは――レックスは、確かに凄ェ奴だよ。

 何せ人間だってのに、剣一本で竜と戦ってぶっ殺すんだからな。

 アイツならきっと、目覚めたバビロンが相手でも勝てるかもしれない。

 けど同じぐらい、必ず勝つなんて保証もないんだ。

 だから、オレはオレでやれることをやる。

 偉大な個人がどうのとか、そんな話じゃねェのさ」

 

 オレはオレが、最善と信じることをやるだけ。

 不要かもしれないし、それが最悪に繋がる可能性だってないワケじゃない。

 それでも、やらずに後悔するのはダメだ。

 自分だけで何とか出来ると、そう勘違いしてコケるのはもっとダメだ。

 レックスだったら、きっと最後は何とかできる。

 その為にも、オレはアイツとアウローラ達を引っ張り出せないかを試みる。

 行き当たりバッタリだし、計算も何もあったもんじゃない。

 もしそれで上手く行けば――ま、万々歳だな。

 

「…………」

 

 何とも、適当でつまらない話だったと思うけど。

 アッシュは少しばかり真剣に考えこんでいるようだった。

 いや、そんなマジに聞かれてもちょっと困るけどな。

 

「……やっぱり、君は凄い奴だと思うな」

「からかってんなら蹴るぞ?」

「本心だよ。君は信じてくれないかもしれないが」

 

 笑う。

 アッシュは笑っていた。

 そこにどんな感情が含まれているのか。

 少なくとも、オレには理解できなかった。

 或いは、アッシュ自身にも分かっていないのかもしれない。

 

「君は嫌がるだろうけど。

 君は強い人間で、きっとその在り方は変わらない。

 俺みたいな奴には眩しくて仕方ないよ」

「褒め殺しなら間に合ってるぞ」

「言わせてくれよ。偶には、そんな気分になる時もあるんだ」

 

 言いながら、アッシュの目はオレを見ていなかった。

 どこか遠くを――この景色とは違う、何か別の物を見ているようだった。

 

「弱い奴は、どうしたって理由を探したくなるんだ。

 特別であること、逆に自分が劣ってること。

 何か少しでも、理不尽に納得できる理屈を求める。

 どうしようもないと分かっていても、だ。

 それ自体も『弱い』ことを理由にするから、猶更止められない」

「…………」

 

 何を思って、そんなことを語っているかは分からない。

 分かるのは、多分これが愚痴だってことぐらいだ。

 だからオレは何も言わなかった。

 何も言わず、その愚痴を聞いてやることにした。

 

「繰り返しになるけど、ホントに君は凄い奴だよ。

 自分のできる範囲は分かってる。

 分かった上で、無理や無茶に『自分にやれるだけでも』と踏み出せる。

 無知や無謀とは違う、賢くはなくとも勇敢だ。

 根っから弱い俺には、到底真似できないよ」

「…………オレはそんな御大層なもんでもないし。

 別に真似する必要もないと思うが」

 

 愚痴は聞いてやる。

 その上で、オレも言いたいことを黙ってるつもりはなかった。

 

「自分が弱い理由を、オレにおっ被せようとはするなよ。

 強いだの弱いだの、そんなのはテメェだけの問題だ。

 強かろうが弱かろうが、人間やれることをやるしかねェんだから」

 

 それがどれだけ、無理で無謀なことだとしても。

 やらずに後悔するよりは、やるだけやった方がずっとマシなはずだ。

 オレにとって生きる事はそういうこと。

 死ぬまで、この足で走って行くこと。

 そこで近くに誰かいてくれたのなら、なお良いね。

 一人で走り続けられるほど、別に強いつもりはないからな。

 

「……やれることをやるしかない、か」

 

 アッシュは、今度はオレを見ていた。

 なんとも言えない顔で笑っていた。

 

「やるしかないことをして、それでしくじったとしたら。

 その場合、君はどうするのが正しいと思う?」

「知るかよ。しくじった自分の間抜けさを先に反省しろよ」

「ホントに手厳しいなぁ!」

 

 バッサリと切って捨てたら、むしろ愉快そうに笑いだした。

 コイツも大丈夫かね。

 さっきの愚痴も、結局何が言いたかったんだか。

 

「オレはお前の事情も何も知らないしな。

 あぁ、別に聞きたいワケでもないから無理に話さなくて良い。

 どうしても話したいなら聞いてやるよ」

「手厳しいが、根は優しいよね。イーリスは」

「……いきなり何を言いやがる」

 

 反射的に蹴りそうになったわ。

 ちょっと真面目に相手して損したか?

 こっちが不機嫌になったのを察してか、アッシュは逆に楽しそうだ。

 

「良いね、その顔。

 やっぱり君は、笑い顔より怒ってる顔のがしっくりくるな」

「おう、蹴り落としてやるからそこ動くな」

 

 割とマジで蹴りに行ったが、思った以上に素早く逃げられた。

 待てこの野郎――っと……?

 

「……なんだ?」

 

 アッシュの野郎を蹴飛ばそうとして。

 ふと、視界の隅に何かが見えた。

 空。

 日が傾いて来た、さっきまではなんてことのない空だった。

 けれど今、変化は劇的に起こる。

 《商団》が向かう先、オレ達が目指している《天の庭》の中心。

 その辺りの空が、急に黒く染まり出した。

 暗雲……とは、少し違う。

 雲にしては位置が低すぎる。

 まるで、闇そのものが渦巻いているような……。

 

「……これは、思った以上にヤバい事態が進行してるかもな」

 

 同じ物を見ながら、アッシュが小さく呟く。

 その声は、ふざけた調子もなく真剣そのものだ。

 オレも異論はなく、頷くしかない。

 頷いて、それから動きの止まった背中に一応蹴りを入れておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る