37話:赤帽子の娘
刃と刃がぶつかり、硬い音を幾度となく奏でる。
一人は
複雑に曲線を描く斬撃と、真っ直ぐに刺し貫こうとする刺突。
それら二重の攻撃を、俺は剣を振るって弾き続ける。
相手の隙を埋める形で飛んでくる、弓矢の支援攻撃もなかなか厄介だ。
《牙》と言っていたが、以前出くわした重武装な連中とは随分タイプが違うな。
《鱗》もそうだが、ボスの真竜が違えば大きく個性も変わるのだろう。
それは兎も角。
「《
黒装束の一人が、高らかに《力ある言葉》を唱えた。
俺は相手の剣を大きく弾きつつ、半ば強引に地に身を投げ出す。
転がる頭上を風で造られた刃が吹き荒び、余波が鎧の表面を引っ掻いた。
簡単なものだが、攻撃魔法も使って来る。
火力では銃火器を使う前の《牙》の方が間違いなく上だ。
が、一人一人の質ではコイツらの方が勝っているかもしれない。
チラリと、テレサの様子も確認する。
あっちもあっちで、
激しく攻め立てる三本の刃を、テレサは装甲の表面で全て弾いていた。
飛んでくる矢も目線を向ける事なく叩き落としている。
流石と言うべきか、あっちは特に手助けせずとも問題はなさそうだな。
なら、こっちはこっちの対処に専念するか。
「この――ッ!」
まともに攻撃が徹らない事に焦れて来たか。
余裕ぶった態度をかなぐり捨てて、黒装束の攻め手が強まってくる。
手数を増やして此方の防御を抜きたいんだろうか、少し甘い。
これだけ切り結べば、大体どういうパターンで仕掛けてくるかも予想出来る。
振り下ろされたシミターを、刀身を叩く形で受け流す。
エストックと矢の時間差は身体をずらして回避。
生じた僅かな攻撃の空白に、素早く刃を捻じ込んだ。
黒装束を貫き、防具らしき物を断ち切って、剣の切っ先は肉と骨を抉る。
手応えはあった。
即死させるには少々浅いが、これで――。
「……!!」
瞬間、背筋に冷たいモノが走った。
俺は剣を引き抜きながら、大きく後方へと跳ぶ。
同時に横薙ぎに振るわれたシミターが、此方の首元を掠めていた。
相打ち覚悟の決死の一撃……ではない。
「……まったく、見事な腕だ。
二人がかりで仕留めきれないどころか、逆にしてやられるとは」
胸を刺し貫かれたはずの黒装束。
普通は即座に戦闘不能レベルの重傷だが、ソイツは平然とその場に立っていた。
見えづらいが、傷に対して明らかに出血量が少ない。
「不思議ですが? だが何も驚くに値しない。
赤き月に照らされたこの場は、我らの為の狩猟場。
狩られるべきは獲物であり、狩人ではない。それだけの事なのです」
……とりあえず、この森では向こうは死なないと。
いや、不死身なんざあるわけないので、何かしらの種か限界はあるのだろう。
少なくとも胸を剣でブチ抜いた程度では死なない事は分かった。
後は一つ一つ確かめてみるか。
「……どうやら、相当に物分かりの悪い御仁のようだ。貴方は」
特に気にせず剣を構え直したのが、相手の癇に障ったらしい。
明らかに苛立ちを見せ、黒装束はシミターを揺らして距離を詰めようとする。
そのタイミングを狙って。
「《
相手を指差し、俺は《力ある言葉》を唱えた。
本来は攻撃を防ぐ為の力場の盾。
それを自分の目の前ではなく、少しズラした位置に発生させた。
黒装束の進行方向。今まさに走り出そうとした手前。
当然、正面からぶつかった事で黒装束の動きは一瞬止まる。
其処で俺の方も地を蹴った。
「がッ……!?」
くぐもった悲鳴は黒装束の上げたもの。
片足を膝下から切断し、更に力場の盾ごと蹴り倒す。
遅れて、もう片方の黒装束が仲間をフォローしようと動く。
こっちは深追いせずに下がる……振りをして。
「《
再び唱えた《力ある言葉》が、俺の足に魔力を通す。
片足だけで文字通り跳ねるように突っ込んで、黒装束との間合いを潰す。
一足一刀の距離。
眼前の黒装束は、完全に虚を突かれた形で動けない。
その瞬間に矢を放った、後方の弓手は実に優秀だ。
標的である俺に当たらずとも、仲間が窮地を脱する切欠になったかもしれない。
だがこっちも、このタイミングで射撃が飛んでくる事ぐらいは予測出来た。
「ぐッ、げぇ……っ!」
なので面食らっている黒装束の襟元を引っ掴んで。
そのまま矢が飛んでくる方向に振り回して盾代わりにした。
ドンピシャで飛んできた矢が何本も黒装束の身体を貫く。
ついでにこっちも背中から、心臓辺りをぶち抜く形で剣を刺しておいた。
剣は即座に引き抜き、動かなくなった黒装束の身体を地に捨てる。
一度踵で背骨を踏み砕き、トドメで首も断っておく。
もうちょっと刻んでおきたかったが、次の矢が襲ってきたので断念する。
さて、こんだけやればどうだ?
「き、さま……!」
刺すような敵意に視線を向ければ、先ほど足を断った黒装束。
見れば、完全に切断したはずの足が殆どくっついているのが確認出来た。
立ち上がっても僅かに引き摺ってる辺り、完全に繋がったわけではないようだ。
もう一人の方は……刺した傷などは徐々に塞がっている気がする。
成る程、死なないのはどうやら事実であるようだ。
「で、コイツは後どんぐらいで復活するんだ?」
「戯言を!」
軽い挑発のつもりだったが、黒装束は思いの外お冠のようだった
これでも死なないのは驚きだが、あくまで死なないだけだ。
ある程度切り刻んでしまえば行動不能には出来る。
とりあえず、今はそれだけ分かれば十分だ。
と、視界の端で青白い光が弾けた。
チラリと見れば、地面に黒装束の腕だか脚だかが転がっていた。
やったのは当然テレサだ。
彼女は指先に、青い光の残滓を揺らして。
「粉々に《分解》されても復活出来るかどうかも、確かめてみますか?」
敢えて余裕の笑みを見せた。
バラバラどころか粉微塵とは、実に容赦がない。
残る黒装束も、明らかに動揺した様子だが。
「……仕方あるまい」
そう呟くと、一人が軽く手を振った。
恐らく、それが予め決められていた合図だったのだろう。
暗い木々の向こうから、更に何人もの黒装束が姿を現した。
それだけでは終わらない。
森の闇から、例の《狩猟獣》とかいう化け物も沸いて来たのだ。
こっちの数は、ちょっと数えるのが馬鹿らしいな。
「今度は多勢に無勢かよ」
「何とでも言い給え。
獲物は狩人に狩られる、それが森の掟なのだから」
この状況でドヤ顔晒して言うこっちゃなかろう。
視線を巡らせて確認すれば、同じ《牙》であろう黒装束は多分十人ちょい。
モリモリ増える《鱗》の獣は兎に角いっぱい。
蹴散らすのは、俺とテレサならそう難しくはないだろう。
ただ巻き添えを喰らった場合、イーリスが少し危険かもしれない。
アウローラも付いているし、多分大丈夫だとは思うが。
「後は予備戦力がどれだけいるか、ですね」
「それがなぁ」
囁くようなテレサの言葉に、俺も小さく頷く。
まさか森に配置した人員が、これで全部という事もないだろう。
確かに戦力の小出しは愚策だとよく言われる。
しかしこの場合、相手がまだこっちをそこまでの脅威と見ていないはずだ。
此方としては、舐めてくれてる間に削れるだけ削りたいのが本音である。
それも此処で蹴散らしてしまえば、流石に相手も認識を改めるはず。
包囲を徐々に狭める黒装束達を眺め、さてどうしたものかと思考して――。
「……ん?」
不意に。
何処からか飛んできた矢が、軽く地面に突き刺さった。
位置は丁度俺達と黒装束の中間辺り。
敵意がなかった事もあり、反応が少し遅れた。
《牙》の森人連中も同様だったらしく、全員の視線がその矢に集まって。
「っ!?」
その瞬間、矢を中心に真っ白い煙が辺りを包み込んだ。
最初は黒装束が仕掛けた目眩ましかと思った。
が、どうやら違うらしい。
濃い煙幕の向こうで、黒装束や獣連中は明らかに混乱した様子だった。
「クソッ、またか!」
「一度下がれ、下手に武器を使うなよ! 同士打ちになる!」
「忌々しい
何やら気になる単語も聞こえたが、今は置いておく。
不明な事は多いが、今が好機である事も間違いなかった。
とりあえず、近くにいるはずのアウローラ達に呼びかけようとして。
『――静かに。このまま後ろに下がって。
この声は、あの《牙》達には聞こえていないから』
耳元で囁く声が、それを制止する。
年若い女のようだが聞き覚えはなかった。
声は更に続ける。
『煙の壁は長くは持たない。風の流れを辿って、早く』
「ふーむ」
声の主が何者なのか。
とりあえず、先程の矢を放った相手と同じではあるらしい。
良く分からんが、とりあえず動くべきだろう。
そう決めたところで、今度は別の声が聞こえて来た。
『……レックス、どうするの?』
「一先ずは従ってみるか。敵意はないっぽいし」
「そう言うと思ったわ。他の二人にも伝えておくから」
耳元ではなく、頭の中に直接響く声。
それはアウローラからの《念話》だった。
どうやら彼女の方も、同じ内容の言葉が届いていたようだ。
無事に仲間と方針も共有できたし、後は行動あるのみ。
視界はゼロで周辺の様子もロクに分からないが。
謎の声が言っていた通り、煙の中で風が流れているのを感じる。
それに導かれる形でズンズンと進んでいく。
転ばないよう、一応足下にだけは注意しながら。
さて、顔を出すのは蛇か竜か。
「……こっち、急いで!」
煙が薄まって来た頃。
前の方から抑え気味の声が聞こえて来た。
見ればそちらの方で、手を振っている影を見つけた。
距離もある為、まだはっきりと姿を確認する事は出来ない。
とりあえず、そっちに意識を向けた――その瞬間。
「……っ!」
背骨を氷の手で掴まれたような感触。
一瞬、ほんの一瞬だけ。
俺が周囲に向けていた警戒を、目の前の人影に一瞬だけ向けた、その空隙。
其処を正確に狙い打つ一矢が、音を置き去りにして襲ってきた。
直感的にそれが空でやり合った弓手、推定ウィリアムのものだと悟る。
同時に、今放たれた矢の速度が空で見た時より明らかに速い事も。
あの野郎、あの時は加減して撃ってたのかよ。
「痛ェ……!!」
タイミング的に剣で弾くのは不可能。
なのでギリギリ、その
無理やり割り込ませた左腕を矢に貫かせた。
アウローラが改造した鎧でも、完全に防ぐ事は出来なかった。
矢は腕甲を貫通し、肉を裂いて骨の辺りで止まる。
思わず声が出る程の激痛だが、悠長に痛がっている暇はない。
間違いなく駄目押しで二の矢、三の矢が飛んでくるはず。
それを何とか防ごうと、俺は剣を構えた。
「伏せて!!」
――ところで、思いっ切り押し倒された。
ゴロゴロと地面を転がり、頭上を弾き落とす予定だった矢が通り過ぎる。
一応弁明しておくと、決して油断していたわけじゃない。
矢を撃ち落とす事に集中した直後、敵意のないタックルを喰らってしまった形だ。
適度に重く、柔らかい感触が軽く押し潰してくる。
上に乗っかっているのは、赤い髪の女だった。
少女と呼ぶほど幼くはないが、顔立ちは明らかに年若い。
密着し過ぎて背格好は逆に良く分からないが、気になるのは一つ。
その赤髪から覗く、少し尖った耳の先だ。
「動けるっ? あ、矢はそのままにして!
兎に角、直ぐにこの場を離れて……」
「いやそりゃ分かってるが、それより……!」
この状況は非常に拙い。
二の矢は運良く回避する事が出来た。
しかし女子に馬乗りにされた状態で三の矢が飛んで来たらどうなるか。
流石に防ぎようがないし、最悪急所を一撃だ。
あの容赦の無さなら狙わない理由がないと、本気で焦ったのだが。
「……んん??」
何故か、三の矢は飛んで来なかった。
はてと不思議がっていたら、赤毛の彼女にぐいっと腕を引かれる。
華奢に見えるが予想以上の腕力だった。
「さぁ、ボーっとしてないで!
いつ狩人共が来るか分からないんだから!」
有無を言わさず、そのまま煙の晴れた先へと引っ張られる。
何故、確実に仕留められたはずの三の矢は飛んで来なかったのか。
その疑問を抱えながら、俺は特に抵抗せず身を任せる事にした。
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