395話:不完全で醜悪な


「無茶苦茶やりやがったなぁ」


 いやホントに、今回ばかりは俺が言っても許される気がする。

 《星神》シャレムから預かった空飛ぶ船リングホルン。

 その船体が、頭から思いっきり地面にぶっ刺さっていた。

 近くにいるアストレアの顔が、微妙に引きつっているのも見えた。

 まぁ、ウン、そりゃ戦車ばりの突撃をかまされたらそういう顔になるよな。

 で、それはそれとしてだ。


「おい、生きてるか!」

「――ええ。問題ありません、レックス殿」


 呼びかけに応え、虚空からテレサが出現する。

 その背には妹のイーリスを背負っていた。

 墜落する直前、テレサの《転移》によって脱出したのだろう。

 姉にしがみついた状態で、イーリスは大地に突き刺さった船を見ながら。


「どうだ、あのクソ野郎は潰れたか?」

「潰されはしたけど、どれぐらいダメージがあるやら」

「ハハハハハ!

 効いたかは分からんが、良い一発ではあったぞ!」


 アウローラは肩を竦め、カドゥルは楽しそうに大笑いした。

 アストレアは口を開きかけ、すぐに止めたようだ。

 色々文句を言いたいが、呑み込んだっぽい顔してるな。


「人の顔色を読むな貴様」

「こりゃ失礼。けど良いのか?」

「良くはないが、緊急事態だ。

 言いたい事は後だ」

「助かるわ」


 笑う。

 言葉を交わす間も、視線は船に向けたままだ。

 速度と質量が合わさった強烈な一撃だった。

 或いは並の真竜なら、これで《竜体》を砕かれたかもしれない。

 だが、極めて残念な事に相手はまともじゃなかった。

 メキメキと、軋む音が離れた俺たちの耳にも届く。

 ま、当然平気だよなぁ。


『頭数は増えたが、これでどうにかなると思うか?』

「分からん。けど、やるなら頑張るしかないだろ」

『お前はそう答えるだろうな、まったく』

「……なぁ、レックス」

「うん?」


 内なる声に応える間も、墜落した船の内側から響く音はどんどんと大きくなる。

 恐らく後少しで崩壊するだろう。

 そんな中、イーリスは真剣な面持ちで俺の方を見ていた。


「ルミエルの事、覚えてるか? 前に地下迷宮で別れた」

「あぁ、うん。覚えてるぞ。それがどうした?」

「あの女――イシュタルがルミエルだ。

 オレも、横槍入れてきたクズに言われるまで気付かなかったけど」

「マジか」


 いや、イーリスが嘘を言うワケないが。

 以前に出会った幼い少女の事は、確かに覚えている。

 しかしあの娘とイシュタルがどうにもイコールで結びつかない。

 イメージで並べて見ると面影はある、か……?

 横で聞いていたアウローラも、大体似たような反応だった。


「いきなりね。というか、横槍入れてきたクズって?」

「とりあえず、ルミエルにちょっかいかけてあのクソ神に乗っ取らせた奴がいる。

 ソイツはどっか行っちまって、何処にいるかは分からん。

 それより今は……」

「助けたい、か?」


 あの地下迷宮を彷徨った時。

 ルミエルという少女と深く関わったのは、テレサとイーリスだ。

 《秘神》に支配されてしまったイシュタル。

 そのイシュタルとルミエルが同じ人物なら、彼女らの考える事は一つだろう。

 俺が確認すると、イーリスは迷わず頷く。


「助ける。クソ野郎やクズに好きにされたまんまじゃ堪らねェよ」

「それは俺も同感だな。で、どうすれば良い?」

「……正直、できるかどうかは自分でもなんとも言えないけど」


 呟く言葉と共に、細い指が首飾りに触れる。

 イーリスが《星神》シャレムから渡された護符アミュレット


「ルミエルの魂を、引っ張り出す。

 それはオレと姉さんがどうにかするから」

「俺たちは、それを物理的に邪魔されないようぶっ飛ばせば良いんだな?」

「あぁ、頼む。それはこっちじゃ無理だからさ」

「…………話が、良く分からないけど」


 首を傾げる《巨人殺し》。

 まぁ、事情を知らないとワケが分からんよな。

 疑問符を浮かべたままだが、少女はそれ以上は気にした様子はなく。


「アレを、殴り倒せば良いって事ね?

 ホントに、いい加減しつこいから此処で叩き潰さないと」

「おう、それは俺も同感だわ」

「ハハハハ、では改めて悪党退治だな。

 オレ様も若い連中に負けんよう気張らんとな!」


 見た目は超若々しいのに、なかなか年寄り臭い事を言うなぁ。

 カドゥルがそんな台詞を口にした辺りで。


『――こんなもので、私を仕留めたつもりか!?』


 耳障りな雄叫びが大気を震わせる。

 神様の船はよっぽど頑丈だったらしい。

 大地に突き刺さっても殆ど無傷だった船体が、とうとう内側から弾け飛んだ。

 現れるのはイシュタルの姿――では、なかった。

 最初に見えたのは黒い腕だ。

 闇に染まった、長く太い一本の腕。

 サイズは明らかに人間のそれを大きく上回る。

 それは《巨人》の腕だ。

 リングホルンの装甲を内側から引き剥がし、ゆっくりと這い出す。

 ……なんと言うべきか。

 思い出すのは、イシュタルが見せた《竜体》だ。

 シンプルだからこそ、機能美を強く感じさせられた黒い大翼。

 地獄のようにしんどい戦いだったが、アレは実際に凄いものだった。

 それと比べて、コイツはどうだ。

 異様に長い腕を六本、蜘蛛のように生やした醜い《巨人》。

 造形は辛うじて人型に近いが、そこかしこが明らかに歪んでいる。

 顔には非対称に並ぶ六つの眼が、ギョロギョロと忙しなく動いていた。


「醜いわね」

「あぁ、ホントにな」


 アウローラの漏らした言葉に頷く。

 あの姿がアレの本性なら、相応しい醜さか。


『ハハハハハハハハハハハハ!!

 素晴らしい、素晴らしい!

 力が幾らでも溢れてくるぞ!!

 これぞまさに至高の器だ!

 私が至尊の座に上るために用意されたモノとしか思えん!!』

「……クソッタレが」


 ゲラゲラと笑い、戯言を吐き散らかす《秘神》。

 それを聞いて、イーリスが唸った。


「アウローラ、オレの荷物出してくれよ」

「? 急にどうしたの?」

「必要なんだよ、早く頼む」


 急な催促に、アウローラは首を捻りながらもすぐに応じた。

 大分ボロボロの背嚢一つ。

 虚空――「隠れ家」から取り出されたそれを、イーリスはやや乱暴に受け取る。

 これは大分キレてるな。

 怒れる彼女の肩を、片手でぽんと叩いて。


「どうする気かは分からんけど、こっちは何とかする。

 だから、そっちは任せた」

「……あぁ。頼むからしくじってくれるなよ?」

「おう、そっちもしっかり頼んだ」


 言葉の最後に、互いの拳を軽く触れ合わせる。

 微笑んで一礼するテレサには、ぐっと親指を立てておいた。

 さぁて、もうちょっとがんばりますか。

 

「おい、《巨人殺し》」

「? なに?」

「丸腰で戦う相手でもあるまい。

 これを貸してやる」


 装備とか、その他諸々を全損した状態の《巨人殺し》。

 そんな彼女に向けて、アストレアは軽く右腕を振るった。

 動作に合わせて現れる一本の「剣」。

 《神罰の剣ダモクレス》の一振りが、《巨人殺し》の足元に突き立った。

 ほんの僅かに驚いてから、少女は遠慮なく柄を握る。


「ありがとう。

 得物がないのは不便だったから」

「構わん。

 あのカスを始末する上で、足手まといになられても困る」

「なぁなぁ、オレ様には貸してくれんのか??」

「貴様は別に武器なしでも戦えるだろうが!」


 などとツッコミながら。

 可愛らしくねだるカドゥルに、神様は剣を一つ貸してやるのだった。

 しかも身体のサイズに合わせたデカい奴。

 うーん優しいなぁ。


「オイ貴様」

「よし、準備も良さげだな」

「今何を考えたか言ってみろ」

「そういうのは後にしなさい、後に」


 兜越しの顔色か、それとも心を読まれたか。

 キレ気味のアストレアだが、アウローラはそれをやんわり押し返す。

 そんな彼女はくすりと笑いながら、俺の腕に抱き着いた。

 普段よりも力が弱い。

 片腕で抱え上げるが、心なしかいつもより軽い気がする。


「結構ヤバそうだな」

「お互いにね」


 どちらも万全にはほど遠い状態だ。

 アウローラは割と瀕死で、俺もボレアスがいなければ相当キツい。

 内側で燃える炎の熱で、手足を無理やり動かす。

 剣を握る。

 指先の一つ一つに、力が巡るのを確かめた。

 よし、何とかなる。

 だったら後はるだけだ。

 首の辺りにアウローラが腕を回したので、柄に両手を添える。

 黒い《巨人》の眼が、ギロリとこちらを見た。

 煮え立つ憎悪と敵意。

 そして狂ったような歓喜の情が濁流の如く吹き付けてきた。

 率直に言って気持ちが悪いな。


『嗚呼――そうだ、そうだった。

 私の偉大さを理解できんゴミ虫ども。

 恥ずかしげもなくまだ息をして、私の視界の内を這い回る。

 なんという不遜!!

 これほど不愉快な事が他にあろうか!』

「……酔っ払ってんのかコイツ」

「似たようなモンだろうなぁ」


 思わず口に出た様子なイーリスのツッコミ。

 実際に酔ってるんだろうな。

 イシュタルが持っている強過ぎる力に。

 ぶっちゃけ、制御とかできてないんじゃないかアレ。


『ハハハハハ、ハハハハハハ!!

 潰れろ、潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ!!

 下賤で不完全な塵埃どもがッ!!』


 ゆらりと巨体が動く。

 糞みたいな言葉を吐き散らかして。

 六本ある蜘蛛じみた腕が高速で振り回される。

 衝撃。

 地面が見えない力により引き裂かれていく。

 狙いはぶっちゃけ適当だな。

 巻き込まれないように散開する。

 イーリスはテレサに抱えられ、《転移》も使って距離を取った。

 さて、あっちを狙われないようにしないとな。


『ひれ伏せ、カスがっ!!』


 頭上で大気が爆ぜる。

 降ってくるのは力場で形成された不可視の大鎚だ。

 大地を粉砕する威力が真っ直ぐに落ちてくる。

 走る。

 アウローラを振り落とさないよう、しかし全力で。

 力場は鎧の端を掠め、轟音と共に地面を割る。

 うん、確かにパワーはヤバいが。


「やってる事は前と同じか?」

「ええ、多分ね。出力は今の方が上みたいだけど」


 大規模な力場操作によるゴリ押し。

 以前戦った時に見た能力と変わらない。

 イシュタルの黒雷とか、あの辺りを使いだしたら厄介だが。


『ハハハハハハっ、なんだ! どうした! 

 減らず口を叩いた割に逃げてばかりか!?』


 やはり《秘神》は、デタラメに力場を振り回すのみだった。

 酩酊してるみたいな言動に、意識も混濁してるような印象だ。

 制御できてないのはマジかもしれんな。

 ただイシュタルを取り込んだ分、パワーだけは前以上だ。

 消耗した身体で直撃するのは避けたい。


『無様極まりないな。

 完全に己を見失っているぞ』

「まーそれで頭がおかしくなるのは自業自得なんだけどなぁ」


 これでイシュタルって巻き添えがいなけりゃ放っておくんだけどな。

 乱雑な力場攻撃を避けながら、俺は改めて状況を見た。

 カドゥルと《巨人殺し》は、互いを盾にして力場に耐えている。

 アストレアは宙に浮かび、既に無数の「剣」を激しく射出していた。

 イーリスとテレサは遠く、そちらの動きに《秘神》は気付いていないようだ。

 とりあえず、確認し直すまでもなくキツい状況だ。


「行くんでしょう?」

「あぁ」


 囁くアウローラの声に頷いて。

 俺は吹き荒れる力場の内側へと突っ込んだ。

 剣が届く間合いまで。

 脇目も振らず、真っ直ぐに駆け出した。

 それに対し、《秘神》の反応は思った以上に迅速だった。


『不遜な人間が!!

 貴様の好きにさせると思うなよ!!』


 どうやら俺は目の敵にされてるらしい。

 恨みのたっぷり籠もった叫びと共に、腕の一本がこちらに伸びてきた。

 広げた五指はぐにゃりと歪んで見える。

 強力な力場を纏っているせいで、そこだけ光が歪んでいるようだ。

 俺と、後はくっついてるアウローラ。

 その両方を《秘神》は握り潰そうとして――。


「オラァッ!!」


 それをこっちは真っ向から迎え撃つ。

 大上段からの一刀。

 纏う力場ごと、《秘神》の手を両断した。

 割れた薪みたいに太い指が何本も宙を舞う。

 切り裂かれた衝撃で腕の動きが鈍り、その隙に更に間合いを詰めた。


『貴様ッ――!?』

「ガァ――!!」


 何か叫ぼうとした顔面を、アウローラの《吐息》が殴り付けた。

 威力は大分弱まっている。

 が、《光輪》が機能してない今ならそれでもダメージが入っていた。

 怯んだところに、飛んで来た《神罰の剣》も次々と刺さる。

 巨体が苦痛に身をよじったところで。


「フンッ!!」

「――――!!」


 カドゥルと《巨人殺し》。

 黒と赤の炎が二重に咲き、二つの剣が思い切り胴体を叩いた。

 一気に猛攻に晒されて、《秘神》は大きく揺らぐ。

 傷は入ってるが、まだ微々たるものだ。

 イシュタルを支配した《秘神》は未だ強大で、最後まで気は抜けない。

 それを理解した上で思う事は。


「――間違いなく、イシュタルの方が強かったな」


 それだけだった。

 コイツは厄介というより、単純に面倒なだけだ。

 『言うではないか』と、内側でボレアスが笑っている。

 そもそも完全に負けたんだから、もう大人しく死んでおけよ。

 しつこいのは糞エルフだけで十分だ。


『ッ……お前、今……何を……!!』


 おっと、どうやら聞こえていたらしい。

 侮辱されて怒り心頭のようだが、知った事じゃない。

 キレてるデカブツに対して剣を構え直す。

 そして、後は一言。


「うるせぇ、ぶっ殺す」 


 訂正、もう二言。

 それだけを口にして、後は全力で斬り掛かった。


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