第四章:ある男の死

45話:修羅場


 結論から言えば、俺達は無事に《狩猟祭》から脱出した。

 供物にされていた奴隷、半森人は合わせて五人。

 こっちは一人だけだったが、テレサ達の方で残りも確保出来たそうだ。

 敵の戦力もそれなりに待ち伏せはしていたらしい。

 が、《爪》やウィリアムがいた此方ほどではなかったとの事。

 特に大きな負傷を受けた者もいない。

 完全勝利と言って良い状態で、俺達はヴェネフィカの館へと帰還を果たした。

 あぁ、結果としては正に最高と言って良いだろう。

 それは間違いないんだが。

 

「……で?」

「はい」

 

 何故か俺は広間の床に正座させられていた。

 いや勿論、理由は分かっている。

 視線をチラりと動かせば、ブチギレたアウローラさんの姿が目に入る。

 その怒りの矛先に、俺も多少は含まれている。

 だが大部分は、俺の隣……というか、何でか俺に引っ付いてる奴。

 今もニヤニヤ笑っている、半竜娘の姿をした《北の王》に注がれていた。

 正座する俺の腕に指を絡めながら、《北の王》は喉を鳴らす。

 

「何をそんなに怒っておるのだ、長子殿?

 仮にも《最強最古》、かつての古き王権の頂点たる者ならばなぁ。

 余裕という奴を見せねば、その冠に傷が付くのではないか?」

「どうしてお前がそんな平気な顔して表に出てるわけ??」

 

 アウローラは割とガチめの激怒状態だった。

 口元は笑みの形をしているが、明らかに獣が牙を見せるのと同じ奴だ。

 瞳は竜のモノに変じ、キュッと瞳孔が細くなっている。

 その様子が可笑しいのか、《北の王》はますます愉快げに笑うばかり。

 

「どうして、どうして? ハハハハハ。

 万物を見通し、あらゆる謀の糸を手繰る《最古の邪悪》が。

 まさかまさか、斯様な事を仰られるとは」

「喧嘩を売るならもう少し知性のあるやり方にして貰えるかしら?

 余りに馬鹿馬鹿しすぎて、虫のように捻り潰したくなるの」

「色に蕩けて何もかも投げ出した長子殿が言うと、説得力が違いますなぁ」

 

 犬猿の仲というか、水と油というか。

 どんどんお互いの間の圧力が強まっていく。

 そしてその丁度ど真ん中にいるのが俺なわけです。

 ヤバいなコレ、二人から手が出たら真っ先に死ぬの俺じゃん。

 ちなみにイーリスはアディシアと二人、遠巻きにこっちの様子を見ていた。

 テレサは何故か俺の少し後ろに佇んでいる。

 危ないとは言ったが、その気になれば《転移》で逃げられるとの事。

 いいですけど、ちょっとぐらい助けて貰えないでしょうか?

 二頭の竜の諍いはまだまだ続く。

 

「これ以上はぐらかすのは止めなさい、《北の王》などと騙る馬鹿者め。

 お前は《一つの剣》に斬られ、その炉に囚われていたはずでしょう」

「三千年だぞ長子殿。それを正しく理解しているか?

 我は確かにこの竜殺しの男に斬られ、魂を剣の内に囚われた。

 同時に、其処で三千年もの時間を使う事が出来た」

 

 そう言いながら、《北の王》はまた俺の方に身を寄せてくる。

 とりあえず引き離そうとは試みたが、とんでもない腕力でビクともしない。

 アウローラさんのこめかみに青筋が浮かんでくる。

 

「話の前に、いい加減レックスから離れてくれない??

 制裁を加える時に巻き込みたくはないんだけど」

「いやいや、真に遺憾なではあるが、既に我とコイツは運命共同体。

 どれだけ離れたいと望んでも、離れがたき間柄ゆえな?」

「やっぱ殺すわコイツ。

 いえ魂を千々に砕いて砂にしてばら撒いてやる」

「落ち着いて、落ち着いて」

 

 どういう手段を使うかは知らないですけども。

 この配置で何かされたら百パー俺が巻き込まれて死ぬんですよ。

 それを分かっているのか、《北の王》は心底余裕の構えだ。

 

「で、話の続きでもあるが……大体のところ、長子殿が悪いのだぞ?」

「は? 私?」

「あぁ、世の陰謀の類は概ね長子殿のせいであろうが。

 まぁコレはそういう話ではないな」

 

 その勿体ぶった話し方は、ますますアウローラさんの怒りゲージを上げるんで。

 出来れば止めて貰えませんかね、いやホントに。

 口に出すと別の面倒を言い出しそうなので、胸の中で祈るばかり。

 《北の王》の尻尾が俺の腕に絡みつき、アウローラのこめかみがピクリと震える。

 

「いいからさっさと言いなさいよ、この色ボケトカゲ。

 大体、その姿は何? 半端に竜の形状を残して恥ずかしくないの?」

「人間の形を作るのは今回が初めてでなぁ。

 長子殿の姿を参考に、我なりに一番気分の良い造形にしたのだがな?」

「やっぱり殺すわ。滅ぼしてやる」

「待って、落ち着いて。とりあえず話進めない?」

 

 こんなん何度もやったら本気で死にそうだわ。

 俺の提案に、《北の王元凶》は仕方ないとばかりに肩を竦めて。

 

「我が一時の自由を得たのは、長子殿の行いが原因だぞ?

 先ず、竜殺しの燃え尽きた魂を救う為、己が魂の熱を分け与えていただろう?」

「……そうだけど、まさか」

「剣に囚われ、長子殿の無謀な試みの為に散々魔力を使われ、我も疲弊していた。

 しかし三千年の時と長子殿の実験で、我と竜殺しの魂は一部結びついた。

 その繋がりを通し、我は長子殿の火で少しずつだが力を戻していたわけだ」

 

 この辺は確か、以前に殴り合った時に聞いた気がする。

 アウローラは自分のミスに今さら気付いたのか、酷く苦い顔をする。

 更に《北の王》の言葉は続く。

 

「其処に加えて、アレがな」

「アレ?」

「抜け殻となった我の肉を、こやつに食わせたのだろう?」

 

 そういえば、食べましたね。

 あの廃城にあった唯一の肉で、アウローラも薦めて来たので。

 取って来た分は、前の都市を出る前に全て平らげてしまったはずだが。

 

「長子殿としては、我の尊厳を辱めるぐらいのつもりでやったんだろうがな。

 あの行いで、我の血肉が竜殺しの身体の一部に取り込まれる事となった。

 かつては、我が肉体であったモノがな?」

「……まさか、それで」

「火を持つ魂があり、血と肉がある。

 後はが認めれば、自由を得られるのも道理だろう?」

 

 傍から聞いてる俺には、ちょっと理解が追いつかなかった。

 とりあえず俺が《北の王》の肉を食べた為、外に出る条件が揃ってしまったと。

 流石にこれを予想するのは難しい気がする。

 アウローラも、どうやら考えてすらいなかったようだ。

 勝利を確信したような笑みで、《北の王》は俺の腕を軽く爪で引っ掻いた。

 

「まぁとはいえ、見ての通り我も未だ不完全な身。

 その上、剣を仲立ちにして竜殺しとは魂で繋がれた状態だ。

 今さら「三千年前の恨み」などと言うつもりもないぞ?」

「どうだか、口では何とでも言えるでしょうに」

「長子殿が言うと説得力が違うなぁ」

 

 うわぁ、空気がバチバチ言い出しそう。

 そろそろ仲裁に入らんと、本当に竜同士の戦争が勃発しそうだ。

 だが、俺が口を挟んでも火に油な気がする。

 なので、後ろの方で佇んでる人に助けを求めてみた。

 

「なぁ、テレサ」

「はい、何でしょうか?」

「あー……その、こう、アレだ。

 お前なら何とか出来ないか、この状態」

 

 我ながら情けなさマックスの言葉であるが。

 ちょっとこればっかりはどうしようもないので許して欲しい。

 俺の言葉に対して、テレサはニコリと微笑んで。

 

「ご安心を、レックス殿」

「お、おう」

「私は特別気にしませんので、問題ありませんよ」

「何が???」

 

 せめて分かる言葉で伝えて欲しい。

 とりあえず、テレサは主人を止める気があまり無いらしい。

 アウローラはアウローラで、怒り任せに何をし出すかも分からない状態だ。

 いよいよ開戦の時も近いか。

 火に油を大量にブチ撒けるだけなきもするが仕方ない。

 俺も覚悟を決めて、口を開き……。

 

「――そちらの事情の程は分からないが、改めて礼を言わせて欲しい」

 

 かけたところで、アディシアがそう声を掛けて来た。

 言葉を向ける先は《北の王》。

 アウローラも、何かを言いかけた状態で少し停止する。

 彼女――アディシアの傍にはイーリスが立ち、「気にせず続けろ」と囁いていた。

 それに対して、アディシアは頷いて。

 

「貴女の助けなくば、供物の子らを救う事は出来なかった。

 本当に、ありがとう」

 

 そう述べてから、アディシアは深く頭を下げた。

 ちなみに助けた半森人達は、この場にいないヴェネフィカが保護している。

 なので修羅場に巻き込む心配はなかった。

 さて、そんな風に礼を言われた《北の王》だが。

 

「ハッ。別にその為にわざわざ手を出した訳ではない。

 故にそのような言葉は不要だぞ。赤帽子の娘」

 

 予想通り、軽く一蹴してみせた。

 その返事は当然想定していたのか、アディシアは気にした様子は見せない。

 ただ、《北の王》の答えに真剣なまなざしを向けて。

 

「あぁ、貴女はそう言うだろう。だからこそ問いたい。

 貴女は此方の味方なのか、敵なのかを」

「――――」

 

 最初、《北の王》は何も言わなかった。

 言葉の代わりに、真っ直ぐにアディシアの眼を見返した。

 燃える紅蓮の瞳に、赤い髪の色が写る。

 敵意は無いが、それでも古き王オールドキングが放つ眼光だ。

 まともに受ければ常人なら魂が砕けかねない。

 それでもアディシアは一切怯まなかった。

 誤魔化しは認めないと、その眼が何より語っていた。

 ある意味、アウローラを相手にしていた時よりも空気が張り詰める。

 沈黙は、果たしてどれだけ続いたか。

 

「……我はこの竜殺しに敗北した身ゆえ、此方から敵する気はない。

 が、味方と思われても困るな」

「妥当な答えだな」

 

 愉快げに笑いながら、《北の王》は答えを口にした。

 これも予想していた通りの内容だったか、アディシアは小さく頷いた。

 しかし長い尾を揺らしながら、《北の王》はその上に言葉を重ねる。

 

「先の事も、剣の戒めから脱する試みの一つ。

 加えて興が乗ったからこそ手を出したまでの事。

 味方をしたつもりは毛頭ない――が」

「が?」

「我を味方にしたいと望むなら、方法が無いでも無いぞ?」

「マジで?」

 

 ビックリして思わず聞き返してしまった。

 面白そうだったから手を出しただけ、というまでは理解出来た。

 しかしわざわざ《北の王》から「味方になってもいい」的な話が出るとは。

 ただ何故か、妙に嫌な予感がした。

 

「……何を考えているの? というか、何をするつもり?」

「そう怖い顔をするなよ長子殿。

 別にそちらに不利益を与えるような話ではないぞ?」

 

 睨むアウローラに、《北の王》は笑みを浮かべたまま。

 それから軽く人差し指を立てて。

 

「……名前?」

「そうだ。我は《北の王》。

 古き御代に君臨せし、偉大なる竜種の王。

 他の王たる同胞らとは異なり、我は自らの名を定義しなかった」

 

 首を傾げるアディシアに応える形で、《北の王》は語る。

 そういえば以前に聞いた詩でも、コイツの名前は不明だった気がする。

 今本人が言った通りなら、そもそも名前自体が無いようだが。

 

「父なる神もまた呼ぶ名は無く、その偉大さを讃えて《造物主》とだけ呼ばれた。

 我もまたそれに倣い、己を名付ける事はしなかったが――」

「今さら、己の名を定める気になったと?」

 

 言葉に割り込むアウローラの声は、かなり険しいものだった。

 射殺すような眼で《北の王》を見ている。

 

「名は言霊。

 名を持つ、或いは与えられる事で世界に対して「己が何者か」を定義出来る。

 かつてのお前なら、《北の王》という仮初の名で不自由なかったでしょうけど」

「今の我は剣に魂を封ぜられた虜囚、存在定かならぬ身よ。

 名を得る事が出来たなら、失った力も幾らか取り戻せるだろう」

 

 つまり復活……までは言い過ぎだが。

 名前を持てれば、今よりもう少しそれに近い状態になれるわけか。

 正直、滅茶苦茶危険な話に思える。

 そんな俺の思考を読んだか、《北の王》は喉を鳴らして。

 

「そう警戒する必要もない。

 名付けを受け入れたなら、その名に我も縛られる。

 名を与えた「主」にある程度は従わねばならんぐらいにはな」

「ほほう」

 

 成る程、だから「味方にする方法」と言ったのかコイツ。

 アウローラの方は変わらず、表情に警戒の色を浮かべている。

 

「魂に刻む真名なら、自分の力で行うものじゃない。

 少なくともは全員そうしていたはず」

「かつてならば我もそうしただろう。

 繰り返すが、今の我は酷く不安定だ。何せ魂のみの存在だからな。

 故に自らで名付けるより、認めた者に任せた方が効率的だ」

「詳しい事はよく分からんが、とりあえずお前に名を付ければいいのか?」

「然り。そしてその役は、お前に委ねよう。

 最初の竜殺し、三千年の古き時に我を討った男よ」

「……うん?」

 

 ナンデ???

 意図が読めずに、頭に疑問符が飛び回る。

 恐らくは俺以外に聞いていた奴も似たような状態だろう。

 言い出した当人と、ただ一人アウローラ以外は。

 

「……それが狙いか貴様」

「はて、何の事だ?」

「レックスに真名を刻ませて、より魂の結びつきを強くするつもりだろう。

 最終的に、貴様が剣と彼の肉体の主導権を奪う腹積もりか」

「人聞きの悪い事を言うなよ長子殿。

 今言った事は全てそちらの妄想で、何の確証もないはずだぞ?」

 

 ンなこと言って、すっごい悪い笑顔なんだよなぁ。

 ニヤリと笑う《北の王》と、それを正面から睨み続けるアウローラ。

 正に一触即発、そして俺は丁度その間に挟まれている状態だ。

 このままじゃヤバそうなので、とりあえず。

 

「別に、名前を付けるぐらい俺は良いぞ?」

 

 その辺の意見を口にしておいた。

 すると、目に見えて動揺の気配が場に広がった。

 

「ちょっと、レックス?」

「流石は最初の竜殺し、随分と肝が据わっているようだな」

「いや、肝が据わっているというか」

 

 アウローラも《北の王》も、何やら驚いている様子だった。

 しかし俺としては特に悩むような話でもない。

 何故ならば。

 

「仮にアウローラの言う通りだとしても、だ。

 今のとこ負けた事ないし、この先も負けるつもりないからな」


 それだけの、極めて簡単な結論だった。

 《北の王》はその言葉に笑みを消す。

 アウローラは答えを想定していなかったのか、完全に虚を突かれた顔だ。

 一人、テレサだけが笑うのを少し堪えていた。

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