第404話 料理人のような依桜ちゃん

「あー、イオ? どうしたんだ? そんな鬼の形相をして……」

「そこに正座してください」

「いや、いきなり何を――」

「正座です」

「だ、だからな? せつめ――」

「正座です❤」

「……はい」


 何かを言おうとしてくる師匠に有無を言わせずに正座させる。

 そして、正座をしたところで一言。


「何をしてくれてるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「(ビクッ)!」

「あなたのせいで、エナちゃんが死にかけたんですよ!? 本当、何考えてるんですか!」

「え、ま、マジで? そんなことになってたん……?」

「そうです! 師匠がむやみやたらに殺気を放つせいで、鮫がこっちに来て、エナちゃんが襲われかけてたんですから! ボクが事前に通信用の魔道具を渡したからよかったものの……これでもし、渡してなかったらどうするつもりだったんですか!?」

「いや、それは、その……」

「だからあれほど言ってるじゃないですか、こっちの常識を学んでくださいって!」

「……すまん」

「いいですか、師匠。師匠は――」



「――というわけです。それから――」

「……おい、依桜の奴、かれこれ三十分以上は説教してるぞ」

「まあ、それだけ怒ってるってことでしょ」

「いやぁ、依桜君って、普段は温厚でミオさんには敵わない、って言ってるけど、こと誰かに危害が入ったり、自分自身に何かが来たら、有無を言わさずに怒るもんね。しかも、本気のお説教モードは満面の笑みだし」

「あれには、誰も敵わないだろうな……」

「うちのために怒ってると思うと嬉しいけど、あれは……怖いねぇ」



「――というわけですので、これからは気を付けてください。いいですね?」

「……はい」

「じゃあ、この林間・臨海学校が終わったら、自分の部屋の掃除をしてくださいね?」

「え」

「あと、二週間、お酒抜きです♪」

「なに!? そ、それはマジ勘弁!」

「いいえ、ダメです♪」

「せ、せめて一週間に……!」

「ダメです♪」

「じゃ、じゃあ一週間と三日……!」

「ダメです♪」

「チクショー――――――!」


 そう叫ぶと、師匠は地面に右手を叩きつけていた。


 というか、叩きつける威力がとんでもないせいか、砂柱が微妙上がってるんですが……。


 これ、しばらくこうしてるつもりなんじゃ……。


「……はぁ。仕方ないですね。一週間と四日にまけてあげます」


 こんなことをしているから、甘いって言われるんだろうなぁ……。


「マジで!?」

「はい。なので、今後はこのようなことがないようにしてくださいね? その時は……」

「そ、その時は?」

「――一生、師匠の食生活を管理します♪」

「二度としないんで、マジで勘弁してください!」

「約束ですよ?」

「うっす!」

「じゃあ、お説教はお終いです。あ、エナちゃんに謝ってくださいね?」

「うっす」


 師匠は立ち上がり、エナちゃんに近づくと、


「本当に、すまなかった。ちょいとばかし、テンションが上がってしまってな……まさか、そんなに危険なことになっているとは思わなかった。すまなかった」

「あ、いえいえ! 依桜ちゃんが助けてくれたので大丈夫です! そ、それに、役得でしたし……」

「……なるほど、そうか。いや、許してくれてありがとな。今後はまあ、あたしのできる範囲で手を貸そう。遠慮なく言いな」

「ありがとうございます! ミオさん!」

「エナちゃんが優しい人でよかったですね、師匠」

「ああ」

「これでもし、エナちゃんが許さないって言ってたら、ボクは師匠の食生活を本当に管理してましたから❤」


 具体的には、本当に健康的な食事しか出さないつもり。

 お酒は出しません。


「……マジで、ありがとう、エナ」

「あ、あはは。依桜ちゃんって、怒ると怖いんだねぇ……」

「そ、そうかな……?」


 ボクって、そこまで怖い、のかな……?


 どうなんだろう?



 お説教も終わり、みんなで成果を話す。


 そして、ふと気になったことが。


「そう言えば師匠。師匠は、どこまで行っていたんですか?」

「そうだな……少なくとも、海底が見えないレベルの海にいたな」

「「「「「「ん?」」」」」」

「浅瀬よりも、深い所の方がいい獲物が手に入ると思ってな。まあ、遠出して来た。こっちの世界は危険がなくていいな」

「ちょ、ちょっと待ってください? 師匠、何を獲ってきたんですか……?」

「おっと、そうだったそうだった。お前に調理してもらおうと思ってな、大物を獲ってきたんだ」


 そう言うと、師匠は『アイテムボックス』を開き、ずるりと何かを取り出した……って!


「ほれ、これとかこれとか……これだ」

「か、カンパチじゃないですか! しかも、カジキマグロまで獲ってるし……何をしたらこうなるんですか!」


 ボクも人のことは言えないけど、さすがに六メートル近くもある大物のカジキと、百九十センチのカンパチを獲ってくるなんて思えないよ!


 あと……


「最後の二種類、メヒカリとのキンメダイですよね!? これ、思いっきり深海魚なんですが!」

「ん? そうなのか? まあ、比較的獲りやすかったんでな、適当に獲った」

「て、適当って……師匠、よく水圧とか無事でしたね……」

「水圧ってなんだ?」

「そ、そこからですか……。えーっと、未果、説明お願いしてもいい? 疲れちゃった……」

「了解よ。えーっと、水圧って言うのは、簡単に言うと、水が物体に与える圧力のことです。これは、深い場所に行けば行くほど強くなるんです。だから、深海に人間が行く場合は、かなりの強度を持った潜水艦などで行くんですが……」

「ああ、そう言えば微妙に外部からの圧力があったような気がしたが……なるほど、あれはそう言うことだったんだな。いやはや、弱い圧力だったんで、気にしなかったんだよな」


((((((深海の水圧を、弱いって……))))))


 師匠って、やっぱりおかしい。


 まさか、深海魚を獲ってくるなんて思わなかったよ。


 それに、かなりの大物だって獲ってきてるし……


「師匠って、規格外ですよね、本当に……」

「「「「それを依桜(君)が言う?」」」」


 ……そうだね。ボクもやりすぎてるもんね。すみません。


「……とりあえず、この量だとそろそろ下準備を始めないとまずいかな。じゃあ、早速調理場に行こうか。特に、師匠が獲ってきた魚の処理とか、ちょっと大変だもん」

「頼むぞ、愛弟子」

「わかりました。みんなも、期待しててね」


 にっこり笑ってそう言うと、ボクは多くの魚を持って調理場に移動した。



 調理場に移動中、近くにいた人たちが、ボクの姿を見てぎょっとしていた。


 多分、魚が原因だよね。


 だって、六メートル越えの魚とか平気でいるもん。


 というかこれ、食べきれるかな……?


 そんな心配をしつつも、調理場で魚の解体。


 その辺りは魚屋さんでお手伝いをしたり、向こうの世界でも捌いていたからお手の物。


 一匹一匹、魚に合わせた下処理をして行く。


 さすがに、カジキやカンパチのような大きい魚に対しての包丁とかなかったので、こっそり創ったけどね。


 さすがに、武器生成魔法で創れなかったので『アイテムボックス』で創ったけど。


 まあ、明らかに小型の武器、って言うわけじゃないもんね。


 一応、武器生成魔法と似たようなことができるから、硬度と切れ味は最高レベルにしてあるので、スパスパ切れるので大助かり。


 やっぱり便利。


「うーん、とはいえ、どう料理しようかな……」


 こうも新鮮な魚がたくさんあると、何を作るか迷う。


 でも、下手な調理をして不味くするのは絶対ダメ。


 その辺りは『料理』のスキルがあるから、心配いらないと思うけど、あまり慢心はできない。失敗する時はする、と言う風に考えておいた方が、まだマシ。


 一番失敗がないのは、お刺身かなぁ。


 カジキマグロの方は、ソテーとか、かな?


 でも、こうも多いとなると……それだけじゃ嫌だよね。


 うーん、唐揚げとか照り焼き、かなぁ。


 お刺身もかなり出せるし。


 というか、これ、食べきれる?


 いくら高校生が育ち盛りとは言っても、さすがに……。


 ……どうしたものかなぁ。


 別段、ボクは料理人と言うわけじゃないから、レシピもそんなにない。


 だけど、普段からそれなりの人数の料理を作っているという、プライドに似たような物も持っているから、ここでできない、とか言うのは無し。


 みんなに、期待しててね、とか言っちゃったもん。


 ならば、本気でやらないと。


『……なぁ、あれ……』

『言うな。とんでもない光景だけど、ツッコんだら負けだ』

『だ、だけどよ……考えながら、ノールックで、とんでもねえ速度で魚捌いているような気がするんだが……』

『美少女で、家庭的で、めっちゃ優しくて、運動もできる、なんていう完璧美少女なのに……魚も捌けるのか』

『半端ねぇ……』

『依桜ちゃんって、本当にかっこ可愛いよね』

『わかる! 魚捌けるなんてすごいよ!』

『しかも、テレビで見た職人の人たちよりも早くない!?』

『うんうん! 高速で動いてるよね!』


 ……うん! 決めた! もうなるようになるよね!


 そう言えば、周囲からの視線がすごいような……まあ、気のせいだよね!


 よーし、頑張るぞー!



 それから、制限時間まで頑張って調理。


 ほとんど止まらずに作ったから、かなりの量の料理が出来上がっていた。


 途中であまりにも置く場所が足りないと思ったボクは、先生に相談して、ちょっと持ってきてもらいました。


 正直、カジキとカンパチが一番大変だったよ。


 師匠、なんてものを獲ってきてくれたんだろう。


 まあ、師匠も何かを獲ってきてくれていると踏んだから、林間・臨海学校中はお酒を飲んでもいい、って言ったんだけど。


 その結果がこれだもん。


 あの人、絶対おかしい。


 正直、魚以外の材料とかをどうしたの? と聞かれると思うけど……その辺りは、近所で買ってきました、と言うしかないかな。


 実際は、『アイテムボックス』で創っちゃったんだけどね……。


 罪悪感がものすごくあるよ……。


 で、でも、これはあくまでも自分に対して使っているわけじゃなくて、他の人のためだからね。ボクじゃない……自分の私利私欲で使ったわけじゃない……はず……。


 ……どうしよう、心配になって来た。


 だ、大丈夫。大丈夫……。


 と、とりあえず、みんなを呼ぼう。



「「「「「お、おー……」」」」」

「はははは! これはすごいな! さすが、愛弟子だ!」


 みんなを呼ぶなり、師匠以外の五人はとんでもない量の料理を見て、微妙に頬が引き攣り、師匠はとっても嬉しそうに笑う。


「なんと言うか……これだけの量を一人で作れるとか、依桜のバイタリティーは半端ないわね」

「そう言う問題じゃないと思うが……」

「だねぇ。明らかに、一人でこなす調理量を超過してるもん」

「ってか、あのカジキマグロとカンパチ、結構でかかった気がするんだが……まさか、捌いたのか?」

「うん。あれ以上に大きい魚も、一応扱ったことはあったから」


 主に、向こうの世界で、だけどね。


「依桜ちゃんって、本当に万能だね!」

「料理に関しては、限りなく万能に近いだろうな、こいつは。おそらくだが、こいつの『料理』のスキルは極まっているだろうし」

「え、そうなんですか? 師匠」

「なんだ、気づいてなかったのか? お前、向こうの世界でもほぼ毎日料理を作っていただろ? それに、こっちの世界に戻ってもそれは変わらず。いや、それどころか、お前は最初から持っていた可能性さえあるからな。なんで、お前の料理の腕前は、実質プロに近い」

「ま、マジですか?」

「マジだ。言っとくが、あたしのその辺の看破する能力ってのは、それなりに高いんでな」


 そうだったんだ……。


 あ、だから作ったことがない料理でも、なんとなくタイミングとかわかったんだ。


 納得。


「にしても、これは……三百人くらいで食べても余裕な量だな。で? 弟子よ、これはどうするんだ?」

「それはですね」


 と、ボクが言いかけた時、


『よーし! お前らー! 制限時間だ! 時間内に獲れた者は、各自調理をするように! 獲れなかった者たちは、一度こちらへ来い!』


 先生のそんな声が聞こえてきた。


 あー、うん。ちょうどいいかな。


「すみません、ちょっと先生の所に行ってきます」


 一言断ってから、ボクは一度先生の所へ移動した。



「あの、先生、ちょっといいですか?」

『ん? 男女、どうした? お前は異常な量の料理をしていなかったか?』


 先生の所に行き、話しかけるなりそんなことを言われた。


 いや、うん。そうだけど。


 それにしても、何気に獲れなかった人が多い。


 全体の……四割くらい、かな?


 まあ、普通はこう言うことしないもんね。


 いきなりやり方も説明されないでやらされたら、大抵の人は獲れないもん。


 ボクたちの方は、たまたまできる人がいただけだからね。


「あ、はい、それなんですけど。見てわかる通り、相当獲った上に、全部調理しちゃいまして……さすがに数人では食べきれないので、臨海学校に参加している人たちに振舞おうかなと」

『『『!?』』』

『いいのか?』

「はい。もちろんですよ。それに、元々そのつもりで作ったものです。獲れない人も、少なからず出ると思っていましたので、ちょうどいいかなって。あと、せっかくですからね。思い出にと」

『……なるほど。それはいい案だな。聞いたかお前たち! 男女が、ここにいる全員で食べるために、料理を作ってくれたそうだ! 思う存分食べろ!』

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』』』

『いいか、絶対に残すんじゃないぞ!』

『『『はーい!』』』

「あ、いっぱいありますので、遠慮しないで、たくさん食べてくださいね!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』』』


 ものすごいテンションで、臨海学校のグループの人たちが料理の方へと向かって行った。


 うん。ああ言うのは嬉しいよね。


『しかし、まさかこの人数を賄える程の量を一人で作るとは……料理人とか、向いているんじゃないのか? 男女』

「慣れですよ、慣れ」

『慣れか……。一体、どうしたら、そこまでになるんかねぇ?』


 とりあえず、小学生の頃からほぼ毎日家事をすることかな。


「あ、先生方もよかったらどうぞ」

『いいのか?』

「もちろんです。言ったじゃないですか。臨海学校に参加している人たちに振舞おうって」

『教師も含まれていたわけか……だ、そうです、諸先生方』

『じゃあ、ありがたくいただきましょうか』

『僕ももらおう』

『いやー、料理とかできないから、ちょっとした弁当で済ませるつもりだったけど、嬉しいなぁ』


 各先生方も喜んでくれているようで安心。


 いいね、こういうの。


 とりあえずこれで、料理は全部はけそうかな。


 ついつい張り切っちゃったけど、結果オーライだね。



 この後は、まるで宴会のような状態になった。


 料理の量は凄まじかったけど、みんな美味しそうに食べてくれて、気が付けば料理が全てなくなっていた。


 しかも、食べた人がみんな満足そうな上に、幸せそうな表情をしていたのがやっぱり嬉しかった。


 こうやって、誰かが食べてくれて、尚且つ満足そうにしてくれるのは本当に嬉しいことだよね。


 ボクもたくさん食べて、満足そうな表情も見られたから、胸もお腹もいっぱいです。



 ちなみに、この時の依桜の行動によって、この場にいる者たち全員がこう思った。


(((男女(依桜ちゃん)マジで女神……)))


 と。

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