263話:千年前の罪


「……全部、私のせい?」

 

 そのコッペリアの発言に、私は聞き返してしまった。

 まったく心当たりがない――という、わけではなかった。

 真竜どもが古竜の魂を取り込むために用いている術式。

 これに関しては、私も覚えがある。

 今はレックスの手にある竜殺しの魔剣。

 そこに組み込んだ物と、元は同じ術式だ。

 改造が加えられてて、大分別物になってはいるけど。

 その事実を差しているのであれば、言わんとする事は分かる。

 とはいえ、それでも私が全ての原因とは……。

 

「……まぁ、そんな気はちょっとしてたけどな」

「主よ、その――私は、何と言ったら良いか……」

「姉妹揃ってホントに良い度胸ね??」

 

 もうちょっと、こう、何か無いのかしら。

 いや確かに、私自身も大きな声で否定し辛くはあるけども。

 

「アウローラのせいって、具体的にはどういう話なんだ?」

 

 と、レックスはコッペリアに聞き返す。

 相変わらず、顔なじみの大真竜は笑ったままで。

 

「千年前に起こった事について、君らはどれだけ知ってる?」

「何か古竜がおかしくなって、それで人間が戦いを挑んだとか。

 それで勝った連中が今の真竜になった。

 ……多分、そんぐらいだよな?」

「あぁ、大筋はそのはずだな」

 

 確認するレックスに、イーリスが頷く。

 それを聞きながら、コッペリアは「成る程」と小さく呟いて。

 

「当然、細かく分ければもっと色々あるけど。

 起こった事実の認識としては、それで概ね間違ってはないね。

 ――千年前、古竜の多くが狂い始めた。

 それがいつ頃から始まったのか、正確なところは僕も知らない。

 若い古竜だけでなく、強大な自己を持つはずの《古き王》すら例外なく。

 まるで病でも広がるように、狂気は古竜全体を蝕んだ」

「…………」

 

 語り始めたコッペリアの言葉に、一先ず耳を傾ける。

 千年前に、古竜に広がった狂気の病。

 まるで何処かで聞いた話だ。

 

「――《十三始祖》と状況が似てる。

 そう思っただろ?」

 

 そんな私の思考を見透かすように。

 コッペリアは囁くように言って来た。

 ……或いは、本当に読心を仕掛けたのかもしれない。

 力の封じられている今の状態では、防御は完全とは言いがたい。

 

「似てはいるけど、それだけでしょう?

 所詮、《十三始祖》は定命モータルに過ぎなかった。

 だからその大半が、不老不死という永遠に耐え切れなかった。

 魂が不滅でも、精神はその狂気に冒された。

 けど――」

「それは彼らが定命であるからこそ。

 元々不死不滅として創造デザインされた僕らには関係ない。

 あぁ、全て君の言う通りだよ」

 

 《十三始祖》とは状況が異なる。

 コッペリアはあっさりとそれを認めた。

 まぁ、それは良い。

 古竜がたかが数千年の年月で狂うはずがない。

 けど、それならば何故?

 

『……誰かが何かやらかした、って事だよなぁ』

 

 ぽつりと、呟くみたいに。

 再びブリーデの膝に戻っていた猫が言った。

 自然発生した要因でないのなら、外的な原因が存在する。

 それ自体は当然の話だ。

 では、それをやったのは?

 

『で、長兄殿? 心当たりは?』

「お前も私が何かした前提で言うのは止めなさいよ……!」

「……過去の行いを省みてみたらどうなの?」

「ボクは三千年前だと生まれてすらいないんで直接知りませんけど。

 ブリーデさんがここまで言うとか相当ですね?」

 

 そこのゲマ子もうるさいわよ。

 猫もいいから口を閉じてなさい、まったく。

 

「っても、アウローラは俺を生き返らせるためにずっと籠ってたんだろ?

 やっぱり関係なくね?」

「そ、そうよ。レックスの言う通り。

 千年前に何があったかなんて、私はまったく――」

「事を起こしたのは、《黒》と呼ばれた一人の魔法使いだ」

 

 あっさりと。

 ええ、本当にあっさりと。

 コッペリアは、過去に起こった災厄。

 その元凶である人物を明かした。

 《黒》――あぁ、まさか今さらその名を聞くなんて。

 彼方より渡り来た魔法使い、《十三始祖》の一人。

 永遠に病んだ同胞らを救うために、敢えて私と手を結ぶことを選んだ男。

 そして――企みの土壇場で、私が裏切って切り捨てた相手。

 真竜の術式に、剣に施した物と同系統の術式が使われてる時点で考えはしたけど。

 まさか、そんな根深いところに関わってるなんて。

 

「心当たりは当然あるだろう? なぁ、《最強最古》」

「……その名で呼ばれるのは、あまり好きじゃないわ。

 それで、あの男がどうしたの?」

「最初は味方だったんだ。

 《十三始祖》の多くが狂い、そこに《五大》含めた古竜まで狂い始めた。

 竜の時代は荒れに荒れて、嵐を過ぎるなんてとても待てる状態じゃなかった」

 

 その当時を直接見た者として。

 コッペリアの語る声には、強い熱が宿っていた。

 それが如何なる地獄であったのか。

 それはきっと、実際に目にした者にしか分かるまい。

 

「それを打破するために、人間を含めた一部の者が立ち上がった。

 ここまでは、君らも知ってるんじゃないかな?」

「あぁ、聞いた覚えがあるな」

「記録っぽいのは、オレも読んだよ」

 

 レックスと、それにイーリスが頷く。

 加えてイーリスの方は、ちらっとゲマトリアの方を見た。

 力を失っている大真竜は、睨み返すだけで何も言わなかった。

 

「その中に、まだ正気を保っている始祖も参加していた。

 《黒》もその一人だったワケだ。

 彼はという『竜を封じる術式』を提供したよ。

 高度で複雑な術式で、そのままでは一部の者以外には扱えない。

 だから当時のブリーデの手で、その術式を剣に組み込んだ。

 武器としてなら、魔術が使えない者でも扱えるようになるからね」

「……成る程ね」

 

 そうして、レックスの後に竜殺しは行われたと。

 狂って同士討ちさえし始めた古竜なら、手段さえあれば隙もあったでしょう。

 人間たちは与えられた竜殺しの剣で、次々と古の王を討ち取った。

 そこまでは良い、そこまでは。

 

「……そこだけ聞くと、《黒》は元凶どころか協力者に……」

「事を起こしたのは《黒》だと、コッペリアは言ったでしょう。

 そもそも、

 

 酷く硬い声で、ブリーデが私の言葉を遮った。

 言ってる内容は、俄かには信じられないようなもので。

 

「古竜を――狂わせた? アイツが、どうやって?」

「理解できない、って顔だね。

 分かるよ、僕だって何も知らずに言われたら同じ反応をする。

 幾らアイツが強力な魔法使いでも、そんな真似は絶対に不可能だ。

 《十三始祖》の筆頭ですら同じことは出来ない」

 

 恐らくは、この大陸における究極の魔法使い。

 神に最も近いとすら呼べる者ですら、そんな事は不可能。

 私もコッペリアと同じ認識だ。

 なら、何故――?

 

『……は?』

 

 再び、猫――いえ、ヴリトラが呟く。

 嫌な予感を駆り立てる響きが、その声には含まれていた。

 バベル、それは私たちと同じ《古き王》の一柱。

 兄弟姉妹の中では、一番最後に創造された竜。

 石木のように動かぬ全ての竜に、「言葉」という意思を伝える。

 相互の関係を繋いで、完全なる竜を動かす切っ掛けとするために。

 《言語統一バベル》と呼ばれる意思疎通の理を生み出した、最後の竜。

 ……そして、マレウスとヴリトラと並んで眠ることを好んだ竜でもある。

 いや、好んだどころの話じゃない。

 何故なら、バベルが目覚めているところを見た者は皆無なのだから。

 

『バベルも、お前達が仕留めたのか?』

「察しが良いね、ヴリトラ。相変わらず賢い。

 ……眠る竜王バベルの安否は、僕らの誰も知らなかった。

 何せ創造されて以来、目を覚ました回数さえ誰も知らない奴だ。

 全ての言葉を繋ぎ、危険な言葉を呑み込んで。

 後はかつての古竜の在り方そのままに、石木として眠る事を選んだ」

 

 そう、それこそが竜王バベルだ。

 ただ一つの権能である《言語統一》。

 これを世界に広げた後は、仕事は終わったとばかりに眠ったはず。

 結局、それでも古竜が動くことはなく。

 その事実に絶望した《造物主》は、己の不完全さを悔いて自ら命を絶った。

 ……完全であったはずの、父たる《造物主》。

 それが死ぬところを目の当たりにした事で、古竜は活動を始めた。

 「完全だからこそ動く必要がない」という大前提を失って。

 果たして、これほど皮肉な話があるだろうか。

 

「けど、一体バベルが何の関係があるの?

 アイツはやる事だけやって、後はさっさと――」

「眠った。そう、だから誰もバベルの安否は知らなかった。

 古竜全体が狂い始めても、そこにはごく少数の例外があった。

 だから、逆に気付くのが遅れたんだ。

 バベルもきっと、影響を受けずに眠ってるだけだと誤解した」

「……それで、そのバベルがなんだってんだ?」

 

 背景を知らないイーリスは、やや困惑した様子で疑問を口にする。

 正直、私もそれがどう繋がるのか……。

 

『バベルの奴は、危険な言葉も同時に封じてた。

 下手な野郎が扱いを誤るとヤバい《力ある言葉》の一部だ。

 ……長兄殿は知ってるはずだろ。

 その中には、殿も含まれてるって』

「――――」

 

 ヴリトラの指摘に、私の中で線がようやく繋がった。

 あぁ、そうだ。そうだった。

 父たる《造物主》は、世界の構造すら歪める次元渡りの超越者。

 自らを殺した後に残された物ですら、その影響は絶大。

 レックスが持つ魔剣も、その刀身は神の血肉を鍛え上げたものだ。

 そして屍だけでなく、神はその「真名」にすら魔力を宿す。

 

「……神の名を、みだりに唱えてはならない。

 超越者である《造物主》の本当の名は、それだけで絶大な力を持つ。

 余りにも危険過ぎるため、『言葉』を司るバベルがそれを呑み込んだ。

 アレが眠りを優先したのは、それが理由の一端かもしれないね」

『いや、アイツは単に寝るのが好きなだけだぞ。

 同好の士であるオレが言うんだから間違いない』

 

 とりあえず、猫の戯言は無視するとして。

 バベルは《造物主》の真の名を呑み込んで封印していた。

 その名は、それだけで天地を削る高密度情報体。

 仮に唱えることが出来たなら、その者には父の力の一端が宿るでしょう。

 普通はそんなモノ、名前の持つ情報密度に押し潰されてしまうはずだけど……。

 

「……《黒》は、それを奪ったの?」

「そうだよ。眠る言語の竜から神の名前を、あの男は奪い取った。

 古竜よりも上位である神の名が持つ力だ。

 竜という種族全体を狂わせるぐらいは容易かったろうね」

 

 コッペリアは笑っている。

 笑っているけど、その声には凄まじい憤怒が滲んでいた。

 私にとっては、知らぬ間に起こった歴史で。

 彼女らにとっては、まだほんの千年前に起こった出来事なのだ。

 

「……神の名を暴き立て、その力で竜という種族全体を狂わせる。

 それから機を見て人間側の決起を促し、同時に竜に対抗する手段を与える。

 全部、あの男が計画した通りになった。

 争い合って疲弊した竜を相手に、人間は良く戦った。

 多くの犠牲を出しながらも、人の英雄は次々に狂える竜を仕留めていった。

 魔法使いが与えた、竜殺しの剣を使ってね」

「…………」

 

 私は、何も言えなかった。

 《黒》が目的としている事が、想像できてしまったから。

 同時に、コッペリアが「お前のせいだ」と言い放った理由も。

 

「……不滅である竜の魂を収集し、一つの巨大な力に変える。

 なぁ、《最強最古》。君なら心当たりのある話じゃないかな?」

「……コッペリア」

「当時の《黒》も、決して多くは語らなかった。

 けど、彼自身も加担した計画の一端については口にしていた。

 恐るべき邪悪の企てを、裏切られた男は諦めもせず独自に模倣したんだよ」

 

 そうして起こった、無数の悲劇と惨劇。

 私が地べたに打ち捨てたはずの、あの魔法使いは。

 何一つ諦めることなく、三千年に渡る地獄を始めた。

 その地獄の最先端に立って、コッペリアは私に指先を突き付けて。

 

「君が、愚かな事を考えなければ。

 君が、あの哀れな魔法使いをちゃんと始末していれば。

 何も起こらなかった。

 あらゆる悲劇のきっかけは、全部君の行いから始まった。

 ――これでもまだ、自分は知らないと。

 君はそう言うのかい、アウローラ」

 

 重く錆びついた機械のような声で、私を弾劾する言葉を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る