262話:お前のせいだ

 

 それから私達は、特に何事もなく塔への侵入を果たす。

 内部は広く、鈍い色をした金属の通路が複雑に入り組んでいる。

 まるで鋼で造られた蜘蛛の巣のように。

 加えて、通路のあちこちに機械人形が徘徊していた。

 恐らくは、ウィリアムを見張っているのと同じタイプだ。

 時々、目の部分を赤く光らせながら辺りを監視しているようだ。

 流石に警備体制が厳重ね。

 

「随分とまぁ物々しいな」

「向こうにも事情がある」

 

 半ば独り言として呟いたレックスに、ウィリアムは律儀に応える。

 その言葉に、イーリスは少しだけ眉を潜めた。

 

「こんなガチガチに警備固めなきゃならん事情?

 そんなもんが大真竜側にあるって話か?」

「それがお前達だとは思わんか?」

「……そうだとすれば、先程いた監獄の辺りで同様の警備を敷くべきだろう」

 

 ウィリアムの言葉に、テレサは慎重に返す。

 それは満足の行く回答だったのか。

 人の悪い笑みで、ウィリアムはわざとらしく頷いてみせた。

 

「その認識で間違っていない。

 が、その『事情』も俺から話すべきでもないだろう。

 知りたければ当人らに聞いてくれ」

「役に立たんなー」

「仲間というワケでもないからな」

「「ハハハハハハ」」

 

 何故か声を上げて笑い合うレックスとウィリアム。

 まぁ、楽しそうで何よりですけど。

 そんな馬鹿な話をしている内に、目的地に到着したようだった。

 ひと際大きく分厚い、金属製の扉。

 ドアノブらしき物はなく、壁に四角い機械が取り付けられている。

 多分、あの端末を操作するのかしらね。

 見ている内に、ウィリアムがその機械に指を触れさせた。

 そして。

 

「――やぁ、わざわざご足労すまないね」

 

 扉が音もなく開くと同時に。

 聞き覚えのある年若い娘の声が、私達を出迎えた。

 それは無駄に広い部屋だった。

 中央に置かれた真っ白い円卓と、それを囲む形で配置された豪奢な椅子。

 床に敷かれた絨毯は、まるで血のように赤い。

 室内の各所に置かれた調度品は、どれも高価で稀少な代物なんでしょうけど。

 それ以上に、部屋で待っていた者達の存在感が強かった。

 一人は椅子に座ったまま、視線だけを私達に向ける白い娘――ブリーデだ。

 そしてもう一人は、最初に出迎えの声を発した少女。

 身軽な男装に身を包んだ少年にも似た外見は、昔見た時と変わらない。

 違いがあるとすれば、片目に機械のようなモノが埋まってるぐらいだろうか。

 以前はもっと、陰気な印象だったけど。

 

「……今は、コッペリアで良かったのかしらね?」

「あぁ。古い名前は避けてくれると嬉しいね」

 

 私の言葉に、コッペリアは笑顔で頷く。

 本当、私の知らない数千年の間に何があったのか。

 ブリーデとコッペリア。

 部屋で待っていたのは、この二人に加えてもう一人。

 

「おう、久しぶり……ってほど、久しぶりでもないか?」

「どんだけ神経太ければそんな挨拶ができるんですかねぇ……?」

 

 幼い少女の姿を見て、最初は知らない相手かと思った。

 けど良く見たら、外見的な特徴はあまり変わっていない。

 レックスが軽い調子で挨拶すると、うんざり顔で応じた最後の一人。

 それは間違いなく、私達が倒した大真竜のゲマトリアだった。

 滅んでいないという話は、事前にコッペリアから聞いてはいたけど。

 

「ホント、しぶといわね貴女。あぁ、一応褒めてるのよ?」

「めっちゃムカつくんで話しかけないで貰えます??」

 

 あぁ、こわいこわい。

 犬のように唸られては、私としても素直に従うしかない。

 

『……流石は長兄殿って言えば良いのか?

 一応立場的には捕虜だろうに、態度がミリも変わらないとか』

「単にバカで無神経なだけよ。昔っからそうじゃない」

『否定できんわー』

 

 ……何やら、また聞き覚えのある声が。

 姿は見えない……いや、違う。

 

「ちょっと、ヴリトラ? アンタなんでそんな場所にいるのよ」

『ねこです。だから膝の上に陣取ってもなんら問題はないんです』

 

 そう。

 猫――いえ、ヴリトラもまた同じ部屋にいた。

 姿が見えなかったのは、単にブリーデの膝で寝転んでいたから。

 怠惰に伸びている姿からは、竜王の威厳など微塵も感じられない。

 

「一応、お前達と同様に捕らえた方がいいのでは、と進言はしたがな」

「構わないわよ。コイツ、そこまでやる気ないし。

 私と戦うつもりは、それ以上に無いみたいだから」

『悪いな、長兄殿。バチバチやるぐらいなら、オレはここで惰眠を選ぶ……!』

「コイツ……恥ずかしいことを恥ずかしげもなく堂々と……」

 

 余りの開き直りっぷりに、イーリスは戦慄していた。

 気持ちとしては私も似たようなものだけど。

 いや、ホントになんでそんなところに堂々と陣取ってるのよ。

 両腕が自由だったら即座に八つ裂きにしてやるのに。

 私が視線に込めた怒りを感じたか、猫は隠れるように丸くなってみせた。

 全然隠れて無いし、むしろ余計に腹が立ってきたけど。

 

「どうどう」

「レックス、私は冷静だから……!」

 

 だからそんな、暴れる犬を諫めるみたいな空気を出すのは止して頂戴。

 と、私達が騒いでるのを、ゲマトリアは横で眺めながら。

 

「……こんな連中に負けたのかぁ、って。

 改めて認識した現実がめっちゃ辛いんですけど」

「ほら、アンタもこっちに来なさいよゲマ子」

「ゲマ子呼びは止めて貰えませんかねぇブリーデさん!!」

 

 なんて、こっちはこっちでブリーデの傍に寄って行く。

 あぁ、猫と小娘に囲まれて随分と居心地良さそうねこのナメクジ。

 別に私はなんとも思ってませんけど。

 ええ、何とも思っていませんから。

 

「……ホント、ブリーデから聞いた時は正直半信半疑だったけど」

 

 コッペリアの声は、広い部屋の中で硬い音を響かせる。

 穏やかで、いっそ朗らかでさえある声。

 にも拘らず、聞く者に硬く鋭い金属を思わせる。

 そんな不可思議な声で呟きながら、コッペリアは私を見ていた。

 無機質な機械の瞳が、観察するような視線を向けてくる。

 

「随分と印象が変わったね、《最強最古》。

 僕の知ってる君は、もっとどうしようもない生き物だったのに」

「……そういう貴女も、大分雰囲気が変わったわね」

「そうかな? まぁ、君の知らないところで色々あったからね」

 

 皮肉のつもりで口にした言葉に、コッペリアは皮肉げな笑みで応じて来た。

 ……やっぱり、昔とはかなりイメージが異なる。

 私に関わる時は、基本的に怒りと敵意が剥き出しだったはずなのに。

 

「まぁ、昔のことはどうだって良いんだ。

 いやどうでも良くはないが、今は然程重要じゃない。

 僕としてはもっと先の事を――未来について話がしたいな」

「……コッペリア、一体何を考えてるの?」

 

 そう、不安げな声を漏らしたのは。

 膝に猫を抱き、片手でゲマトリアの頭を撫でていたブリーデだった。

 こんな場で、ペットに取り囲まれてるとかまぁ良いご身分ね。

 ペット云々は口に出すと、ゲマトリアが五月蠅そうだし黙っておく。

 いや、それよりも……。

 

「コイツらを捕まえる事には同意したけど。

 それからどうする気なのか、私はまだ何も聞いてないわ」

「そうだったかな?」

「そうよ。何度か聞いたけど、その度にはぐらかすし……」

「ボクの方だって何も聞いてませんよ。

 一体どういうつもりなんですか?」

 

 ……コッペリアが、自身の口で語っていた通り。

 本当に、大真竜も一枚岩ではないみたいね。

 私達をここまで引っ張り出して来たのは、あくまでコッペリアの判断と。

 様子を見た限り、詳しい事はブリーデもゲマトリアも聞いていないみたい。

 それが状況を打開する隙になれば良いけど。

 さて、一体何を考えているのか。

 

「まぁ、ギリギリまで黙っておきたかったんだ。

 それは僕個人の判断で、ヤキモキさせたのなら謝るよ」

「……で、結局どういう用件なワケ?」

「そう難しい話じゃないさ。

 君が僕をコッペリアと呼ぶなら、僕も君をアウローラと呼ぼう。

 昔の事の多くは――まぁ、少なくとも今は水に流そうか」

 

 コッペリアは笑っている。

 ――水に流す、と言葉で口にしている割に。

 私の事を見る目は、あまり笑ってないようだけど。

 

「率直に言おうか。

 

「……は?」

「コッペリア……!?」

 

 言っている意味が分からない、と。

 そう叫びそうな勢いで、ブリーデが立ち上がった。

 膝の上から哀れな猫が転げ落ちる。

 ただ寝てるため、あまり気にした様子もない。

 いえ、今はそれよりも。

 

「本気で言っているの?」

「冗談でこんなことは言わないよ、君とは違ってね」

 

 チクリと、針のように肌に刺さる程度の敵意。

 コッペリアは口や態度に見せるほど、私の事を軽く考えてはいない。

 そんな状態で、昔の多くは水に流す――なんて。

 冗談でないなら何だと言うのか。

 ナメクジ……ブリーデもブリーデで、かなり気が立っている。

 ゲマトリアは存外冷静にコッペリアの様子を見ていた。

 

「……連行するって言った時点で、まさかとは思いましたけどね」

「おや、ゲマ子は予想してた感じかい?」

「ゲマ子言うなし。……予想してたワケじゃないですけど。

 ただ可能性としてはあり得るなと、その程度には考えてましたから」

 

 成る程、と。

 納得した風にコッペリアは頷く。

 ……話の流れに付いて行けないのか、テレサとイーリスは無言。

 レックスの方も黙って聞く姿勢を見せている。

 だから私が話の続きを促すしかない。

 

「本気だったら逆に疑問ね。

 私は――私たちはもう、何柱もの真竜を討ち取ってる敵よ?

 なんだったら、そこの大真竜を名乗った小娘だって倒してみせた」

「まだ僕は生きてるんですから、完全に負けじゃありませんよー!!」

「ゲマ子はちょっと黙ってなさい」

 

 言いながら、ブリーデは伸びてた猫をゲマトリアの顔面に被せた。

 もがく小娘は無視して、私はコッペリアに意識を向ける。

 

「答えなさい、コッペリア。

 人にモノを頼むのなら、なにより誠実さが大事でしょう?」

「どの口が言うんだ、っていうのが率直な感想だけどね」

「……で、聞かせて貰えるのか?」

 

 今まで黙って聞いていたレックスが、首を傾げながら問いかける。

 機械で出来ているコッペリアの片目を、正面から見据えて。

 視線は逸らさないままコッペリアは笑う。

 

「……成る程、良い男を捕まえたみたいだね。

 君には勿体ないぐらいじゃないかな、アウローラ?」

「褒めて貰えんのはありがたいが、答えてくれるのか?」

「良いとも。君は狂えるバビロンを鎮めてくれた。

 少なくとも、僕は君個人には敬意を払いたいと思ってる」

「や、それは別に俺一人がやった事じゃないけどな」

 

 口だけの賞賛、というワケでもなさそうだけど。

 穏やかに語るコッペリアとは対照的に、ゲマトリアは苦い顔をしている。

 その辺りの理由は、ちょっと良く分からないけど。

 ブリーデが諫めるようにその髪を撫でていた。

 

「君らをこの都市に連れてくる時にも言ったけど。

 盟約の上位である大真竜たちはアウローラのことを滅ぼしたがってる。

 まぁ、立場的にも完全に敵だし。

 放っておくと何をしでかすかまったく分からないからね」

「そっちからすれば当然の話だな」

「けど、じゃあ排除しようっていうのも短絡だと思わないかな?」

 

 笑うコッペリアの表情からは、真意は読み取れない。

 むしろ、私の知る頃よりも深まった狂気の片鱗すら見え隠れする。

 下手に言葉が通じる分だけ、不理解の溝の深さを感じさせた。

 

「だから、私に盟約に加われと?

 繰り返しになるけど、本気で言ってるの?」

「そうだとも。大体、排除して終わりじゃああまりに無責任だ。

 あぁ、この場合の『責任』は君が持つべきものだよ?」

 

 言いながら、コッペリアは私を正面から指差す。

 ……私の責任?

 

「待ちなさい、一体何の――」

「あぁ、分からないだろうね。それはちゃんと理解してる。

 だからこの場で、ちゃんと僕が言葉にしてあげるよ。

 今はアウローラを名乗る、かつての《最強最古》」

 

 拘束された状態の私を指差して、コッペリアは笑う。

 狂気と敵意、歓喜と憤怒。

 複雑に入り乱れた感情を、笑みという形で表しながら。

 

「――この世界が、この大陸の全てが。

 真竜がどうだのと、こんな風におかしくなってしまった原因。

 


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