第24話 こわがり依桜ちゃん
「ほ、ホントに入るの……?」
怖がるようにそう言うのはボクだ。
ボクたちは、未果と別れた後、満場一致(ボク以外)でお化け屋敷に行くことになった。
それで、なんでボクが怖がっているかと言えば……
「ん、なんだ、依桜。お前、まだこう言うのに弱いのかよ?」
「う、うん……」
「てっきり、向こうでこう言うのにも耐性が付いたのかと思ったんだけどねぇ」
「化け物とか、目玉がいっぱいの魔物とか、ゾンビとかみたいに実体があって、何らかの手段で攻撃できるならいいんだけど……死霊とかは苦手で……」
「いや、それはそれでどうかと思うぞ?」
実を言うとボクは、心霊系などが苦手なのだ。
ちなみに、お化け屋敷などの脅かし系も苦手。
確かに触れるかもしれないけど、そう言う風を装っていることが、ボクにとっては恐怖。
「そういえば、依桜は昔から心霊系とかが苦手だったな」
触れるものだったら、問題ないんだけど、幽霊とかって触れないからね……。
「どうする? 怖いんだったら、別のところでもいいぞ?」
気を遣ってくれたのか、晶がそう提案してくれた。
ボクとしてはそうしたいけど……みんなはここに行きたいと言っていたし……。
ボクのために取りやめるのも気が引けるよね……。
「……ううん。行くよ」
「依桜、無理しなくてもいいんだぜ?」
「そうだよ。依桜君。かなり怖がりじゃん」
「ああ、二人の通りだ」
う、うーん、やっぱりすごく気を遣わせちゃったみたいだ……。
うう、なんか余計に断りにくくなっちゃったなぁ……。
「い、いいよ。みんな行きたいんでしょ? そ、それに、ボクだって克服したいし……」
克服したいというのは、紛れもないボクの本心。
そんなボクの気持ちを理解してくれたみたいで、晶たちは遠慮がちながらも頷いてくれた。
「それなら、早く行こうか。けっこう繁盛しているみたいだぞ、このお化け屋敷」
「う、うん……」
「いやぁ、楽しみだぜ!」
「うんうん! やっぱり、お化けのコスプレとかもあるからね! 敵情視察と、今後の参考にしよっと!」
ボクたちの喫茶店はもう終わっちゃってるから、敵情視察も何もないと思うんだけど。
『はい、四名様ですね? 千六百円になります』
受付で、お会計をすませ、チケットを受け取る。
どうやらこのお化け屋敷は、先にチケットを買うタイプみたい。
そして、幸い? なことに、ボクたちは大して待つことなく中に入ることができた。
代金は、態徒が持ってくれた。
なんでも、ボクと晶の優勝祝いだって。
別にいいんだけどなぁ……。
それと、そう言う気遣いができるんだから、それを前面的に全面的に押し出していけばモテると思うのになぁ。
「う、うぅ……怖いぃ……」
中に入ると、お化け屋敷というだけあって、真っ暗だった。
向こうの世界で鍛えられているため、ある程度は暗い所でも見えるけど、暗いことには変わりない。
怖いものは怖いのだ。
「さ、三人ともいる……?」
「いるから、安心していいぞ」
ボクの問いかけに、晶が代表して答えてくれた。
それを聞いて、少しは安心できた。
「しっかし、あんなに何でもできて強い依桜の弱点が、お化け屋敷や幽霊っていうな。ほんと、完璧すぎるぜ、お前」
「か、完璧な人は、こ、こういう場所を怖がったりしないよぉ……」
「いやいや。態徒君が言っているのは、そういう完璧超人の事じゃなくて、全男子の理想の女の子のことを言っているんだよ!」
「ふぇ……?」
言っていることが理解できず、気の抜けた声を出してしまった。
全男子の理想の女の子……?
ボクは全く聞いたことないけど……。
すると、頼んでもいないのに、態徒が熱弁してくれた。
「そうさ! 依桜みたいな、可愛くて、巨乳で、家庭的で、優しくて、その上お化けなどには弱いとか、普通はいねえ! だが、お前はそれらを体現しているのだ! これを、完璧と言わずしてなんと言う!」
「ご、ごめん……ちょっと何を言っているのかわからない……」
なぜ、ここまで熱く語れるのかわからない。
だけど、そんなに熱弁出来るくらいの情熱があるのなら、それをもっと別の方向へ活かせばモテると思うんだけどなぁ……。
「三人とも、騒いでいないで、さっさと行くぞ。依桜の為にも、早くクリアしたいしな」
それに比べて、晶は本当に気配り上手だと思う。
こうして、気を遣ってくれるんだもん。
ボクが、最初から女の子だったら、普通に好きになっていたかも。
態徒も見習ってほしいよ。
……態徒にも態徒のよさがあるけど。
と、そんなことを考えている時だった。
バンッ!!
「ひぅっ!?」
急に、近くの壁から、何かを叩きつけたような音が聞こえた。
それにびっくりして、ボクは小さな悲鳴をあげてしまった。
「な、何……?」
あたりをきょろきょろと見回しても、何もぶつかった様子はなく、暗い空間が広がるだけだった。
ボク以外の三人は、耐性が高いのか、少し肩を震わせる程度で済んでいる。
「依桜、怖かったら、オレに掴まってもいいんだぜ?」
そんなボクを見て、妙案だとばかりに表情を明るくさせ、そんなことを言ってきた。
「た、態徒は遠慮しておくよ……」
「なぜに!?」
「だって、下心丸見えだし……もし掴まるんだったら、晶の方がましだよ……」
だって、邪なオーラを纏ってる気がするし……。
「なんっ……だとっ……。くそっ! オレはやっぱり、イケメンには勝てないのかっ……!」
「うーん、顔は関係ないと思うけどねー」
女委の言葉はごもっともだと思う。
別に、態徒が嫌というより、下心が丸見えなのが問題なだけであって、晶みたいに善意で言われれば安心できる。
と言っても、態徒も多少は善意で言っているみたいだけど。
……九割は下心だろうけどね。
「まったく……態徒はもう少し、デリカシーとかを持った方がいいぞ?」
「デリカシーを持ったくらいで、モテるわきゃねえだろ! オレはな、楽してモテたいんだよ!」
な、なんという、ダメ男……。
しかも、それを堂々と言い切るあたり、もう手遅れなんじゃないだろうか?
晶も呆れてものも言えないみたい。
女委は面白がっているみたいだけど。
みんなといると、少しはここがお化け屋敷だと忘れられて、気分も少し軽くいられるよ。
そう思った直後。
『ふふ……ふふふふふふ………………アッハハハハハハハハッ!』
「きゃあああああああっっっ!」
「うわっ!?」
女の人の狂ったような笑い声が聞こえてきて、怖くなったボクは、思わず晶の腕に抱き着いていた。
「あうぅ……怖いよぉ……誰か、助けてぇ……」
「……なるほど。態徒たちが、頬を赤らめたり、見惚れるわけだ……納得した」
晶が何かを呟いているみたいだけど、今のボクには恐怖でほとんど聞こえていない。
「くそうっ! 晶ばっかり、ずるいぞ!」
晶に抱き着いている状況に対し、抗議している態徒。
「はぁ……あのな。依桜は、たまたま近くにいた俺に抱き着いただけだぞ?」
「チッ! イケメンはいつもそう言うんだよ!」
晶の正しい言い分に、なぜか舌打ちしていた。
そう言うことをしているから、来ないのでは? 自分のことだけど。
「まあまあ、態徒君。態徒君が、依桜君の近くにいればいい話だと思うんだけど?」
「……なるほど!」
女委の言うことはもっともだ、みたいな感じで態徒が納得していた。
いや、なるほど! じゃないよ。
仮に、近くにいたとしても、絶対抱き着かないと思うよ? ボク。
「はぁ……依桜。とりあえず、離れてもらえると、こちらとしても助かるんだが……」
「あ……ご、ごめんっ!」
晶に言われて慌てて離れる。
すると、かなりの不安感がボクの中に生まれた。
や、やっぱり、誰かにくっついていると少しはマシみたいだけど……。
あまり迷惑はかけられないよね……。
「とりあえず、早く出よう。このままじゃ、依桜が人を殺りかねないからな」
「ちょ、晶!?」
「はは! 冗談だよ」
「晶君。さすがにそのネタはまずいんじゃ?」
晶の冗談に、女委が苦笑いしていた。
どうやら、ボクの異世界での事を思っての言葉みたい。
女委は女委で優しいよね。
本当に、ボクにはもったいないよ。
「大丈夫だよ。みんなのおかげで、大体は吹っ切れてるからね」
もちろん、この言葉は嘘じゃない。
みんなが励ましてくれたからこそ、ボクはなんとか立ち直ったわけだしね。
「ならいっか。それで? 態徒君は何を?」
「何って……依桜がいつでも、オレに抱き着いてもいいように、準備をだな」
「……はぁ」
「ちょ、そのやれやれって感じの溜息はなんだよ、依桜!?」
それくらい自分で考えてほしいものだよ。
というか、本当にぶれないね、態徒は。
二人はあんなに優しいというのに、本当に変態だと思う。
……逆に、何があっても普段の自分でいられるって言うのは、すごくいいことだと思うけどね。
そう言う意味では、態徒を尊敬している。
……まあ、面と面向かって言うことはないと思うけど。調子乗りそうだし。
「とりあえず、早く進もう? さすがに、後ろがつっかえ――ひっ!」
言葉を言い終える前に、ボクは小さな悲鳴を上げていた。
なぜなら、
『うーらーめーしーや……!』
血まみれで、鬼の形相をした女の人がいたから。
しかも、全身で張り付くような感じで。
「き、き……きゃあああああああっっ!」
「おぅふ!」
ボクは悲鳴を上げるとともに、今度は女委に真正面から抱き着いていた。
その時、女委が変な声を出していたけど、あまりの恐怖にそれどころじゃなかった。
「お、お化けぇ……お化けがぁ……」
「お~よしよし。大丈夫だよ~、ちゃーんと、女委お姉さんがついてるからね~」
子供をあやすような感じで、ボクの頭を女委が撫でる。
今は、女委の方が、少し身長が高いこともあって、本当の姉妹みたいに感じる。
女委に撫でられていると、なぜだか落ちつく。
「くそうっ……またしても、オレのところには来なかったっ……!」
多分、本能だと思う。
なんというか、行ってはいけないって気になるし……。
「よしよし。とりあえず行こっか」
「うん……」
普段はあんなに変態的な言動や、行動が目立つ女委が、こんなにも頼りになるとは思わなかった。
「どうする? 休憩にする? それとも……朝まで痛いっ!」
「…………」
前言撤回。
やっぱり、ただの変態でした。
そう言えば、女委ってバイだったよね……。
……男でも、女の子でも危険を感じるなんて、女委、恐ろしい子っ……!
そんな、ちょっとした変態的な言動をした女委は、もれなくあの効果により、ダメージを受けていました。
と同時に、ボクは女委から離れました。
「くぅ……やっぱり、依桜君のしたアレ、効くねぇ……! 思わず、湿っちゃった痛っ!」
……学習、しないのかな?
あと、今の言動のせいで、もれなくボク含めた三人、顔が真っ赤ですよ。
だって、男二人に、元男一人だよ?
……うぅ、ボクもあっち側になっちゃうのかなぁ?
「次こそは……次こそは、オレが依桜に……!」
暗いからあれだけど、後ろのほうから、邪念を感じるのはなんでだろう?
そのあとも、怖がりつつ先へ進んでいると、
トントン……
「……?」
ふと、肩をたたかれた。
晶はボクの前を歩いているし、態徒は右、女委は左側にいるから、肩をたたかれてもすぐに気づく。
じゃあ、今ボクの肩をたたいたのは……?
恐る恐る後ろを振り返ると……
「わっ!」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
その瞬間、ボクは目の前が真っ暗になるのを感じ、そのまま意識を手放した。
「ふっふっふー。どう? 驚いた……って、あら?」
「きゅぅ~~~……」
「しまった。昨日のを見て、大丈夫かと思ったんだけど……治ってなかったかぁ」
「まったく、何をしてるんだ? 未果」
突然、依桜が悲鳴を上げたかと思って静かになったものだから、気になって背後を見た。
すると、未果が脅かしたのか、見事に依桜が目を回して気絶していた。
「あははー。いやあ、あんなに強かったんだし、てっきり、克服してるのかなーって思ってたんだけれど……ダメだったか」
どうやら、入る前の俺たちと同じ思考だったらしい。
苦笑い気味に、倒れた依桜を見ていた。
「まったく……後先考えない、っていうのも変わらないな、未果は」
「む、何よ。ちゃんと考えてるわよ」
「いや、考えてるやつは普通、背後から脅かしたりしないと思うぜ?」
「ぐっ……態徒に言われるのは、なんかムカつく……!」
「いや、それは酷くね!?」
「俺もだな。態徒に正論言われると、少しだけ腹が立つのはわかるな」
「わたしもー」
「う、裏切り者――――!」
はははと、俺たちは笑いあう。
やはり、態徒をいじるのは面白い。
態徒はこうでなくてはな。
「んー、それはさておき……依桜君、どうするの?」
「おっと、そうだったな。んじゃあ、ここはオレ様が運ぶぜ!」
と、真っ先に下心丸見えで依桜を抱きかかえようとする態徒だが、
「あんたはダメ」
パシンッ! と、未果に腕を払われていた。
「ええー? なんでだよー? オレは善意でやろうと思ってんだぜー?」
「善意でやろうとするやつは、そんな風に目を血走らせないし、呼吸も荒くならないの」
「くっ……」
「んー、だったら晶君とかー?」
「ま、それが妥当でしょうね。晶なら、暴走しないでしょうし」
「……はいはい。どのみち、そう言う風になるんだもんな……」
一つため息をついて、俺は依桜を抱きかかえた。
「おー、リアルお姫様抱っこだー! 晶君やっるー!」
「さすがにおんぶはな……」
なにせ、依桜の胸はかなり大きい。
本人は女委のほうが大きいというが、実際は圧倒的に依桜のほうが大きい。
そんな凶悪的なものを持った人間を背負うとか、俺には不可能だ。
……ま、それをしそうなやつが、少なくとも一人いるが。
「むうー、わたしにも力があればなー。依桜君をおぶって、その巨乳を背中で味わったんだけどな痛いっ!」
前言撤回だ。もう一人いた。
しかも、言ったそばからダメージ受けてるし。
さすがというかなんというか……。
「くそう、オレがもっとイケメンだったらよぉ……」
態徒は悔しそうに拳を握り締めてるし……。
「あんたじゃ一生無理じゃない?」
未果は意地の悪い笑みを浮かべて、態徒を挑発している。
「……はぁ。俺、意外と苦労性かもな」
まともな奴がいないと、俺はため息をつくことしかできなかった。
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