第三章:宴の始まり

129話:それを愛と呼ぶには


 うん、コイツはいきなり何を言ってるんだ?

 流石に予想外過ぎて、こちらもビックリしてしまった。

 アウローラの方も俺の腕に半ばしがみついた状態で絶句している。

 野次馬連中もどよめく控えの間。

 今やその場の中心となった《闘神》は、キラキラと火の粉を舞い上がらせた。

 気が高ぶっているせいか、鎧の隙間から小さな火柱も噴き出す。

 

「さぁ、麗しの方よ!! どうぞこの手を!!」

「え、いや」

「あぁ!! この《闘神》とした事が!!

 我が愛しき花よ、どうかその名をお聞かせ願いたい!!

 その尊き御名をこの魂に刻みましょうぞ!!」

「い、今はアウローラと名乗ってるけど……」

「アウローラ? アウローラ!!

 嗚呼素晴らしきかな!! その名を口にするだけで胸に光が溢れるようだ!!」

 

 その声は最早雄叫びに近い。

 一言一言を口にするだけに炎が噴き上がり、《闘神》は身悶える。

 ちらっとテレサとイーリスの様子を確認する。

 他の野次馬は困惑するばかりだが、姉妹の方はちゃんと距離を取っていた。

 うん、何が起こるか分からんからな。

 同じようにウィリアムもかなり離れた場所でこっちを観察していた。

 いや、何か微妙に笑ってないかあの糞エルフ。

 他人事ならまぁまぁ愉快な絵面かもしれんけども。

 《闘神》は《闘神》で、ドン引きするアウローラには一切気付いていない。

 気付いてない事はないかもしれんが、兎に角気にはしていなかった。

 巨体に生えた太い手足をブンブン振り回し、全身全霊で情熱をアピールしている。

 火の粉が飛ぶどころの騒ぎじゃないが、大丈夫なのかコレ。

 

「おぉ、おぉ!! 何たる事か、不可思議極まる!!

 戦いこそが我が全てと、此処まで全てを闘争にのみ捧げたはずの《闘神》が!!

 こんなにも!! 戦い以外で胸が狂おしく燃え上がる日が来ようとは!!」

「えぇと……」

「嗚呼、アウローラ!! 我が愛、我が光よ!!

 今一度、いや何度でも繰り返しましょう!!

 どうぞこの手を取り、我が永遠の伴侶として魂の契りを――!!」

「え、嫌」

 

 はい。

 ドン引きしまくりでなかなか声が出て来なかったっぽいが。

 再度の求愛プロポーズに対しては、思った事がそのまま口から出たようだ。

 真顔でただ一語だけで返したアウローラ。

 それを正面から受けた《闘神》は、跪いたままで凍り付く。

 漏れていた炎も一瞬消えたが、直ぐにまた火の粉と一緒に噴き出して。

 

「わ、我こそは《闘神》なり!!

 この都市の支配者にして、盟約の礎たる大真竜ゲマトリアの第一の臣!!

 大真竜の御方々以外にこの《闘神》に比肩する者無し!!

 故にどうか、我が愛を――!!」

「だから嫌よ」

「何故っ!!? この《闘神》の愛に勝るモノはこの世にあろうはずも無し!!

 我が光よ、至上の花よ!! どうかこの《闘神》の伴侶に……!!」

「嫌だって言ってるんだけど???」

 

 うーん、予想以上にしつこいな。

 先程までは戸惑いが強かったアウローラも、いい加減イライラして来たようだ。

 断っても断っても食い下がる《闘神》に怒りの眼を向ける。

 その怒気を感じたせいか、《闘神》も微妙に怯んだ様子を見せた。

 が、直ぐに鎧を炎に染めながら奮い立つ。

 

「どれほど!! どれほどの困難があろうとも!!

 必ず最後に勝利するのがこの《闘神》の矜持なり!!

 そう、どれほど断られたとしても!!

 必ず、必ずこの《闘神》が貴女の心を射止めましょうぞ!!」

「……悪いけど、もう心に決めた人がいるから」

「えっ」

 

 ウィリアムの奴、絶対にこれ楽しんでるだろうな。

 バッサリ切って捨てるアウローラの言葉に、《闘神》は再び停止フリーズした。

 その上で、アウローラは俺の腕をぐいっと引っ張る。

 薄い胸を押しつける形で、《闘神》に見せつけるようにぎゅっと抱き着いた。

 

「だから、私の愛してる男は一人だけ。

 此処にいるレックス以外にはいないの。

 お前がどれだけ同じ言葉を繰り返そうが、私には何の価値も無いのよ」

 

 一切の容赦も手心も無い。

 しつこく食い下がろうとする男に振り下ろされた言葉の鉄槌。

 その一言一言を聞く度に、《闘神》の身体がグラグラと大きく揺れた。

 そのままぶっ倒れるんじゃないかという大げさな反応オーバーリアクション

 しかし仰向けに倒れ込む寸前で、《闘神》はギリギリ踏み止まる。

 

「そ、そ、そそそそ、その言葉は、真に……?」

「うん」

 

 震える声に応じたのは、アウローラではなく俺の方。

 腕に抱き着いている彼女をひょいっと抱え直す。

 そうしてから金色の髪を柔らかく撫でる。

 アウローラは気持ち良さそうに喉を鳴らすと、猫のような仕草で身を寄せた。

 《闘神》の目に、それはどういう風に映っているだろう。

 

「全部、アウローラの言う通り。

 だからまぁ、潔く諦めたらどうだ?」

 

 俺がそう言うと、《闘神》は三度動きを止める。

 炎がふっと消え去り、鎧の色と合わせて冷え切った炭のよう。

 一瞬、コイツはこのまま死ぬんじゃないかという錯覚すら覚える程だ。

 が、残念ながらそう都合良くはいかない。

 数秒の沈黙の後、鎧の全身から今まで以上の勢いで炎が噴き上がった。

 

「おおおぉぉぉぉぉぉおぉぉッ!!!

 見るがいい、《闘神》を怖れる者達よ!!

 この炎は我が怒り!! かつてこれ程の怒りを覚えた事があろうか!!」

 

 怒りというより嫉妬の炎では??

 一瞬ツッコミそうになったが、火に油を注ぐ意味はあんまり無いので我慢。

 視界の端でイーリスが自分の口を押えているのが見えた。

 とりあえず、フられた怒りで《闘神》は猛り狂う。

 最早噴火した火山も同然の有様で、野次馬達も遅まきながらその場から逃げ出す。

 俺の方は鎧もあるし、アウローラが魔法で炎を避けてくれている。

 

「で、話が終わりなら帰って良いかしら?

 というか、これ以上茶番に付き合う気はないんだけど」

「おぉ……!! アウローラ、愛しい方よ……!!

 何故、何故そこまで我が愛を拒絶なされるのか……!!」

「いきなり言われても困るわよ、そんなもの」

「そりゃそうだな」

 

 初対面の相手にいきなり炎ブチ撒けながら求愛ポーズとか。

 普通に考えて誰だってドン引き案件だ。

 その辺全く理解してなかった《闘神》は、再度ショックを受けているようだった。

 いやホント、ぼちぼち諦めて引き下がって貰いたいが。

 

「…………分かった」

 

 ぽつりと、《闘神》がぽつりと呟く。

 これまでの絶叫に近い声でなく、低く抑えた声。

 しかし「諦めた」と言うには言葉から感じられる熱量は小さくない。

 案の定、《闘神》は片手を大きく振り上げる。

 そしてこれまで以上の大音声で都市全体を震わせた。

 

「我こそは《闘神》オリンピア!!!

 この都市の戦場全てに君臨する我が名において此処に宣言する!!

 明日みょうにちより《闘神武祭》を開催する!!」

 

 その発言に、逃げた野次馬の一部がどよめいた。

 《闘神武祭》とな??

 首を傾げる此方に構わず言葉は続く。

 

「本来の開催時期ではなく、また大真竜の認可も得ていないが!!

 我は《闘神》たる権限によりその開始を此処に定めた!!

 武祭の期間中は何人であれこの《闘神》に挑む権利を持つ!!

 また都市中層から上層にかけて、全域を「自由戦場」として解放する!!

 闘士も、闘士でない者も!! 例外なく闘争の宴に集うが良い!!

 勝利した暁には、あらゆる望みが叶うであろう!!」

 

 全身から炎を噴き出しながらの叫び。

 全てを言い終えると、《闘神》は改めて俺の方を見た。

 

「――この《闘神》に挑みたかったのだろう、戦士よ!!

 そのお膳立てはしてやった!!」

「礼を言った方が良いか?」

「不要! 不要なり!! 貴様は我が宿敵、いや恋敵!!

 それをこの手で葬らんが為に必要なことなれば、礼など当然不要!!」

 

 それが《闘神》にとっての宣戦布告なのだろう。

 相変わらずの大仰な身振りで、《闘神》はビシリと俺を指差す。

 ……しかし、俺を潰したいならこの場で殴り掛かれば良いのでは??

 イマイチ分からんが、まぁコイツも色々あるんだろうな。

 その辺りを突っ込むのは野暮な気がしたので、とりあえず触れないでおく。

 《闘神》自身はかなり盛り上がっているようで、纏う炎も勢いよく燃え上がる。

 

「そう!! 《闘神》たる我は如何なる闘争も必ず勝利する!!

 貴様を打ち破った暁には、愛しき光を我が物に……!!」

「いや、そんなもん勝手に決められてもな?」

 

 凄い盛り上がってるところ悪いけどな。

 確かにこっちはお前をぶっ殺す気だし、戦うつもりはあるけれど。

 

「それを決めるのはアウローラだろ。

 つーか、さっきから本人拒否ってるしな」

「そ、それは……!!」

「その上で無理やり自分のモノにするってのなら話は別だけどな」

 

 そう、それならそれで構わない。

 此方がやる事は何一つ変わらないからだ。

 アウローラの身体を片腕でしっかり抱えながら、俺は《闘神》を見上げる。

 情念に燃えるその眼を真っ直ぐ睨み返した。

 

 ――色々言ってるが、やりたい事はそれで十分だろ」

「ッ――おぉ!! その意気や良し!!

 我は《闘神》!! あらゆる闘争に勝利する者!!

 必ず、必ず貴女を我が手に……!!」

「五月蠅いわね。お呼びでないからさっさと失せなさいよ」

「ぐぬぅぅ……!! 次に見える時こそ、必ず貴女を……!!」

 

 これ以上なくぶった切られても《闘神》はめげなかった。

 微妙に情けない捨て台詞を残し、その巨体が霞のように消え去る。

 どうやら《転移》で退場したらしい。

 完全に気配が消えたのを確認してから、俺とアウローラは揃って息を吐いた。

 

「何だろうなぁアレ」

「私の方が聞きたいわよ……」

 

 明らかに疲弊しているアウローラ。

 そんな彼女の背を軽く撫でたる。

 文字通り、嵐のような時間だったな。

 

「ハハハハ、随分と惚れこまれたなぁ長子殿?」

「今すぐ口閉じないと引っ叩くわよ」

 

 無駄に楽しそうに笑うボレアスを、アウローラはギロリと睨みつけた。

 そよ風程度も気にせずに、ボレアスは《闘神》が消えた辺りに視線を向ける。

 火の粉の残滓だけがその場に漂っていた。

 

「……ふむ。まぁ、あり得ぬ話か」

「? どうしたよ」

「いやいや、単なる杞憂だ。気にする事はない」

 

 何か独り言を呟くボレアスに、イーリスは軽く首を傾げる。

 はぐらかす言葉を返すと、そのまま興味が失せたようにボレアスは目を離した。

 まぁ、話す気になったらまた教えてくれるだろう。

 それよりもだ。

 

「この展開はお前的にどうなんだ?」

「想定外だが、そう悪くはない」

 

 気付けば傍に立っていたウィリアム。

 糞エルフは実に悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「俺達の目的を考えた場合、《闘神》の打倒は必須事項だ。

 ゲマトリアと謁見する為の条件だからな。

 その《闘神》と戦う為にも前提条件がある――本来なら。

 《闘神武祭》でそれらは取り払われる」

「成る程なぁ」

 

 確かに、ウィリアムの言う通りならそう悪くない展開だ。

 あれこれ試合を繰り返すよりはずっと分かりやすい。

 後、《闘神》が言っていた事が正しいなら。

 

「――闘士か否かは関係無いなら、私も参戦する事ができますね」

 

 そう言ってテレサが小さく笑った。

 俺もその言葉に頷いて、軽くその頭を撫でておいた。

 

「多分、かなり面倒な事になるからな。頼りにしてる」

「はい。……あの女も、確実に絡んでくるでしょうしね」

「だなぁ……」

 

 脳裏を過るのは灰色の死神。

 ドロシアがどう動くのかは完全に予測不能だ。

 ろくな事にならないのだけは間違いない。

 ややげんなりした俺とは逆に、ボレアスは愉快そうに笑った。

 

「で、我も暴れて良い奴なのか? コレは」

「一応自重するか、イーリスの面倒見てくれたら助かる。

 最悪、剣に戻るなら一緒に暴れてやるから」

「まぁ、それで妥協しておくか」

 

 クッと喉を鳴らすボレアス。

 脇で「コイツと一緒に動く方が死にそうじゃね?」とイーリスが嫌な顔してるけど。

 まぁ多分死ぬまでは行かないはずだから、そこは我慢して欲しい。

 とりあえず、そこまで話をしたところで。

 

「――よし、そろそろ戻るか」

 

 いい加減、立ち話をするのも疲れてきたしな。

 俺の言葉に応えるように、アウローラがぎゅっと抱き着いて来た。

 そうしてから、細く息を吐いて。

 

「なんだか、私も酷く疲れたわ」

「だろうなぁ」

「宿に戻ったら、身体を流しましょう。貴方も入りたいわよね?」

「だな。なんなら一緒に入るか」

「そんなの、改めて聞くまでもないでしょう?」

 

 此処でやっと、アウローラは機嫌良さげに微笑んでくれた。

 

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