131話:開幕

 

「で、お前らがイチャついてる間に寝ずに作業してたオレに一言」

「ありがとうございます」

 

 眠くて微妙に機嫌が悪そうなイーリスさんに、俺は素直に頭を下げた。

 翌日、俺達は宿を引き払って街の通りに出ていた。

 積層型都市の外縁を貫く大通り。

 元々活気のある場所だったが、今は半ばお祭り騒ぎだ。

 《闘神武祭》とやらの影響だろう。

 その様子を眺めながら俺達は人込みの中を進んで行く。

 

「先ず基本的な事をおさらいしとくか。

 《闘神武祭》ってのは、年に一度行われるこの都市最大の催事イベントだ。

 今回のは本来の開催時期とは違う、《闘神》の独断で宣言されたもんだがな」

「何かそんな事を本人が言ってた気がするな」

「通常、都市で行われる《死亡遊戯》は用意された戦場の内側だけで行われる。

 けど《闘神武祭》の開催中は、都市中層から上層まで全部戦場と同じ扱いになる」

 

 うん、それも《闘神》の奴が言ってたな。

 頷く俺の様子を見ながら、イーリスは話を続ける。

 

「基本的な部分は通常の《死亡遊戯》と大きくは変わらない

 武器の使用制限は無いし、『残機』含めた特典の使用もアリ。

 『残機』使って復活した奴は戦場に再入場できないのも同じだな」

「復活しても死んだら失格ってワケか」

「でないと自爆特攻ゾンビアタックし放題だからな」

 

 成る程なぁ。

 前のゲームの時の二人――ゴライアスとゲオルグを思い出す。

 アイツらも「残機」で復活する事前提での捨て身を仕掛けてたな。

 戦場への復帰不可って制限掛けないとああいう戦術がやりたい放題になるワケだ。

 その辺りのルールはちゃんと考えられているんだな。

 「残機」とかの特典自体は、俺は使ってないから関係ないけど。

 

「他に何か注意しておく事はある?」

「十中八九、レックスは滅茶苦茶狙われるはずだ」

「マジで??」

 

 アウローラの問いに、イーリスは淡々と答える。

 首を傾げる俺に見えるように、彼女は手元に映像を映し出した。

 其処には細かい文字で色々と書かれているが。

 

「都市の電脳に流れてる情報発信場ニュースサイトだ。

 昨日の《厄災》を突破した件が大々的に流れてる」

「成る程、顔が売れたというワケか。

 まぁ竜殺しの場合は兜が売れたと言った方が良いかもしれんが」

「兎も角、《闘神武祭》では参戦者を仕留めた分だけポイントが手に入る。

 特に上位の闘士とか、評価の高い奴の方がリターンが大きく設定されてる。

 参戦者同士の協力も特に制限されてない。

 ほぼ間違いなく徒党を組んだ連中に四方八方から襲われるだろうな」

「うーん面倒な」

 

 向かって来るなら殺るだけではある。

 が、単純な数押しは面倒だ。

 ボレアスがチラチラ見てくるが此処は無視スルーしておく。

 いや確かにお前なら纏めて薙ぎ払えるだろうけども。

 其処までド派手にやると、結果的に参戦者全員から狙われそうだ。

 

「――確かに、一人ならば面倒だろうな」

 

 ぬるっと。

 いつの間にやら糞エルフが俺達の近くに現れた。

 通る道を予測して待ち伏せしていたのか、そもそも宿から監視してたのか。

 どっちもあり得そうなのが困るなコイツ。

 

「だからこその共同戦線だ。

 数だけ多い烏合の衆より質に優れた少数精鋭。

 実に合理的な話だな?」

「せやな」

 

 何か凄いそれっぽい事を語ってくるウィリアム。

 でもお前それが必要なら躊躇なく後ろから撃ってくる奴ですよね?

 俺もその辺は分かった上で組んでるワケだが。

 

「俺が裏切って背中を撃ってくるのではないかと、そんな事を考えてないか?」

「むしろ想定して当然では??」

「逆に考えろ。

 味方であるなら、それが必要とならない限りは俺がお前の背を撃つ意味はない。

 だが敵同士ならば俺はいつでもお前の背を撃つ理由を持つ事になる。

 前者と後者を比べれば、前者の方が随分とマシではないか?」

「それを堂々と素面で言えるのが凄いと思う」

「冗句だ、真に受けるなよ」

 

 本当か?? 本当に今の冗句だったか??

 姉妹二人の視線が絶対零度なんですけど。

 傍らにいたアウローラも、俺の手をぎゅっと握りながら糞エルフを睨んでいる。

 

「今更言うまでもないと思ってるけど。

 レックスを裏切ったらどんな手を使っても報復するわよ」

「心得ている。そら、俺がお前を裏切る理由は随分少ないと思わんか?

 利益と損害が釣り合わない賭けに出るのは単なる馬鹿の所業だ」

「まぁその通りだけどな」

 

 でもそう思わせておいて、いきなり正面から刺しに来るのがこの男だ。

 その辺はちゃんと弁えた上でお付き合いするしかない。

 実際、敵対するよりは最低限味方の位置に置いた方が助かるのも事実だ。

 ドロシアとの戦いも、ウィリアムがいなけりゃ相当キツかったろう。

 と、後ろに控えていたテレサがすっと俺の傍まで出てくる。

 

「先日お伝えした通り、私も参戦します。

 問題ありませんね?」

「あぁ、大丈夫だ」

「お前とアウローラがイチャイチャしてる間に、こっちはこっちで準備したからな。

 ちなみに俺は後方支援バックアップで戦場には直接出ねェから」

「おう。一応護衛にボレアスは置いとくからな」

「……そっちの方が危ないんじゃねェかとか思うんだけど」

 

 言いたい事は大変良く分かる。

 チラリとボレアスの方を見ると、こっちは特に不満はなさそうだった。

 この都市に入ってから暴れる機会もなく、ずっと大人しくしたまま。

 その辺欲求不満じゃないかとかも考えたが。

 

「――まぁ、貴様の考えてる事も感じて無いワケではないがな」

「やっぱ暴れたい感じか?」

「どうせ時が来ればそうなるなら、焦る必要もなかろう?」

 

 なかなか不穏な事を言いながら、ボレアスはニヤリと笑う。

 まぁこのまま、平和的な殺し合い祭りで全部終わるとは俺も思ってないけど。

 加えて、ボレアスは何やら意味深に笑ってみせる。

 

「それに、一つ気になる事もある。

 我としてはそれを外野から眺めるというのも、まぁ余興にはなるだろうとな」

「? 何の話だ?」

「さて、全部我の気のせいという可能性もあるのでな」

 

 煙に巻くような言葉と共に、ボレアスは小さく肩を竦めた。

 それからイーリスの肩に腕を回して。

 

「さて、そういうワケだ。

 そう何事か起こったりはせんだろうが、竜殺しの頼みだからな。

 我がしっかりと身を守ってやろう。

 もし必要なら直ぐに呼び出せよ。我が身は炎となって疾く駆け抜けよう」

「あぁ、そっちはくれぐれも頼んだ」

 

 イーリスが今からもう不安で仕方ないって顔してるが、ウン、我慢してくれ。

 姉のテレサも超心配そうだが、彼女は彼女で戦いに参加する意思が固いようだ。

 ちなみにアウローラも戦場には付いて来る予定だ。

 彼女自身が直接戦うのは避けて、魔法による支援に徹して貰う形で考えている。

 

「細かい事は私に任せて、貴方は存分に戦って頂戴ね?」

「助かる。けど無理はするなよ」

「一番無理する人が言う事じゃないわよ」

 

 それは確かにその通り。

 俺の手を握りながら、アウローラはクスクスと笑った。

 そんな風に言葉を交わしながら、俺達は都市の中を進んで行く。

 通りを抜けて、辿り着いたのは街を上下に貫くデカい柱。

 その周囲の広場には、既に多くの人影が集っていた。

 見物客もいるが、その大半が《闘神武祭》に参加する予定の闘士のはずだ。

 

「あのデカい柱が専用の昇降機だな。

 時間が来たらアレを使って設定された戦場に運ばれるらしい」

「成る程なぁ」

 

 イーリスの解説に頷きながら顔ぶれを眺める。

 まだ参加して日も浅いし、正直有名な奴とかも良く分からん。

 だがぱっと見ても強そうな奴はちらほらと目に付く。

 逆にそういった連中からの視線も感じられた。

 

「予想通りマークされているようだな」

「他人事みたいに仰る」

 

 見られてるのは俺だけじゃなかろうに。

 しかしウィリアムは欠片も気にした様子は見せない。

 

「《厄災》の時、俺は裏方に徹していたからな。

 ド派手に『災害』を仕留めた男と比べれば大した注目度でも無い」

「そこまで考えて動いてたのか?」

「当然だ。《闘神武祭》の開催は想定外だったがな。

 余り目立ちすぎるとその分狙われやすくなる。

 お前の戦いぶりは良い隠れ蓑になった」

 

 うーんこの糞エルフ。

 別に良いっちゃ良いが、それを正面から言える肝の太さに驚く。

 まぁそういうのはワザと言ってるんだろうけどな。

 ウィリアムはいつもと変わらず、底の見えない笑みを浮かべている。

 

「まぁ安心しろ。

 必要以上に矢面に立つ気はないが、お前の背中の安全ぐらいは保障してやる」

「それは『お前に撃たれる以外』って但し書きが付いてないか?」

「良く分かっているじゃないか」

 

 ハハハ、こやつめ。

 面白い冗談のつもりらしいので、俺もとりあえず笑っておいた。

 うん、実に和やかな空気だな。

 イーリスやテレサは微妙にヒいてるけど。

 

「……やっぱりこの場で始末しておくべきかしら」

「それもなかなか面白い冗談だな」

 

 割とマジで悩んでるっぽいアウローラさん。

 それは分かった上でウィリアムは軽く笑い飛ばす。

 アウローラの気持ちは理解出来るが、此処で糞エルフを殴る益が無いからな。

 宥めるつもりで彼女の頭を撫でておく。

 

「……さて、間もなく時間だな」

 

 話の流れを切るようにウィリアムが呟いた。

 その言葉通り、柱――戦場に繋がる昇降機周りがざわめき出す。

 何処からかデカい水晶板が何枚も飛んで来て、頭上でピタリと停止した。

 続いて喧しいぐらいのファンファーレが響き渡り、水晶板の表面に映像が浮かぶ。

 映し出されたのは黒鉄の大甲冑。

 全身から炎を噴き出す真竜、《闘神》オリンピアだ。

 

『よくぞ集まってくれた、勇敢なる戦士諸君!!

 間もなく《闘神》の名の下に、《闘神武祭》の開始を宣言するッ!!』

 

 わああぁぁぁ――――!!

 ……と、歓声が轟くが、この場でそんなに騒いでる奴はいない。

 

「さっきのファンファーレと同じで合成音だな」

「芸が細かいって言えば良いか?」

 

 ぼそりと呟くイーリス。

 俺の言葉には肩を竦めてノーコメントだ。

 それはそれとして、《闘神》は未だに熱弁を振るい続ける。

 

『本来の開催時期とは異なり、戸惑った者もいる事だろう!!

 しかし細かい事は気にせずとも良い!!

 戦いの機会は万人に対して平等である!!

 全ての敵を打ち倒し、そしてこの《闘神》に挑む!!

 この試練を超える強者が現れる事を期待する!!』

「楽しそうだなぁ」

 

 テンションが上がる程に燃える炎も強まるらしい。

 映像の中で巨大な篝火と化している《闘神》。

 そこで一度言葉を切ると、たっぷり十秒ほど溜めを作る。

 

『――そして、此度の武祭はこの《闘神》にとっても避けては通れぬ試練!!

 我が愛の証明は、この《闘神》の勝利によって示されるだろう!!』

「うわぁ」

 

 何か言い出したぞコイツ。

 参加者サイドも困惑した空気が微妙に漂っている。

 だが映像の向こう、一人で盛り上がっている《闘神》には伝わらない。

 何処か満足気な様子で大きく頷くだけ。

 そうして最後に、自分の傍らにわざわざアウローラの映像を浮かべる。

 それを見た瞬間、直ぐ傍から引き攣った声が聞こえた。

 

『我が愛しき華よ!! この誓いは永遠であり、我が心は不滅なり!!

 必ずや貴女を我が手に――――!!』

 

 《闘神》がその言葉を言い終わる前に。

 突然、全ての水晶板が粉微塵に砕け散った。

 文字通り砂レベルで粉砕されたので、下にいる連中に被害はない。

 ただいきなりの事に驚いている程度だ。

 ……で、こっちは何が起きたかは分かっていた。

 

「大丈夫か?」

「別に怒ってませんから」

 

 俺が確認すると、アウローラは努めて抑えた声で応じる。

 うん、ブチギレ寸前ってところでまだ怒ってるワケじゃないな。

 さっきの映像を見た連中の一部は、ちらちら此方の様子を伺っている。

 今度は俺やウィリアムではなく、主にアウローラに対してだ。

 その視線がますます彼女の神経を逆撫でしていた。

 

「……狙ったのか意図せずかは知らんが。

 《闘神》め、なかなか面倒な真似をしてくれたな」

「だなぁ」

 

 ウィリアムの言葉に同意する。

 今ので昨日の一幕を見て無い連中にも、《闘神》の持つ執着が知れ渡った。

 それが対《闘神》の手札になるとか、そう考える輩も出てくるだろう。

 ただでさえ高かった敵意ヘイトが倍増しで集まりそうだな。

 

「――どんな相手でも倒して進む、そうでしょう?」

 

 こっちの思考を読み取ったか、アウローラは甘く囁くように言った。

 表情は微笑んでいるが、獣が牙を見せるのに近い顔だ。

 

「だな。面倒は面倒だが、やる事は同じだ」

「ええ。有象無象は薙ぎ払って、さっさとあの《闘神バカ》の首を取りましょう。

 繰り返すようだけど、私は怒ってはいないからね?」

「はい」

 

 それ以外の返答は許さないという、そんな凄みがあった。

 水晶板はアウローラが壊してしまったが、それで祭りの進行が滞る事はない。

 集まっている人の群れに流れが生じる。

 どうやら昇降機が動き出したようだ。

 

「――じゃ、行って来る」

「気ィ付けろよ。特にそっちのブチギレてる奴な」

「あの調子では、加減を忘れて都市自体を焼き払いかねんぞ?」

「分かってる」

 

 見送るイーリスと、色々楽しそうに笑っているボレアス。

 二人に軽く手を振ってから。

 俺は――いや、俺達は流れに沿って昇降機へと向かった。

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