第373話 依桜ちゃんたちとレジャープール5

「そ、そう言えば、エナちゃん。エナちゃんがイベントに出るために来たのはわかったけど、どうしてここに?」


 恥ずかしいという気持ちをなんとか抑え込み、少し気になったことをエナちゃんに尋ねる。


「ちょっと時間があったから、ちょっとプラプラと。そしたら、依桜ちゃんらしき人影を見つけちゃって、それでこうして会ったってわけです!」

「そうなんだ」


 単純に暇だったからっていうことでいいのかな?


 まあ、普通のライブとは違って、こういったレジャー施設でのイベントだから、意外とそうでもないのかもしれない。


「むー……」

「? どうかしたの? エナちゃん?」


 ふと、エナちゃんが思案顔でじーっとボクを見つめて来た。

 どうしたんだろう?


「ねね、依桜ちゃんって今暇かな?」

「え? 今はちょっと休憩しただけだけど……。暇かと訊かれたら、暇、になるのかな? 未果と女委の二人と話してただけだから。ね?」

「そうね。どちらかと言えば、暇なんじゃないかしら?」

「だねー。わたしも、ちょっとばかり休憩してただけだもん」

「ふむふむ……ねえ依桜ちゃん」

「なに?」

「せっかく会ったんだし、イベント出ない?」

「え? イベントって……エナちゃんの?」

「そうそう!」

「……それってもしかして、ライブ?」

「まあ、ライブ、になるのかな? 先週みたいに大きなあれじゃないけど、普通にライブだと思うよ!」


 やっぱり!


「な、なんでボクに? たしかに、機会があったらまたとは言ったけど……」


 一週間後にやるなんて想像もできないよ。

 ……別に嫌というわけではないけどね。


「実はね、依桜ちゃん――というより、いのりちゃんが出たあのライブの後ね、なんというか、ライブに来れなかったファンとか、うちのファンじゃなかった人たちがいのりちゃんのファンになった人とか、あとはその場にいた人たちとかから、いのりちゃんを望む声がかなり多く上がっちゃってね。いつか爆発しそうな勢いなんだよ!」

「え」

「あー、依桜ならあり得るわ」

「同感! わたしも、チラッと見たけど、確かにあれはすごかったもんね」


 え、女委見たの!?


 ……あ、でも、一応生中継もしていたみたいだし、そもそもネットニュースにも上がっていたみたいだから……見ていても不思議じゃない、よね。うん。


「だからね、できれば出てほしいかなー、なんて……」

「でも、今日はエナちゃんのファンの人たちが来てるんだよね?」

「うん、基本はそうだね」

「だよね。だから――」

「でもね、同時にいのりちゃんがゲリラ的に来てくれるかも! みたいなことを期待して来ている人もいるみたいなんだー」

「えぇ……」


 なんでそんなことになってるの?


 そもそも、アイドル素人なボクが一度出たくらいで、なんでそんなに騒がれちゃってるの? 一体、どうなってるんだろう。


「あらら。それはもう、出るしかないんじゃないかな、依桜君!」

「なんで!?」

「なんでって……その人たち、依桜目当てで来ているんでしょう? それに、ぶっつけ本番って聞いたけど、前回の依桜」

「うっ」


 その情報、多分女委から……だよね?

 次の日に、ボクがいのりだとわかった後に、多分聞いたんだろうなぁ……エナちゃんから。


「それに、フラグを建築したんだから、最後まで回収しないとだよ、依桜君!」

「どういう意味!?」


 回収って何!

 べ、別にフラグを立てたわけじゃないよ、ボク!

 立ててもいなければ、回収もしないもん! 絶対、してないもん! ……多分。


「諦めなさい、依桜。こうなった以上、あなたはアイドルになるしかないわ」

「仕方ない風を装ってるけど、明らかに楽しんでるよね、未果!?」

「ソンナコトナイワヨー」

「なんで片言? あと、口元がにやけてるからね! 絶対、未果が見たいだけだよね!」

「心外ね。私だけじゃないわよ」

「え?」

「わたしも見たいぜ、依桜君!」

「なんで!?」

「可愛い姿が見たい! ついでに、依桜君の歌声が聴きたい! アイドルな!」

「女委、欲望に忠実すぎない……?」


 ここまで本人の前で堂々と言えるのはすごいと思うんだけど。

 ……まあ、女委って羞恥心とかあるの? っていうくらいに、図太いもんね。

 なんと言うか、厚顔無恥という四字熟語が頭に浮かぶよ。

 と言っても、そこまで酷くはないけど。


「正直、うちも依桜君と一緒にアイドルしたいな!」

「エナちゃんまで……」


 なんでこう、ボクの周囲の人たちは、ボクに目立つことをやらせようとするんだろうね……。

 別に、アイドルをすることが嫌というわけじゃないんだけど……うーん。


「だって、依桜ちゃんと一緒にアイドルするのって、楽しいんだもん!」


 笑顔でそう断言された。

 その笑顔に当てられて、心がぐらつく。


 うぅっ、ダメ……ダメだよ、ボク!

 さ、さすがにこれ以上目立つ行為は……!


「ねーさまー!」


 ボクが悩みに悩んでいると、後ろから癒しの声が聞こえてきた。


「みんなどうしたの?」


 みんなの存在を認知した瞬間、ボクの中の悩みがどこかに行った。


「うむ、ねーさまと遊びたいと思ったのじゃが……何かあったのかの?」

「あー、えっと……実はね――」


 今のボクたちの状況を見て、疑問符を浮かべるメルたちに軽く事情を説明。

 話が進むにつれ、メルたちの顔が少しずつ輝いたものに変わっていき、


「――というわけなの」


 話が終わる頃には、みんなキラキラとした笑顔を浮かべつつ、同時に目も謎の輝きを放っていた。


「ねーさま、儂、ねーさまがアイドルとやらになっている姿が見たいのじゃ!」

「私も見たいです!」

「わた、しも……!」

「ぼくも見てみたい!」

「どうなるのか気になるのです!」

「……見たい」

「じゃあやるね!」


 みんなが見たいと言うのなら、お姉ちゃん頑張っちゃいます!

 お姉ちゃんってそう言うものだよね!


「???」


 目を丸くさせて、ボクを指さしながら、未果たちを見るエナちゃん。


「あー、エナの言いたいことはよ~~~~くわかるわ。でもね、これが平常運転なのよ、最近の依桜は」

「依桜君、超が付くほどにメルちゃんたちに過保護で、さらにシスコンだからねぇ。とりあえず、メルちゃんたちがお願いすれば、絶対と言っていいレベルで引き受けてくれるよ」

「そ、そうなんだ。意外な一面」

「というわけで、引き受けようと思うんだけど……大丈夫かな、エナちゃん」

「あ、うん。うちは全然オッケーだよ! だって、うちが誘ったわけだしね! マネージャーにも連絡するけど、二つ返事で了承すると思うよ!」

「うん、ありがとう、エナちゃん」

「ちょっと、電話してくるね!」


 そう言うと、エナちゃんはうきうきした様子で電話をしに行った。

 電話は十秒ちょっとで終わったみたいで、かなり早く戻って来た。

 早い。


「OKでたよ! 衣装については、今着てる水着で大丈夫だって!」

「うん、了解だよ」


 衣装の心配はなし、と。

 前みたいに、ボクが急いで作るなんてことはないみたいだね。

 あれはあれで、かなり疲れるから、できればやりたくない。


「マネージャー、すっごく驚いてたよ」

「でしょうね。何せ、自分たちがイベントをする場所に、先週急に出てくれたアイドルがいたわけなんだし」

「しかも、出て欲しいっていう要望が多かった人だもんね! いやー、依桜君の体質はすごいね! ここまできたら、いっそ神様に愛されてるんじゃないかなって思えてくるレベルだよ!」

「あ、あはは」


 神様、一応この世界にいるしね。

 師匠曰く、どの世界にも必ず神様がいるっていう話だもんね。

 この世界の神様がどんな人なのかはわからないけど。


 ……ただ、師匠の話を聞いていると、あまりいい印象は抱かなかったから、会いたいとは思わないかな。


 だって、ボクの場合、何があるかわからないんだもん。

 神様に会ったら、確実に変なことになる予感がするもん。


 そもそも、どうやって会うのかはわからないけどね。


「それじゃあ、一度マネージャーのとこ行こ!」

「うん。未果、女委、とりあえず、晶たちに行っておいてくれるかな? あと、メルたちをよろしくね」

「了解。こっちからちゃんと伝えておくわ」

「OKだよ~。頑張ってね! 見に行くから!」

「うん。それじゃあね」


 ボクはそう言うと、エナちゃんと一緒にマネージャーさんがいるところまで歩いて行った。



「久しぶり……じゃないけれど、一週間ぶりね、男女さん」

「こんにちは、マネージャーさん。了承してくれて、ありがとうございます」

「ああ、お礼を言いたいのはむしろこっち。まさか、たまたま遊びに来ていた男女さんが出てくれるとは思わなかったもの。でも、いいの? 休日に遊びに来たのでしょう?」

「大丈夫ですよ」

「それならいいのだけれど」


 個人的には、まあちょっとあれかもしれないけど、メルたちが見たいというのなら話は別です! やる以外に選択肢はないもん。


「んー……うん。男女さんの衣装はエナから聞いていると思うけれど、その水着で問題ないわ。むしろ、清楚な印象を与えるから、OKね!」

「それならよかったです」


 ボク自身、清楚かどうかはわからないけど、大丈夫なら問題ないよね。


「それで、イベントって聞きましたけど、主に何をするんですか?」

「イベントと言っても、基本的にやるのはライブよ。ちょくちょく企画が入るくらいね」

「企画?」

「ええ。内容的には、プールにちなんだものとか、単純なトークショーみたいなものね。あー、でも、どちらかと言えば、ライブよりも、企画の方面に傾いているかもしれないわ」

「なるほど」


 そうなると、歌う場面は少ないっていうことかな?

 それなら尚更大丈夫だね!


「イベントは何時くらいからなんですか?」

「十一時半開始ね」

「じゃあ、あと四十分くらいですね」

「ええ。かなり急だけど、大丈夫?」

「大丈夫です。あ、歌って、前回歌ったものですか?」

「ええ。新曲とかはないから、そこは安心して。それに、歌って言っても、三曲くらいだから」

「そうなんですね」


 そこそこ少なかった。


 こういう場所でのイベントだから、ドームとかと違ってファンとの触れあいの面が強いのかも。


 でも、売れたアイドルっていう人たちって、あまりこういったことをするイメージがないというか……こう言ってはなんだけど、割に合っていなかったりするような気がする。


 多分、こういうことをしているから、エナちゃんって人気が出たのかも。


「はい、これが今日のプログラム」

「ありがとうございます」


 えーと……なるほど、最初に一曲歌って、最後に二曲歌う感じなんだね。

 それで、一曲目と二曲目の間にさっき言った企画が入ってるんだ。


 前回は、終始歌っていたような感じだったからね。なんだか、ちょっと少なく見えてしまう。


 でも、こういう場所だったら妥当なのかな?


「それじゃあ、そろそろ準備に行かないとね。男女さんは、例のいのりちゃんになれる?」

「はい、問題ないですよ。ちょっと、着替えきますね」


 ボクはそう言うと、控室に備え付けられていた更衣室のような場所に入り、着替え――もとい、変装を始めた。


 うーん、まさかこんなことになるとは思わなかったよ。

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