171話:応報の時


 先ず最初に飛んで来たのは力場の爪。

 不可視の一撃が頭上から叩き潰す形で降って来る。

 受けて防げば動きが止まる。

 なので大きく跳んで回避せざるを得ない。

 鎧の表面を引っ掛かれながらも直撃は避けた。

 そこを狙って、三匹のゲマトリアが囲むように襲い掛かる。

 全員、伸ばした爪には《邪焔》を纏っていた。

 

「「「バラバラに刻んで上げますよ!」」」

 

 三つの口で同じ言葉を吐き、宙を黒い軌跡が無数に走る。

 さっきの力場と同様、下手に受ければ他の爪に引き裂かれて終わりだ。

 こっちも剣を振るって弾き落とし、足を止めず動き続ける事で爪を躱す。

 あくまで印象だが、個々の力はさっきよりは落ちてる気がする。

 ただし手数が三倍になったのは純粋に厄介だ。

 加えて、ゲマトリアの固有能力。

 今のところ確認できたのは力場による攻撃と魔法の無効化。

 後は恐らく透明化の三つ……だが。

 そもそも「固有能力を五つ持っている」と言ったのもゲマトリア自身だ。

 ただのハッタリの可能性はあるし、逆に五つじゃすまない場合もある。

 要するに、全てに警戒する必要があった。

 相手がどれだけの手札を持っていようと、こっちはこっちの手札で戦う他ない。

 

「ッ!?」

 

 だからこそ、初見の攻撃に対してもギリギリ反応できた。

 背筋を走る悪寒。

 いつもの如く勘に突き動かされ、当てずっぽうで剣を振り抜く。

 狙った先は自分の足下辺り。

 剣の切っ先が何か硬いモノを斬り砕いた。

 それは床の一部が変形したデカい棘だった。

 気付かなかったら最悪、下から串刺しにされていたかもしれない。

 

「そういえば、城の構造は好きに変化できるんだったな!」

「っ、注意は下に向けて無かったはずなのに何で反応できるんですか!」

 

 いや、実際危なかった。

 構造を弄れるのなら、確かにこういう攻撃も可能だよな。

 城だけしか操作できないとか、こっちも勝手に思い込んでいた。

 奇襲を防がれた瞬間、周りの床や壁、天井が波打つように蠢き出す。

 もう隠す必要はないってところか。

 しかしこれ、後ろの方も危ないのでは。

 

「此方は此方で対処する。

 今は自分の心配だけしておけ、竜殺し」

「悪いな、頼む」

 

 俺の危惧を察して、ボレアスが声を上げた。

 応えると小さな笑い声がして。

 

「どの道、ゲマトリアもそう余裕はない。

 こっちに意識を向け過ぎて、お前に不覚を取る間抜けは避けたいだろう」

「殆ど外野だからって好き勝手言ってくれますねェ!」

 

 ボレアスの軽口が逆鱗を擦ったらしい。

 三匹ともにビキビキと青筋を浮かべるゲマトリア。

 そして雪崩れるように無数の棘が床から突き上げ、其処に力場の爪も殺到する。

 攻撃の密度は倍以上だ。

 魔法を制限する能力がある以上、頼れるのは剣と鎧のみ。

 ヤバそうなのを勘で叩き壊し、後は可能な限り回避を試みる。

 全てを防ぎ切るのは困難だ。

 鎧である程度は防げても無傷とは行かない。

 そして本命は《邪焔》を纏った爪、或いは《吐息》だ。

 冷気の塊に雷撃、それに炎。

 固有能力による攻撃でこっちの動きを制限し、そこを狙っての《吐息》の連打。

 それらを凌いでも間合いを詰めた《邪焔》の爪が振るわれる。

 さながら嵐だ。直面すれば死を覚悟するしかない類の。

 だけど俺は死ぬ気はないので、ひたすら気合いを入れて耐え凌ぐ。

 力場の爪と地形変化はなるべく剣で砕き、無理な分は鎧で防ぐか回避する。

 足は止めない。防ぐ時もそれだけは注意した。

 《吐息》に関してはもう避けるしかないので、がんばって避け続ける。

 そしてゲマトリア自身が爪で襲って来た瞬間に、可能なら反撃を叩き込む。

 《邪焔》に染まった爪を弾くか捌いて。

 ほんの僅かに生じた隙間を捻じ込むように刃を当てる。

 ゲマトリアの数は三匹。

 反撃の隙を許さぬよう意識して動いてはいるようだ。

 首が分かれていても、本質的には一匹だからこそ実現できる完璧な連携。

 しかしどれだけ身体と視点を増やしても、結局「一匹」である事に変わりはない。

 だから何度か見ていれば、相手が「どう動くか」は何となく見えてくる。

 其処を狙って、手にした剣でゲマトリアの鱗を削った。

 どいつに当てたかは良く分からんが、どれに当てても結果的には同じだろう。

 

「っ……どういう事ですか、これは……!」

「人間相手に攻め切れないなんて……!」

「怯んでどうするんですか! 向こうの方がよっぽどボロボロでしょう!」

 

 ほんの少しだが、予想外の苦戦に動揺が見えて来た。

 けれどゲマトリアが言った通り。

 ぶっちゃけこっちは死ぬほどキツイ。

 避けているのは直撃による即死だけだ。

 どうあっても攻撃を全て防げない以上、身体は徐々に削られる。

 攻撃の機会チャンスを捨てて賦活剤を口にする事で、何とか保ってる状態だ。

 そして懐にしまってある瓶の在庫も心もとない。

 まぁこれもいつもの事と言えばいつもの事だ。

 

「――――」

 

 後方から歌に似たアウローラの声が聞こえてくる。

 ヴリトラの封印解除は順調のようだ。

 いや、俺には良く分からんが。

 アウローラに任せれば大丈夫だろうって事だけは分かっている。

 もう少し……と言うには大分しんどいけれど。

 がんばれば、まぁまぁ何とかなるだろう。

 

「ガァ――ッ!!」

 

 ゲマトリアの咆哮。

 放ったのは赤い方で、飛んでくるのは炎の《吐息》。

 自分同士で言葉を交わす中で、より大きく溜めていたようだ。

 この広間の一角を丸ごと呑み込む規模の炎熱。

 回避は困難、だったらがまんする他ない。

 炎に呑まれる直前に、俺は懐から賦活剤を取り出す。

 そして出来るだけ素早く、その中身を口に含んだ。

 ほぼ同時に炎が全身を包み込む。

 その最中も、決して足だけは止める事はない。

 鎧の耐火性能さえも貫いて、強烈な熱が俺の身体を焼いていく。

 そこで口に含んでおいた賦活剤を呑む。

 肉が焼かれるのと肉が治るの。

 その二つの感覚を同時に味わうというのは、なかなか稀有な体験だ。

 文字通り死ぬほど痛いが、死んではいないので大丈夫セーフ

 巨大な炎熱に呑まれたのは、時間にしてほんの数秒。

 赤く染まった視界を突き抜けた先。

 ――其処には予想通り、ゲマトリアの姿があった。

 流石の大真竜も一瞬狼狽えたようで。

 

「お前、なんで……!?」

「やっぱり今のは目眩ましか!」

 

 叫ぶように言って、俺は渾身の力で剣を振り下ろす。

 受けたのは青いゲマトリア。

 半ば不意を打った形のため、刃は易々とゲマトリアの腕を斬り裂いた。

 その段階で改めて状況を確認する。

 少し走れば届く距離に、ヴリトラの本体を封じた岩塊。

 その解除に集中するアウローラと、彼女を守る位置に立つボレアス。

 そして、今まさにそちらへ迫ろうとしていた三匹のゲマトリア。

 炎に包まれた時点で、俺は迷わず後方へと走っていた。

 《吐息》を受ける時間が多少伸びるが仕方ない。

 これが単なる目眩ましで、本命はアウローラの方だと直ぐ察せられたからだ。

 分かった理由は勘としか言い様がない。

 ただ、ゲマトリアからすればヴリトラの解放阻止は最優先のはず。

 俺自身も目標とはいえ、粘られた末に封印解除という事態は避けたいだろう。

 そこに賭けて動いたが、上手く的中したようだ。

 

「この、どんだけ戦い慣れてるんですか……!?」

 

 青いゲマトリアの叫びには剣で応じる。

 腕を半ば断ち斬ったところに、更に喉元を一文字に裂いた。

 これで《吐息》による反撃は遅らせられる。

 そこまでやったところで、俺は床に転がる勢いで跳んだ。

 遅れて虚空を抉る力場の爪。

 更に放たれた炎の《吐息》は流石に回避不可能。

 先程よりは控えめな炎熱に、鎧の上から軽く炙られる。

 熱いは熱いがまだ耐えられる。

 耐えられるなら死なないし、死なないのなら問題ない。

 アウローラ狙いを中断した三匹のゲマトリア。

 鎧を炎で焦がしながら相対し、指に力を入れて剣を構え直す。

 三匹はともに爪に《邪焔》を……いや。

 腕と喉を裂かれた青色だけは、まだ傷を塞ぐのに専念していた。

 再生する速度が遅い気がするのは、それだけ消耗しているからか。

 それともそう思わせて油断させる腹積もりかもしれない。

 どちらもあり得そうな話だ。

 ――だから俺は構わず走る事にした。

 

「躊躇が無さ過ぎませんかね……!」

 

 先ず動いたのは赤いゲマトリア。

 牽制する形で炎を吐き出し、その上から《邪焔》を纏った爪を叩き付ける。

 炎は半ば無視して切り払い、爪の一撃は剣で叩き落す。

 瞬間、足下が波打った。

 硬い岩に近い床が突然泥のように柔らかくなる。

 そして其処から足を抜くより早く、床自体が変形して絡みついて来た。

 成る程、こんな真似もできたか。

 

「ハハハハ! 油断しましたねェ!」

 

 黄色のゲマトリアはそう嘲笑いながら、右手を大きく振り上げた。

 掲げた手の周り、その空間がグニャリと歪む。

 不可視であるはずの力場の爪。

 しかし今はその出力が強すぎる為、触れる大気を捻じ曲げているようだ。

 間違いなく、これで仕留めるつもりの渾身の一撃。

 赤は《邪焔》付きの爪で攻め立てる事でこっちの手を塞ぐ。

 後ろに控えた青もまた《吐息》を放つ体勢に入っていた。

 仮に力場の爪を防いでも、吐き出された雷撃が俺を貫くはずだ。

 状況だけ見れば詰みに近い。

 ――だが、ゲマトリアも見落としている事がある。

 

「これで手足をもぎ取って――――ッ!?」

 

 何かを言おうとした黄色のゲマトリア。

 それが唐突に炎に呑み込まれた。

 炎、真っ赤に渦巻く炎熱の《吐息》。

 放ったのは当然、赤い方のゲマトリアではない。

 《吐息》の残り火をふっと吹きながら、笑うのは一柱の竜王。

 

鹿

 

 ボレアスだ。

 してやったりと言わんばかりの笑顔である。

 

「確かに我は長子殿の護衛を頼まれたがなぁ。

 油断した背中を放っておくほど間抜けでもないぞ?

 不用意に距離を詰めたままにした貴様の落ち度よな、大公殿」

 

 アウローラ狙いの為に間合いを詰めたのが仇になった形だ。

 距離の近いゲマトリアへと、密かに溜めていた《吐息》をボレアスが叩き込んだ。

 意識外から放たれた大威力の攻撃。

 ろくに防御もしてない状態での直撃は流石に応えたようだ。

 焼け焦げた黄色いゲマトリアは、燃える眼でボレアスを睨みつけた。

 

「お、まえ……っ! よくも――ッ!!」

 

 何か言おうとしたところを、俺の剣が割って入った。

 ボレアスの《吐息》をまともに喰らったせいで、能力に対する集中が途切れたか。

 足下の拘束が緩んだ瞬間、俺は黄色いゲマトリアに向けて走っていた。

 青も赤も、一瞬の隙を見せたが為に対応できない。

 黄色が炎を振り払ったところで剣を一閃。

 首を半分ほど抉り裂けば、溜めている最中の雷撃が爆ぜた。

 ……此処まで何度も剣を振るい、少なからず傷は重ねているはずだ。

 しかしゲマトリアの気配はまだ衰えない。

 首を抉られた黄色い奴も、早くも再生し始めている。

 流石に大真竜だけあって、なかなか底は晒して貰えないらしい。

 

「このぐらいでェ、調子に乗らないで下さいよぉ!!」

「そっちは大分余裕がなさそうだな!」

 

 吼える青と赤のゲマトリア。

 傷を塞いでいる最中の黄色は、その前に全力で蹴り飛ばす。

 再生に専念していた為か、思ったより軽く転がす事ができた。

 その瞬間に力場の爪が飛び、再度足元の床が揺らぐ。

 そう何度も同じ手に掛かるかと、剣で力場を壊しながら泥の沼を躱す。

 《邪焔》の爪を弾き落とし、ゲマトリアの鱗を刃で削ぎ落す。

 こっちは大分しんどいが、ゲマトリアはまだ消耗した程度。

 だが確実に削っているのは間違いない。

 ボレアスも直接手は出さず、《吐息》の動作を見せたりして牽制してくれている。

 今は撃たずとも、次の瞬間には撃って来るかもしれない。

 それはゲマトリアにとっても結構な重圧プレッシャーになっているようだ。

 

「いい加減、鬱陶しいんですよ貴方たち……!!」

 

 傷を塞ぎ切った黄色。

 赤は炎を吐き、青は《邪焔》と力場と二つの爪で攻め立てる。

 こっちの鎧もガリガリと削られ、肉も骨も軋まない場所はない。

 攻め手が厳しいせいで、賦活剤を呑む機会タイミングも難しい有様だ。

 間違いなく消耗しているはずだが、ゲマトリアの力は衰えない。

 

「分かってますよね! 分からない程に馬鹿じゃないですよね!?

 ボクはまだ余力があるのに対して、貴方達は今の時点で限界ギリギリ!

 このまま続けても、最後に勝つのは――」

「……ええ、お前でしょうね。、だけど」

 

 苛立ちながら吠えるゲマトリア。

 それに対し、するりと滑り込む凍てついた声。

 アウローラだ。

 封印を解く事に専念していた彼女が笑っている。

 それが意味するところは、つまり。

 

「さぁ、王の冠を弄んだ罰よ。報いを受けなさいな」

「しまっ――!?」

 

 アウローラが嘲りの言葉を放つと同時に。

 見えない力が、上から三匹のゲマトリアを纏めて叩き潰した。

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