373話:裁きの時
『ガッ、ぐ、ぎあァァアアアあああああ!!?』
苦痛に悶える悲鳴。
大きく開かれた
振り落とされぬよう全力でしがみつく。
眼球は《巨人》の《核》と同程度の強度はあった。
つまり、竜を殺す魔剣の前ではガラス玉と大差ない。
刃は《秘神》の肉を深く抉り、決して抜けないよう切っ先を食い込ませる。
当然、ただ突き刺しただけでは終わらせない。
「おおおォォォォォッ!!」
轟く《秘神》の絶叫。
それを押し退けるぐらいのつもりで吼えた。
魔法で強化された五体。
更にその内を巡るボレアスの炎。
血肉が焼け焦げ骨が軋む。
自身の力で身体を砕く勢いで剣の柄を握り締めて。
斬り裂く。
《鬼神》に匹敵する装甲なんて笑わせる。
比べるまでもなく脆い黒金を、俺は力任せにぶった切った。
傷口から血が流れる事はない。
ただ断面は赤黒く、生き物の内臓を内側から見てるような感じだ。
『貴様、貴様、貴様ァァァ!!!』
「やかましいぞ、負け犬が!」
怒り狂う《秘神》をアストレアは一喝。
俺が切り開いたばかりの傷目掛けて、《神罰の剣》が殺到する。
その多くは黒金の表面に弾かれてしまうが。
『ッ……!!?』
十数本の「剣」は、装甲に刻まれた裂け目に派手に突き刺さった。
声も上げられない《秘神》へと、更にダメ押しが襲う。
《巨人殺し》だ。
さっきは腕を抑えていた彼女が、傷を貫く「剣」の束に迫る。
その手には何も握られていない。
代わりとでも言うように、右の拳を強く握り固めている。
そして一言。
「吹き飛べ」
淡々と口にしながら、叩き込まれる鉄拳。
狙うは傷に刺さった無数の「剣」。
柄の辺りを殴りつけると同時に炎が爆ぜた。
お得意のゼロ距離爆破。
しかもそれを、ぶっ刺さった「剣」を押し込む形でやりやがった。
半ばまで貫いていた刀身が、更に深くまで潜り込む。
やられた方はたまったものじゃない。
『ギ、ィ……!!』
「おう、痛がってる暇なんか無いぞ?」
再度悲鳴を上げかけたところに蹴りを一発。
肉を抉られる痛みに硬直していた巨体。
これを全力で蹴り飛ばした。
すっ転んでくれたら良かったが、流石にそう簡単にはいかない。
倒れかけた寸前、その身体が突然ピタリと止まった。
力場を操って持ち堪えたか。
そう認識した直後、《秘神》を中心に大気が渦巻く。
『この――舐め、るなよ、虫ケラがァアアア!!』
「っと……!?」
雄叫びと共に吹き荒れる嵐。
全方位を覆い尽くし、荒れ狂う不可視の力場。
直撃した《巨人殺し》は派手にふっ飛ばされた。
アストレアは距離があったため、「剣」を展開する事で受け止める。
で、こっちは《巨人殺し》と同じで直撃するところだったが。
「ホント、世話が焼けるわね……!」
アウローラによる魔法の防御。
その護りのおかげで、ギリギリ耐える事ができた。
「助かった!」
「感謝の言葉は後でいっぱい聞かせて!
それより今は……!」
『おう、この愚か者を黙らせるのが先よ』
「分かってる」
内から響くボレアスの声にも頷いて。
俺は荒れる嵐の中、《秘神》の身体の上を走る。
力場を振り回すのに集中しているためか、《秘神》の動きは少ない。
が、流石にこの状況でこっちを見失ってはいないようだ。
潰した方の眼がギロリとこちらを見た。
あんな状態でも機能してるのか?
『舐めるなと――』
嘲る声が不自然に途切れる。
アストレアの「剣」だとか、《巨人殺し》に防がれたワケじゃない。
また首から上を狙おうと迫る俺たちを見たまま。
何か、大きく息を吸うような動作を――。
「っ、まさか……!」
『――言ったはずだぞ、虫ケラ!!』
咆哮に伴う圧力は、音による大気の振動だけではない。
真っ白い閃光が、大きく開かれた顎の奥から扇状に迸ったのだ。
それは《
似てるだけの別物なのか、原理も全く同じなのか。
正直、俺には良く分からなかった。
ただあまり熱を感じさせないその《吐息》に、破壊的な力が宿っている事。
それだけは一目瞭然だった。
回避不能のタイミング。
狙い通りと、《秘神》が笑っているのが一瞬見えた。
あぁ、確かにこれは避けられない。
だが。
「ガァ――――ッ!!」
《秘神》とは比べるべくもない、可愛らしい咆哮。
純白の閃光に向けて吐き出される蒼白い極光。
アウローラの放った《竜王の吐息》だ。
《光輪》を纏う《秘神》本体にはアウローラの攻撃は届かない。
しかし本体以外、例えば放った攻撃などに通じるのは既に実証済だ。
正面からぶつかり合う二つの光。
激突の衝撃でバランスを崩しかけるが、それは気合いで踏ん張る。
「このまま行く! もう少し頼んだ!」
「――――ッ!!」
声を出せないアウローラは、少しだけ首を縦に揺らした。
出力は、間違いなく《秘神》の方が上だろう。
単純な力比べだったら一瞬で潰されてるぐらいの差はあるはずだ。
しかし今、俺たちは白い光に呑まれる事無く走っている。
それは両者の《吐息》の形状が異なるために起こった結果だ。
《秘神》は逃げ場を無くすためか、《吐息》を広く扇状に広げて放出している。
逆にアウローラは、《吐息》を細く絞った直線の状態で吐き出していた。
力で勝っていても、密度が低い《秘神》の閃光。
それを槍の先端のように収束させたアウローラの極光が貫く。
「ッ……!」
が、それで誤魔化せるのは僅かな時間だけだ。
それほどまでに出力の差が大きい。
片腕に抱えたアウローラから苦しげな吐息が聞こえてきた。
複数の魔法による強化に、更に全力を振り絞る《吐息》。
幾ら彼女でもしんどいはずだ。
『我らが長子、《最強最古》がこれだけ無茶をしているのだ!
奮起せねば男が廃るのではないか、竜殺しよ!』
「だなぁ……!!」
ボレアスの声には、敢えて軽く応じる。
重く受け止めても仕方がない。
アウローラは俺を信じて無茶をしてくれている。
なら、俺はただそれに応えるだけだ。
突っ込む。
極光の《吐息》を受け、薄くなっている純白の閃光に向けて。
余波を受けただけで、甲冑の表面がガリガリと削られるのが分かる。
まともに喰らえば木っ端微塵か。
だが、これを突破しない事には《秘神》に刃が届かない。
俺は片手で剣を振り上げて、大きく息を吸う。
アウローラの《吐息》でも完全には貫けない光の壁。
触れれば砕ける破滅へと迫り。
「《
先ずは自前で力場の盾を展開する。
こんなものは閃光に触れた瞬間に砕け散る。
防御としては無いよりはマシレベルだ。
つまりゼロではないって事でもある。
可能な限りの魔力を込めた盾が、粉砕される一瞬だけ閃光を押し退けた。
アウローラが放つ《吐息》によって既に薄くなっている部分を。
「《
その一点に爆ぜる炎を重ねた。
竜であるアウローラは火に焼かれる事はない。
俺も炎をちょっと浴びるぐらい、我慢すれば平気だ。
だから我慢して、まっすぐに剣を振り下ろす。
十分以上に削れて薄くなった、《秘神》の放つ純白の《吐息》。
薄紙のように、俺たちはその光を突き破った。
剣は無傷、甲冑はガタガタ。
俺の身体もまぁ随分とボロボロだ。
それでも四肢に漲る力は、燃え盛る炎と同じ。
灰となった魂に、ボレアスが剣に宿る熱と共に無理やり火を灯す。
《秘神》の顔についた二対の眼が、驚愕に見開かれた。
『貴様ら、何故生きて――!?』
「オラァッ!!」
生憎と、受け答えしてやる余裕はない。
閃光を貫くと同時に、アウローラは《吐息》を相手の顔面に浴びせた。
当然の如く《光輪》に弾かれるが、目くらましには十分。
視界を塞がれた《秘神》。
その間抜けにも開かれたままの口に、全力で刃を捩じ込んだ。
目玉と同様、ここも黒金の装甲に守られてはいない。
「ふんっ!!」
『ギッ――――!?』
気合いを入れて斬り裂く。
口が裂け、吐き出していた閃光の《吐息》も途切れた。
攻撃の手は緩めない。
魔法は維持しているが、アウローラも限界が近い。
俺も下手に止まったらそのまま崩れ落ちそうなぐらいにはしんどい状態だ。
だから動く。
微かに見えてる勝機を掴むため、一つでも多く刃を重ねる。
斬り裂く、抉る、斬り裂く、斬り裂く。
口や眼、後は既に刻んだ傷跡。
黒金の装甲はポンコツだが、厚みがあれば剣は通らない。
削る、削る、削り続ける。
《秘神》は怒り、刻まれる痛みに暴れ狂う。
正直、そのままなら振り落とされかねなかったが――。
『マジで、今回ばかりは無茶が過ぎるぜブラザー……!!』
「このぐらいは問題ない」
《巨人殺し》。
不死である彼女は必ず立ち上がる。
今も《秘神》の脚に纏わりつき、腕力とタフネスで邪魔をし続けていた。
力場で潰そうが、足で踏みつけようが。
彼女は死なない、止まらない。
即座に身を起こし、一瞬も怯まずに同じ事を繰り返す。
それはもう、《秘神》からすれば鬱陶しい事この上ないだろう。
傷を抉ってダメージを入れるのも忘れていない。
『お、のれ……!! 無駄だ、無駄だ無駄だ無駄だ!!
こんな事で私が死ぬと!? 完璧で完全な神である私が負けるとでも!?
まさかそんな愚にもつかない事を考えているのか、ゴミクズどもめ!』
《秘神》はこんな状況でも、戯言をほざくのを忘れない。
相手にする理由もなく、こっちは兎に角剣を振るって走り回る。
暴れ続ける《秘神》はその間も喚き散らす。
『大方、私の《核》を砕こうとでも考えているんだろうがな!!
無駄だ! その考えが浅はかに過ぎるんだよ!!
確かに私の装甲が《鬼神》に及ばぬ事、今は認めようじゃないか!
だがそれは、あくまでこの身体の表面に纏っている外殻だけの話だ!』
叫ぶ《秘神》。
構わず傷を抉り、装甲を削る。
再びアストレアも参戦し、「剣」を的確に飛ばしていた。
声を出す方に意識を向けているせいか、抵抗は僅かに緩くなる。
その分だけ剣を振る腕に力を入れた。
『だが《核》を護る内側の装甲は話は別だ!!
集中して厚くしている故、外殻とは違って隙間はない!
理解できるだろう!?
どれだけこの《巨人》の身を削ろうが無意味だとなぁ!!』
「……無意味、か。本当にそう思うか?」
応えたのはアストレアだった。
「剣」を操る手は止めず、彼女はいっそ穏やかな声で応じる。
……多分、あっちも気がついたな。
『何だ、この期に及んで戯言かね?』
「戯言は貴様の吐き散らかしている言葉の全てだ。
――《核》の護りは万全だと。
《鬼神》からの借り物があれば問題ないと、本気で信じているのか?」
『――ハッ! 何を言うかと思えば!!』
ゲラゲラと、《秘神》は嘲りの声を上げた。
現実の見えていない小娘だと、アストレアの事を嘲笑う。
『《鬼神》の鎧は無敵だ!!
それで《核》を守っている以上、仮にこの身を砕こうと意味がない!
不死たる《巨人》、その中でも私が持つのは最上級である《天使》の肉体だぞ!
《核》さえ無事なら、文字通り無限に再生が可能だ!』
「……そうだな。その通りだ。
確かに貴様の言う通りだ」
『何?』
「《天使》である貴様の肉体は、《核》を破壊しない限りは永遠に止まらない。
《鬼神》の装甲に守られている限り、《核》を破壊する事はできない。
――あぁ、そうだな。
その通りだ、それは正しいと認めよう」
返ってきたのが否定ではなく肯定だった事。
それが一瞬、《秘神》を戸惑わせた。
アストレアは――いや、《裁神》の声は静かで冷たい。
もう間もなく愚か者に下る「裁き」を悟っているのだろう。
《秘神》当人はまるで理解してないようだが。
だから今度は、俺の方が笑ってやった。
「確かに、アストレアの言う通り。
お前の言うことは正しいよ、神様。
ただ、前提を忘れてないか?」
『前提――?』
まだ意味が分からない。
最終的に勝つのは自分だと。
だからまるで焦燥を感じていない間抜けな神様。
親切な俺は、敢えて答えを教えてやった。
「そう、大前提だよ。
お前が、力を借りてる相手をちゃんと抑え切れてるっていうな!」
『は――――?』
心底間の抜けた声。
一体、お前は何を言っているのかと。
そう問いたげな声だった。
それが《秘神》の口からこぼれ落ちた、次の瞬間。
『ぁ、ガ……!!?』
青褪めた炎。
魂すら焼く慈悲深い神の力。
それが黒金の外皮に刻まれた傷から勢いよく吹き出した。
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