第405話 幼馴染とののんびりとした百合的会話
昼食も済ませると、後は遊ぶ時間。
と言っても、五時までだから今だと……二時間くらい、かな?
せっかく海に来たんだしね、やっぱり遊びたいよね。
だから、まあ……師匠がね、こんなことを言いだしたんです。
「よし弟子。水上戦するぞ」
って。
水上戦ということは……そうです。
水上歩行で戦うあれですね。
……何を考えてるんでしょうね、あの人。
「師匠、それは勘弁してほしいです……」
「何を言う。こう言う場だからこそ、修行をするんだろうが」
「いえ、それをやってまた鮫がこっちに来たら洒落になりませんよ」
「安心しろ。あたしの結界を用いて、入れないようにするさ」
「で、でも、普通の人は水上で走ったり戦闘したりはできません」
「何を言うか。人目を気にしていたら強くなんかなれないだろう?」
「師匠、そもそも暗殺者が目立っちゃダメだと思うんです」
「今のお前がそれを言うか? バリバリ目立ちまくってんじゃねえか」
「……おっしゃる通りです」
「だがまあ、確かにそれは一理ある。それに、お前は普段から疲れるようなことしかないしな。仕方ない。この期間の間は見逃してやるか」
「……師匠、何か変なものでも食べましたか?」
「お前、あたしが珍しく見逃してやろうと言っている時に、そんなことを言うとか……やっぱり修行するか?」
「ボクが悪かったです! なので、修行だけは勘弁してください!」
「まあいいだろう」
と、こんなやり取りがありました。
師匠も最近はマシになってきたように思えるよ。
さっきの鮫の一件はあれだけど、ある程度はこっちに合わせるようになってきた……よね?
多少心配なところはあるけど。
ともあれ、師匠と戦闘訓練、何てことにならなくてよかったと思ってます。
これでもし、そんなことになっていたら、この辺りは結構悲惨なことになっていただろうね。
その辺りは師匠が言ったように結界を張るのかもしれないけど……。
でも、せっかく海に来たんだからね、みんなと遊びたい。
本音を言えば、メルたちがいるともっとよかったんだけどなぁ……。
いつか、海に連れてきてあげたいな。
「よーし、これで準備はOKだな」
「……あ、あの、師匠。これはえっと……一体どういう状況ですか?」
気が付けば、なぜかボクの腰元にはロープが巻かれていた。
そしてそのロープは師匠に繋がっている。
「水上スキーとかあるだろ?」
「ありますね」
「あたしもな、やってみたくなったんだよ」
「……な、なるほど? え、えっと、それで?」
まさかとは思うんだけどこの人……
「まあ、あたしがしたいのはどっちかと言えば水上バイクの方なんだが」
「……え、じゃ、じゃあ、スキーの方って……」
「お前だ☆」
「や、やっぱりぃ!」
嫌な予感がしてたけど、本当に当たったよ!
この人、何を考えてるの!?
「あ、お前たちもどうだ?」
「「「「「(ぶんぶんぶん)!」」」」」
「そうか。じゃあ、依桜だけだな」
「師匠! ボクはやるって言ってません!」
「いや、お前はその実からあふれ出る、やりたいというオーラがあるので、問題なしだな」
「そんなオーラ出してませんよ!?」
師匠には何が見えてるんですか!?
「よーしイオ! お前、足裏にしっかりと滑る変化を付与しとけよ」
「いや、まだやると言ってなひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
ボクが言葉を言い終える前に、師匠が駆け出した。
ぐんっ! ではなく、ぎゅぅぅんっ! みたいな引っ張られ方のせいで、お腹にかかる負荷がとんでもないことに!
これ、普通の人だったら吐いちゃうよ!
ボクは、まあ……腹筋に力を入れている上に、魔力の性質変化である程度の防御を付与してるから大丈夫だけど、これ、未果たちだったらどうするつもりだったんだろう?
……師匠のことだし、未果たちに特殊な防御魔法でもかけそう。
「ハハハハハハハハ! いやぁ、楽しいな! 愛弟子!」
「た、楽しくはないですぅぅぅぅぅぅ!」
まあ、今の状況はとことん怖いんだけどね!
ものすごい速さで師匠が走り、ボクは足裏に滑ると反発、の二つの変化を付けて頑張って滑ってます。
水上スキーの方がまだマシだよね、これ。
あと、師匠が走る度に大量の水飛沫が発生して、ボクが滑ると水柱のようなものが発生する。
あと、これちょっとでも性質変化を間違えたら、足裏がとんでもないことになるんだけど! 多分、ボロボロになるよね!?
まさかとは思うけど師匠……これも修行の一環とか思ってないよね!?
だとしたら、相当酷いよ!?
「おらおら! もっとスピード上げるぞ!」
「え、まっ……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
「……すっげえ、人間ってあんなことできんだなぁ」
「いや、あれはどう考えてもミオさんだけだろう……」
「あんな高速で引っ張られているのに、依桜、よく平気ね」
「さっき、思いっきり悲鳴聞こえてたけど?」
「ミオさんすごいんだね! 試したいかって訊かれたら、ちょっと嫌だけど……」
依桜が強制的に引っ張られて行った後、私たちはその光景を眺めていた。
時速二百キロくらい出ているんじゃ? と思えて来るような、尋常じゃない速度で水上を走る。
ミオさんはとてつもなく楽しそうだけど、反対に依桜は涙目でついて行こうと必死。
依桜、よく無事ね、あれ。
『なああれ、どうやってんだ?』
『人間がものすごい勢いで水上を走ってるんだが……』
『ってか、女神様が水上スキーの要領で滑っていることの方がすごくね?』
『いや、新幹線レベルの速度で水上を走っているミオ先生もやべえだろ……』
『というより、あの師弟が一番ヤバいだろ。結論』
『『『たしかに』』』
目立ちまくってるわねぇ……。
まあ、料理を振舞ったり、人力水上スキーなんてやったら、そりゃ目立つわ。
依桜、大丈夫なのかしら?
数分後。
「……うっ」
依桜が砂浜にうつ伏せになって倒れていた。
ちょっとぴくぴくしてるけど。
これは……完全に死にかけてるわね。
「依桜、大丈夫?」
「だい、じょうぶ……じゃない……」
「でしょうね。どうする? 膝枕する?」
「……ちょ、ちょっと、お願い、しても……いい?」
え、冗談のつもりで言ったのに、普通にお願いしてきたんだけど……。
ま、まあ、ここは私の役得、ということで。
どうも、エナは依桜にお姫様抱っこしてもらったり、腕を抱いたりしていたっぽいし、ちょっと羨ましかったのよね。
やっぱりこう、好きな人と一緒にいられるのが嬉しいわけだし。
「じゃあ、ちょっと日陰に行きましょ。立てる?」
「う、うぅ……ちょっと、きつい……」
「そう。……ま、依桜は軽いし、大丈夫かしらね? ちょっと失礼するわよ」
「ふぇ……? きゃっ」
一度依桜を仰向けにするために転がし、膝と腰元に腕を差し込んで持ち上げる。つまり、お姫様抱っこ。
……うっわ、本当に軽い……。
あと、持ち上げる時に『きゃっ』って言うのね、やっぱり。
か、可愛い……。
それから、今は水着姿なので、依桜のすべすべとした肌がなんというか……気持ちいい。
あと、顔を赤くしながらこっちを見ているのがまたいいわ。
何この娘。本当にずるいわ……。
そして、可愛い。世界一可愛い。
むしろ、依桜以上に可愛い娘とかいないでしょ、絶対。
「というわけだから、私はちょっと依桜を休ませてくるわ」
「ああ、いってらっしゃい」
「いってらー」
「むぅ、未果ちゃんずるいぜ……くっ、わたしが先手を打つべきだったか……!」
「あははー、女委ちゃん、とりあえずうちたちも行こ。羨ましいのはわかるけど」
「すまんな、ミカ。愛弟子を頼む」
「はい。……でも、ミオさんもほどほどにね?」
「善処しよう」
この人、本当に大丈夫なのかしら?
というわけで、現在はパラソルの下にレジャーシートを敷いた所にて、依桜を休ませている。
依桜のさらさらふわふわな髪の毛が気持ちいい。
ほんと、これでほとんど手入れしていない、っていうのが反則よね。
世の女の子を舐めてるわ。
「どう? 私の膝枕は」
「……や、柔らかくて、温かくて……その……き、気持ちいい、です……」
ぐふっ!
は、恥じらい顔は反則でしょう……。
今、私の胸にずっきゅん来たわよ。
この娘、一体どれほど私を惚れさせる気なのかしら?
「にしても、まさかこうなるとは。依桜ってば、かなり体は強くなったけど、やっぱりミオさん相手だと、かなり消耗しちゃうわよね。それこそ、異世界に行く前レベルに」
「あ、あはは……師匠、加減しないから……」
「でしょうね。あれはヤバいわ。むしろ、あの人の扱きを一年間も耐えた依桜が一番すごい気がするわ、私」
「そう、だね……ボクもその辺りは不思議に思ってるよ」
「まあ、依桜は我慢強いものね。それがあったからこそ、今の日常があるわけだし」
「うん……」
なんだか、遠くを見つめているような依桜の表情を見て、思わず依桜の頭を撫でていた。
「未果……?」
「あー、ちょっと撫でたくなっちゃってね。嫌だったかしら?」
「う、ううん……えと、も、もうちょっとだけ、撫でて欲しいな……ダメ?」
「もちろんOK」
「ありがとう……えへへ」
……やっばい。私の鼻から、幸せがまき散らされそうだわ。
恋は盲目とはよく言うけど、本当にそうね。
こうして、依桜と二人でのんびり過ごしていると、ついつい周りが見えなくなって、時間も忘れそうになるわ。
可愛すぎるのが悪いのよ。
「依桜の本質は、甘えん坊よね」
「そ、そうかな……?」
「そうよ。人って、ある意味弱っている時とかが、本音が出やすいしね。ほら、去年の体育祭の翌日なんて、風邪引いて寝込んで、私と晶が看病しに行ったじゃない? あの時なんて、甘えん坊そのものだったし」
「あぅっ! あ、あれは……す、すっごく恥ずかしかったん、だから……」
「でしょうね。後日、あなた顔を赤くして、恥ずかしそうにしてたものね」
「ぅん……」
あれは素晴らしかったわ~。
あの時の依桜の寝顔の写真は今でもスマホにあるし、なんだったら現像して永久保存してるわ。
その内気に入ったものは、LINNのチャット画面の背景にしてるしね。
いつでもどこでも依桜の可愛い顔が見れるって言う寸法ね。
最高。
「でも、本当に依桜は強くなったわよね。異世界へ行く前なんて、体が弱くて、よく私とか晶が助けていたのに。今なんて、助けられてばかりよ」
「それは……今ままでの恩返しがしたくて……」
「別にいいのに……。律儀よね、依桜は。まあ、そこがいい所でもあるんだけど。……でも、たまにはこうやって、誰かに寄りかかりなさいよ? 私はいつでも膝でも胸でも貸すから」
「……ありがとう、未果」
「いいのよ。……それに、高校生活なんて、一生に一度切りだもの。悲しい終わりなんて絶対嫌だし、退屈な灰色の青春なんて嫌よ、私は」
「そうだね。ボクもそう思うよ。……ねえ未果。もし……もしもだよ? もしもボクがいなくなったら、未果たちはどうする?」
「急に変な質問ね。どうしたの? ちょっと弱ってるから、そんな情けないことでも言ってるのかしら?」
「うーん、なんとなく頭に出てきたから。……それで、どうするの?」
「そうねぇ……」
依桜がもしもいなくなったら、か。
そんなこと考えたことないわね。
幼稚園の頃からずっと一緒にいて、今更依桜がいない日常なんて想像もつかないし……。
私たちならどうするか、ね。
「……まあ、死んでいないのなら、私たちは諦めずに探し続けるんじゃないかしら? みんな、依桜が大好きだもの」
それ以外ないわ。
依桜がいてこその私たちのグループ、みたいなところがあるし。
なんだかんだで、依桜が中心になって出来上がったグループのようなものだしね。
なのに、中心的存在がいなくなったら、私たちは悲しむ以前に絶対探すわ。
死んでないならね。
死んでたら……まあ、悲しむわ。
どれくらい悲しむかって訊かれたら、それこそ一生分の涙だけでなく、来世の分すらも使って泣くわ。
まあ、依桜ならそう簡単に死なないだろうし、いなくなることもない……わよね? 正直、突然異世界に行くようなことがあったから、断言できないのが怖い。
「……そっか。嬉しいな、そう言ってくれると」
「何言ってるのよ。当たり前じゃない。伊達に、四歳の頃からの付き合いじゃないわ」
「ふふっ、そうだね」
「にしても、本当に変な質問よね。いきなり、もしもボクがいなくなったら、だなんて。何? あなた、いつか消えるの?」
「そ、そんなわけないよ。……さっきも言ったけど、ただちょっと、なんとなく頭に出てきたから、って言うだけで」
「本当に~?」
「ほ、本当だよ」
「嘘を吐いてたら……こうだ! うりうり~!」
「あはっ、あははははっ! く、くすぐったいよぉっ!」
なんとなくしんみりしていた空気を吹き飛ばすように、私は依桜のお腹をくすぐった。
くっ、この無駄な脂肪のないお腹……羨ましい!
ならば、もっとくすぐる!
「やっ、やめてぇぇ~~~……!」
結局私は、満足するまで依桜のお腹をくすぐり続けた。
「あぅぅっ……酷いよぉ~……」
「ついつい、いじりたくなっちゃってね。まあ、許して」
「……もぅ、みんな最近酷いよ……」
あら、拗ねちゃった。
でも、拗ねる依桜も可愛いわね……。
「なんと言うか、依桜はいじるといい反応するんだもの。ついいじっちゃうのよね」
「むぅ~~……」
「まあまあ。それほど愛されてるってことよ。いじられるっていうのは」
「……たしかにそうかもしれないけど……」
「そう言えば、依桜って、将来的なことを考えていたりするの?」
「将来? えっと、夢とか進路とか?」
「そうそう。ちょっと気になってね」
「う~ん……」
ちょっと悩みだす依桜。
うんうんと少しの間悩むそぶりを見せてから、口を開く。
「……今はまだ、不明瞭、かな」
「どうして?」
「なんと言うか……ほら、今のボクって、やろうと思えばなんにでもなれる、というか、そう言う感じでしょ?」
「そうね。なろうと思えば小学校の先生にもなれるし、幼稚園の先生にだって。アイドルを続ける選択肢もあれば、声優になることだって。力もあるから、工事現場の仕事も可能。料理も上手だし、料理人だって目指せるわよね。後は、家事全般が得意って言うのもあって、ホームヘルパーなんてのもいいかもね。意外と営業の仕事だってできそうだし……事務もできそうよね」
「……客観的に見ると、ボクってそうなんだ」
「そうね。まあ、一番確実なのは、スポーツ選手になることじゃないかしら?」
「さすがにそれは……卑怯だよ。ボクは、こっちの世界だと、かなり強いもん」
「ま、ミオさんを除いたら、最強だものね、あなたは」
「あははは……」
異世界に行ってきた人の宿命、みたいなものね。
将来の視野が広がったように見えて、実は狭まっている、みたいな。
そう言う意味では、将来の可能性をいくつか潰されたも同然ね。
「あ、いっそのこと異世界で暮らす、って言うのもありなんじゃないの?」
「なるほど……たしかに、今のボクは自由に行き来ができるし、それもありかも。向こうに家を買って、のんびりスローライフ、とか?」
「いいわね、それ。異世界でスローライフ。……まあ、依桜は向こうの世界で女王様みたいだし? スローライフとはいかないかもしれないか」
「……そうかも。魔族の人たちって、みんないい人なんだけど、神を崇めるかのような感じなんだよね……」
「そこまでなのか」
「そこまでなんだよ」
あれね。さす依桜ね。
「まあでも、依桜はお金もあるんだし、ゆっくり考えて行けばいいと思うわ。いっそ、田舎に住んじゃうって言うのもいいしね」
「それじゃあ老後みたいだよ」
「ふふふっ、それもそうね。でも、田舎で畑を耕している依桜か……いや、ありね。想像したけど、すっごく似合ってるわ」
「そう?」
「ええ。すっごく可愛かった」
こう、割烹着を着て、麦わら帽子を被りながら畑を弄る依桜。
……可愛いわ。と言うか、見てみたい。
「……そ、そっか」
恥ずかしそうにちょっとだけ顔を赤くする依桜。
微妙にはにかみ顔なのがまたいい。
「それにしても、いい光景よね」
「えっと、何が?」
「目の前の光景よ。高校生だからこそ感じる物、って言うのかしら? 楽しそうに海辺で遊んでいる風景を見て、波の音を聴きながら、こうして大切な幼馴染を膝枕しながら、他愛のない話をする。こういうの、いいと思わない?」
軽く微笑みながら、依桜にそう言う。
「……うん。すごくいいね。のんびりしてて、なんだか心が落ち着く」
「でしょ? こう言う経験は、早々できる物じゃないわよね。一応来年もあるけど、今年と同じ、と言うわけにもいかないから、しっかりと記憶に残しておかないとね」
「うん。……一緒にて、こんなに落ち着くのは、未果と一緒だからなのかなぁ」
ドキッとした。
依桜の今のセリフにドキッとした。
この娘、自然に殺し文句を言って来るから質悪いわ……。
「そうね。私たちは小さい頃からずっと一緒だったから、落ち着くのかもね」
「そうかもしれないね。……さて、そろそろ体もよくなってきたし、ボクたちも行こ」
「ええ。目一杯、楽しまないとね」
「うん! じゃあ、行こ、未果!」
返事をしてから依桜が立ち上がると、そのまま私の手を引いて、みんなの所へと駆けて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます