第532話 力の喪失:上

 回想から戻り、時間は修学旅行から一週間経過した日のこと。


 その日――


「……あ、あれ? なんか……弱くなってる……?」


 ――依桜は自身が鍛え上げてきた異世界での力を全て失っていた。



「え? え!? なんでなんでなんでぇ!?」


 ある日、朝起きるとボクは寝起き早々に混乱しまくっていました。


 それはなぜか……どういうわけか、ボクの魔法や能力、スキルが全て使用できなくなっていたからです。


 ……え、ほんとになんでぇ……?


「ふんっ、えいっ……! はぁ、はぁ……うぅ、なんだか、体力もないような……」


 試しにその場で飛び跳ねたり、師匠に教わった体術をやってみたりしたんだけど、なんだかすごい疲労感があるし、何より動きにキレがない。


 おかげですぐに息切れはするし、ちょっと汗もかいちゃったくらい。


「……で、でも、あの異常な力が無くなったのなら、ある意味万々歳……だよね?」


 もともと、あれは仕方なく手に入れてきた力なわけだもん。


 それなら、無くなっても後悔は……後悔は…………嘘です、ちょっと……ううん、かなりショックです。


 だってあの力は、ボクが死に物狂いになって身に付けたものなわけで、それが無くなるという事は、あの時のことを全て否定されたようなことなわけで……うぅ……。


「ちょっと泣きそう……」


 あ、ちょっと涙が出てきた。


 ……ぐすん。


「おーっす、我が弟子。なんか、お前のオーラが微弱になったから来たんだが――」

「し、ししょぉ~! ボク、弱くなっちゃいましたぁ~~~~っ!」

「……えぇ?」


 ボクの部屋に入ってきた師匠に、ボクは思いっきり泣きついた。



「……なるほど? つまり今のお前は、見た目通りのか弱い美少女になってしまった、と」

「はい……あと、美少女じゃないです」

「お前、まだそれを言うのか。……まあいいや、しかし……ふむ。ちょいと、ステータスを見せてもらうぞ」

「は、はい……」


 師匠が鑑定を使ったんだろうね、一瞬ぴりっと来たけど、すぐにその感覚は消えた。


 そこに映っているであろうボクのステータスを見てか、師匠の顔がかなり曇ってきた。


 あ、あれ? なんだか、すごく困惑したような顔になってるんだけど……え、大丈夫だよね? 元に戻るよね!?


「……はぁ……これ、マジかぁ~……」

「え、なんですかその溜息? あの、治るんですよね……?」

「……無理」

「え、い、今なんて……?」

「だから、無理」

「……あ、あはは、し、師匠、からかってるんですよね? ほ、本当は治るんですよね? ね?」

「だから、本当に無理なんだって」

「……ほ、本当に?」

「マジだ。ってか、なんだこれ? お前のステータス、妙なバグり方してんぞ? 全部の数値が幸運値を除いて、向こうの農民以下だ。ってか……なんか、スキルやらなんやらはノイズがかかってるし、職業もなぜか灰色になってるしよ。お前、マジで何があったんだ?」

「わかりませんよぉ~……」


 うぅ、師匠の様子からして、本当に師匠でも治せないんだ……。


 なんだか、いきなり頭を思いっきり殴られたような気分だよ……うぅ、どうしてこんなことに……。


「ってかお前、ステータスは見られないのか?」

「なぜか……」

「マジか……そこまで酷いって何があったんだよ、お前。何か心当たりとかないのか?」

「それが全く……」

「そうか」


 思い返してみても、本当に心当たりがない。


 一週間前に修学旅行に行ったけど、その時だって天姫さんと契約したくらいだし……別に、契約が原因だとは思えないんだよね。


 だって、もし契約が原因でボクのステータスが大幅な弱体化をしているのなら、セルマさんたちと契約した時点でアウトだと思うし……。


 だから、それが原因ではないはず……。


「ともかく、だ。今のお前は貧弱も良い所だ。そこいらのチンピラにすら勝てねぇような、か弱い乙女と言っていい」

「うぅ……」

「なので、常に誰かと行動しろ。じゃなきゃお前は誘拐されそうだし、いとも簡単に大怪我したりするだろうからな。今からでもミカたちにでも連絡しとけ」

「はい……」


 でも、いきなり言って来てくれるかな……?


 なんて、心配をしていたけど……



「お待たせ」


 普通に来てくれました。


 いや、あの、うん……本当に嬉しいんだけど……。


「なんで、みんなもいるの……?」


 玄関前にいたのは、未果だけじゃなくて、晶に態徒、女委、エナちゃんに、鈴音ちゃんたちだった。


 全員が全員心配そうな表情なのがなんとも言えない。


「そりゃそうだろ。依桜お前、なんか弱くなったんだって? マジで?」

「見た目通りの弱さになりました……」

「ほほう? つまり、今の依桜君はただただ可愛いか弱い乙女になってしまっている、と。ふむふむ……うん、同人誌のネタにイイね! あだっ!?」

「何を言ってるのよこんな時に。明らかに異常事態でしょうが。依桜が弱くなってるのよ? しかも、話を聞いた限りじゃ、異世界に行く前と同等らしいし」

「そう、なの? 依桜、君?」

「実はそうでして……心なしか体も怠い気がするし、ちょっと寒く感じるし……というより、今日肌寒くない……?」

「いえ全然」

「俺も普通だな」

「まったくだぜ」

「ぜーんぜん?」

「寒くない、よ?」

「え、ボクだけ……?」


 おかしい……もう十月末くらいなのに、なぜか肌寒く感じるんだけど……。


 そう言えば、昔のボクって割と寒がりだったような……?


 あれ、これ本当に昔の体質に戻ってたりする?


 となると……体調を崩しやすくなる、よねこれ。


 うん、気を付けよう。


「依桜は温かくしなさいよ」

「うん、そうする」


 季節的にはまだ早いけど、マフラーしておこう。


「じゃあ、行こっか」


 なんだか、大人数での登校になっちゃったけど、仕方ないよね。



「はぁ、はぁ……」

「依桜、大丈夫? なんか、すっごい疲れてるけど……」

「だ、大丈夫……大丈夫……」


 学園に到着し、教室へ移動し、自分の机に座るなり、ボクはかなり疲労困憊に。


 既に全力疾走した後にある、謎の脱力感のようなものがボクの足を襲ってます……。


 家からここまで歩くだけでこの疲労度、本当に昔のボクに戻った気がするんですけど。


「とりあえず、はいこれ。スポドリ」

「ありがとう……んっ、んっ、んっ……ぷはぁ……少しは落ち着いたよ」

「ならいいけど……本当にか弱くなってるのね」

「そうだな。こんな依桜を見るのは、去年の九月頭以来か。いや、下手をするとその時より酷くないか?」

「そうかも……」


 晶の指摘通りかもしれない。


 考えてみれば、あの時でももうちょっとマシだったような覚えがある。


 にもかかわらず、この状態……うーん、もしかして女の子になったから? 実際、男女間では身体能力に少なからず差があるわけだし。


 でも、でもなぁ……本当にそれだけが理由なのだろうか。


 もっとこう、別の理由がある気がしてならない。


「でもさぁ、依桜君そんな状態で今日の体育は大丈夫なん? 確か今日って、来月の体育祭に合わせた体力作りのためのマラソンじゃなかったっけ?」

「あ」


 そ、そうだった!?


 そう言えば今日ってマラソンだったよね?


 うわぁ、なんてタイミングの悪さ……。


 この状態でマラソンとか、明らかに自殺行為な気がするけど……う、うーん……。


「一応休んどくか? オレ、熱井先生に言っとくぜ?」

「……ううん、出るよ。さすがに、体調不良ってわけじゃないもん。それで出ないのはちょっと」

「でも、いつも、とは違う、から、体調不良、じゃない、の?」

「それもそうよね。だって明らかに今の依桜ってこう、異常な状態と言えるわけだし。無理しないでいいんじゃないの?」

「別に気持ち悪いとか、頭痛があるとか、熱がある、ってわけじゃないから。ただ、弱くなってるだけだよ?」


 まあ、そのだけの部分が、一番精神的に来てるんだけど。


 やっぱり、こう、漠然とした不安感があると言うか、個人的にあそこまでの力は無くてもいいとは思ってたけど、いざこうして失ってみると、かなり精神的余裕を生み出してたんだって理解させられる。


 けど、あくまでも魔の世界基準の肉体じゃなくて、法の世界基準の肉体になったと思えば、ある意味ではいいのかもしれない。


「とりあえずは出るよ。それでもし、ダメそうだったら先生に言って休ませてもらう」

「だねー。むしろ、それが一番いいんでない? 無理をしても碌なことにならないからねん」

「女委が言うと説得力が違うな」

「にゃははー、そこはほれ、わたしだから!」


 あはは、とみんなで笑い合う。


 うん、やっぱり変に暗い雰囲気よりも、こういう明るい雰囲気の方がいいよね。


 ともあれ、失ってしまったのは仕方がないから、今はそれを受け入れて生活しよう。



 と、そう決めたのも束の間――


「はぁっ、はぁっ……んっ、く、ふぅっ……ぁぅっ……っはぁ」


 マラソンにて、ボクはそれはもうへろへろになっていました。


 今なんて、揺れる胸が痛いし、本気で走るとすぐにガス欠になるし、足がもつれそうになるし、途中何度も転んだりした。


 幸い、受け身は得意だったので、目立つよう怪我は特にない。


 だけど、体が明らかにイメージに付いてこられていない。


 いつも通りの感覚で体を動かそうとすれば、足がもつれるし、体力がそもそも持続しない。


 疲労が溜まるのがかなり早く、すぐにダウン。


 しかも、追い打ちをかけるかのように、揺れる胸がすごく痛いです……。


 こう、ばるんばるん、と。


 胸があっち行ったり、こっち行ったりで痛くなるし、あとなんだか視線がすごいような……。


『なぁ、今日の男女さ……』

『言わんとしていることはわかる』

『……エロくね?』


 なんだか、途中すれ違う男子の人たちが何かを言ってるような気がするんだけど、生憎と聴力も戻っちゃってるからよくわからない……。


 うぅ、視力も聴力もダメ、魔力も使えないし、神力も使用不可……天力、魔力(悪魔の力だけどややこしい)、妖力もダメ……本当に、ごくごく一般的な人に戻っちゃったんだなぁ……。


 それにしても、胸が痛い……。


「男女、大丈夫か?」

「はぁっ、はぁっ……だ、だい、じょうぶっ、ですっ……はぁっ、んっ……」

「いや、どう見ても大丈夫じゃないぞ? 辛いようなら見学しててもいいが」

「で、でもっ……ま、まだ、終わってない、のでっ」

「無理はしない。体育じゃ当り前だぞ? とりあえず、休め」

「わ、わかり、ましたぁっ……はぁ、ふぅ……」


 熱井先生に言われて、ボクは見学することになった。


 走らなくてもいいとなると、精神的に少しだけ軽くなったのだから、現金だなぁ、なんて苦笑いを心の中で浮かべてしまう。


 でも、助かったのは事実。


 ふらふらとする足取りで芝生の辺りに歩くと、


「あ、あれ……世界が、回って……」


 その途中でどさり、と地面に倒れた。


 遠くから未果たちの声が聞こえた気がしたけど、そこでボクの意識は途絶えた。



「う、ううん……ここは……」


 次に目を覚ますと、白い天井が視界に映り込んだ。


 消毒液の匂いがするから……ここは、保健室?


「あ、目を覚ました~?」

「希美先生……あの、ボクはどうして保健室のベッドに……?」


 目を覚まして早々、ボクは希美先生に自分がどうして保健室にて寝ているのか、尋ねていた。


 どうにも意識がはっきりしないと言うか、頭がぼーっとする。


 それに、眩暈もするし。


「依桜君は、貧血で倒れちゃったのよ~」

「え、貧血、ですか?」

「そうよ~」


 貧血て……。


 最後になったのはたしか、高校一年生の夏ごろじゃなかったっけ。


 なんだか久しぶりになった気がするけど……それにしても、貧血かぁ。


 意識を失うレベルの貧血って相当だと思うんだけど、え、これ大丈夫なの?


「うっ、頭痛い……」

「無理しないで~。今は寝てなさい~」

「すみません……」

「気にしないの~。それにしても、依桜君は九月以降から貧血にならなかったと思うんだけど~……何かあったの~?」

「はい……実は、異世界で得た力を全て失っちゃって……体が異世界へ行く前に戻っちゃってるんです」

「そうなのね~……」


 異世界のことを知っている希美先生も、さすがに今の状態は予想出来ていなかったようで、少し考え込む素振りを見せる。


 これ、やっぱり学園長先生にも言った方がいいよね。


 明らかにおかしいもん。


「あの、学園長先生を呼んでもらえますか?」

「それなら、依桜君が運び込まれた段階で既に呼び出し済みよ~。もうそろそろ来ると思うけど~……あ、来たみたいね~」


 バタバタバタ……!


 ガラッ!


「依桜君、大丈夫!?」


 廊下からやたら騒がしい足音が聞こえてきたと思ったら、保健室の扉を勢いよく開き、そこから慌てた様子の学園長先生が現れた。


「あ、あはは、見ての通りです……」

「よかった、目は覚めているのね」

「貧血で倒れちゃったみたいで」

「えぇ、それも聞いた。それから、今の依桜君の体のことも」

「……実は、それでお話をしようかなと思いまして」

「私からも聞きたかったところだからちょうどいいわ。希美はー……とりあえず、そこにいてくれるとありがたいわ」

「了解よ~。何かあったら言ってね~」


 そう言って、希美先生は机に座って何か書類仕事をやり始めた。


 とりあえず、カーテンの内側にいるのはボクと学園長先生の二人だけ。


 ……よくよく考えてみると、学園で一番偉い人と二人きりになるって、普通だったらすごく緊張するシチュエーションな気がするんだけど……ボクの場合、それ以上の人たちと関係があったからさほど緊張しなくなってるんだけどね。


「それで? ミオからある程度のことは聞いてるけど……本当に力が使えなくなったの?」

「はい。朝起きたら、体怠くて、色々してみたんですけど、魔法も能力も、スキルも使えなくて、神力も使えなくなってますし、先週あたりから得た妖力も……」

「つまり、こちらの世界で言うところの、ファンタジー要素が軒並み使用不可、ってことよね?」

「そういうことです……」

「……原因は?」

「それが、心当たりなんて全くないんです。朝起きたらこうなってて……」

「なるほど……ちょっと、これからうちの会社で精密検査をしましょうか」

「いいんですか?」

「もちろん。もしかすると、何かの病気かもしれないし、もちろん異世界に関係する病気だったらわからないけど、それでもやらないよりはマシだし」

「……わかりました。よろしくお願いします」

「そうと決まれば、早速行きましょ。早い方がこっちとしてもありがたいし、依桜君もOK?」

「はい、大丈夫です」


 緩慢な動きで起き上がりつつ、何とかベッドから降りると、ふらりと体がよろめく。


 うわ、これは結構酷いかも……。


「あー、車椅子で行く?」

「さ、さすがにそれは……だ、大丈夫ですよ、これくら……きゃっ」


 大丈夫だという事をアピールするために、軽く動いてみたけど、上手く体に力が入らずベッドに倒れ込む。


「……使いましょ」

「……すみません」


 結局車椅子での移動になりました。


 うぅ、申し訳ないよぉ……。



 そんなこんなで学園長先生の会社で精密検査。


 異世界に関することを研究していたからなのか、単純に製薬会社だからなのか、最新鋭の設備が整っていたのは普通にありがたかった。


 おかげで、かなり細かく検査が出来たし。


 ちなみに、今日帰りが遅くなることは既に連絡済みです。


 朝から、メルたちにはかなり心配をかけちゃってるから、かなり胸が痛むけど、こればかりは仕方ない。


 検査はそれなりに時間がかかったけど、無事に全項目が終了。


 結果はすぐに出たあたり、学園長先生の会社だけ科学力がインフレしている気がするんですが。


 まあそれはいいとして、その結果なんだけど……。


「……どう、ですか?」

「そうね……一つ言えるとすれば、今の依桜君は間違いなく一般人……いえ、最悪一般人よりも身体能力や機能が低いわ」

「そう、ですか……」

「しかも、免疫力があまり高くないのが厄介ね。たしか依桜君は元々病弱だったかしら?」

「はい。異世界へ行ってからはかなり安定して、つい昨日までは病気とは無縁過ぎる生活だったんですけど、なぜか……」

「ふぅむ……」


 予想通りと言えばいいのか、どうやらかなり体が弱ってるみたい。


 ううん、弱ってるというより、やっぱり戻ったが正しいのかも。


 どうして自分の体がおかしくなっているのかがわからない。


「でも、本当にどうしてこんな結果なのかしら? 一応、魔力を観測する装置も使ってみたけど……」

「え、そんな装置があるんですか!?」

「えぇ、というか無いと異世界なんて観測できないわよ?」

「そ、そですか」


 やっぱりこの人、おかしいよ。


 というか、魔力を観測する装置なんてどうやって作ったんだろうか。


 あ、でも異世界へ行く装置に比べたらまだマシ、かな?


 ……いやどっちもおかしいよね、これ。


 やっぱり学園長先生は変だ。


「ともあれ、現段階では免疫力の低下以外は基本的にこちらの人と比較しても大差ないし……今の依桜君は、完璧に病弱な一般人。力が戻るかわからない以上、今後は以前のような生活は控えた方がいいかも。下手をすると大きな事故につながりかねないから」

「わかりました……」

「……はぁ、少なくとも、この街にいる限りは誘拐なんてバカなことはさせないようにするけど、気を付けてね? 可能な限り、誰かと一緒にいること。あと、危険なことに首を突っ込まないこと、これらを守ってくれればいいわ」

「はい」

「それにしても、何故依桜君がこうも力を失ったのかがわからないわよねぇ……一週間前の修学旅行で新しく契約をした以外は特にない、っていう話じゃない? それ以降にも何もないんでしょ?」

「そう、ですね。少なくとも、力を失うようなことはなかったはずですけど……」


 だからこそ、よくわからないと言うべきか。


 調べようにも、以前のような力が無い今のボクじゃ調べることなど不可能だろう。


 セルマさんたちを呼び出すことも多分できない可能性があるし……いや、意外とできるのかも?


 試しに、こう、心の中で呼びかければ……。


(セルマさん、フィルメリアさん、それから天姫さん、いる?)


 ……あ、でも、たしかあの手の物って魔力とか必要だった気が……じゃあ、多分話すのは無理――


(む、どうしたのだ? 主よ)

(どうしましたぁ? 依桜様ぁ?)

(ウチにも何か用なんか?)


 あれ!? なんか、普通に連絡できてる!?


(え、あの、変なことを訊くようなんだけど……この会話方法って、魔力とかが必要だったりするの? それとも、いらない?)

(契約とは、魂による繋がりのことなのだ。つまり、契約をしている間は、いつでも連絡可能なのだ)


 えぇぇ……これ、そう言う奴だったんだ。


 そう言えば、この会話方法を使用してる時って、言われてみれば魔力が減るような感覚がなかったような……。


 あー、うん。なるほど。


(ごめんね、三人ってボクの魔力無しでこっちに来ることってできる? というか、セルマさんとフィルメリアさんは勝手に一回来たけど……)

(まぁ、できるぞ?)

(同じくぅ)

(ウチもや)


 あ、ハイ、普通にできるんですね。


 それなら……。


(一回、三人ともボクの所に来てくれる? 異常事態です)

(何!? 主に異常事態!? すぐに行くのだ!)

(わかりましたぁ! すぐにそちらへ向かいますよぉ!)

(ふむ、ウチの方もごたごたが片付いたさかい、そちらへ行くとしよう。ちっと待っとってや)


 三者三様の反応をした直後、ボクの周囲に光が溢れる。


「え!?」


 いきなりの発光現象に、学園長先生が驚いた声を上げていた。


 光が収まると、そこにはつい数秒前まで会話していた三人がいた。


 って、天姫さんの尻尾がえらいことになってる!?


「ふむ、ここは……あ、エイコの研究所か。って、主!? どうしたのだその状態は!?」

「あらあらぁ? かなりの力を持っていたはずですがぁ……どうして、力の欠片も無いのですかぁ?」

「これはまた、えらいことになっとるなぁ。何があったんや?」


 三人とも、ボクの姿を見ただけで把握できるんですね……。


 ともあれ、ボクは三人に事情を説明。


「……なるほど。うぅむ、我も全く知らない症状だな……」

「同じくぅ。弱体化する呪いならともかく、全てのステータスが極限まで下がった挙句、全ての魔法や能力、スキルが使用不可、という症例は見たことが無いですねぇ」

「ウチにも覚えがないなぁ」

「一応、我々とのパスが切れていない以上は問題ないと思いますけどぉ……」

「問題は、なぜ、何もないかなのだ」

「失った言うよりは、封印に近うあらへんか?」

「あ、それはあるな! だが、一体誰が?」


 え、あの、なんか三人が普通に会話を始めた挙句、不穏な単語が聞こえた気がするんですが……え、封印? 何それ!?


「あのー、封印って何?」

「あぁ、悪いなぁ。簡単に言うたら、今の依桜はんの体には封印に似たなんかが施されてるんや」

「封印……?」

「本来は、異界の存在や神なんかが、地上に降りる際にある目的のためにするんだが……今の主には、それと似たような状態になっている言えるな」

「え、なんで?」

「それはわかりません。ですが、何者かによるものではあると思いますねぇ」

「その何者かって言うのはわからない、よね?」

「「「わからない(のだ)(ですねぇ)(んなぁ)」」」

「ですよねー」


 でも、ある意味その考えはかなり重要かも。


 少なくとも、人為的なものである可能性があるというのは、手掛かりが全くないことに比べたら遥かにマシだ。


 だけど、問題となるのは、一体誰がどんな目的でこんなことをしたか、だけど……うーん、そもそも異世界の力を封印するなんて、普通の人にできるわけがないし、そもそも魔法なんてファンタジーはこの世界じゃ空想の産物として広まってるからなぁ。


 過去には、黒魔術なんかがあった、みたいな話はよく聞くけど、それが本当なのかはわからない。


 でも、魔力があることは、ボクが魔法の使用が出来ていることから間違いないと思う。


 となると、異世界の人か、異界、神様、この辺りかな?


 でもボク、異界に関しては少なくとも三つは味方のような状態だし、まだ知らない他の二つはそもそも行ったことはない。


 神様の知り合いは……一人だけいるけど、あの人がそんなことをする? なんて思っちゃうわけで。


 だって、会話をしたの、異世界へ渡る時だけだもん。


 だから、除外していいと思う。


 フィルメリアさんが言うには、他にも神様はいるみたいだけど、ボクはその神様たちとは面識が全くない。


 だから、神様というのは無いと思う。


 そうなると、異世界の人か異界の人、という事になるんだけど……うーん、前者はともかく、後者の異界はなさそう。


 そもそも、残る異界は二つ、妖精界と精霊界。


 異界としての前提は、人間の味方、という物らしいからね。


 悪魔は必要悪、みたいな感じらしいし。


 だから、異界は無いとして、じゃあ異世界の人が? ってなるけど、これも多分ないと思う。


 異世界における最強の人って、師匠だし、その師匠が全く原因がわからない、なんて言ったのだからまずありえないと思う。


 そもそも師匠、あの世界じゃ知らないことの方が少ないのでは? ってくらいに知識が豊富だし。


「はぁ……しばらくは、やっぱりこのままかなぁ」

「そうだな。当面は無茶はしないようにするのだぞ、主よ」

「そうですよぉ。何か問題があっても、我々に言っていただければ対処しますのでぇ」

「そうやなぁ。ウチも手伝うさかい、いつでも言うてや」

「ありがとう、三人とも」


 本当に、こういう時ありがたい人たちです。


 それに、師匠もいるわけだからかなり安心できそう。


「あー、依桜君、とりあえず、私も混ざっていい?」

「あ、すみません。放置してしましたね」


 学園長先生がいたの、忘れてた。



 あの後は五人でちょこちょこ現状のことを話し合ったものの、結局何もわかることが無く、ボクたちは帰宅することになりました。


 帰宅と同時に、いつもならメルたちがものすごい勢いで抱き着いてくるんだけど、今のボクがか弱い状態になっていることを伝えてあるため、ぽふっと優しい勢いで抱き着くレベルに落ち着きました。


 それでも抱き着くんだね、なんて思ったけど。


 そんなこんなで、異常事態が始まった一日が終わりました。


 力、戻るのかなぁ……。

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