第403話 鮫の原因
エナちゃんが鮫に襲われるという事態をなんとか無事に回避し、ボクとエナちゃんの二人は浅瀬の辺りでちょっと休憩していた。
「……あ、あの、エナちゃん?」
「なぁに? 依桜ちゃん」
「その……な、なんで、ボクの右腕を抱いているんですか……?」
どういうわけか、エナちゃんは、ボクの右腕を抱いたままボクにぴったりとくっついていた。
「鮫に襲われて怖かったから、かな?」
「……そ、そっか。それじゃあ、し、仕方ない、ね」
エナちゃんって、普通にスタイルがいいから、その……む、胸が押し付けられてるんだよね……。だから、すっごくその……腕が、や、柔らかい感触に包まれてると言うか……。
あぅぅ……。
で、でも、エナちゃんは覚めに襲われて怖がっていた、って言うし……こ、これもエナちゃんのため……。
「えへへぇ❤」
……あれ、これって本当に怖がってるんだよね?
なんだか、ちょっと違うような気がしてきた。
「と、ところでエナちゃん。エナちゃんは何か獲れた?」
「うーんとね、さすがに魚は難しかったから、貝とかタコとかが中心だったかな?」
「なるほど、見せてもらえる?」
「うん! はい、どうぞ!」
そう言うと、エナちゃんは腰元に着けていた網をボクに渡す。
えーっと?
「アワビ、スルメイカ、水ダコに、ウニ。うん、なかなかいいね!」
見たところ、食材の品質はいいみたい。
もしかすると、その辺りもある程度管理しているのかも。
学園長先生ならそれくらいしそうだしね。
……でも、実質高等部の半数の生徒が魚介類を獲っていたら、この辺りの生態系に少し影響を出しそうなものなんだけど……。
どうなってるんだろう?
それにしても、この辺りは豊富だね。
「依桜ちゃんはどれくらい獲ったの?」
「あー、うーん……ちょっと待ってね」
「うん」
何とも言えない表情を浮かべながら立ち上がると、ボクは一旦海の中へ。
そして、なるべく人目に付かない場所に移動してから『アイテムボックス』を開き、中から獲った魚介類を取り出す。
もちろん、中で網を生成してからです。じゃないと、怪しまれるしね。
……まあ、数が尋常じゃないけど。
「お待たせ」
「え!? なにその量!?」
「あ、あはは……ちょっと、獲りすぎちゃった、かな?」
「取り過ぎたって言うより……なんだか、おっきな魚がいるような気がするんだけど」
「ちょっと、沖の方に出てて……あっちの方なら、いい魚いるかなー、って思って。それに、どのみち調理するのはボクだからね。なら、美味しいものを、と」
「依桜ちゃんって、本当にいいお嫁さんになりそうだよね」
「ふぇ!?」
「だって、ここまでの事をしなくてもいいのに、みんなのために、って言って大物を獲ってきちゃうんだもん! それにそれに、美味しいものを作りたいって言うし……依桜ちゃんの嫁力が強すぎるんだよ!」
「よ、嫁力って……」
聞いたこともないよ、そんなの。
女子力ならわかるけど。
「それで、依桜ちゃんが獲ってきた魚って、なんなの?」
「えーっと、鰺、穴子、石鯛、鱚、スズキ、太刀魚、鱧かな? あとは、車海老とか昆布とか、エナちゃんも獲ってたウニとか」
「わ~、本当にいっぱい獲って来たんだね! でも、食べきれるのかな?」
「もちろん、ボクたちだけで、と言うわけじゃないよ。こんなにいっぱいあるんだし、もしあれだったら周りの人にもお裾分け、かな」
「なるほど~。依桜ちゃんって、お人好しってよく言われない?」
「うーん、向こうの世界だとよく言われてた、かも?」
なんと言うか、ついつい誰かの為に行動しちゃうんだよね。
基本的に、自分よりも他の人を優先しちゃうと言うか……。
「依桜ちゃん、優しいもんね」
「そうかな?」
「そうだよ!」
普通の事をしている、っていう気持ちでしかないからいまいちピン来ないけど。
とりあえず、そう言うことにしておこう、かな?
「そう言えば、態徒はどうしてるんだろう?」
「まだ潜ってるんじゃないかな? 張り切ってたし」
「態徒のことだから、そこまで心配はいらないと思うけど……」
と、ボクがそう呟くと、
「いやー、そこそこ獲れたぜー」
海から態徒が上がって来た。
「あ、態徒。おかえり」
「おう、ただいま……って、うお!? なんだこの魚の量!?」
笑顔で戻って来た態徒が、ボクの付近にある魚の入った袋を見るなり、驚いた声を上げる。
まあ、うん。普通の人だったらそう言う反応だよね。
「ちょっと、張り切っちゃった」
「張り切っちゃったって……なんか、すんげえいるんだが。というか、明らかに素潜りで獲らないような魚がいるのは気のせいか?」
「あははは……」
「しかも、同じ魚もそこそこいるし……どうやったら、こんなことができるんだよ?」
「こう、『気配感知』と『気配遮断』、『消音』の三つを使って、魚にバレないように泳いで、魚の脳天を真横から針で刺した、かな」
「……暗殺技術を、素潜りで使うとか……依桜くらいなんじゃね? そんなことするの」
「……どうだろう? 師匠もなんだかすごい張り切って海に飛び込んでいったから、ボク以上にとんでもないことしてるかも……」
少なくとも、この世界に師匠を殺せる存在がいるとは思えない。というか、向こうの世界にすらいないんじゃないかなぁ……。
仮に、一万匹のホホジロザメに襲われても、一分かからないで全滅させそうなんだもん、師匠。
「まあ、ミオさんだしなぁ……。ってか、あれだな。依桜がそんだけ獲ってたら、オレらが獲る意味、なかったんじゃね?」
「そんなことないよ。こう言うのは、一人一人が頑張って、その頑張りで獲ったものを食べるから美味しいの。一人が頑張っただけじゃ、ただ人の獲った物を、ただ食べるだけだからね。経験値が全然違うんだよ」
「な、なるほど……たしかに、依桜の言う通りだな。オレも実家で散々言われてるぜ」
本当に態徒の実家が気になる。
なんだかんだで、一度も行ったことがないんだよね、態徒の家。
「未果たちはどうなんかね?」
「うーん、ちょっと行ってみる? もし、向こうもそれなりに獲れていたら一旦中断して、そのままお昼を作り始めてもいいしね」
「だな」
「それじゃあ、未果ちゃんたちのところに行こう!」
未果たちどうしてるかなぁ。
『気配感知』を用いて、ボクたちは未果たちの所へ移動。
ちなみに、魚などは肩に担いでます。ボクが。
自分で獲った魚だからね。自分で持つのです。
「あ、いたいた。おーい、未果―、晶―、女委―」
近くに行き、未果たちの姿が見えてくると、ボクは未果を呼んだ。
ボクの声に気付き、未果たちがこっちを見ると、綺麗な二度見をした。
「あー、えーっと……色々訊きたいことがあるけど……まず一つ。その魚たちは何?」
「獲ったの」
「……まあ、そうよね。それ以外ないわよね……」
「予想通りと言うか、何と言うか……」
「さっすが依桜君だよね! 期待を裏切らない!」
「あ、あはははは……」
そう言う反応になるよね……。
得意なことだったというのもあるけど、ついついいい食材を得ようと頑張りすぎちゃったからね。
自重、しないといけないんだけど……。
「しかも、高級食材も混じってるし……これ、明らかに浅瀬じゃなくて、ちょっとした沖の方にも行ってたわよね?」
「うん。そっちの方にいい魚がいるかなー、って思って……。まあ、うん。ちょっとやりすぎたかなって、思ってます」
「やりすぎっていうか、普通にすごいと思うんだが」
「依桜の場合、シュノーケルとかフィンとかなしでやってたからなぁ。あれ、マジですげえよな」
「何と言う低コスト! さっすが依桜君!」
「あははは……」
向こうの海ほど、こっちの世界の海は酷くないからね……。
あっちは狂暴な魔物、というか魔魚がいっぱいいて、一筋縄ではいかないようなのも多く存在していたから。
だからこそ、楽に動けたわけで。
「そう言えば、さっき海から結構大きめの水柱が上がったんだが、何か知らないか?」
「あ、そういやそれ、オレも気になったなぁ」
「どうせ、依桜が何かしたんでしょ?」
「あの、なんですぐにボクって言って来るの……?」
「「「「だって依桜(君)だし」」」」
「……まあ、ボクだけど」
そう言った瞬間、みんなが『やっぱり……』みたいな顔をした。
……うん。すみません。
「で? 何したの?」
「あ、それ依桜ちゃんがうちを助けたからだよ!」
「エナを? どういうこと?」
「いやぁ、うち、ホホジロザメの群れに襲われかけちゃって……」
「大事件じゃねーか!?」
「それで、依桜ちゃんから事前に渡された指輪を使って、助けを求めたら、数秒で来てくれて、さっきの水飛沫は依桜ちゃんがキックで吹っ飛ばした後だね! でもその後、依桜ちゃんを見た鮫たちが逃げたのが、ちょっと気になってるね」
「……依桜、何したんだ?」
苦い顔をしながら、晶が尋ねてくる。
「ちょ、ちょっと、殺気を飛ばしただけ、です……」
「人喰い鮫の中で一番狂暴なホホジロザメが逃げるレベルの殺気……依桜君すごいね!」
「いや、すごいだけで済む問題じゃ無くね?」
「そもそも、でかい鮫を蹴り飛ばすって言う部分がおかしい気がするんだけど」
「いやー、あははは……エナちゃんの危機だったから、つい……」
「まあ、そこの辺りは依桜がいてくれたからどうにかなった、って話よね。でも、どうして鮫が出たのかしら?」
未果もそこが気になるようで、そう呟く。
それと同時に、みんなもちょっと疑問顔。
「んー、あれかねぇ? ホホジロザメ以上のやべー水棲生物がいたのかなぁ」
「なるほど。たしかに、それはあり得るかもしれない」
「じゃあ、一体何が出たんだろう?」
エナちゃんの呟きに、みんなでうーんと頭を悩ませる。
ホホジロザメ以上に強い水棲生物って言うと、シャチとかなんだろうけど……この近辺にいるのかな、シャチなんて。
そうなってくると、本当にいない気が――
「あ」
一つだけ。ほんっとうに一つだけ。思い当たった。
「依桜? 何か思い当たる生物でもいるの?」
「生物と言うか……人物と言うか……その……」
「……まさか、ミオさんか?」
「多分……。あの人、生き生きとして海に飛び込んでいったから……」
「たしかに、ミオさんレベルだったら、地球上に存在するどんな生物も逃げ出すよねぇ」
「強すぎるしなぁ。あの人」
「うん……」
もし、これで師匠が原因だったら、ちょっと説教。
まあでも、まだ決まったわけじゃない――
ドッパァァァァァァァァンッッッ!!
「「「「「「……」」」」」」
なんか、何かが爆発したんじゃないかと思えて来るほどの巨大な水柱が上がった。
「いやー、はっはっは! 大漁だ」
そして、上から誰かが降ってきたと思ったら……師匠だった。
「え、えーっと、師匠? 何してるんですか?」
「何って……魚を獲っていたんだが? なるべく遠めの所に行って」
「……師匠、その間に、大きな鮫に会いませんでした?」
遠めの所に行って、という言葉を聞いた後、ボクはそう尋ねた。
「ん? ああ、いたな。だがまあ、あたしが軽く殺気を飛ばしたら、逃げって言ったが……」
と、師匠が何でもないように言い出し、ボクはぷるぷると震えだす。
近くにいた未果たちがそれを見てか、スーッとフェードアウトしていった。
「あ……あなたが原因じゃないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
そして、ボクの大音声が辺りに響き渡った。
お説教です!
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