第372話 依桜ちゃんたちとレジャープール4
「びっくりだな、依桜ちゃんがいるなんて! しかも、女委ちゃんも!」
「やっはろー、エナっち!」
「やっはろー!」
エナちゃんが女委に気づくと、お互いに笑顔でサムズアップしていた。
二人が友達同士って言うことがわかる光景だね。
「それにしても、奇遇だねぇ、エナっち」
「だね! うち、びっくりだよぉ。まさか、仕事でプールに来たら、依桜ちゃんたちに会うんだもん」
「あ、そうなんだ! てことはあれかい? アイドル的な?」
「そそ! ちょっと呼ばれてね。ここの運営元の人と、うちの所属している事務所の社長が仲がいいらしくてね! それで、せっかくだから、っていうことでファンを増やしたり、もっといろんな人に知ってもらうために、うちが呼ばれたの!」
「ほほう! じゃあ、今日ここで行われるイベントって、エナっちのことだったんだね! うん、納得!」
二人は、とても楽しそうに会話をする。
周囲からはなんだか注目されているような……。
「ねえ、依桜。まさかとは思うんだけど……というか、さっきから出ている名前から察するに、この人って……」
「あ、うん。えと、アイドルのエナちゃんだよ」
「はぁ……やっぱり。事前に、女委が友達と言っていたとはいえ……本当だったなんてね」
「あ、あはは……ボクも、初めて聞いた時は本当に驚いたよ」
電話越しだったけど。
だとしても、いきなりアイドルと友達! なんて言われれば、かなり驚く……というより、驚愕を通り越して固まっちゃうよ。
ボクは、まあ……普通の人の知り合いよりも、特殊な人たちの知り合いの方が多いからそこまで驚かなかったけど……。
だって、ボクの知り合いや関係者の人たちと言えば、王様とか、お姫様とか、王子様とか、声優さんとか、異世界研究者とか、世界最強の暗殺者とか、魔王とか、騎士団団長とかだもんね……。
……うーん、こうして並べてみると、本当に普通の人がいない。
強いて言うなら、未果たちくらいじゃないかなぁ、普通の人。
「む、そっちの大和撫子な感じの女の子は?」
「初めまして。依桜と女委の友達の、椎崎未果です。えーっと、エナ、さん?」
「敬語はなくていいよ! あと、さん付けじゃなくても大丈夫! どうせ、同じ年齢だしね!」
「ああ、そうなの? なら、エナで」
「うん! OK!」
「あー……なんと言うか、元気ね、あなた」
「それが一番の取り柄だからね!」
にこにこと本当に楽しそうに断言するエナちゃん。
なんと言うか、元気になるよね。
すごくいいと思います。
「むぅー……」
「え、えっと、何、かな、エナちゃん」
「依桜ちゃん、お胸がおっきい……」
「ふぇ?」
「日本武道館で会った時も思ったけど、依桜ちゃんのお胸って本当におっきいよね! 正直、女委ちゃん以上におっきい人はいないと思ってたんだけどなぁ」
「依桜は規格外だから。この娘、去年の九月からこんなんだし」
「へぇ……って、んー? 去年の九月? それってあれかな。九月からおっきくなったとか? 急激に?」
右手の人差し指を口元に当てつつ、疑問顔を浮かべて、エナちゃんがそう訊いてくる。
その発言に、ボクたち三人は固まった。
未果、今のは失言だよ……。
「あ、あー、えっと……」
どうしよう。この状況。
どう説明しよう。
さすがに、今の状態になるには、それなりに時間をかける必要がある……と思うし、いきなり成長しました! なんて言っても、まず信用してもらえないかもしれないし……。
うぅー……どうしよぉ。
(依桜君依桜君)
ふと、女委の声が頭の中に響いてきた。
これって……異世界に行った際に貰ってきたお土産の……。
持ってたんだ。ちゃんと。
あ、でも、これはチャンスかも。
(なに?)
(エナっちになら、事情を説明しても問題ないと思うよ)
(え、でも、知り合って日が浅いけど……)
(だいじょぶだいじょぶ! わたしの知り合いに悪い人はいないさ! みーんな、特殊なことに理解のある人だから問題ナッシング!)
(め、女委がそう言うなら……)
「え、えーっと、あんまり大きな声で言えないし、信じてもらえるかわからないんだけど……」
「うんうん!」
「ボク……実は、元男なんだよ」
「うんう……うん? え、男の子? 依桜ちゃんが? 本当に? 嘘じゃなくて?」
「うん」
「じゃ、じゃあ依桜ちゃんって……トランスジェンダーだったから、学生の内に性転換手術に手を出して、それで女の子になってっていうこと!?」
「違うよ!?」
「で、でも、そうじゃないと現実で女の子になるなんて不可能だと思うんだけどな、うち」
「……まあ、たしかにエナの言う通りよね。現実的に考えたら」
「だねぇ。普通なら、そうやって解釈するのが当然だもんね」
た、たしかにそうかもしれないけど! ボク、別に女の子になりたい! とか思ったことはない……はず! 多分!
「んー? 女委ちゃんと未果ちゃんは、事情を知ってるの?」
「知ってるも何も、私たちは付き合い長いから。たしかに、依桜は男の時から妙に女の子っぽいところはあったけど、それでも、れっきとした男の娘だったわ」
「……なんだろう。未果が言った『男の子』の『子』の部分。明らかに、子供の子以外の漢字が使われていた気が……」
「気のせいよ」
きっぱりと否定された。
でも、たしかに違ったような……。
……ま、まあ、きっと気のせいだよね。うん。幼馴染を疑うのはよくないよね。
「むむむぅ~……じゃあ、なんでこんなに可愛い女の子に?」
「か、可愛いって……ボク、そうでもないと思うんだけど……」
「あれ、依桜ちゃん自覚なしな感じかな?」
「「なしな感じです」」
二人とも、なんで同調してるの?
ボク、そんなに可愛くないよね? ね?
「依桜の超謙虚はこの際置いておくとして。依桜が女の子になったのは、まあ……呪いね」
「の、呪い? それはあれかな? 丑の刻参りとか、黒魔術みたいな?」
「あー……その辺りって、どうなの? 依桜」
「うーん……そうだね。こっちの世界で言ったら、黒魔術、が近いかも。実際は、数ある魔法の中に含まれている、呪術魔法って言うのが該当するね。だから……まあ、黒魔術とかに近い、かな?」
「そかそか」
正直なところ、黒魔術については、よくわかっていないから、何とも言えないけどね。
でも、魔術なんていう概念があるんだから、やっぱりこっちの世界にも魔法が使える人っていたのかな?
今はどうかはわからないけど、少なくとも過去にはあった可能性はあるよね。
「こっちの世界? むぅ、三人が何の話をしているのかわからない……」
「あ、ごめんね。えっと、もうハッキリ言っちゃうんだけどね……ボクね、三年ほど異世界にいたの」
「異世界? 異世界って、ライトノベルとかマンガなんかでよくあるあれ?」
「うん。去年の九月ぐらいに、ちょっとした事情で飛ばされちゃってね。それで、魔王を倒した直後に呪いをかけられて、それで……帰ってきた後に女の子に……」
「ん、んーーーー? ちょっと待ってね? えーっと、色々と訊きたいことはあるんだけど……魔王? 魔王って何!?」
「魔王って言うのはえと……人間を滅ぼそうとしていた魔族の王みたいな人のことで……」
「わ! バッリバリのテンプレ設定! って、そうじゃなくって! え、依桜ちゃんって、魔王を倒したの? 本当に?」
「ほ、本当です」
「私たちも証人ね。まあ、私と女委、あとはあっちで遊んでいる男二人もそうね」
「ついでに、その二人に容赦なく人工的に発生させている波をぶつけているのは、異世界人だよー」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?」
女委の発言には、さすがに声を上げて驚くエナちゃん。
うん。普通のお客さんたちに交じって遊んでいる人が、実は異世界人なんて、普通は思わないもんね。知ってました。
ただ、エナちゃんが驚いたことで、周囲からの視線が多くなってしまった。
それに気づいたエナちゃんが、愛想笑いを浮かべながら、周囲にペコペコとお辞儀をすると、見ていた人たちの顔が緩み、すぐに別の方を向きだした。
普通にすごい。
「あとは、異世界から来た幼女たちが六人かな? ちなみに、全員依桜君の妹になってるよー」
「い、異世界の子が妹……」
とうとう、驚くを通り越して、絶句し始めた。
まあ……異世界だもんね。そもそも、存在するかどうかわからないような物が、突然あると言われたら、誰だって驚くよ。
「じゃ、じゃあ、魔法とか使えちゃったりするの?」
「うん。えーっと……ほら」
右手の手の平に風を発生させる。
なるべくわかりやすいように、その場にとどめて、小さなつむじ風を起こす。
「わぁ、すごい! ねえねえ、他にもあるの!?」
魔法を見せた途端、さっきとは打って変わってキラキラとした表情でそう訊いてくる。
あ、見たことある光景。
「うーん、なくはないけど……ボクって、あまり魔法は得意じゃなくて。一番使ってたのは、生成系のものだよ。しかも、ナイフや針みたいな、小型の武器になるような物を創り出すものだし……」
「それでもすごい! わぁ……依桜ちゃんって、すごく不思議な女の子だと思っていたけど、そう言う理由があったんだね!」
「そ、そうかな?」
「うん! じゃあ、あれかな。先週、あんなに歌って踊っていたのに、ほとんど疲れてなかったのって……」
「うん。向こうでかなり鍛えたからかな? こっちの世界でわかりやすく言うと、フルマラソンを全力で走っても全く疲れないくらい?」
「それはすごいね」
「依桜は色々と規格外だもの」
「まあ、そんな依桜君でも勝てないのが、あそこにいる長身美人さんなんだけどね」
「えっと、どういう関係なのかな?」
「ボクの師匠だよ。戦い……というか、暗殺者の」
「依桜ちゃん、暗殺者さんなの!?」
「こ、声が大きいよぉ!」
「あ、ごめんね!」
あんまり表立って言えない単語を、こんなに人が大勢いる場で叫んだりなんかしたら、変に注目を集めちゃうよ。
良くも悪くも、元気ってことだね、エナちゃん。
「そう言えば……あの人って、依桜ちゃんと一緒にいた? 先週」
「うん。警備員として出てくれてたよ」
「はぇ~」
「師匠が、脅迫状を出していた人を捕まえていたみたいだし。数分で」
「ほんとに!? じゃあじゃあ、うちにとって、恩人さんってことかな?」
「そうなる、のかな? 師匠にとっては、大したことじゃないんだろうけど……」
「大したことないって……ねね、その師匠さんって、どんな人なの?」
「「「理不尽」」」
「そ、そうなんだ」
ボク、未果、女委の三人が一斉のそう言った。
しかも、若干遠い目をしながら。
「でもでも、すごく綺麗な人だし、カッコいいよ!」
「そうね。かなりぶっ飛んでる人だけど、基本的に助けてくれるし、なんだったら、依桜に対してものすごく過保護だから」
「それにそれに、依桜君とミオさんって、一年間一緒に暮らしてたからか、すっごく仲が良くてね、たま~に恋人を通り越して、夫婦なんじゃないかって場面もあるよ!」
「ふ、夫婦……! 依桜ちゃんがお嫁さんで、その、ミオさんって言う人が夫になるのかな?」
「「その通り」」
「違うよ!?」
なんで元男のボクがお嫁さん扱いになるの!?
「だって、基本的に身の回りのしてるの、依桜じゃない。今も一緒に暮らしてるし」
「た、たしかに、家ではボクが家事をして、師匠のお世話をしてるけど……あれは、弟子としてであって、そう言う意味じゃないからね!?」
「んー、でも、妙にミオさんの好みとか、ルーティンを理解してるし、なんだったら、メルちゃんたちの次くらいに世話を焼いているよね?」
「普通じゃないの? 師匠のお世話を弟子がするのって」
「……ちなみになんだけど、依桜。あなた、ミオさんに何してる?」
「え、えっと……ご飯を作ったり、朝のコーヒーを出したり、洋服の修繕をしたり、耳かきをしてあげたり、たまに師匠がお風呂に乱入してくるから、体を洗ってあげたり……あとは、師匠の好みに合わせたお弁当を作ったり、あと、今はメルたちがいるからあれだけど、ちょっと前までは一緒に寝る機会も多かった、かな? なぜか、ボクが抱き枕にされていたりもしたけど。……うん、こんなところかな」
他にも色々とあったような気がするけど、大きい所だと、これくらい。
他には、お買い物に行ったり、お散歩したりがあるかな?
「んー、うちは師弟とかはわからないけど、多分世間一般では普通じゃないんじゃないかな?」
「え」
「……私、今ので大体把握したけど……依桜。あなた、完全にやってることがお嫁さんのそれよ。しかも、かなり献身的な部類の方の」
「……え」
「いやぁ、依桜君のお嫁さん属性って、すごく高いなー、とは思ってたけど、そこまでだったとはねぇ。もしかして、依桜君はミオさんが好きだったり?」
「………ふぇ!?」
「あ、依桜ちゃんの顔が真っ赤に」
「す、すすすすす、好きっ……? そ、そそ、そんなことはない、よ……? た、たしかに師匠は好き、だけど、その……頼れるお姉さんみたいな存在で、け、決して恋愛的な好きじゃない……と思う、ょ……」
(((そんなに全力で否定されても……。しかも、顔を赤くさせて瞳を潤ませるのは反則では……?)))
はぅぅぅ~~……な、なんでこんなに恥ずかしいの……?
こ、この場に師匠がいなくて、よかった……。
一方、ミオはと言えば。
「……ごふっ」
「ちょっ、ミオさん!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
愛弟子が言っていた台詞が放たれた直後に、鼻から噴き出た血を手で押さえ、片膝を突いていた。
(……可愛いじゃねえか、此畜生ッッッ!)
ミオの顔は……ものすごく、緩み切った幸せそうな顔をしていたそうな。
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