第371話 依桜ちゃんたちとレジャープール3

「――きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 師匠のスキルによって、軽く吹き飛ばされたボク。


 一応、周囲に被害が出ないように、神がかり的な力加減によって、他のお客さんたちに当たらないように抑えられているのが何とも言えない……。


 その無駄な制御技術、もっと別のものに活かしてほしいなぁ、ボク。


 ……って!


「み、水着が!?」


 吹き飛ばされた拍子に、羽織っていたパーカーが脱げた上に、ボクの水着の上が、今にも外れそうに!


 まずいまずいまずい!


 ボクは水飛沫で周囲に見えていないのを確認すると、本気で水着直しにかかる。

 幸い、落ちる前にできたので、セーフ……なはず。


 うん。大丈夫。


 ともかく、このまま水に落ちたら、周囲の人たちに水が掛っちゃうし……し、仕方ない。

 ボクは足の裏と手の平に魔力を集中させ、性質変化を行う。


 効果は、弾く効果。

 意味合い的には油みたいな感じかな?


 そして、間もなくして水面に着地。


 バシャァァァァッ!


 という音と軽い水飛沫を発生させながら、水面に着地。


「お、なんだ、ちゃんと性質変化はできるんだな」

「師匠から教わった技術ですからね。それに……できなかった場合、その後が怖いですし……」

「ま、そうだな。お前がこれをマスターしてなかったら、向こうの世界に行って修行をしていたところだ」


 ……よかった! ちゃんとマスターしていてよかった!


 じゃないと、ボクが向こうの世界で地獄のような修行を、また受ける羽目になってたよ!


「さて、あたしは今からお前に向かって、水の礫を投げまくるんで、お前はその礫に乗ってあたしをタッチしてみろ」

「え、普通に考えてそれは無理――」

「よーし、行くぞー」

「って、話聞いてない!?」

「ふっ!」


 一瞬師匠の手がぶれたかと思うと、ガトリングガンの如き水飛沫が、ボクに向かって飛来して来た。


 って! は、速い速い速い!?


 明らかに人力で飛ばしている水飛沫のスピードじゃないよ!?


 さらに言えば、礫の一つ一つの音が、


 ピュンッ!


 なんだけど!


 明らかに水が出す音じゃないよ!


「ほれほれ! さっさと来ないと、勢いが増すぞ」


 ぜ、絶対あれ楽しんでるよ!

 ボクが慌てふためいている状況を見て、絶対楽しんでるよ!

 うぅ、こうなったら……!


「たぁっ!」


 師匠の言う通り、ボクは水飛沫を足場にして、どんどん師匠に近づいて行く。


『なんだあれ!?』

『ちょっ、あの娘飛んでね!?』

『というか、水面に立ってなかった?』

『確かに色々気になるが、それよりも……』

『ああ』

『だな』

『『『めっちゃおっぱい揺れてる!』』』

「――っ!?」


 今、ぞわっとした! 背中がぞわっとした!


 え、何? なんか今、おかしな寒気が背中を走ったんだけど……って、今はそうじゃなくて、集中……集中しないと!


 さすがに、ガトリングガン以上の速さで飛んでくる水飛沫を、別の事を考えながら飛び乗って進むのは、難しすぎる。


 下手をしたら怪我をしてしまうかもしれないくらいに。


 というか、こんなスピードの水飛沫が一般の人に当たったら、風穴空くんじゃないかなぁ……。


 でも、一般の人に当たらないように、その手前で失速して普通の水飛沫程度の衝撃にしかならないように調節されているあたり、やっぱりおかしいと思います、あの人。


「どれ、ちょいとスピードアップするか」

「ふぇ?」


 一瞬思考が止まった。

 そして、次の瞬間には、さっき以上のスピードで水飛沫が飛んできた。


「ええええぇぇぇぇぇ!? し、師匠! さすがにそれは危険ですよぉ!」

「はははは! 何を言う! この程度、お前ならば余裕だ!」

「よ、余裕じゃありませんからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 そんな、ボクの必死の声が響いた。



「はぁっ……はぁっ……つ、疲れた……とっても、疲れたよぉ……」


 数分後、ボクはプールの縁辺りで、ぐったりしていました。


 脚だけを水につけて、上半身はプールサイドに仰向けになって寝転がる。


 あぁ……太陽が眩しい……。


「お疲れ様、依桜。本当に」

「あ、未果……」

「はい、飲み物」

「ありがとぉ、未果ぁ……」


 苦笑いを浮かべながら、未果が手渡してくれた飲み物を受け取ると、ボクは上半身を起こして、こくこくと喉を鳴らしながら飲む。


「はぁ~……生き返った気分だよ……」

「まあ、実際死にかけてたものね」

「……そうだね」


 あの後、さらにスピードアップをしてきたことにより、ボクの体力はガリガリ削られ、終盤なんて若干意識が飛ぶんじゃないかな、ってくらいには危険だった。


「晶たちは?」

「ミオさんと遊んでるわ」

「そっか」


 なんだかんだで、師匠って晶たちといたりすることがあるんだよね。


 なんでも、それなりに気に入ってるとか。


 まあ、こっちとしてもみんなと打ち解けているから嬉しい。


「未果はみんなの所に行かなくてもいいの?」

「まあ、今の依桜が心配でね。ほら、さっきのでかなり疲れてるでしょ?」

「……そうだね。正直、結構疲れてるよ……」


 体力の内、六割くらいは使ったと思っていいです。

 洒落にならないんだもん、師匠のあれこれって……。


「依桜が疲れる時って言うのは、大抵ミオさん絡みよね」

「こっちの世界だとなかなかないからね、疲れるような機会って」


 しいて言うなら、去年の学園祭のような状況かな?

 あの時は、一人でお店をさばいていたようなものだから。


「ほんと、便利な体になったわよね、依桜って」

「うーん、たしかに便利な時も多いけど、何と言うか、みんなとちょっと違うのが、微妙にあれなんだよね……」


 ちょっと疎外感を感じるというか。


「それもそうか。依桜は、強くなったのを代償に、ある程度の困難を失ったわけだもんね。達成感を得られる機会って、そうそうないってことよね」

「そうだね」


 だからこそ、ちょっと寂しく感じるというか……。


 勉強に関しても、向こうで記憶力を鍛えたり(強制的に)、『言語理解』によって言語の不自由が無くなったりしたからね……。


 それもあって、国語、古文、英語などの、言語系授業は一切苦労しなくなった。


 暗記系の授業も、鍛えたせいで、割とすんなり暗記できちゃってるから、そこもあまり困っていない。


 数学だって、結局のところ、公式さえ覚えてしまえばそこで終了みたいなものだからね。


 応用問題に関しては、しっかり勉強しないといけないけど。


 でも、結局はそれだけ。


 実際、異世界から帰ってきた後のテストなんて、目立つのが嫌だったから、今まで通りの点数になるように調節していたし。


 この辺りは、みんなには話していない。


 さすがにね……。


「依桜君、未果ちゃん。どもー」

「あ、女委。どうしたの?」

「あなた、ミオさんたちと遊んでるんじゃなかったかしら?」

「いやね、ちょっとエロかわな美少女を見に来たんだー。依桜君の真っ白なお胸を見られる機会って、早々ないしね!」

「――っ」


 バッ! と、胸を隠すように体をかき抱く。

 未果はジト目を女委に向けていた。


「冗談冗談♪ だから、怖い目しないでよー」


 女委の場合、本当に冗談に聞こえないんだよね。


 普段から笑っていたりするからかな?


「よっこいせと。いやー、いいねぇ、こうして女の子三人、プールの縁に仲良く並んで座るという絵図!」

「何言ってるのよ……まあ、わからないでもないけど」

「あ、あはは……」


 ボクに関しては、純粋な女の子っていうわけじゃないけどね。


「それにしても、今日はやけに男性客が多いわね」

「あ、未果も? ボクもチケットを買う時とか、ちょっと気になってたんだよね」


 どうやら、ボクが感じていた疑問は、未果も感じていたみたい。


「そりゃあね。だって見てよ。明らかにプールで遊んでる人の数、どう見ても男の人が多いわ」

「そうだね。でも、なんでだろう?」


 たしかに、同性同士でこう言った場所に来て遊ぶのは楽しい。


 でも、こう言ってはなんだけど、こう言う場所って、男女混合で来るイメージが強い気がする。


 なのにもかかわらず、なぜか男性客がかなり多い。


 どうしてだろう?


「女委、何か知らない?」

「んー、なんか、今日はイベントがあるみたいなんだよねぇ」

「「イベント?」」


 プールで、イベント?

 一体何だろう?


「詳細な情報は調べてみないとわかんないけどね、どうもゲストが来るみたいだよ、今日」

「ゲストねぇ? 一体どんな?」

「さねー。この状況からわかることと言えば、男性客が多いから、多分女の人なんじゃないかな。それも、若い」

「なんでわかるの?」

「いやだって、男性客の人たちを見てみるとさ、明らかに十代後半~三十代くらいの人が多いんだよ? そう言う人たちが目当てにするのなら、若い女の人が一番可能性が高いってわけだよ!」

「なるほど……」

「それに、なんだかそわそわしているようにも見えるしね~。多分、これをきっかけに、是非お近づきに! とか何とか思ってるんじゃない?」

「ほんと、女委の観察眼って結構すごいわよね」

「へっへっへー、そうでもないさー」


 そう言う女委だけど、実際女委の観察眼ってすごいと思う。


 よく見ているというか、かなり小さなことにも気づくし、仮に変装していてもすぐに見破られちゃうんだよね……。


 まあ、変装に関してはボクの変装が甘いだけかもしれないけど。


「でも、イベントねぇ」

「な、なに?」


 片膝を立てて、頬杖を突く未果が、薄っすらと笑いながらボクを見る。


「いえ、イベントって聞いたから、なんとなく、依桜が巻き込まれそうだなと」

「さ、さすがにないと思うよ? それに、そういうことは、先週にもうやったし……」


 それなら、さすがにもうないと思うんだけど。

 そんなボクのセリフを聞いた二人は、諦めたような笑みを浮かべていた。


「「……フラグが立ったかもね」」


 と、そんなことを言ってきた。


 フラグって……。


 さすがにないと思うんだけどなぁ……。


 そもそも、ボクは自分でフラグを立てたっていう実感解かないし、そもそも立ててないと思うもん。


 みんな、ボクがフラグを立てた、とか言うけど、そんなことはないと思うんだよね。


 一体、何を根拠にそう言ってるんだろう?


「まあ、依桜が特級フラグ建築士なのは、この際どうでもいいとして」

「ちょっと待って? 何その心の底から不名誉だと思える称号は」

「何って……依桜君の本質?」

「ボクそう言うのじゃないよ!?」


 本当に、二人はボクのことを何だと思ってるんだろう。


 さすがに、先週アイドルをやったからと言って、今週も何か変なことが起きるなんて、起こるわけないもん。


 そもそも、イベントがあるから必ずしもボクが巻き込まれる、なんていうジンクスがあるわけでもないし。


 みんなの考えすぎだと思う。


 もぅ、酷いよね。本当に。


 そう、思った時だった。


「あれー? 依桜ちゃん?」

「え?」


 不意に、ボクを呼ぶ声がして、後ろを振り向くと……


「わ! やっぱり! 一週間ぶりだね、依桜ちゃん!」

「え、エナちゃん……」


 そこには、先週会ったばかりのアイドル――エナちゃんが、可愛らしい満面の笑顔を浮かべながら、立っていました。


「「……フラグ回収乙」」


 ボクの隣にいる二人の呟きは、聞かなかったことにしました。

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