第524話 回想4:桜祭り 下

 試作をしたり、メルのお世話をしたり、衣類の準備をしたり、メルのお世話をしたりするうちに、あっという間に当日になった。


 仕込みはともかくとして、屋台の準備があるため、ボクは朝早くから家を出た。


 向かう先は美天市桜祭りが行われる、土手のエリア。


 土手に到着すると、ちらほらと屋台の準備に取り掛かってる人たちが目に入る。


 いつもは既に設営されてる状況を目にするから、今みたいに準備段階の屋台を見るのはなんだか新鮮。


 興味深くて、ついつい視線があちらこちらへと移動する。


「桜が綺麗だなぁ」


 でも、一番視線が向かうのはやっぱり桜。


 多くの桜の木が花を満開にさせ、風が吹く度にひらひらと花びらが舞う。


 春と言えばこの光景だと思う。


「さて、ちゃっちゃと準備しちゃわないと」


 それなりに早く来はしたけど、それでも準備をしてる間にあっという間に時間が経つ、なんてことになるかもしれないからね。


 早めにやっておかないと。


 あらかじめ街の方から屋台は用意されていたため、ボクがするのは器材のチェックや、材料の確認など。


 器材の方は軽く確認してみたけど全く問題なく、材料の方に至ってはそもそも『アイテムボックス』に入れてるから問題ないしね。


 ちゃんと、朝行く前に全部入れてきたから大丈夫!


「えーっと、これをこうして……ここはこうで……うん、よし!」


 全体的なチェックを終えて、ボクは満足気に頷く。


 器材に故障もなく、特にこれと言った問題点もない。


 これで、無事にお店が出来そうです。


「あとは……うーん、のんびりしてよっかな」


 あらかた準備が終わったので、ボクはのんびりすることにした。



 それからのんびり桜を見ながらぼーっとしていると、ちらほらと人が来始めた。


 カップルの人や、家族で見に来た人、他にも友達同士で訪れる人などなど、かなりの数が見られる。


 時間は九時半で、まだどこも屋台はやっていません。


 ルールとして、十時から、ということになっているからみたいです。


 ちなみに、ルールを破ると、一定期間の出店禁止が科せられるとか。


 それは出店側としてもかなりの利益を失うことになるみたいなので、やる人はいないらしいです。


 おじいさん情報。


「ん~っ、春の陽気が気持ちいいなぁ……」


 軽く伸びをしながら呟く。


 桜が満開もさることながら、こうして色々な人たちが行きかう光景、っていうのはなんだか気持ちが温かくなるよね。


 誰もかれもが笑顔で歩いてるし。


「……それにしても、なんだか見られてるような?」


 ただ、一つだけ不思議な点があるとすれば、なぜか視線をもらっていること。


 うーん、なんでだろう?


 もしかして、あれかな。


 ボクが一番若くて、びっくりしてるから、とか? 高校生くらいの人とか見つからないし、多分そう、だよね?


 いても、二十代半ばとかだし……やっぱり、高校生で屋台をするのってすごく珍しいことなのでは?


 ……あー、うん。珍しいね、絶対。


 それなら、納得。


 後は多分……ボクの髪色とか目の色、だろうなぁ。


 銀髪碧眼とか、普通に日本に住んでたらまず見ない容姿だろうからね。


 そう言う意味じゃ、仕方ないことかも。


 ……と、そんなようなことを考えたり、桜を見たりしている内に、遂に十時になった。


 すると、


『いらっしゃいいらっしゃい! 特製大玉たこ焼き、いかがっすかー?』

『美味しい串焼き! 是非食べてってなー!』

『フォウ、美味しいよー!』


 辺りから客引きのための声が聞こえ始めてきた。


 どうやら、早速お客さんの取り合いが始まったみたい。


 ボクはおじいさんの代わりとして来ているけど……できることなら、売上を出して、それをおじいさんに渡したいところ。


 せっかく任せてくれたわけだからね、頑張るよー!



 ……って、意気込んだ結果……


『お好み焼き二つください!』

『焼きそば四つ!』

『こっちは、お好み焼き五個と焼きそば二つ!』


 ボクはてんてこ舞いになっていました。


 いや、うん……その、ね。


 最初は良かったんです、最初は。


 でも、なんだろう……一つが売れ出した瞬間、味が思った以上に受けたみたいで、次から次へとお客さんが入り続け、結果として屋台の前に大行列が出来始めていました。


 お好み焼きと焼きそばを同時進行で作らないといけないから、かなり忙しい。


 とはいえ、余裕がないかと訊かれると、ないわけじゃないです。


 何せ、まだ『瞬刹』と『身体強化』を使ってないので。


 ……うーん、これは使うべきなのかなぁ。


 行列ができるのは普通に嬉しいんだけど、このままだと他の屋台に迷惑がかかっちゃう……。


 それに、ここはイートインスペースもあるわけだから、そっちの注文も捌かなきゃいけないし……はぁ、手が足りないよぉっ!


 と、手を止めずに一心不乱に料理を作って、お金を受け取って、手渡して、ということを繰り返し、心の中で叫んでいると……


「――来たぞ、愛弟子」


 救世主の声が聞こえてきた。


「し、師匠っ!」


 そこには、いつものラフな服装でこっちを見る師匠の姿があった。


 安心感がすごい……。


 なんかもう、後光が差し込んでるようだよ……。


「あぁ、あたしだ。どうしたんだ? やたら嬉しそうな表情だが」

「し、師匠! 手伝ってくれませんか!?」

「ふむ……報酬は?」

「お酒とボクお手製のおつまみでどうですかっ!?」

「よし乗った。手伝おう」

「ありがとうございますっ!」


 これで何とかなりそう!


「んで? あたしがやるのは……あー、なるほど。会計と注文の受け取り、ってところか」

「はいっ、できますか?」

「ははっ、このあたしにできないことなんざない。見てな。……お客様、ご注文をどうぞ」

『え、えっと、じゃ、じゃあ、焼きそば二つ。あ、一つはマヨネーズ抜きで』

「かしこまりました。次の方、注文を承ります」

『お好み焼きを三つと焼きそば四つ』

「かしこまりました」


 といった具合に、師匠は次々の並んでいる人たちのオーダーを取っていく。


 し、師匠が……師匠が丁寧な接客をしている!?


 なんだろう、いつもの傲岸不遜な振る舞いを見てるせいで、あの営業スマイル+丁寧な口調の師匠に違和感しかないというか……うん、すごく、怖い。


(おい愛弟子、ふざけたこと言ってると……修行な)


 はっ! 『感覚共鳴』使われてる!?


 す、すみませんすみません! だって師匠、いつもそんな笑顔しないじゃないですかぁ!?


(そりゃあたしだからな)


 なんという説得力……と、ともかく! 修業は嫌です! なので、えとえと……お酒追加で許してください!


(よしそれで手を打とう)


 よかった……。


 ……それにしても師匠、注文を正確に取りながら、どうやってボクと話してたんだろう……底知れなさが怖いです。



 それから、ボクと師匠の二人でひたすら注文を取って作ってを繰り返して……気が付けば二時頃に。


 この時間帯になってくると、大分人も少なくなって、大体は桜を見たり、お菓子系の物を購入して食べたり、そんな風に過ごしていました。


「よっ、調子どうよ」

「あ、みんな! 来てくれたの?」


 ちょこちょこ注文を受けて、料理を作っていると、みんながやってきた。


「えぇ。幼馴染がやってるわけだし、行くに決まってるじゃない」

「だな。見たところ……ミオさんも手伝ってくれてるんだな」

「ま、こいつがしんどそうにしてたからな」

「おー、依桜君がしんどそうにするとは……よっぽどだったんだねぇ」

「ま、まあね……もう、おかげでくたくたで……」


 異世界で鍛えたボクの体力をもってしても、大量の注文を捌くのはとても疲れました。


 それに、最近はそういう動きはめっきりしてないし……だから、疲労感もすさまじい……。


「ねーさま、大丈夫なのか?」

「メル! メルも来てくれたんだね!」


 疲れが吹き飛んだ。


「もちろんなのじゃ! 実は、もっと早く来るつもりだったのじゃが……むぅ、学校の方が長引いてしまったのじゃ……」

「なるほど、そうだったんだね。でも、来てくれて嬉しいよ!」

「ほんとか?」

「もちろん! というか、疲れが一瞬で吹き飛んだから!」


 むしろ、こんなに可愛い妹の姿を見て体力が戻らない方がおかしいというものです。


「……なぁ、依桜の奴、メルちゃんを見た瞬間に、一瞬で回復しなかったか?」

「……出会ってから間もないのに、もうあんなにシスコンに……」

「俺、依桜が心配だよ……」

「にゃははー。依桜君唯一の欠点かもにゃー」

「け、欠点て……これ、全然欠点じゃないと思うんだけど……だって、ただ妹を可愛がってるだけだよ?」

「その、だけ、の部分がとんでもなく重いのよ」

「お、重いかなぁ?」

「「「「重い」」」」

「そ、そですか……」

「ま、今まで比較的普通だったんだ。ある意味、こいつにはこういう異常性があっても問題ないだろ」


 師匠、なんかボクが異常な人、みたいな感じになってるんですがそれは。


 でも、言ったら色々と負けなんだろうなぁ……。


「依桜って……普通、かしら?」

「いや、普通じゃないな」

「同じく」

「むしろ、前からおかしい?」

「なんか酷くない!? ボク、少なくとも向こうに行く前までは普通だったよね!?」

「「「「いや全然」」」」

「あれぇ!?」


 お、おかしい……なんでボク、みんなにおかしな人、とか思われてるの!?


 あれ!? ボクがおかしいの? ねぇ、これって、ボクが無自覚であることが犯いのかなぁ!?


 ぐぬぬ……。


「まあ、依桜の重い部分はどうでもいいとして」

「よくないよ!?」

「それで、この後は大丈夫そうなの?」

「なんかさらっと流されたけど……まぁ、うん。とりあえず、師匠が来てくれたおかげで、負担が大幅に減って、すごくやりやすくなったよ。それに……メルが来てくれたおかげで、ボクの体力も一気に回復したし、問題なし!」


 可愛い妹の姿を見れば、体力なんて回復しますとも。


「お、おう、そうか。……まぁ、依桜が大丈夫ってんなら大丈夫なんだろ。んじゃ、オレらも売り上げに貢献すっか」

「そうね。依桜、お好み焼き四つと、焼きそば四つ。メルちゃんは……」

「儂もその二つが食べたいのじゃ!」

「だそうよ」

「かしこまりました。じゃあ、ぱぱっと作っちゃうから待ってて。あ、代金はいいよ」

「およ、いいのかい?」

「うん。みんなには試作でお世話になったからね。サービスです」

「なら、遠慮なくもらうとしよう」

「さっすが依桜。わかってるぜ!」

「あはは、これくらいはね。あ、師匠も食べます? 今なら休憩しても大丈夫ですし」

「ん、そうだな……あたしも少し腹が減ったし、ここいらで休憩にするか。じゃ、あたしは酒でも買ってくる」


 そう言い残し、師匠はお酒を買いに去って行った。


「……師匠、この後も普通に接客するんだけど……」

「まぁ、ミオさんだし、いいんじゃない? あたし、あの人が酔っぱらった姿とか見たことないわ」

「あー、師匠ってお酒にすごく強いからね……実際あの人、某アルコール度数が96%のお酒を飲んでも『こいつはアルコールが強いだけで美味くはないな……外れだな』って、何でもないように飲んでたから……ボトルで」

「「「「うわぁ……」」」」


 師匠のお酒に関する一つの話をしたら、みんなはドン引きした。


 うん、気持ちはわかります……。


 と言うかボク、それを目の前で見てるからね?


 これならさすがの師匠も酔っぱらうはず、と思ってたのに、まるで普通のジュースを飲むかのような様子で飲んでたからね。


 あれ、本当に怖かったです。


「んなら、ミオさんが接客でミスをすることなんてないってわけか……」

「そういうことです……」

「いやはや、さすがは異世界で最強の人だねぇ。肝臓もバケモンときましたか」

「多分あの人、肝臓でアルコールを分解する以前に、口の中に入れた数秒後くらいにはアルコールが分解されてるんじゃないかなぁ……」


 それも多分、酔っぱらうような効果は残しつつ、体に害がないレベルに抑えるくらいには。


 あの人なら、それくらいしても不思議じゃないし。


「っと、はい、完成。お好み焼き、焼きそば、それぞれ五個ずつね」

「会話しながらでも余裕で作る辺り、ほんと手際良いわよね、依桜は」

「慣れだと思うよ? 向こうでも料理は日常的な物だったし。それに、スキルもあるしね」

「それもそうか。それじゃ、俺たちはそこで適当に食べてるよ」

「うん。ありがとうね。あ、メルも一緒に食べて来な」

「わかったのじゃ!」

「メルをよろしくね」

「おうよ! つーか、何かあったら依桜が怖いけどな……」

「「「うんうん」」」

「あ、あははは……」


 そりゃまあ、大事な大事な妹のメルにもしものことがあったら……自分でも何をするかわからないからね、ボク。


 少なくとも、誘拐しようとしたら……ふふふ。


「あ、これ絶対やべーこと考えてる顔だねぇ。にゃはは、シスコンは大変だ」

「……し、シスコンじゃないよ?」

「もう今更でしょ。……じゃ、仕事の邪魔をしちゃ悪いし、もう行くわ。頑張ってね」

「うん、ありがとう」


 最後にそう交わして、みんなはテーブルの方へ去って行った。


 さて、まだまだ時間はあるし、頑張らないとね。



 途中、みんなと会話しつつ、ボクと師匠の二人でお客さんたちを捌き、気が付けば日が落ちていました。


 日が落ちると、木々を使って垂らされた提灯がぼんやりとした灯りで辺りを優しく照らし、それはもう綺麗な夜桜に。


 ひらひらと舞い散る桜の花びらがぼんやりとした光で照らされていて本当に綺麗。


 うーん、家の近所にこういう場所があるのって、実際すごくラッキーなことだよねぇ。


 向こうの世界にも、こういう綺麗な風景の場所があったけど、あれは秘境の類だったし、こういう身近な場所で、ほんの短い期間でしか見られない場所の方が、なんだかいいよね。


 好きです。


「それで、屋台の方はもういいのか?」


 そう尋ねてくるのは、ボクのすぐ隣を歩いてる晶。


「うん。材料が売り切れちゃったからね」


 そう、今現在ボクは、材料が底を尽いたので、せっかくみんながいるのなら一緒に、ということで、今はみんなと一緒にお花見中です。


 ちなみに、物を盗む、なんて人が出ないようにするためか、師匠が結界を張ってくれました。


 ありがたいです……。


 一応、売上金は『アイテムボックス』に入れるつもりだったけど、さすがにそれ以外を入れると、色々と問題になりそう……というか、絶対になると思うからね。


 だから、師匠の申し出はすごくありがたかったです。


 それに、師匠の張る結界なら、全然問題なさそうだし。


 尚、その肝心の師匠は、ふらふらーっとどこかへ行きました。


「まさか、屋台の材料が売り切れる、なんて状況があるとはなぁ。オレ、初めて見たぜ」

「普通はそうじゃない? よっぽど腕がいいか、材料が優れているか、ってところだし。まあ、この娘の場合、それを差し引いて余りある調理技術を持ってるわけだけど」

「あ、あはは」


 未果の言葉に、ボクは苦笑いを零す。


 だって、ボクの場合、『料理』のスキルを持ってるからね。


 そう言う意味では、本職の人たち相手にはそこまででもないかもしれないけど、それでも一般的な基準で考えると、そこそこ上になると思う。


 だから、ある意味では反則なのかも?


「えへへ~」


 と、そんな可愛らしい声がボクのすぐ隣から聞こえてくる。


「メル、嬉しそうだね?」


 もちろん、天使な魔王こと、メルです。


 メルは、ボクの手をぎゅっと握って、ぴったりとボクに寄り添いながら歩いてます。


 うんうん、可愛らしくて最高です……。


「うむ! ねーさまとこんなに綺麗なところにいられるからな! ねーさまの世界はすごいのじゃ!」

「そっかそっか。そう言ってもらえると嬉しいな」


 ただ、ねーさまの世界はすごい、というセリフなんだけどね? 周囲の人たちが、まるでボクを中二病的なやべー人みたいな感じで見てるんだ。


 この辺り、少し話しておかないとダメかもなぁ……。


「うへへ……美少女と美幼女の仲睦まじい姿は最高ですなぁ……次のコミケのネタ、これにしようかねん」


 ……なんだろう、今背中がぞくっとしたんだけど……。


 この感じは……女委だね。


「女委、何かよからぬことを考えてないかな?」

「うへっ!? き、気のせいでござるよぉ?」

「ござるって……」


 動揺が隠しきれてないよ、女委。


 視線も泳いでるし、なんか冷や汗もかいてるしで、怪しい素振り万歳なんですがそれは。


「はぁ……変なことをしなきゃ、別に考えてもいいけど……実行には移さないでね?」

「うっす! しないっす!」

「大丈夫かなぁ……」


 女委のこういうふざけたノリは何と言うか……信用しきれない。


 むぅ、なんとも言えない。


「それで、これからどうするの? 依桜の仕事は終わったわけだし、このまま適当にふらつく? それとも、どこかで適当に座ってお花見でもする?」

「あ、いいねそれ。ボク、レジャーシート持ってるから、どこかに座ろっか。メルもそれでいい?」

「うむ! ねーさまと一緒なら、どこでもいいのじゃ!」

「ふふっ、ありがとう。……じゃあ、それでいいかな?」

「「「「OK!」」」」

「りょうかーい。じゃあ、場所探ししよっか」


 ということになった。



 それからボクたちは、どこかよさげな場所はないか、とお花見ポイントを探る。


 正直、場所取りなんてしなかったから、ちょっと難しそうだなぁ、って思ってたんだけど、偶然ボクたちは穴場を発見。


 そこには人はおらず、なのに桜はこれでもか、と枝に無数の花をつけ、それはもう綺麗いという言葉以外が野暮になるくらいの、そんな場所だった。


 これ幸いにと、ボクたちはそこにレジャーシートを敷き、道中で購入した食べ物や飲み物と、こっそり自分たちの分だけ作っておいた、焼きそばとお好み焼きを並べて座った。


「綺麗だね……」

「そうね……。生まれてからこの街にずっと住んできたけど、こんな場所があったのなんて知らなかったわ」

「俺もだ」

「だねぇ」

「ってか、人がいねーのがいいな。気にすることなく、依桜とメルちゃんの話題ができるしな」


 たしかに。


 こうも人がいないと、ボクたちがつい変なことを話してしまっても、変に注目を集めることはないだろうね。


 うーん、態徒にしては珍しく的を射た発言……。


「ん、なんだ、お前たちここにいたのか」


 と、ここで師匠が登場。


 よく見ると、その手には大量のお酒が入った袋を持っており、完全に飲む気満々の姿でした。


「師匠、そのお酒は……」

「いやなに。こうも絶景なシチュエーションなんだ。あたしとしちゃ、こういう場で飲む酒は大好きでな。なんで、美味い酒を家に取りに行き、商店街にも寄って、美味い酒を買ってきたんだよ」

「そ、そですか」


 わざわざ家と商店街に行ったんだ……。


 師匠のお酒に対するバイタリティーは、本当にすごいと思います……。


 同時に、もう少し、家事をしてくれてもいい気がするんですけどね!


 言わないけど。


「というわけで依桜。つまみを出せ」

「ですよねー」


 にこっと笑いながら、手のひらを差し出してきた。


 予想通りすぎます。


 とはいえ、師匠にはかなり手伝ってもらったし、何より報酬の件もあるから……。


「とりあえず……簡単な鉄板焼きと、ぱりぱりキャベツ、あとは揚げ物なんかを作ったんですけど、それでよければ」

「お、いいな。さすが愛弟子。よこせ」

「よこせて……まあいいですけど。はい、どうぞ。飲み過ぎには気を付けてくださいね?」

「はっ! このあたしを酔い潰すなど、不可能ってもんだ。んじゃ、早速……」


 鼻で笑った直後、師匠は楽しそうな笑みを浮かべながら、袋から日本酒が入った瓶を取り出し、手刀で上部を切断すると、一気にそれを飲み始めた。


 うわぁ……一升瓶をラッパ飲み。


 昔からラッパ飲みしてるのは見てたけど、やっぱりこうして改めて目にすると、異常だよね。


「さすがミオさんよね。というかあのお酒、二十%以上ある気がするんだけど」

「異世界人だからあれなのか、ミオさんだからあれなのかわからないが……俺、将来はほどほどにするとしよう。正直、怖い」

「にゃははー。いやー、いい飲みっぷりで。わたしはむしろミオさんくらいになりたいもんだぜー」

「オレも気になるっちゃ気になるが、オレも晶くらいにするわ……」


 四人はそれぞれの感想を口にしていた。


 うん、晶と態徒は正解。


 だって、酒は飲んでも飲まれるな、ってよく言うし、ほどほどが一番です。


「お酒、とはおいしいのか?」

「メルはまだ知らなくてもいいことです」

「だがねーさま」

「大丈夫です」

「でも――」

「今朝作った手作りジュース、飲む?」

「飲むのじゃー!」


 ボクの『アイテムボックス』から取り出したジュースを取り出すと、メルはお酒のことなんか忘れた。


「はい、どうぞ♪」


 その姿を見て安心したボクは、それを差し出す。


 すると、メルはにこにこと嬉しそうに飲みだす。


「……依桜、すんげぇ過保護になってるよな、あれ」

「有無を言わさないどころか、落としどころを持ってるとか……さすがよね。いやほんと」

「どうしたの?」

「あ、ううん、なんでもないわ。……ねぇ、依桜。その飲み物って、まだあるの?」

「これ? うん、あるよー。よかったらみんなも飲む?」

「「「「もらう」」」」

「うん、了解」


 適当にコップを取り出して、それらにジュースを注ぎ、みんなに手渡す。


 この時点でなんかもう、お花見モード。


「じゃあ、乾杯でもするかい?」


 全員に飲み物が行き渡ったところで、女委がそんな提案をしてきた。


「お、いいなそれ!」

「そうね。ここらなら人も全然いないし、多少声を出しても問題なさそうだしね」

「そうだな」

「ボクも賛成。メルもいいかな?」

「うむ!」


 もしかしたら知らないかも? って思ったけど、どうやら知ってるみたい。


 学校でたまたま教えてもらったのか、それともマンガで覚えたのか。


 それはともかくとして、知識が増えてるのはいいことです。


「そんなら、愛弟子が音頭を取れ」

「ボクですか?」

「まあ、妥当よね。じゃ、よろしく」

「わ、わかったよ。じゃあ……こほん。乾杯!」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」


 何の捻りもないけど、そこは許して!


「んっんっ……はぁっ。おほー、こりゃうまいですなー! 依桜君や、よくこんなの作れたね?」

「向こうで見つけたレシピの応用だよ。簡単だよ?」


 あっちの世界の料理って、別にこっちの世界に比べて劣ってる、なんてことはあまりなかったしね。

 よくある異世界系の作品みたいに、文化的な部分が遅れてる、なんてこともなかったわけだし、やっぱりフィクションはフィクションだよね。


「へぇ~、後で教えてくれない? それ」

「うん、いいよー」

「ありがと」


 なんて、他愛のない会話をして仲良くお花見。


 去年の今頃も、こうして未果たちと一緒にお花見してたけど……なんというか、随分と様変わりしたよね。


 主に、ボクに関係する部分が。


 あの時までは、ちょっぴり女の子っぽい顔立ちではあったものの、れっきとした男だったんだけど、今なんて見る影もないくらいの女の子になっちゃったからなぁ。


 でも、変わってしまったボクを、前と同じように接してくれるみんながいるっていうのは、本当に嬉しいことだし、何よりも幸せなことなんだと思う。


 できることなら、今後もこうやって、のんびりとした生活にしたいものです。


 ……まあ、本音を言えば……男に戻りたいんだけどね!


 そんな、ボクの心の叫びがありつつも、ボクたちは楽しいお花見の時間を過ごしました。


 尚、屋台の売上金を見て、おじいさんが腰を抜かしたのは……また別のお話。

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