261話:いつものアイツ


 ……果たして、どのぐらいそうしていただろう。

 微かに伝わってきた振動が止み、どこかに到着したのは分かった。

 ただ、それですぐに何かが起こるワケではなかった。

 窓もないせいで、見えるのは変わらない金属の部屋だけ。

 時間感覚は曖昧なまま過ぎて行く。

 

「まさかこのまま放置して干上がらせようって話か……?」

「そうではない……と、思いたいが……」

 

 私は竜だから平気だけど。

 人間である姉妹は、流石に長時間呑まず食わずは堪えるらしい。

 レックスの方は大丈夫だろうか。

 

「俺はまぁ、まだ大丈夫だな」

「……ごめんなさい。この状態だと、流石に……」

「良いさ。拘束されてんのはみんな同じだからな」

 

 魔法が使えれば、水も食料も何とかなるのだけど。

 丁寧に縛り上げられているため、簡単な術式一つも発動できない。

 ……あのナメクジめ、良い仕事をするじゃない。

 腹立たしいけど、封印の完璧さは認めざるを得なかった。

 いつぞやの真竜マーレボルジェが仕掛けて来た物とは完成度が違う。

 仮に私が万全な状態でも、これを無理やり解くのは難しい。

 結局は、大人しくしている他なかった。

 そうして、更に幾らかの時間が経過した頃。

 

「――生きているか?」

 

 もうお馴染みとなってしまった男の声。

 糞エルフ――いや、ウィリアムの言葉と共に、壁の一部が変化する。

 継ぎ目も何もなかった場所が扉のように開いたのだ。

 差し込んでくる光に、思わず目を眇める。

 

「生きてるけど、遅くね?」

「すまんな。大真竜の方々は多忙のようでな。

 時間を用意するのに手間取った」

「……なんだよ、オレらを煮込む用の鍋でも温めてたのか?」

「ハハハハハ」

 

 イーリスの皮肉に、何故か大笑いするウィリアム。

 いや、そんな面白い冗句でもないでしょう。

 笑いのツボが分からないんだけど。

 

「それで、後ろにいるのは?」

「あぁ。護衛――というよりは、見張り役だな」

 

 警戒を滲ませるテレサの言葉。

 それで初めて、私はウィリアムの背後に立つ存在に意識を向ける。

 最初、甲冑の騎士が二人立っているのかと思った。

 けど違う。

 そもそもそれは人間ではなかった。

 イーリスが扱う、あの《金剛鬼》と同じカラクリ仕掛け。

 レックスより頭一つ分は大きい機械人形が二体、直立不動で佇んでいた。

 

「見張りというと、俺達の?」

「この場合、俺も含めてと言った方が良かろうな」

「なんでだよ。お前、一応大真竜側だろ?」

 

 意味が分からん、と。

 そう言わんばかりにイーリスは首を傾げる。

 対して、ウィリアムは大げさに肩を竦めてみせて。

 

「曰く、『お前はイマイチ信用ならない』そうだ。

 まったく、酷い話だと思わんか?」

「残念でもなく当然の評価では??」

 

 レックスのツッコミは本当に冴えてるわね。

 単なる事実を突きつけられても、ウィリアムは気にした様子もない。

 逆に心外だとでも思ってるのかしら。

 チラリと、背後の機械人形の様子を窺うウィリアム。

 感情も何もない無機質な目線。

 それは囚人である私達より、味方であるはずのエルフを見ていた。

 ……うん、まぁ。

 皮肉でも冗談でもなく、当然の処置じゃないかしら。

 

「……まったく、酷い話だと思わんか?」

「別に大事なことじゃないからどうでもいいわ」

 

 イーリスもバッサリ言ったわね。

 テレサは完全にコメントに困っている顔だ。

 で、そんなことより。

 

「いい加減、何しに来たか教えて貰って良いかしら」

「あぁ。予想は出来ているだろうが、面会だ。

 今の俺の主人と、その同僚のお歴々が話をしたいらしい」

「…………」

 

 ウィリアムの、今の主人。

 ブリーデのことを思い浮かべて、私は何故か言葉に詰まった。

 あの子が今、何を思っているのか。

 どうして、あの糞雑魚ナメクジがあんな力を得るに至ったのか。

 何故、大真竜なんていう地位に収まっているのか。

 あまりにも、分からない事が多すぎる。

 

「どういう用件とかは、確認しても良いのか?」

「生憎と俺も把握していない。

 とりあえず連れて来い、という話だ。

 大真竜の秘密主義にも困ったものだな」

「単に信用がないだけでは?」

「面白い冗句を言ったところで、お前にしてやれる事はないぞ竜殺し」

「いや、ただの事実じゃねぇか?」

 

 ……いや、何か楽しそうね。貴方達。

 良いですけど、ええ。

 一人で悲壮な空気出してる自分が馬鹿みたいとか。

 そんなことは微塵も思っていませんとも。

 

「……大丈夫ですか、主よ」

「ん。あぁ、ええ。大丈夫、大丈夫よ。

 ……貴女も大変ね」

「??」

 

 小声で気遣ってくれたテレサに、思わずそんなことを言ってしまった。

 まぁ、当人は流れや空気にすっかり慣れてしまってるようだけど。

 

「枷はそのままでも、歩く分には問題ないはずだ」

「女の子の分ぐらいは緩めてくれても良いんじゃないか?」

「俺は構わんが、許可が出ていない。

 さぁ、文句は良いから大人しく着いて来るといい」

 

 レックスの言葉を軽く受け流し。

 ウィリアムはそのまま踵を返した。

 この場での問答は意味がないと、その背中が語っていた。

 ……仕方ないわね。

 

「行きましょう」

「だな」

 

 先頭は私とレックスが。

 そのすぐ後ろに、テレサとイーリスの姉妹が続く。

 一番先にはウィリアムが歩き、機械人形はその両脇を固めている。

 何と言うか、ホントに立ち位置がウィリアムの監視ね。

 一応、こちらにも必要分の注意は向けてるみたいだけど。

 

「日頃の行いが透けて見えるなマジで」

「心外だな」

 

 軽口を叩くレックスに、ウィリアムは淡々と応える。

 何処に繋がっているかも不明な、鈍い色をした金属製の通路。

 特別な素材で出来ているのか、不思議と足音は響かない。

 見渡しても、やはり窓の類は一つもなかった。

 ……やっぱり、此処は監獄なのかしらね。

 目の前の男は看守と呼ぶには大分胡散臭いけれど。

 

「この場所が何なのか、気になるようだな。《最強最古》」

「……顔も見ずに顔色を読むなんて、器用な真似をするのね?」

「自分の置かれた状況ぐらい、なるべく早めに把握したいだろう。

 そのぐらいは顔色など見なくとも直ぐに分かる」

 

 振り向きもせず、進む足も止めないまま。

 ウィリアムは、ほんの少しだけ笑みを含んだ声で言って来た。

 言う通りではあるけど、微妙に腹が立つわね。

 そんな僅かな気配も察したのか、糞エルフは軽く含み笑いをこぼす。

 ホント、両腕が自由なら引っ叩いてやるのに。

 

「で、実際ここは何処なんだ?

 確かコッペリアって奴は、自分の都市とか言ってた気がするが」

「その言葉通りだな。まぁ、見ているといい」

 

 レックスの言葉に応じながら、ウィリアムが初めて足を止める。

 そこは何もない、突き当りの壁にしか見えないけど……。

 

「少し待て」

 

 そう言って、ウィリアムの指先が壁に触れた。

 何かを操作するように、何度か手首が動く。

 すると――。

 

「……おぉ?」

 

 継ぎ目なんて少しも見えなかったはずの壁が、音もなく動き出した。

 まるでパズルの欠片みたいにバラバラとなる。

 変化に掛かるまでの時間はほんの一瞬。

 

「こっちだ」

 

 新たに口を開けた通路の先へと。

 ウィリアムは歩き出しながら私達を促した。

 当然、付いて行く以外にはない。

 順番は変わらず、私とレックスが先に続くけど……。

 

「何だコレ」

 

 そこに広がる光景を見て、レックスは思わず呟いた。

 声には出さなかったけれど、私も少なからず驚いてしまった。

 さっきまでの金属製の筒みたいな通路とは違う。

 私達が足を踏み入れたのは、全面がガラス張りみたいな透明な道だ。

 足場が消えたかと、一瞬錯覚してしまったけど。

 しかもわざわざ歩を進めずとも、足下が勝手に動いてる感触もある。

 しかし、それより驚くべきは……。

 

「これ、都市なのか……?」

 

 半ば絶句した状態で、イーリスは眼下の光景を見ていた。

 それは都市だった。

 意味合いとしては、それ以上でも以下でもない。

 ただ、これまで見て来た如何なる都市よりも高度に発展しているだけ。

 多少の差はあれど、真竜の支配する都市はどれも似たようなものだった。

 高層建築が並び、様々な機械技術が組み込まれた閉鎖型都市。

 基本的な部分は何も変わらない。

 ただ、規模という一点で明らかに異なっていた。

 どこまでも果てしなく広がる巨大都市。

 どんな闇も押し退けるような眩い光。

 高く聳える建造物の群れと、その隙間を自由に飛び回る無数の機械。

 

「……これじゃあ、まるで……」

「《天の庭バビロン》、だな」

 

 唇から漏れ出た呟きに、レックスが囁く声で応えた。

 そう、これと似たモノを私は知っている。

 かつて地上に咲き誇った大いなる都。

 竜王バビロンの愛に抱かれた、過去に消えた理想郷。

 《天の庭バビロン》――この機械都市は、アレに匹敵する。

 こんな馬鹿げた代物を、あの死にたがりが築いたと?

 

「驚くのも無理はない。俺も最初に見た時は流石に肝を潰した」

「ホントかよ」

「どっちにしろ顔に出ねェからわかんねーだろコイツ」

「二人とも……」

 

 本当に、レックスとイーリスのツッコミは容赦ないわね。

 テレサも呆れた様子で笑うだけだけど。

 ウィリアムの方も、やっぱり特に気にした様子は見せない。

 もうツッコまれるのも慣れたのかもしれない。

 

「《アカツキ》、という名の都市であるらしい。

 聞いた話では、現在の大陸において最も発展した都だそうだ」

「……そんなものを、ヘカーティア――いえ、コッペリアが?」

「らしいが、俺の直接の主人はブリーデだ。

 同じ大真竜とはいえ、コッペリアについては詳しくない」

 

 ブリーデという名を出されると、どうしても感情がモヤモヤする。

 あまりそういうのは、表に見せたくはないけど。

 

「大丈夫か?」

 

 直ぐに察して、レックスが気遣ってくれる。

 ええ、それはそれで嬉しいのだけど。

 とりあえず、軽く首を横に振って。

 

「ええ、大丈夫。ありがとう、レックス」

「ん。それなら良いんだけどな」

 

 私は微笑みながら頷き、視線をレックスから前の方へと向ける。

 宙を渡る透明な通路が伸びる先。

 そこには、黒々と聳え立つ塔があった。

 これも、《天の庭》で見たモノに近い印象を受ける。

 

「あの塔の奥で、大真竜たちが待っている。

 何を話す気なのかは知らないが、まぁ無事では済まんだろうな」

「サラっと言う事じゃないと思うんだよなぁ」

「だが事実だろう、竜殺し。

 まさか平和的に話し合って解放して貰えるとは思っていまい」

「そりゃなぁ」

 

 交わす言葉の調子は、あくまで軽い。

 レックスもウィリアムも、その真意は何処にあるのか。

 或いは、話しながらお互いを探っているのかも。

 

「で、お前の狙いは?」

「直球で聞いて来るな」

「回りくどく言っても煙に巻くだけだろ、お前」

「良く分かってるじゃないか」

 

 監視の機械人形がいる、という状況。

 にも拘らず、ウィリアムは平然と言ってのける。

 二心を持ってるだろうことを、否定する様子もない。

 ……ホント、出来れば関わり合いになりたくない男ね。

 

「少なくとも、今は大真竜――いや、ブリーデに仕える事に利益がある。

 多少は難のある主人だが、まぁ気にしなければ気にならん程度だ」

「流石に裏切って後ろから刺したりは止めろよ??」

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

「糞エルフ」

 

 非の打ち所も無い完璧な返答だった。

 ウィリアムは、最高の冗談を聞いたように笑って。

 

「安心しろ。確かに必要があれば躊躇うつもりはない。

 が、あのご主人様相手にその必要性が生じるとは思ってない」

「今の発言のどこに安心する要素があんだよ」

「イーリス、黙って聞いてるんだ」

 

 テレサは止めたけど、大体イーリスの言う通りよ。

 思わず睨んだら、ウィリアムは振り向きもせずに肩を竦めた。

 

「ブリーデは《大竜盟約》の序列六位。

 あのゲマトリアよりも一つ上の大真竜だ。

 仮に不意を打とうが、俺如きがどうにかなる相手ではないだろう。

 それでは不安か?」

「まぁ、それはそれで良いけどな。

 何が狙いかって最初の質問、結局答える気はない感じか?」

「多くは語れんな。俺とお前は仲間というワケでもない」

 

 ただ、と。

 ウィリアムは、そう前置きをした上で。

 

「最後に――いや、違うな。

 

 お前には、それだけ言っておこうか」

「そうか。――だったら、

 

 笑う。

 ウィリアムもレックスも、互いの言葉を笑い飛ばす。

 それがどういう形になるかは分からないけど。

 どちらも、いずれ矛を交える事になると確信した上で話している。

 そして、自分の勝利が揺るぎないことをお互いに確信していた。

 その辺りを察してか、姉妹は絶句している。

 正直に言えば、私もちょっとヒいてるわ。

 

「さて、無駄話はこのぐらいにしておくか」

 

 鍔迫り合いみたいな空気。

 それをウィリアムはあっさりと切り替えた。

 肩越しに私達に視線を向けながら、片手で前方を示す。

 いつの間にやら間近に来ていた、天を衝く機械仕掛けの塔を。

 

「中に入れば、程なく大真竜たちとご対面だ。

 今の内に心の準備をしておくことだな」

 

 そう言って、ウィリアムは感情の読めない笑みを見せた。

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