100話:亡霊の群れ
「まったく、面倒極まりないわね……!」
再度姿を現したフラワーチャイルドさん。
《念動力》による攻撃は、此方も同じく《念動力》で受け止める。
相手の力を防いだ上で《霊体除去》の魔法で消し飛ばす。
此処までは同じだ。
先程までと違うのは此処から。
「■■■■」
消したはずの怪異の女が、直ぐにまた姿を現す。
そして同じように《念動力》で私の身体を圧し折ろうと仕掛けてくる。
繰り返す。相手は僅かにでも諦める様子はない。
攻撃を防いで消し飛ばす。
フラワーチャイルドさんが再出現する感覚もどんどん短く……。
「……ちょっと、どういう事?」
「前例にない。私も、こんな事は初めてだ」
思わず漏れた呟きに、ホーエンハイムは律儀に応える。
増えた。単純に起こった事はそれだけ。
消し去ったはずのフラワーチャイルドさんが、二人に増えたのだ。
見た目も何もまったく同じ女の姿をした怪異。
そしてどちらも同じように、生贄と定めた私に《念動力》を仕掛けてくる。
両方とも弾き、両方とも《霊体除去》で消し去る。
殆ど同時に、私の足に強烈な負荷が襲った。
「っ……!」
階段の上ではなく下。
其処に三人目のフラワーチャイルドさんがいた。
いや、もう数を確認する事に意味はない。
また新たなフラワーチャイルドさんが続々と顔を見せ始めたのだから。
増えた分だけ《念動力》による負荷も強力になる。
当然、その程度の「数の暴力」に押される私ではないけど。
面倒である事に違いはない。
「あと十秒ほど耐えてくれ!」
そう言ったのはホーエンハイムだった。
怪異側のターゲットはあくまで私で、彼は狙われていない。
その状況を利用し、何か術式を組んでるようだ。
流石に確かめている余裕はないので、今は任せるしかない。
こっちはこっちで次から次へと襲って来る《念動力》を無理やり捻じ伏せる。
二、三匹を纏めて消し飛ばすが、その穴も新たな怪異が直ぐに埋める。
物理が通じる相手なら、それこそ校舎ごと吹き飛ばしてやるのに。
「“小径よ、惑いの森に彷徨い歩く。三人通らば二人は帰らず。
なれば私は妖精に問う。向かうべき先は如何ばかりか――”」
歌うようなホーエンハイムの詠唱。
それが終わると、壁の辺りに黒い亀裂が生じる。
《転移》系の《
「待たせてすまない、此方へ!」
「失敗だったら怒るわよ……!」
先にホーエンハイムが亀裂に入るのを見届けてから。
押し寄せる《念動力》を叩き落とし、私もその中へと飛び込む。
《転移》時に起こる独特の浮遊感。
次の瞬間には、私は暗い通路のど真ん中に立っていた。
近くには少し呼吸を乱したホーエンハイムもいる。
「これは?」
「《寓話結界》の内だけで使える、緊急の脱出用魔法だ。
成功率が低く、最悪を想定した状況でしか使えないものだが。
応用すれば結界内を多少移動する事も出来る」
「意外と小器用ね。それについては褒めて上げる」
言葉を交わしながら、私は再度術式を走らせる。
さっきの階段から一階分離れた通路。
目的である人形は上階にある。
念の為、マレウス達も探ってみるけど反応は無かった。
あの状況からして、別の結界に引き摺り込まれたと考えるのが妥当でしょう。
状況はお世辞にも良いとは言えない。
「……先ずは人形の確保を。
フラワーチャイルドさんを停止させなければ」
「まぁ、そうね」
今は静かだけど、恐らく直ぐに亡霊の大群が押し寄せてくる。
負けるつもりはないけれど、正直切りが無いわね。
けれど、そう。
「貴方、あの鏡については分かるのよね?」
「? 『合わせ鏡の怪』の事か?
確かに、其方よりは知識はあるつもりだが……」
「じゃあ、そっちは任せるわ」
私の言った事の意味が、ホーエンハイムには一瞬理解できなかったみたい。
だから誤解する余地も無いよう、もう一度繰り返す。
「あっちもあっちで何とかするでしょうけど。
まぁ、此方から状況が見えない以上は心配は心配よね。
私の方はどうとでもなるから、貴方には向こうの対処をして欲しいの」
「いや、しかしそれは……」
「二度は言わないわ。早くしなさい」
向こうの状況は分からないけど、此方でやるべき事は分かっている。
フラワーチャイルドさんとかいう怪異を捻じ伏せ、「核」である人形を抑える。
それだけ確かならば何も問題は無いわ。
「貴方は多少役に立つようだけど。
別にこの状況を何とかするだけなら、私一人で十分。
だったらその力と知識を効率よく使える方に行きなさい。
何か異論はある?」
「……いや、無い。貴女の言う通りだ」
頷いて、ホーエンハイムはその場から一歩下がる。
タイミングを見計らったように、辺りに漂う瘴気が濃くなり始めた。
「何かあっても助けないから。
そっちはそっちで何とかしなさい」
「言われるまでもない。
元より、《七不思議》の対処は《
その言葉を最後に、ホーエンハイムは駆け出す。
それを見送る事はしない。
私の方はお客さんを迎えるのに専念しないと。
「――■■■■」
虫の羽音にも、獣の唸り声にも聞こえる雑音。
全ての口から同じように垂れ流し、フラワーチャイルドさん「達」は姿を見せる。
現れたのは一方向だけど、見える範囲でも十人以上いるわね。
全員が同じように佇み、同じように濁った眼で私の事を見ている。
……やっぱり、敵意と呼ぶには不思議な感覚ね。
少なくとも、私にはフラワーチャイルドさんなんてふざけた名前の知人はいない。
なのにどうして、あの怪異は私に何かの感情を向けているの?
結局、今の時点では良く分からない。
良く分からないまま、怪異の群れは私に力を放ってくる。
見えざる手が私を捉えて引き裂こうと、無限無数に伸びてくる。
「いい加減に学習しなさいよ……!」
その程度の力押し、何の意味もないって事を。
波濤の如き不可視の力を、それ以上の力で叩き潰す。
同時に霊体を排除するのも私ならばさして難しくはない。
此方は殆ど負傷もしていないし、消耗だってまだまだ微々たるもの。
フラワーチャイルドさんの方はもう何十体と消し去った。
互いの力の差は歴然。
ただ、敵の数が一向に減らないだけで。
「……さて、どうしましょうか」
聞く相手もいない独り言。
負けるつもりは微塵もないけど、足踏みしてる状況は変わらない。
消しても消しても亡霊は無尽蔵に沸き続ける。
一体、何処からそれだけの力が出てくるのやら。
「■■■■、■■■■」
「ちょっとは分かる言葉で喋って欲しいわね」
亡霊の声は雑音にしか聞こえない。
十数体が全て同じように言うせいで、正直かなり耳障り。
今の状況と合わせてどうしようもなく苛立つ。
消し去る。また増える。
亡霊の数が減る様子はない。
こうなれば、相手が力尽きるか私が消耗するのが先か。
泥沼の持久戦しかないか――と、そう考えた瞬間。
「ッ!?」
不意に響く轟音。
発生源は私の頭上。
天井が砕け散り、何か黒いモノが上から雪崩れ落ちてくる。
防ぐ暇などありはしない。
完全に虚を突かれて、私は黒い何かに呑み込まれる。
それは黒くそまった水のような液体。
普通の水より粘度が高く、まるで絡みついて来るような……。
「っ、が……!?」
いや違う、「ような」じゃない。
本当に黒水自体が私に絡みついて来る。
気付けば周囲にはフラワーチャイルドさんも無数に漂っている。
コイツらの《念動力》で水を操っているのか……!
無数の怪異による圧力に、更に大量の黒水の質量が加わる。
おまけに天井から崩れた瓦礫も押し寄せて来た。
「■■■■、■■■■」
水の中であるにも関わらず、亡霊の声は聞こえる。
相変わらず何を言っているか分からないし、酷く耳障りだ。
押し潰そうとする黒い水の圧力。
それを全力で押し返すが、状況は変わらない。
窒息で死ぬ事はないけれど、兎に角粘つく水の質量が厄介ね。
「こ、の……ッ!!」
何とか瓦礫混じりの水を吹き飛ばそうと、全方位に向けて力を放つ。
それに対し、亡霊の群れも《念動力》を強める。
互いの力がぶつかり合い、黒い水は激しく渦を巻く。
再び響く轟音。
私と亡霊の鬩ぎ合いに、今度は床が耐えられなかったらしい。
一瞬の浮遊感の後、水に纏わりつかれたまま落下する。
本当にしつこいわね……!
亡霊の《念動力》が操る黒水は、常に私を圧し潰そうとしている。
これを防ぐ為に手が割かれてロクに反撃も出来ない。
なら多少のダメージ覚悟で、亡霊と黒水を吹き飛ばすべきか。
肉体の損傷は古竜である私には大きな問題じゃない。
そうと決まれば早速――。
「何……!?」
防御の為の《念動力》を解こうとした矢先。
突然、私に纏わりついていた黒い水が大きく裂けた。
暗い色を斬り裂く銀光。
驚く私を何か強い力が引っ張った。
周りの亡霊の何匹かは、対応しようと動く前に斬り伏せられている。
物理的な干渉を受けないはずの霊体なのに。
そんな真似が出来るのは一人だけ。
「大丈夫か?」
見慣れた甲冑姿の彼――レックス。
片腕で私を抱き上げながら、剣についた黒水を振り落とす。
余りのタイミングの良さに、私は唖然としてしまった。
「いきなり天井ぶち抜いて落ちて来たのはビックリしたが。
とりあえずは平気そ――」
彼が何かを言い終えるより早く。
私は衝動的にレックスの兜を剥ぎ取り、そのまま唇に噛み付いた。
飢えた獣が肉を貪るようなはしたなさだけど。
今はそんな事は気にならない。
胸の奥から沸き出した愛しさが全てに勝った。
「んっ……」
けれど状況がほんの少しだけ私を冷静にする。
レックスが切り払った黒水や亡霊は、あくまで全体の一部。
一瞬薄まった瘴気の濃度が再び増していくのが分かる。
あぁ、空気ぐらい読んでくれないかしら。
「……それで、レックスはどうして此処に?」
「いや、俺も十三階段とかいうのを何とかした帰りだったんだけどな。
気付いたら周りが妙な感じになってて」
「なってて?」
「何だこりゃと思ってたら、天井からアウローラが降って来た」
「……ホーエンハイムは、《寓話結界》に怪異は一つだけと言ってたけど……」
レックスは十三階段――他の《七不思議》の対処をしたばかりらしい。
その後たまたま、フラワーチャイルドさんの異界と繋がった?
正直に言って、偶然と呼ぶには出来過ぎてる気がする。
「? アウローラ?」
漂う瘴気に向けて剣を構えるレックス。
私は彼に抱えられたまま、その首辺りに鼻先を寄せる。
万が一にも偽物の可能性を考えて、彼の匂いを確かめようと。
――そうして感じるのは、私の匂いも微かに混ざったレックスの匂い。
それを間違えるはずがないという自信があった。
今此処にいるのは、間違いなくレックスだ。
「何でもないわ。ちょっと安心しただけ」
「そうか」
微かにだけど、兜の奥で笑った気配。
レックスは私を傍にそっと下ろして、剣の切っ先を通路の奥に向ける。
払われた黒水がまた渦を巻き、怪異たる亡霊が列を為す。
「良く分からんがアレを倒せばいいのか?」
「そうね。それだけじゃ片付かないから、戦いながら説明するわ」
「頼む。あと他の連中は?」
「色々あって分断されたの。そっちも出来れば何とかしたいわね」
「分かった」
短く、けれど力強くレックスは頷く。
……別にこの程度の怪異なら、私一人で十分だけど。
やっぱり彼が近くにいると気分が違う。
「しかし水は面倒だな。びしょびしょになるし」
「私なんて全身ずぶ濡れだけど?」
「後で風呂に入らないとな」
「そうね、一緒に入りましょうか?」
そんな風に笑いながら言葉を交わして。
私とレックスは黒渦と亡霊の群れへと飛び込んだ。
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