第四章:巨人殺しと竜殺し

327話:《庭》



「ホント、今生きてるのが不思議でたまらんわ」

「言いたいことは分かる」


 イーリスの呟いた一言に、俺は深く頷いた。

 《巨人殺し》やトウテツと川辺で合流した後。

 程なくしてテレサとイーリス、後はボレアスも目を覚ましていた。

 当たり前だが、状況が理解できずに若干混乱していたが。


「まぁ、生き延びれたならそれで良かろうよ。

 細かい事は気にしても仕方があるまい」


 と、ボレアスはあっさりと現状を受け入れた。

 ちなみに《巨人殺し》は服に着替えたが、剣から出て来た彼女は相変らず。

 結果的に場の全裸率は変化していない。

 いや、それはどうでも良いんだけど。


「……《人界》の神、でしたか。

 本当に、凄まじかった」


 気を失う前。

 あの荒れた山での戦いを思い出しているのか。

 テレサは重い声を漏らした。

 座り込んだ彼女の傍ら、妹のイーリスも頷いて。


「大真竜だのヤバい連中は見慣れたつもりだったけどな。

 あの女、やっぱまた追って来そうなのか?」

「……そうね」


 応えたのは《巨人殺し》である少女。

 首に巻き付けた黒い蛇を、指で軽くつつく。


『まぁ、そうだな。

 俺もハッキリとした事を言えるワケじゃないが。

 ちょっと取り逃がしたからって諦めるほど潔い相手じゃないだろ』

「そりゃそうだろうな」


 俺たちを逃がした何者か。

 十中八九、その本人だと思われるクロ。

 語る言葉は微妙に白々しいが、追及はしないでおく。

 幾ら聞いても、話す気がないならどうしようもないからな。

 相棒である《巨人殺し》の方も、今はまだ何も言っていない。

 ……アウローラはやや不満げだが、それはそれだ。

 そっちは俺が抱えて、頭を撫でて宥めておく。


「……レックス?」

「どうした?」

「その、大丈夫だから。

 流石にちょっと、恥ずかしいわ」

「そうか?」


 俺としてはこうしてるのも楽しいんだが。

 とりあえず撫でるのは中断して、膝に抱えた状態は継続しておく。


「……確認するけど、クロ。

 《国》の位置とそこまでの距離は間違いない?」

『相方の言うことは信用するべきだろ、ブラザー。

 あぁ、間違いない。

 この《庭》を出たら北に向かって十日ほど。

 それだけ歩けばカドゥルの《国》が見えてくるはずだ』

「歩いて十日か」


 まぁまぁの距離だな。

 普段であれば何とも思わないが。

 しかしここは《巨人》の闊歩する土地で、しかも神様に狙われている。

 何もない荒野を十日ほど歩いて渡るのはそれだけでリスキーだ。

 

「どんだけ危険でも、こっちの目的考えると《国》には行かざるを得ないんだよな」

「空を飛ぶのはどうだ?

 長子殿なら脚代わりの飛竜ワイバーンぐらい出せるであろう?」

「そうね。問題ないわ」

「わいばーんとは何ぞや?」

 

 川辺の岩に背を預け、身体を休めているトウテツ。

 聞き慣れない単語に鬼は首を傾げた。

 《巨人の大盤》に竜はいない。

 だから必然、古竜が造る亜竜の存在も知らないワケか。


「とりあえず翼の生えたトカゲみたいな奴。

 アウローラが血から出せて、前にそれ使って飛んで移動したんだよ」

「ほほう。それはまた便利ではないか」

「徒歩で行くよりは大分時間を短縮できると思うぞ」

「……どう思う?」


 話を聞いていた《巨人殺し》は、首元の相方にも意見を求める。

 黒い蛇は少し考え込む仕草を見せて。


『多少目立って《巨人》の目を引く可能性はあるな。

 とはいえ、此処にいる連中ならちょっと《巨人》が来ても殴り返せる。

 だったら別に問題ないと思うね』

「なら、移動にはそのわいばーんというのを使わせて貰いましょうか」

「良いか?」

「多少は疲れるけど、仕方ないわね」


 膝の上でアウローラは頷いた。

 途中で《巨人》にどんだけ妨害されるか分からないが。

 それでも歩きよりは確実に速く目的地に到着できるはずだ。

 他に考えておく事があるとすれば……。


「アストレアだったか。あの神様はマジでどうしような」

「《光輪ハイロゥ》とか言ったか?

 我らに刺さる随分と厄介な能力を持っていたな」

 

 言いながら思い出したか、ボレアスは珍しく渋い顔をする。

 《造物主》に由来する力を弾く神の権能。

 《光輪》とやらのせいで、古竜二人の攻撃や俺の魔剣は弾かれてしまう。

 一応、俺の場合は剣以外で攻撃すれば通せはする。

 それでも相手の強さを考えると、有効打を与えてるとは言い難かった。


「一応、私でも攻撃を直接当てずに迂回する事で《光輪》はすり抜けられたわ。

 けどやっぱり、そんなんじゃ相手にロクなダメージが入らないのよね」

「うむ。神々が厄介なのは《光輪》を纏っている事が第一だ。

 その上で、奴らは殆どの鬼の王よりも遥かに強大だ。

 《人界》の神々こそ、この《巨人の大盤》の絶対者と言って間違いはあるまい」

 

 アウローラの言葉に、現地民であるトウテツが頷く。

 攻撃は弾かれ、相手は大真竜とかその辺りと比較できそうな程に強い。

 ……改めて考えるとマジでどうしようもないな、コレ。

 まぁこの先戦うならがんばるだけなんだが。

 それはそれとして、何か対抗する手段は無いものか。


『……《光輪》は神の力だ。

 邪悪なるモノ、それに近しい穢れは寄せつけない。

 逆に言えば「そういうモノ」でなければアレは単なる光だ』

「ふむ」

『そっちのレックスに、こっちのブラザー。

 二人が普通に殴ったりなんだりする分には問題なかっただろ?

 どっちも肉体的には《造物主》の属性を持ってないからだ』

「人間なら、あの《光輪》には影響されないと」

 

 俺や《巨人殺し》の彼女が攻撃を当てられたのは、つまりそういう理屈だよな。

 そうなると。


「…………」


 純粋な人間で、かつ戦える力がある者。

 テレサの方にちらっと視線を向ける。

 条件的に、自分があの《光輪》に対して有効なのは分かっているのだろう。

 ただ、その表情は硬く重いものだった。

 理由は――まぁ、何となくではあるが想像はつく。


「テレサ」

「っ……は、はい。何でしょうか?」

「いや、そんな思い詰めて考えなくても良いからな」


 言ってる俺としても、気休めなのは理解してる。

 が、一応言うだけ言っておくべきだろう。

 何も言わず、一人で抱えて内圧上げてしまうのが一番よろしくない。

 テレサの方は一瞬言葉に詰まったようだった。

 傍らのイーリスは、何も言わずに俺たちの様子を見ている。


「……すみません」

「別に謝る必要もないぞ?」

「……あの嵐の中。

 ヘカーティアと戦った時は、勇気を持てました。

 自分がどれだけ足りず、竜には遠く及ばないとしても。

 持てるだけの力を尽くしさえすれば。

 最後はきっと、貴方が何とかしてくれると」


 そう信じていたから立ち向かえたのだと。

 ぽつぽつと、テレサは胸の奥に抱えたモノを吐き出す。

 事情を知らない《巨人殺し》とクロ、それと鬼のトウテツ。

 知らないながらも、彼らは黙って話を聞いていた。


「……けど、あの女は。

 神を名乗るアレには、主やボレアス殿の力はまるで通じず。

 その上、レックス殿の剣すら完全に弾いてしまった。

 理屈は分からない。けど、理解は出来てしまったんです。

 アレは、これまで大真竜すら討ち取って来た貴方の剣。

 それでも決して殺せない相手であると」

「だな。それは俺も分かってる」


 竜殺しの刃。

 この世で唯一である《一つの剣》。

 どれだけ凄まじい魔剣であれ、あの《裁神》を斬ることはできない。

 それは俺も理解していた。

 相手が神様だろうと、戦う方法はあるが。

 剣が通じないという事実だけは覆しようがなかった。


「だから、私は――」

「同じだ」


 アウローラを抱えたまま、俺はテレサの傍に寄る。

 半ば独白めいた言葉を吐くことに、彼女は夢中になっていて気付かない。

 その頭を少し乱暴に撫でてから、少し強めに断言する。


「同じだろ、ヘカーティアの時と」

「れ、レックス殿……?」

「お前一人じゃ大真竜であるヘカーティアはどうしようもなかった。

 同じく、俺だけじゃアイツの魂に剣は届かなかった。

 今回は剣自体がそもそも通らないって違いがあるだけだろ。

 別にテレサだけが頑張らなきゃダメだ、って話じゃないんだ」

「…………」


 何故か抱っこしてるアウローラさんの視線が微妙に痛い。

 いや、分かってる。

 そう言いながらお前度々一人で無茶しますよねって、目がめっちゃ物語ってる。

 そこは必要に応じてというか、適材適所というか。

 ヘカーティアの時もちょっとそういうのあった気がするが、それはそれ。


「……姉さん。オレの事は気にするな、っても。

 今のオレ自身がこんなザマだし、流石に強くは言えねぇけどさ」


 身体の不調が未だ回復には至っていないイーリス。

 彼女もまた、丸くなりかけた姉の背を軽く撫でていた。


「頑張れることは頑張りゃいいよ。

 けどまぁ、そこのスケベ兜みたいな無茶する必要もねぇんだ。

 やれる事をやろうぜ。いやホント、今のオレが言うことじゃないけどさ」

「正直なこと言うと、俺もイーリスさんほど無茶した記憶はそんなにないよ?」

「オレはやれる事やってるだけだっつーの」

 

 それが他から見ると大概無茶なんだよなぁ、マジで。

 まぁしれっとそう言えるのは凄いけどな、ホント。

 俺とイーリス、二人分の言葉にテレサは少しだけ沈黙して。


「……すみません。

 あの神の強さと《光輪》の衝撃で、弱気になり過ぎていました」

「良いって良いって。そういう事もある」

「まぁ、そこのスケベ兜は大体いつもこんな調子だけどな」

「そこは俺の良いトコロって事で一つ」

「それは私も否定しませんけどね」


 クスクスと笑いながら、アウローラは俺の兜を指で突いた。

 まだ完全ではないが、沈み込んでいたテレサの気分も多少上向いたようだ。

 ……確かに、あの《裁神》と比べたら彼女の実力は大分劣る。

 そもそも、俺だって一人で戦ったら普通に死ぬレベルだ。

 《光輪》を気にせず戦えるテレサは貴重な戦力。

 力で劣っていようがやりようはある。


「ま、弱さを嘆いても仕方あるまいよ。

 戦わずに死ぬか、戦って死ぬか。

 鬼ならば必ず後者を選ぶ、或いは道が開けるかもしれんからな!」

「……鬼の常識で語る話じゃないと思うけどね」


 トウテツさんの言うことはシンプルで分かりやすい。

 やや呆れ気味に《巨人殺し》はため息を吐く。

 それから、少女はテレサの方を見て。


「……力が足りないと、嘆く気持ちは少しは分かるつもり」

「貴女も、経験がありますか」

「毎日よ。自分の力量に満足した事なんてないし、そうなったらもう終わりだから」

「人の身にしては随分と修羅場を潜ってるように見えるがな」


 眼差しに好奇心を隠そうともせず、ボレアスは笑いながら《巨人殺し》を見る。

 少女は特に気分を害した様子もなく小さく肩を竦めた。


「私は《巨人》を殺すために戦ってる。

 強くなんてない、強いと思ったことなんて一度もない。

 身体が不死だから無茶が出来て、そのおかげでどうにか綱を渡ってるだけ。

 ……結局、言うことがトウテツと似たようになってしまうけど。

 足りないと嘆いて俯くよりは、顔を上げて前を見るべきよ。

 こんなの、今さら言うことじゃないでしょうけど」

「いえ、ありがとう。

 貴女が私を気遣ってくれている、その気持ちが何よりありがたい」

「…………そう。それなら、良いわ」

 

 顔を上げて微笑むテレサに、《巨人殺し》は一瞬だけ口ごもった。

 首に巻かれた蛇がヒヒヒと笑う。


『なんだよ、慣れない励ましをしたと思ったら照れてるのか。ブラザー?』

「黙れバカ」

『ぐえっ』


 からかって来た相棒の頭を、少女は手のひらでぎゅっと握り締めた。


「……ただ」

「はい?」

「貴女は、私みたいに不死身じゃないでしょう?

 私ほど無茶をする必要はないから」

「……成る程、それは確かに」

 

 うーん、真顔で言われるとマジなのか冗句なのか分からんなコレ。

 テレサも微妙にリアクションに困った半笑いだ。

 どうあれ、少しでも元気になったのなら良い事だろう。


「まぁあの微妙に痴女臭い神様は、また来たら頑張って殴るしかないとしてだ。

 出発は何時にするって話だっけ?」

「そっちのトウテツがまだ不調だし、貴女自身もそうでしょう?

 少なくとも一晩はこの《庭》で過ごして、それから出発する予定ね」

「一夜も休めば問題なく戦えるはずだ」


 凄まじきは鬼の生命力だ。

 もう暫くはここで休憩――という事になるわけだが。


「…………」


 視線を感じる。

 どうやら《庭》の奥にいるらしい住民が、チラチラこっちを観察してるようだ。

 さて、《巨人殺し》はこっちから関わるなと言っていたが。


「……何事もなければ良いわね」

「だなぁ」

 

 同じく視線に気付いているアウローラが小さく囁く。

 何もして来ないのであれば、こっちから何もする必要はない。

 一先ず今は、こっちからは無視しておくだけだった。


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