幕間2:燃え上がる闘神
《死亡遊戯》の状況は、天井近くに浮かぶ水晶板でずっと見ていた。
レックスに迫る数々の危機を外野からただ眺めるだけ。
これほどもどかしい時間があるだろうか。
許されるならば直ぐにでも戦場へ飛び込みたい。
けれどそういうワケにも行かず、私は大人しくゲームの終わりを待ち続ける。
私――いえ、私達がいるのは《死亡遊戯》の戦場に繋がる門の前。
ゲームを待つ闘士達が控えておく為の場所。
其処もかなり広いドーム上の空間で、多くの人間がゲームの様子を見ていた。
前回は近くの酒場で待っていたけど、今回は闘士の付き添いという事で待機する。
テレサとイーリスは固唾を呑み、ボレアスは余裕の態度で眺めるだけ。
後者の態度は「あの男が負けるものかよ」と雄弁に物語っている。
私とて気持ちは全く同じだ。
レックスがこの程度の戦いで負けるはずなど無い。
それは私にとって、単に当たり前の事実。
けどそれはそれとして、彼一人にだけ戦わせてる現状は余りにもどかしい。
あのドロシアという女は私の予想以上の剣士だったのも大きい。
かなりの苦戦を強いられたが――それでもレックスは勝ってくれた。
ウィリアムの援護が無ければ危なかった事は、腹立たしいが認めるしかない。
終わったら少しぐらいは労っても良い気分だ。
途中で巨大な怪物が現れた時は、逆に少しほっとする。
ああいうのの相手こそレックスの得意分野。
怪物の強さに多少は苦戦したようだけど、結果については言うまでも無い。
……まぁ、いきなり彼が口の中に飛び込んだ時は生きた心地がしなかったけど。
ゲーム終了の鐘が鳴ると、控えの間はちょっとした歓声に包まれた。
見ている方も相当にハラハラさせられるゲームだった。
外野が盛り上がるのも仕方ない事でしょうね。
「はあぁぁー……」
と、イーリスが魂でも出そうなぐらい大きな息を吐いた。
胸の辺りを軽く押さえてぐったりと脱力する。
そんな妹の背を、姉のテレサは苦笑しながら撫でる。
「大丈夫か?」
「ホント、アイツの戦い方無茶苦茶で見てるこっちの心臓に悪いわ……」
気持ちは分かるわ、ウン。
同じ目線で戦場に立っている時は其処まで気にならなかったけど。
やっぱり、こんな風に外野から眺めるのは感覚が違うわね。
「ハハハハ、それがあの竜殺しであるからな。
しかし今回は一段と無茶をしたな」
「本人は無茶したとかあんまり思ってないでしょうけど。
精々『この方が速いと思ったから』とか、そのぐらいかしらね……」
「自ら竜の口に飛び込むなど、まぁあの男らしいと言えばそれまでだが」
実に気分良さげに笑うボレアス。
気に喰わないけど、最後の言葉には同意するしかない。
彼は、レックスはそういう事をする人だ。
「しくじったら死ぬだけだ」がお決まりの文句。
理屈と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい、戯言じみた原理だけで容易く死線を踏み越える。
そんな彼だからこそ私の心は惹き付けられるのだけど。
やっぱり、「心臓に悪い」のは間違いない。
不死不滅の古竜である私がそれを言うのもおかしな話だ。
「そろそろ戻ってきそうだな」
イーリスの呟きに、私は改めて水晶板の方を見た。
既に試合場の様子は映されておらず、板の表面は黒く染まっていた。
白文字で「間もなく
私は直ぐに門の方へと向かう。
壁に設置された大きな金属製の扉。
其処から微かな駆動音が響くと、魔力の高まりを感じる。
戦場と控えの間を繋ぐ転移術式が発動したのだ。
扉が開くまでの一分一秒。
数千年以上の時間を生きて来たはずなのに、たったそれだけの時間が酷く長い。
やがて扉が開放されると、最初に見慣れた甲冑姿が目に入ってくる。
その瞬間、私は何も考えずに彼の胸に飛び込んでいた。
「レックス!」
「おっと……!」
いきなりの不意打ちに驚きながらも。
レックスはその腕で私をしっかりと抱き留めてくれる。
全身が返り血塗れで酷い有様だけど、私はまったく気にならなかった。
ただ離れていた僅かな時を、触れ合う事で埋め合わせたい。
私の頭の中にはそれしか無かった。
「アウローラ、あんまくっついてると汚れるぞ」
「良いわ、こんなの直ぐに綺麗にできるもの。
……それより、お疲れ様」
「あぁ、ありがとうな」
私が言葉で労えば、彼はちょっと遠慮がちに私の頭を撫でる。
籠手のゴツゴツした感触も、レックスに与えられたモノなら愛しく感じてしまう。
我ながら完全にやられてしまっているなと。
少々呆れてしまうが、こればかりは仕方がない。
「イチャつくのは構わんが、そういうのは人目のない場所でやったらどうだ?」
レックスの背後から、ウィリアムがため息交じりに言ってくる。
扉をするりと抜け、控えの間に入って初めて手にした弓を背に戻す。
続いて灰色の女――ドロシアも扉を潜る。
彼女は鼻歌でも歌い出しそうなぐらいに上機嫌だ。
ゲームの様子を見ていた側としては、微妙に腹が立つけれど。
この場でそれをぶつけても仕方がないので、今は苛立ちは呑み込んだ。
そんな私の内心も知らず、ドロシアは親しげにレックスへと声を掛ける。
「あぁ、改めて良いゲームだったね。
次殺り合う時はキチンと決着を付けたいよ」
「俺は別にどっちでも良いけどな」
「おや、釣れないなぁ。
君も結構楽しんでたと思うけど?」
「……ちょっと、彼は疲れてるんだから遠慮して貰えない?」
怒ったりはしないけど、流石に文句は言いたくなった。
折角ゲームが終わったのだから、彼との時間をゆっくり楽しませて欲しいの。
「おっと、失礼。でも楽しかったのは本当さ。
だから次の機会を心待ちにしてるよ」
「あぁ、仮に次やったら勝たせて貰うわ」
「情熱的な言葉をありがとう」
クスクスと笑いながら、ドロシアは踵を返す。
そのまま人込みに紛れる形で、その姿はふっと消え去った。
気配の痕跡も無く、文字通り消えたようにしか見えなかった。
……本当に、厄介な相手ね。
レックスも同じ気持ちなのか、ドロシアを見送ると小さく吐息を漏らした。
「大丈夫?」
「あぁ。流石にちょっと疲れたけどな」
「そこを『ちょっと』で済ませるのは、流石と言うしかありませんが」
近付いて来たテレサが、レックスの言葉に苦笑交じりに応える。
イーリスとボレアスも少し遅れて集まって来た。
逆にウィリアムの方は私達から距離を置く。
仲間とかそういうワケでは無いから、当然の事でしょうけど。
「《厄災》は最終的な生存者が少ない程に獲得できるポイントが高い。
途中ヒヤッとしたが、終わってみれば悪くない結果だな」
「確かにな。色々助かった」
「必要な事をしたまでだ。礼を言われる理由が無い」
其処はもうちょっと素直に受け答えしたらどうかしら。
レックスは特に気分を害した様子もなく、むしろ楽しげに笑ってすらいる。
「とりあえず、これで今回のゲームは終わりなんだろ?
だったらレックスもひでェ状態だし、一度宿に戻って……」
イーリスがその言葉を言い終えるよりも早く。
何か巨大な魔力が、控えの間の中心で渦巻き始める。
攻撃魔法ではなく恐らくは《転移》。
何か強い魔力を帯びた存在が、この場に現れようとしていた。
「下がりなさい」
「承知しました、我が主」
私の言葉にテレサは即応し、妹のイーリスを背に庇う形で退く。
それと殆ど同時に、魔力の源が《転移》を完了する。
「――見事だ、素晴らしき戦士達よ!!」
大気を震わせる野太い男の大音声。
「ソイツ」が現れただけで、その場の気温が上昇した気がした。
巨大な――恐らく常人の三倍近くはある体躯。
その身体を一切の隙間なく覆う黒鉄の大鎧。
隙間からは常に炎が漏れ出し、強大な魔力はそれだけで大気を歪ませる。
ガシャリと鎧が擦れ合う、そんな音にさえ周囲は畏怖に震えた。
発する気配と周りの反応からして間違いなく真竜。
しかも力の規模が凄まじい。
少なくとも竜王クラス、全力ならば《古き王》に匹敵するかも。
或いはマレウスの時のように、《古き王》の魂を喰らった真竜の可能性も高い。
今感じられる気配には正直覚えがないけど……。
「名乗る必要は無いやもしれんが、礼に則り我が名を示そう!!
我こそはオリンピア!!
この都市の頂点、《闘神》の冠を戴く者なり!!」
芝居がかった仕草で敢えて仰々しく。
火の粉と熱を撒き散らしながら、真竜――《闘神》オリンピアは自らの名を謳う。
それから煌々と燃える視線をレックスとウィリアムに向けた。
「おぉ勇者たちよ!!
出遅れてしまったが故、一人去ってしまった後のようだが!」
「……これが来ると分かっていて逃げたな、あの女」
多分、ウィリアムが呟いた通りでしょうね。
オリンピアは暑苦しい空気を伴って、ズンズンと距離を詰めて来る。
この時点でもう鬱陶しい事この上ない。
出来れば手早くこの場を立ち去りたいけれど。
「で、何の用だ?」
「無論、讃えに来たのだ!! 諸君らの勇戦をな!!
この都市に君臨する闘いの神として!!
誇るがいい、《厄災》を生きて切り抜ける強者はそうはいないのだから!!」
レックスが問えば、《闘神》は力強く熱弁する。
要するに絡みに来ただけよね。
面倒を嫌ったか。ウィリアムは気配を消してジリジリと距離を取り出す。
コレの相手をこっちに押し付ける気満々ね。
ホントに良い性格してるわコイツ。
《闘神》は欠片も気付いた様子はなく、レックスに向けて一方的に捲くし立てる。
「そう、正に偉業だ!!
今まで多くの闘士を見て来たが、あのような蛮勇は見た事がない!!
見事、実に見事だ!!
君はこの《闘神》に挑む資格を持つ真の勇者だ!!」
「うん? 戦っても良いのか?」
単なる美辞麗句のつもりなんだろうけど。
その《闘神》の言葉にレックスは軽く首を傾げた。
彼が本気で聞いたのに対して、《闘神》は冗句を聞いた後のように笑う。
「《闘神》は如何なる闘争も受けて立つ!!
だが残念な事に、我が主の定めた
例外がない限り、闘士が《闘神》に挑むには段階を踏む必要があるのだ!!」
「ふーむ、そうか」
「なに、残念がる事は無いとも!!
《厄災》を踏破するのも《闘神》に挑む為の条件の一つ!!
君ほどの強者なら、遠からず刃を交える事になるだろうな!!」
ハッハッハ、と《闘神》は余裕と侮りを込めて大声で笑った。
圧倒的なまでの上から目線。
そう、口ではさも美しい賛辞を述べているつもりのようだけど。
私はその奥から漂う腐臭に気付いていた。
絶対強者として、自分以外の弱者を蹂躙する愉悦。
己が上に立っている確信から来る優越感。
別に小物がどれだけ図に乗ろうが、本来なら私には関係ない。
けれどそれをレックスに向けている事はこれ以上ないぐらいに不愉快だ。
当の本人は微塵も気にしてない分、余計に腹が立つ。
……ともあれ、それを理由に此方が感情的になっても面倒なだけね。
私はレックスの手を軽く引っ張って。
「ねぇ、ゲームの後で疲れているのだし。
いい加減にお暇しましょう?」
「む、そうだな。……そういうワケだから、そろそろ退散しても良いか?」
「それは――…………?」
此処で、《闘神》は初めて私に意識を向けていた。
今まではレックスやウィリアムしか見ていなかったんでしょうね。
兜の奥で燃える眼差しが私を捉える。
なんか、妙にまじまじと見てくるわねコイツ。
何となく嫌な感じを覚えて、私はレックスの背に思わず隠れてしまう。
こんな感覚は初めての事かもしれない。
一方、《闘神》はというと……何故かその状態で固まっていた。
視線と意識は相変わらず私に注いだまま。
レックスも微妙に困惑しているようだった。
様子を見ている外野も同様で。
「……なぁ、アウローラ。もしかして何かしたのか?」
「別に何もしてないわよ??」
微妙に疑わし気なイーリスに、私はきっぱりと答える。
ええ、誓ってまだ何もしてませんとも。
などと言っていたら、《闘神》は何故か小刻みに震え始める。
いや、様子がおかしいにも限度があるでしょう。
と思ったら、今度は何かをブツブツと呟き始める。
「…………しい……」
「え?」
「美しい……!! これは何たる事だ……!!」
最初は小声だった独り言は、やがて感極まった叫びにまで変化する。
美しい?? コイツ、一体何の話を……。
「なんと可憐な姿であろうか……!!
嗚呼、その美しさは世に比肩するもの無し!!
或いはこの地の歴史が始まって以来の至宝……!!」
「……はぁ?」
もしかして。
いやまさかとは思うけれど。
コイツは、私の事を言っているの?
その場にいる誰もが、心底意味が分からないと戸惑うばかり。
そんな空気など完全に無視して、《闘神》はその場に膝を付いた。
自らをこの都市の頂点であると嘯く傲慢な真竜。
ソイツは私にその手を差し出し、それから熱に浮かされた声で。
「おぉ、美しき方よ……!!
天上天下に並ぶ事なき至上の花よ!!
どうか、我が愛を受け取って欲しい!!
そして叶うならば――どうか、この《闘神》の伴侶となって頂きたい!!」
などと、とんでもない事を言い出した。
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