第五章:始まりの姉妹
277話:待ち伏せ
非常に不本意だけれど、道行きは順調そのものだった。
一部の施設はイーリスが無力化する必要はあったけれど。
これといった障害もなく、私たちは地下通路を進んで行く。
私は先頭に立つ男――猫を片手にぶら下げたウィリアムを見た。
「それで、あとどのぐらいで着きそうなの?」
「そう焦らずとも程なく到着する。
《最古の邪悪》と恐れられた竜でも、やはり姉のことは気がかりか?」
「今すぐぶっ殺すわよ??」
『落ち着け落ち着け。あと糞エルフも余計なこと言うなよ』
ぷらんぷらんと歩く振動に合わせて揺れながら。
猫――ヴリトラは暢気に諫める言葉なんかを口にしてくる。
「アンタもアンタで、ホントにどういう立ち位置なのよ。
どう聞いたってはぐらかしてばかりで」
『いや、何を言っても長兄殿は納得しないから仕方ないじゃん』
「それは間違いなかろうな」
……まぁ、疑心暗鬼なんてそうそう拭えないのは確かだけど。
この駄猫の、ヴリトラが何を考えて動いているのか。
それは私にとって本当に不可解な事だった。
コイツの本質は、ただゆっくり眠りに浸りたいだけのぐうたら好きだ。
大層な企みがあるとは到底思えない。
そんな事に思考を割くぐらいなら、何もかも放り捨てて惰眠を選ぶ奴だ。
何故、敵であるはずの糞エルフに対してある程度は協力的なのか。
理由と目的が見えない、というのはどうにも気持ちが悪い。
『……まぁ、長兄殿が心配してるような事は何もねーよ。
いやホント、出来れば全部ほっぽって今すぐ永眠キメたいぐらいだし』
「お前には働いて貰わねば困るんだがな」
『猫使いが荒過ぎると思いませんか貴方???』
糞エルフの一言に、猫は心底嫌そうにツッコミを入れた。
うん、やっぱりアイツと一緒に行動してるのは不本意っぽいよね。
ますます猫が何を考えてるのか分からなくなる。
「大丈夫だろ」
首を捻る私に、レックスは気軽にそう言ってきた。
「アウローラが心配してるような事はないと思うぞ。多分」
「その『多分』っていうのが、私は引っ掛かるのよ」
「心配性だなぁ」
「長子殿のそれは心配性というか、陰謀家の性だろうよ。
世の中に自分が知らぬ悪意や秘密が存在してるのが我慢ならんのさ」
「外野がうるさいわよ」
流石にそこまで病気みたいな状態じゃありません。
否定しても、ボレアスは逆に面白がって笑うばかり。
相手をするだけ無駄だと判断し、それ以上は無視することにした。
「…………ま、何となくは想像つくけどな」
ぽつりと。
イーリスがそんな事を呟いた。
今のはちょっと聞き捨てならないんだけど。
「姉さんも分かるんじゃねぇか?」
「ん? いや、まぁ、何となくだが。
ヴリトラ殿に確認したワケでもないから、憶測に過ぎないが」
「まぁそれはオレも同じだけどよ」
「なによ、どういう事?」
姉妹には猫の目的が見えているらしい。
私には分からないので、ちょっと聞いてみたけど。
「言わねェ。言っても多分しょーもないっつーか。
絶対にお前の性格からして拗れるから言わん」
「はぁ? ちょっと、何を言ってるのよ貴女。
テレサ、貴女はどうなのよ」
「あー……その、そうですね。主には大変申し訳なく思いますが……」
どうやら姉の方も、妹と同じ意見であるらしい。
物凄い迷っている態度だけど、あまり答える気はないようだった。
テレサはガチガチに洗脳してるワケじゃないから、言う事を聞かない場合もある。
それはまぁ仕方ないけれど。
「私だけ分かってないとか、気になるじゃないのよ。
ちょっと猫!!」
『とうとう呼び名が猫で定着しそうな件。
いや別に、そんな大層なこと考えてねーのよ??』
「糞エルフと一緒に動くのを嫌がるだけで済ませてる時点で説得力無いのよ!」
『くそっ、微妙に反論が難しいこと言われた……!』
「お前たち、俺を一体何だと思ってるんだ?」
「糞エルフじゃね??」
ええ、レックスの言う通りよ。
お前が糞エルフである以上、信用度なんてゼロに等しいんだから。
今だって利害が絡まなければソッコで頭カチ割ってやるのに。
「……秘密を抱えていると、不審に感じてしまうのは仕方のない事やもしれないが」
と、黙ってついて来ていたアカツキが口を開く。
その視線は、やはり糞エルフがぶら下げた猫に向けられている。
「そうなる事を承知で、彼は口を閉ざしているのだろう。
それが必要だと判断した上で、だ。
悪意がないのは、貴女も分かっているのではないか?」
「…………まぁ、それはそうだけど」
物凄く冷静にツッコまれてしまった。
糞エルフは兎も角、猫――ヴリトラに私たちを害そうという意思は感じられない。
欠片でもその手の敵意があったら、流石に気付かないほど鈍くはない。
当の猫は、そのやり取りにウンウンと頷いて。
『そうだぞ、長兄殿。
オレが一体、大昔に何度無理やり叩き起こされて。
その度に頼まれた雑用片付けたと思ってんだ。
もうホント寝たいって懇願しても竜体ガンガンぶっ叩かれてさぁ。
それでもキチンと言うこと聞いて仕事してたオレの事が信用できないか?』
「う、ぐ」
「信用できないっつーか、恨まれて仕返しされても仕方なくね?」
うるさいわよイーリス。
いや確かに、大昔はそんなことした覚えがいっぱいありますけど。
「猫は働き者だなぁ」
『怠け者なんでいっぱい寝たいところを無理やり働かされてるだけなんすけどね??』
「それを無視できずに働いてしまう辺り、まぁそういう性としか言えんな」
レックスとボレアスの言葉に、猫は何故かしくしくと泣き始めた。
……まぁ、何か面倒になってきたし無視しましょうか。
馬鹿な話をしている間も、進む足に淀みはない。
入り組んだ道をウィリアムは迷いなく進み続ける。
「そろそろ《中枢》の内側に入るぞ」
「何か注意しておく事は?」
「何もかもに注意しておけ」
「分かった」
無茶苦茶な事をあっさりと言う糞エルフも、それにサクっと頷くレックス。
どっちも大概なんだけど、それは気にしないでおく。
ウィリアムの言葉通り、進んでいる通路の雰囲気が少し変わって来る。
先ほどまでは壁や床は石材のようなもので出来ていたけど。
今は光沢のある金属に変化している。
「《中枢》の構造は、かつてのバビロンの《
淡々と、ウィリアムが簡単に説明を口にする。
「都市全体のエネルギー供給を含めた制御は、《中枢》に身を置く大真竜コッペリアが行っている。
故に《中枢》内部は、それらを補助する為の機能が大半を占めているのだそうだ。
俺も全てを直接見たわけではないので、あくまで又聞きだがな」
「成る程なぁ」
呑気に聞きながら、レックスは軽く周囲の様子を観察する。
今のところ、特に怪しい気配はない。
アカツキの方も、ウィリアムの説明に対して頷いて。
「彼の言う通り、《中枢》は都市を運営・制御するための施設だ。
できれば、その機能に該当する設備は破壊したくはないが……」
「戦闘となったら、その辺りを考えるのは難しかろうよ」
これに関しては、ボレアスの言う通りだった。
今から私たちは大真竜と交戦する可能性が高い。
そうなれば、他を巻き添えにする被害など配慮してる余裕はない。
アカツキは可能なら無関係な街の住民に被害は出したくないんでしょうけど。
「……そうだな。
その通りだ。すまない、愚かな事を口にした」
「いや、被害を抑えたいってのは別に普通だろ。謝る事じゃねぇよ」
「ありがとう、そう言って貰えると気が楽になる」
イーリスのフォローに、アカツキは少しだけ笑い返したようだった。
機械だから、表情の変化は分からないけど。
「あと少しで、《中枢》内部を縦に貫く大階段に出る。
流石にそこは監視や警備も分厚く敷かれているはずだ」
「まー本丸だしな。
そこに辿り着いたら、後は出来るだけ急いで一直線か」
「内部については、私も多少なら知識がある」
ある意味では敵の身内とも言えるアカツキ。
確かに彼なら、この《中枢》の内部にも詳しそうね。
レックスは私を片手に抱いたまま、右手に鞘付きの剣を持つ。
大階段とやらに突入すれば、すぐに敵の防衛戦力が襲って来るだろう。
私も制限が掛かった状態だけど、可能な限り魔力を練っておく。
さっきまでの、微妙に弛緩した空気は消えていた。
間もなく私たちは、大真竜の居城に突入する。
「此処だ」
進み続けていた通路の終わり。
ウィリアムはそう言いながら、ひと際大きな扉の前に止まった。
分厚い金属製の両扉。
力技で突破しようとすると、少々苦労しそうだ。
勿論、ウィリアムはそれを力任せに開こうとはしない。
すぐ近くの壁に付いた端末に触れて、何かしらの操作を行う。
「オレが開けてやろうか?」
「不要だ。開錠のためのパスは知っている」
専門分野のイーリスなら、軽く開けてしまいそうだけど。
鍵があるなら余計な手間を使う必要もないでしょう。
待った時間はほんの数秒ほど。
空気が抜ける音を響かせて、金属扉に隙間ができる。
「開けるぞ」
言いながら、先頭に立つウィリアムが扉を押し開く。
猫を片手に滑り込む糞エルフに続く形で、私たちも中へと侵入を果たす。
――広い。
内部に入った瞬間、最初に抱いた感想はその一言だった。
巨大な円筒状の内側に沿って、遥か頭上まで伸びていく巨大な螺旋階段。
壁の大半は何かしらの機械のようで、今もそれらが稼働している事が分かる。
恐らくこれが、糞エルフやアカツキが言っていた都市のエネルギー供給設備か。
都市全体を支える心臓とでも言えば良いのか。
「真竜ってのは、作る物のスケールがいちいちデカいんだよなぁ」
「竜だからこそ、なのかもしれないな」
ぼやくようなイーリスの感想に、テレサは苦笑いと共に頷く。
まぁ確かに、竜の作る物って大きくなりがちではある。
特に建物とかは、竜体のサイズを基準にして作ってしまうのかもしれない。
……私も昔は、細かい物よりも大きい彫像や壁画を作る方が好きだった気がする。
まぁ、それはそれとして。
「急ぎましょう。警備とかにわんさか集られるのは流石に面倒だし」
「だなぁ」
私の言葉に頷いて、レックスは大階段の方へと向かう。
いえ、向かおうとして。
「――待ちなさい」
聞き覚えのある声が、ただっ広い空間に木霊する。
それを聞いて、足を止めざるを得なかった。
何故、という言葉は口からは出せない。
ただ驚きと共に、声の聞こえた場所――大階段の方を見る。
「此処から先へは進ませない。
残念だけど行き止まりよ――だから、大人しくして」
慎重に、一歩ずつ。
大階段を下りてくる白い影。
傍らに――というか、半ば手を引かれる形で幼い姿の大真竜を連れて。
ブリーデは、険しい顔つきで私たちのことを見下ろしていた。
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