214話:扉の先
バチバチと、怪物の目玉から青白い火花が漏れる。
それは同じ色をした閃光となって、「私」達へと真っ直ぐ放たれた。
「私」はただ、それを見ているしかない。
甲冑の彼は、剣を片手に疾風の如く駆けた。
爆ぜる光。
大目玉の放った光線を、彼が剣で砕いたのだ。
熱い火花が撒き散らされる中を、甲冑姿が宙を舞う。
階段の上から飛び降りて、そのまま大上段からの一刀。
それを大目玉は、外見からは想像つかない機敏な動きで回避してみせた。
甲冑の彼も、それには少し驚いたようで。
「意外と動きやがるな……!」
『お客サマ! 困りまスお客様!!』
耳障りな声でゲタゲタと笑う目玉の怪物。
本当に、悪夢で見そうな光景で
回避されたからと言って、彼もそれで隙を見せたりはしなかった。
すぐさま返す刃で大目玉を追い立てる。
ふわふわと、ゆらゆらと。
さながら風に舞う紙のように、大目玉は限られた空間で巧みに躱す。
全ては避け切れず、剣の切っ先が肉の表面を裂くけれど。
多少の傷では
音を立てて、大目玉はそれらの傷をあっという間に塞いでしまう。
『見た目はアレだが、思ったより強いな』
「……彼、大丈夫なの?」
腕に抱えていた猫が、小さく呟く。
焦げた毛並みを指で撫でて、「私」は思わず問いかけた。
何故かうねうねと身体を動かしつつ、猫は軽く笑って。
『分からん』
「ちょっと??」
『いやだって、オレはまだ付き合い浅いし。
そんなん断言できるほどには知らんからなぁ』
凄くどうでも良さそうに言ったわね、この猫。
思わず絶句する「私」を見上げながら、やっぱり猫は笑っている。
『逆に聞くが、大丈夫じゃないように思えるか?』
「え?」
そう言われて、「私」はまた前を見る。
階段の下、大目玉の怪物と戦う甲冑の彼を。
いつの間にやら、目玉の形はさっきとは変化していた。
大きな目が一つだけ付いていた肉の球体。
その表面から、更に小さな目や口のついた触手が幾つも生えていた。
生理的な嫌悪は倍増しで、厄介さはそれ以上。
小さな目からも青白い光線を放ち、小さな口が囁けば火の矢が降り注ぐ。
なんて面倒な……!
「《
だけど、彼だって負けてはいなかった。
鋭く叫ぶと、不可視の壁が目玉の放った光線や火矢を弾き散らす。
攻撃の隙間を縫い、銀の刃が何度も閃く。
その度に、大目玉の表面や触手が切り裂かれる。
……最初は苦戦していたように見えた。
いえ、間違いなく苦戦していたはず。
けど彼は、もう怪物の戦い方に慣れて来たみたい。
目玉が放つ光線を弾き、不規則な動きにも対応して剣を繰り出す。
大丈夫なのか、なんて心配してしまったけど。
「……大丈夫ね。うん、大丈夫」
『だろうなぁ』
「私」の言葉に、猫はやっぱり気軽に笑った。
そうしている間も、甲冑の彼と大目玉の怪物の戦いは続く。
目玉が放つ怪光線は、僅かな火花すら触れるモノを焼き焦がす。
幾つもの口が歌い上げると、炎の矢や氷の礫が襲い掛かる。
その全てを、彼はことごとく叩き落した。
剣で与える傷も、少しずつ深いものになっていく。
怪物はすぐにそれを塞ごうとするけれど、目に見えて速度は落ちていた。
やっぱり、不死身なんかじゃないのね。
『困りマス! 困りマス! お客サマ、困りマス!』
「うるせぇよ」
耳障りな声で、目玉の怪物は甲高く鳴いた。
慈悲を請う言葉を、けれど甲冑の彼は聞き入れない。
剣を振るう手には躊躇いはなく。
『――――ッ!!』
言葉として認識できない断末魔だけを残し。
甲冑の彼が放った一刀で、目玉の怪物は二つに両断された。
「……よし」
ドチャリと、濡れた重い音を立てて。
怪物の亡骸が床に転がる。
剣を構えたままで、彼は暫しその様子を見ていた。
「私」も猫を抱いた状態で動かずに。
……何の変化も起こらないことを確認してから、彼は一歩屍から離れる。
警戒は解かないけど、一息は吐いた。
こっちも知らず緊張していたようで、ほっとしてしまう。
「悪いな、ちょっと手こずった」
『おう、お疲れ。思ったより強かった感じ?』
「それもあるけど、まだちょっと今の状態に慣れてなくてなぁ」
もう一度、剣の先で怪物の屍を突いて。
それから改めて、甲冑の彼は「私」の傍に戻って来た。
たったそれだけで、安心してしまう自分に戸惑う。
いや、そんな事よりも。
「慣れてないって、どういうこと?」
「うん?」
言葉の意味が分からなかったので、「私」は彼に問いかける。
彼も彼で、聞かれた意味がすぐに分からなかったらしい。
中身のない兜を少し傾けて。
『オレらの状態、まだちゃんと言ってなくない?』
「……そういえばそうか」
腕の中にいる猫のツッコミで、やっと理解してくれた。
……そうだ、「私」は何も分かってない。
自分のことも、助けてくれた彼やこの猫の事も。
説明不足を詫びるように、甲冑の彼は軽く頭を下げた。
「悪いな、言ってなかった」
「それは良いけど……結局、どういうことなの?」
「どういうことかは……実は、俺も良く分からんのだが」
「分からないんだ……」
意外と、彼も「私」と大差ないのかしら。
彼の反応に、尻尾を揺らめかせながらまた猫が応えた。
『空の上でも言ったかもしれんけどな。
記憶は別として、オレらも迷い込んだって意味じゃ似たようなもんだ。
で、「慣れてない」って言ったのはこの恰好だな』
「恰好?」
その言葉に、「私」は彼と猫の姿を見比べた。
中身のない甲冑のお化けに、人語を喋る灰色の猫。
……ウン、まぁおかしいわよね。色々と。
「私」の中にある常識が、どういう基準なのかイマイチ不明瞭だけど。
「俺、こんな鎧のお化け状態になったの、ここに来てからなんだ」
「嘘ぉ?」
「いやホントホント。元はちゃんと中身入りの人間なんだって」
てっきり、甲冑だけで動くお化けだと思ってたのに。
無意味とは知りながら。
確かめようとするみたいに、「私」は彼の手に触れた。
空の籠手、中身があるのと変わらず指は動いているけれど。
そこに熱はない。
何故だか、「私」はそれが堪らなく寂しかった。
『ちなみにオレも元は猫じゃないんだ』
「それは別にどうでも……」
『正直で大変宜しい!』
猫は身体をうねうね動かすと、「私」の腕から床に下り立つ。
怪物の亡骸は、ゆっくりと灰になって崩れていく。
まるで最初から何も無かったみたいに、少しずつ、少しずつ。
程なくして、「私」達の目の前で跡形もなく消え去った。
猫は鼻を鳴らして、目玉の怪物がいた辺りを歩き回る。
何か分かったか、それとも分からなかったのか。
どっちかは不明だけど、猫は興味を失ったようにその場を離れる。
そして、閉ざされた鉄扉の前に立った。
『まぁ、話したい事はあるだろうけど。
今はとりあえず先へ進もうぜ。
警備員はとりあえず叩きのめしたけど、これで終わりって保証もないんだ』
「確かに、言う通りだな」
甲冑の彼は頷いて、改めて「私」の手を握った。
……断りもなくやるのは、心臓に悪いから止めて欲しいわ。
「? どうした、大丈夫か?」
「何でもありませんっ」
「私」の些細な変化でも、彼は見逃さずに気を遣って来る。
がらんどうの鎧のまま動くなんて、随分と大雑把な状態なのに。
勘が良いというか、よく見てるというか。
まぁ――別に、嫌ではないのだけど。
『イチャついてないではよはよ』
「そういうのじゃないったら、この駄猫」
『良いね、今のはちょっとホッとしたわ。
出来ればこっから先もその調子で頼むぜ、いやホントに』
「何を言ってるのかさっぱり分からないんですけど……?」
何でちょっと憎まれ口を叩いたら、そんなに喜ぶのか。
変わったご趣味の猫なのかしら。
突くと藪蛇になりそうだから、これ以上の追及はしないでおこう。
兎も角、「私」達は揃って鉄の扉に辿り着いた。
「よし、とりあえず確かめるか」
そう言って、扉には彼が真っ先に手を触れさせた。
罠がないのか、鍵は掛かっていないか。
慣れた様子でそれを調べてくれる。
そして。
「……鍵は掛かってる、が」
『どうよ? 開きそう?』
「難しいな。やるなら剣で斬った方が早いな」
『うーん蛮族』
猫の声に応じながら、彼は剣を構える。
そのまま、開かない扉を斬ろうとして――。
『いや、ちょっと待った』
何故か、足下の猫がそれを制止した。
甲冑の彼は手を止めて、空っぽの兜を傾ける。
確かに、あの剣なら扉ぐらいは簡単に切れてしまいそうなのに。
どうして止めたのかしら?
『少し確かめたい事がある。
――なぁ、お嬢さん。
この扉に使えそうな鍵とか持ってねぇ?』
「えっ?」
急に話を振られて、「私」はちょっとビックリしてしまう。
いえ、それよりも鍵って。
「そんなの、持ってないわよ」
『いやいや、分からんだろう?
ダメ元で探してみちゃ貰えないかな』
「悪い、お願いできるか?」
「別に良いけど……」
幾ら何でも、あるはずがない。
そうは思いつつも、甲冑の彼にまで言われたら仕方ない。
半信半疑で、「私」はパタパタと服の上を探る。
そう、そんな都合の良い話が……。
「……あれ?」
身に着けた
底の方で、何か硬い感触がした。
まさか――いや、単に気が付かなかっただけ?
指で探って、慎重に取り出す。
手に取ったそれを、他の二人(?)にも見えるように掲げ持った。
ポケットから取り出したのは、銀色の鍵が一つ。
特にこれといった装飾はされていない。
ただ、細い鎖に繋がれているだけの簡素なものだ。
「……これ、使える?」
「試してみるか」
彼に促され、「私」は頷いて扉に近付く。
鍵穴に鍵の先端を向ければ、文字通り吸い込まれるように刺さる。
ゆっくりと捻れば――カチャリと、何かが外れる音がした。
……また少し、頭の奥が痛んだ。
同じだ。この扉の場所まで下りて来た時と同じ。
また「私」を、「先へ進め」と急き立ててる。
たまたま入った建物の中に、次へ行くための扉があって。
たまたまその扉を開ける鍵が、「私」の服に紛れ込んでいた。
本当に、そんな事があり得るの?
「私」は、一体――。
「開いたな。助かった」
痛む頭を抑えようとして。
それよりも先に、彼が「私」の頭を撫でた。
猫の方も、何やら満足そうに頷いてる。
頭に感じていた痛みが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
『これで無駄に暴力的にやらなくて済んだな。
じゃあハイ、一番そういうのに慣れてる人がお先にどうぞ?』
「安全確認のために、開けたら猫を放り込むってのは?」
『動物虐待……!』
「……えぇっと」
和やかで良いと思うけど、ちょっと付いてけないわ。
戸惑う「私」を、彼はひょいっと抱え上げた。
驚いたけど、嫌じゃない。
「よし、行くか。扉は俺が開けるで良いか?」
「それは――勿論、良いけど……」
彼は、何か思うことはないのだろうか。
こんなのはおかしい。
他ならぬ「私」が、一番それを思っているのに。
なのに彼は、ただ軽く笑ってみせるだけ。
「まぁ確かに、分からん事も多いし悩むのも分かるけどな。
それで足を止めるよりかは、先へ進んだ方が良いってだけだな」
「……幾らなんでも適当過ぎない?」
「そういう性分だからな」
笑いながら、彼は「私」の背を優しく撫でる。
……ホントに、適当だし。
正直、そんなので良いのかと思うのだけど。
彼の言葉に、安心してしまっている「私」がいる。
だから、「私」の方も笑ってしまった。
「……うん。進みましょう。
本当に、分からないことばかりだけど。
進むしかないのは、間違いないと思うから」
「あぁ、俺もそう思う」
『寝てて良いならオレは寝てたいけどな。
あ、開けるのはヨロシク』
彼と「私」の言葉に、猫の方も乗っかって来る。
特に気にせず、彼は一旦「私」を傍の床に下ろした。
そうしてから改めて、扉に手を掛ける。
緊張感に、「私」は一瞬身体が震えそうになるけど。
甲冑の彼は臆することなく、先の見えない扉を押し開いた。
最初、扉の向こうは真っ暗闇だったけど――。
「……えっ?」
気が付けば、「私」が立っている場所そのものが変わっていた。
傍には、甲冑の彼と猫はちゃんといてくれてる。
もしそうでなかったら、動揺のあまり取り乱していたかもしれない。
『落ち着いてるな?』
「まぁ、こういう事もあるさ」
彼と猫のそんなやり取りを聞きながら。
「私」は、ガタンゴトンと揺れる細長い部屋の中を見ていた。
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