第四章:《黒銀の王》の玉座にて

472話:最後の休息


「流石に死ぬかと思った」

「ええ、本当にお疲れ様」


 口から出た言葉と共に、大きくため息を吐く。

 魂ごと抜けてしまいそうな疲労感。

 まぁ、俺の魂は燃え尽きてるはずだけど。

 ボロボロに壊され、散らばった瓦礫の上に座り込む。

 傍らに寄り添うアウローラ。

 その頭を軽く撫でると、彼女は照れた様子で微笑んだ。


「……良く勝った、って褒めるところかしらね。コレ」


 どこか呆れ気味な声。

 ブリーデは独り言のように言いながら、こちらに寄ってくる。

 途中、瓦礫に躓きかけたが、それは近くにいたマレウスにフォローされていた。

 うん、俺は何も見なかった。

 ただアウローラの方は。


「転びそうになりながら言っても、カッコつかないと思うのだけど」

「う、うるさいわね。

 歩きにくいのばかりは仕方ないじゃない……!」

「まぁまぁ」


 微妙に怒るブリーデを、マレウスが宥める。

 さっきまでの死闘が嘘だったみたいに、穏やかな空気が流れていた。

 一応気は抜かないが、それはそれとして。


「ブリーデもマレウスも、手助けしてくれてありがとうな」

「あのまま、ヤルダバオトに暴れさせるワケにはいかなかっただけよ」

「最後の最後、ちょっと手伝っただけだから。

 大した事はしてないわ」


 若干照れた様子のブリーデに、マレウスはくすくすと笑う。

 俺も笑い返してから、視線を手元に移した。

 床……というより、瓦礫に突き立てた状態の魔剣。

 その刀身には、一つの光が留まっていた。

 弱っていても尚、星よりも強く輝くソレは――。


「……ヤルダバオトめ。

 肉体を完全に砕き、魂のみになっても面倒な奴よ」


 苦々しげに、ボレアスが呟く。

 炎から人の形に戻った彼女も、剣の傍でその光を見ていた。

 アウローラも、観察する眼をそちらに向ける。


「……身体を破壊して、魂も剣で斬り裂いたはずよね」

「あぁ、手応えは確かにあったはずだな」


 そう、手応えはあった。

 最後の一撃は俺が決めて、魔剣は斬り裂いた魂を刀身の内に取り込む。

 そのはずだったが、ヤルダバオトの魂は見ての通り。

 完全に剣に呑むことができず、何故か表に浮かび上がっていた。

 ……いや実際、これはどういう状態なんだ?


「一部の力は剣に呑まれてる……けど。

 魂の本質部分を含めた、半分ぐらいは呑まれてないみたいね。

 ヤルダバオト自身の力が強すぎる――か。

 剣の方が『異物』と判断して、全部取り込むのを拒否したか」

「そんな事あるの??」


 あくまで予測よ、と。

 凄腕の武器鍛冶であるブリーデは、小さく肩を竦めた。


「……何の話してんだ?」

「一先ず終わった――の、ですよね?」


 足元の瓦礫を蹴飛ばしつつ、イーリスとテレサの二人もやって来る。

 姉妹も疲れた様子ではあるが、足取りはしっかりしていた。


「あぁ、大丈夫……いや、大丈夫なのか、これ?」

「オイ、いきなり不安になること言うなよ」

「? どういう事で……?」

「まぁ、ちょっと面倒なのだけど――」


 と、アウローラが簡単に状況を説明する。

 まぁヤルダバオトの剣が魂に入り切らないと、ただそれだけの話だが。

 それを聞いて、イーリスは訝しげに首を傾げた。


「……で、どうすんだ? ソレ」

「どうしようなぁ」


 いやホントに。

 魔剣が魂を拒否するとか、今までになかった事態だ。

 鍛えた本人であるアウローラも、微妙に困惑しているようだし。

 かといって、放置するのもまた暴れだしそうで嫌だな。

 ……考えて、ちらりと視線を向けてみる。

 虚ろな眼窩と目(?)が合った。


『……私の手元に戻せば、再び戦いになるやもしれんぞ?』

「まーそうなるよな」


 オーティヌスは、真面目に忠告する口ぶりでそう告げた。

 イシュタルに支えられながら、《始祖》の王も俺たちの様子を見ている。

 現状、戦う力は殆どない。

 戦意の方も、傍らのイシュタルを含めてまったく感じられなかった。

 まぁ、イシュタルは微妙にこっちを睨んでるけども。


「ふむ、《天秤狂い》の魂か。

 ……どうだ、竜殺しよ。

 そちらがどうしてもと言うなら、こちらが預かっても構わんぞ」

「謹んでお断りします」

『当たり前過ぎて何も言うこと無いわ』


 はい。

 戯言をほざく糞エルフと、今すぐにでも寝たいねこは置いて。


「っても、こんなヤバい奴の魂、放置はできねェだろ」

「だよなぁ」

「……一応、新しい封印術式を上から重ねてはいるけど」


 それでも心許ないかと、マレウスは難しい顔をした。

 実際、時間が経って力が戻れば、自力で破ってきそうではある。

 イーリスもそれを懸念しているのだろう。

 一同、身体を休めるついでに頭をひねる……が、俺は特に考えが浮かばない。

 やっぱり剣に無理やり押し込むしかないか?

 そしたら思考を呼んだか、アウローラが小さく首を横に振る。


「これから大一番なんだから、余り剣にヘンなモノは突っ込みたくないのよね」

「まぁ、そうだよなぁ」

「倒した後でも面倒を残すな、この《天秤狂い》は」


 いやまったく。

 呆れるボレアスに同意して――と。


「アウローラ?」

「大丈夫。少し待って」


 刀身から浮き上がっているヤルダバオトの魂。

 それに向けて、アウローラが手を伸ばした。

 何をするつもりだろうか?

 見ている間に、細い指先が魂の輝きに触れる。

 術式が編まれ、魔力が脈動する。

 光が何か別のモノに変換され、一つの形を成していく。

 それは――。


「……腕輪?」

「ええ。魂のまま剥き出しだと、封印の効力が弱くなるから。

 何であれ『器』に入れた方が効果的なのよ」


 そう言って、アウローラは手にした物を軽く掲げて見せた。

 装飾の類はまったくない、銀色の腕輪ブレスレット

 良く見れば、表面には細かい紋様が刻まれている。

 多分、それが封印の術式だろう。

 ヤルダバオトの魂を封じ込めた腕輪――それを、アウローラは。


「はい、あげる」

「……は?」


 プレゼントでも贈るノリで、イーリスの手に握らせた。

 いや、違った。

 イーリスの手首に、腕輪をあっさり嵌めていた。

 やられた本人も、反応する暇がない早業だ。


「は――いや、ちょっと、は??」

「宜しくお願いね。多分、貴女が一番適任だと思うから」

「あ、主よ、一体何を……!?」


 アウローラの凶行(?)に、姉妹はにわかに色めき立った。

 まぁ、そりゃ慌てるよな。

 いきなりとんでもない危険物を、「後は任せた」と放り込まれれば。

 正直、俺も最初はビックリしたが――。


「……まぁ、確かにイーリスさんなら大丈夫そうだよな」

「でしょう?」

「おいコラそこのバカップル。

 せめて説明ぐらいしろよバカ。マジでバカ」

「イーリス、大丈夫か……?

 頭がおかしくなったりはしていないな……??」

「……いきなり頭の中身が天秤になるとか、想像しただけで悪夢ね」


 ぼそりと呟くブリーデに、イーリスさんは震え上がった。

 で、手首に嵌った腕輪に触れるワケだが。


「クソッ、外れねェ……!」

「封印の術式と紐づいてるから、外しちゃダメよ。

 その状態なら、とりあえず危険はないから」

「……危険はないのは分かったけどよ、何でオレなんだ?

 つか、ホントに危なくないのかコレ??」

「まぁ、予想外に爆発する可能性がゼロじゃないけど……」

「主よ……!」


 また反射的に外そうとするが、やっぱり外れないらしい。

 観念したイーリスは、大きく息を吐いた。

 一先ず落ち着いたと判断したか、アウローラは言葉を続ける。


「私たちの中では、貴女が魂の扱いに一番長けてるわ。

 だから、これは保険よ」

「保険?」

「予想外の事態になった時、貴女ならヤルダバオトを抑えられるかもしれない。

 後は、上手くすればその力も借りれるかもしれないわよ?」

「前者は兎も角、後者は大して期待してねェだろ」

「賢い子で助かるわ」


 クスクスと笑うアウローラ。

 ジト目で睨むも、イーリスもそれ以上文句は言わなかった。

 まぁ、何度も不安そうに腕輪を撫でてるけど。


「《天秤狂い》の処遇は定まったか?」

「オレが一方的に無茶振りされただけだけどな」

「それだけ信頼されているという事だろう、良いことだ」


 冗談でも皮肉でもなく、多分本心から言ってるなクソエルフ。

 言われた方は、「面白くねェ冗談だ」と吐き捨てた。

 ヤサグレ気味のイーリスはスルーして、ウィリアムは俺とアウローラの方を見た。


「で、行くのか?」

「もうちょっと休んでからな」

『昼寝しようぜ、昼寝』


 猫の心からの願望は置いとくとして。

 流石に消耗がキツいから、少しは回復しておきたい。

 オーティヌスたちも、今はやる気もなさそうだしな。

 《大竜盟約》で、戦うべき相手はあと一柱。


『…………本気で戦う気なのだな、《黒銀の王》と』

「あぁ」


 頷く。

 確認の言葉を口にしたオーティヌスは、答えと共に沈黙する。

 それは数秒か、十数秒程度か。

 思い悩む気配を見せてから、再びオーティヌスは語り始めた。


『今や《黒銀の王》は、最後の楔だ。

 地の底に、未だ在り続けている《造物主》の残骸。

 万が一にでも王に勝利したのなら、その封印を解く事にも繋がる。

 それは当然、理解しているのだな?』

「あぁ、分かってる」


 この竜殺しの魔剣、その素材の出処。

 アウローラたちを創造し、勝手に絶望して死んだ古い神様。


「王様を倒した後は、その神様の残骸を相手にすれば良いって話だろ?

 だったら、最初からそのつもりだから問題ないな」

『…………』

「どう? 素敵でしょう、彼」


 絶句するオーティヌス。

 その髑髏の面を笑いながら、アウローラはぐっと身を寄せてきた。

 別に変なことを言ったつもりはないんだけどな、ウン。

 そこまで片付けないと、終わらないワケだろ?

 だったら、最後までやるだけだ。


「竜殺しはこういう男だ。悩むだけ損だぞ、《始祖》の王よ」

『……どうやらそのようだな、かつての《北の王》。

 そこまで言うのなら、敗者である私が口にすべきことは何もないな』


 言葉と共に、老いた魔法使いは吐息をもらす。

 そこに安堵が混じってるように感じるのは、俺の気のせいだろうか。


『《黒銀の王》への謁見、大真竜オーティヌスの名において認めよう。

 これを阻むことは、王の意思以外には認めぬ。異論はないな?』

「おじい様の決定なら」

「ええ、私も異論はないから」


 イシュタルにブリーデ。

 この場にいる他の大真竜も、オーティヌスの決定に同意を示した。

 ……うん、いよいよだな。

 《大竜盟約》との戦いも、終わりが見えてきた。


「それで、貴女たちはどうするの?」

「流石に、ヤルダバオトとは違うから手伝う気はないわよ。

 ……一応、見届けはするつもりだけど」

「私も、ブリーデと同じ」


 散歩についてくぐらいの気軽さで、マレウスは笑った。

 多分、オーティヌスたちも同行するつもりのようだ。

 そうなると。


「そっちは?」

「さて、正直に言えば悩ましいところだ」

『寝てて良い??』


 安定のヴリ猫は良いとして、問題の糞エルフは小さく肩を竦めた。

 ホント、コイツだけは何をしでかすか分からん。

 あらゆる可能性が考えられるので、いっそストレートに聞いてみたが。

 ウィリアムはいつもと同じ、余裕の笑みを見せるだけだった。


「お前が頼んでくるなら、手伝ってやるのも吝かではないがな。

 どうあれ、最後の瞬間を見届けるつもりはあるな」

「最後とか、縁起でもないこと言わないで貰える??」

「まーまー」


 一瞬キレかけたアウローラを、抱き締めて宥める。

 こっから本番なんだから、無駄なことで体力を使う必要はないだろ。

 怒気を正面から浴びながらも、ウィリアムは笑って。


「例え一人でも、お前はやるんだろう?」

「あぁ」


 頷く。

 《黒銀の王》。

 たった一度だけの遭遇と、どうしようもない敗北。

 あれからもう、随分経った気がするが。


「借りは返さなくちゃならないからな」

「……正気とは思えん言葉だが、お前らしいと言えばそれまでか」


 苦笑いを浮かべて、ウィリアムはそう呟いた。


「お前が望んで戦ってきた道だ。

 邪魔はせんし、欲しければ手も貸してやる。

 お前の好きにすれば良い」

「最初っからそのつもりだしな。

 あ、手助けはとりあえず遠慮しておくわ。とりあえずは」

「だろうな。俺も本気で頼まれたら、どう断るか考えていたところだ」


 笑う。

 何となく糞エルフに気遣われてるようで。

 少しだけ可笑しくて、笑いながらアウローラを強く抱き締めた。


「レックス?」

「大丈夫だ」


 いや、大丈夫なワケがない。

 しくじったら死ぬだけ。

 そして次の相手は、死ぬ可能性の方がずっと高い。

 大丈夫なワケがない――が。


「絶対に、勝つ」


 敢えて、その言葉を口に出した。

 きっと玉座の王様も、それを期待していると。

 そんな、根拠のない確信を抱きながら。

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