第533話 力の喪失:下

 ボクが力を失ってから一週間が経過。


 相変わらずボクの力は戻ってなくて、非力なままです。


 今までは何の問題もなく持てていた荷物なんかも、


「はぁ、ふぅ……くっ、ふぅっ……んんっ」


 すぐに疲労してしまって一苦労。


 さすがにこれはまずいと思った未果たちが代わりに持ってくれるのが、なんだか申し訳ない……なんてことを言ったら、


「いや、むしろ今まで依桜が色々やってくれてたからね? こんなの、お礼にすらならないわ。しばらくは私たちを頼りなさい。というか、頼れ」


 と、珍しく命令口調で言われました。


 うぅ、みんなの優しさが沁みます……。


 あの日から、ボク生活は一変。


 今までできていたことが出来なくなったのはかなり大きい。


 以前までは疲労なんて寝れば治るくらいだったし、何より疲れにくかった。


 けど、今のボクの体は異世界へ行く前と同等か、もしくはそれ以下と言ってもいいくらいに弱い。


 病弱だもん、今のボク。


 実は、この一週間の間で普通に風邪を引いたしね……。


 ちゃんと温かくしてたはずなんだけど、ダメでした。


 咳は出るし、頭痛もするし、鼻水も酷いしで、久々に酷い風邪だったよ。


 しかも、それが休日だったからね……うぅ、あの割と強靭な体が恋しいです……。


 なんてことを思いつつ、本日の昼休みに。


 今日は屋上でみんなと一緒にお昼とを取ることに。


「はぁ……」

「どうしたんだ? 溜息なんか吐いて」


 お弁当を広げながら溜息を吐いていると、晶に心配された。


「ここ一週間、みんなのお世話になってばかりだなぁって思っちゃって。未果に頼ってほしいって言われたけど、それでも申し訳なさがね……」


 今のボクは非力。


 三百メートル走ですら、全力が続くか危ういレベルで、すぐにバタンキュー。


 あれから貧血にならないように、鉄分の多い食べ物を食べたり、あとはサプリなんかでどうにかしている状況。


 幸い、貧血で倒れるようなことはなくなったけど、それでも完璧とはいかず、たまに体調を崩してしまうことがある。


 だけど、当然それが日常生活に影響しないかと言えば嘘になる。


 バリバリ影響してます。


 なんだったら、みんなの手助けが無いときついくらいで……。


「いやまぁ、依桜君にもそう言う時があってもいいんでないかねぇ?」

「女委?」

「いやほら、今まで依桜君は散々事件やらなんやらに巻き込まれてたわけだし? それならちょっとくらい休み期間があってもいいんじゃないかにゃーと」

「休み期間……」


 その考えはなかった。


 考えてみれば今までのボクってかなりあわただしい生活ばかりだったっけ。


 異世界に行ったり、アイドルしたり、他にも色々……うーん、少なくとも一年間が濃かったからなぁ。


 そう言う意味では、休み期間はいいかも。


「なるほどその考え方はいいね、女委」

「でしょでしょー? しばらくはわたしたちに任せりゃいいのさ! ねぇ、みんな?」

「当然ね」

「負担だとは思っていないぞ」

「ってか、ここで手助けしなけりゃ、オレたちの方がちょっとアレになっちまうよ」

「うちも手伝うよ!」

「わたし、も」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう」


 ここはもう、申し訳なさとか気にしない方がいいかも。


 その方がこっちの気分としても楽だし。


 とはいえ、変に頼みすぎたりしないようにしないとね。


「ってか、今の生活で依桜が困ってることって何があんだ?」

「あ、うちも気になる」

「え? あー、そうだね……とりあえず、体調を崩しやすくなったし、何より今まで通りに体が動かないから、結構戸惑うよ。魔法も使えないしね」

「あー、体育中なんかはたしかに戸惑ってたな。それに、転ぶことも多いしな、今は」

「あ、あはは……お恥ずかしい限りです……」

「でも、依桜は元々運動神経自体があまり良くなかったじゃない? しょっちゅう転んでたし、怪我もしてたし」

「そうだねぇ……ボク自身も、あのレベルから今のレベルになるとは思わなかったよ。まぁ、その力も今はないんですけどね」


 あはは、と自嘲気味な笑顔で話すボク。


 すると、みんなが曖昧な笑みを浮かべました。


 あー、うん。失敗だね、これ。


「あ、そういえばさー」


 と、ちょっとだけ微妙な空気になっていたけど、女委がいつも通りの明るい声で話題を切り替える。


 ありがたいです。


「依桜君ってさ、基本的にメルちゃんたちのお世話をしてるじゃん?」

「うん、ボクの生き甲斐だね」

「もうそこまで進行したのね……」

「末期だな」

「病院行った方がいいんじゃね?」

「妹さん思いだね!」

「いい、と思う、よ?」

「未果と晶、態徒は酷くない?」

「いや、いつも通りじゃん」


 そう言われるとそこまでだけど……なんだか釈然としない。


「まあ、依桜君のシスコンはいいとして」

「シスコンじゃないよ?」

「依桜君ってもともと料理のスキルとかあったよね? やっぱり味とかって落ちちゃってるの?」

「ううん? 味は特には」

「おや、そうなのかい?」

「うん。落ちたのは効率の部分かな。今までは五品を同時進行で作ってもまだ余裕があったんだけど、今は一品ずつしか作れなくて。おかげで、時間がかかっちゃってるよ」

「へぇ? 料理のスキルって味は関係ないのかしら?」

「うーん、ボクもその辺りはよくわからないんだよね」


 実際、そういう生活系のスキルって、よくわからないんだよね。


 あれって確かに味にも影響したと思うんだけど、そこまで変化はなかった。


 だから多分、料理のスキルってメインは効率を上げることにあるんじゃないかな。


 結局、能力やスキルはあくまでもその動きを効率化したり、その行動の効果を高めたりする程度。


 だから、自分の才能やもともとの能力なんかが無いと意味がないんじゃないかなと。


「そうなんだね。じゃあ、依桜ちゃんって家事はどうしてるの? えと、料理以外!」

「あー……うん、ほぼできなくなってます……」

「え、マジ?」


 ボクの返答に、未果が驚いたような表情で聞き返してきた。


「いやぁ、これがマジなんだよね……今のボクの家って住んでいる人が多いでしょ? 十人いるし」

「普通に考えりゃ、そこまでいんのも変じゃね? ってなるけどな」


 うん、態徒、それは言わないでね。


「だから、洗濯物の量も増えるわけで……今は腕力が無さすぎるんだよ」

「でもそれ、男の時もしてなかった?」

「あの時はまだ人数が少なかったしね。それに、なんだかんだ父さんと母さん、そこまで着替えが多いわけじゃないもん。だから、量が少なかったわけで」


 今にして思えば、あの非力な当時のボクですらある程度はできたのに、今のボクって……本当に弱くなっちゃったなぁ。


「はぁ……おかげで、みんなのお世話が出来なくてね……くっ、力が欲しい!」

「「「「「「そっちなの!?」」」」」」

「え? うん、そうだけど?」


 むしろ、今のボクが力を欲しがってる理由って、それ以外ないんだけど。


 みんなのお世話が一番なので、家だと。


「あー、これはもうなんと言うか……うん、依桜らしいと言うべきなのか、どうなのか……」

「オレ、力が欲しい奴の理由が、妹の世話がしたいからって奴は初めて見たぜ」

「むしろ、普通はないんじゃないかねー」

「依桜ちゃん妹さんが大好きだよねー」

「すごい、よね」

「まぁ、依桜だからな」

「……あの、なんでみんな生暖かい視線を向けるんですか……?」

「「「「「「いやいや、そんなことはまったく」」」」」」


 なんだろう、この誤魔化された感は。


 この後も、みんなで仲良くお昼を食べてのんびりしました。



 一日の授業が全て終わり、帰宅中。


「ありがとう、みんな。買い物を手伝ってもらっちゃって」

「いいってことよ。むしろ、今までの依桜がおかしいくらいよ」

「そうだな。十人分の食料を買い込んでるとか、普通に考えたらおかしいしな」


 今日は安売りをするという事で、商店街でどうしても買い物がしたかったボク。


 だけど、前ほど荷物を持てるわけじゃないので、みんなに手伝ってほしいと言うと、二つ返事で快諾してくれました。


 ありがたいです。


「それにしても……にゃはは! なんだか荷物が当初より増えてない?」


 みんなで一緒に歩いてる途中、女委がからからと笑いながら、そんなことを言ってくる。


 これには、他のみんなも苦笑いだし、ボクも苦笑い。


「まさ、か、こんなにいっぱい、サービス、してくれる、なんて、ね」

「依桜ちゃん人気だね!」


 ボクがか弱い女の子になってしまったことは、商店街の人たちには伝えてあります。


 それはもう心配されました。


 父さんや母さんですら、慌ててたのに、それ以上だからこっちは心配してくれて嬉しいという気持ちよりも、ちょっと申し訳なく思ったくらいです。


 だって、やたらとサービスしてくれるんだもん。


 お肉屋さんからは、無駄に良いお肉を貰っちゃったし、お魚屋さんからは大きな鯛を丸々一匹貰っちゃったし、八百屋さんからも新鮮な野菜をたくさん貰っちゃったからね……正直、貰い過ぎて心が痛い。


 経営大丈夫なの? って思わず心配になるくらいです。


 でも、貰えるものは普通に嬉しいので、ありがたく頂きます。


 好意は素直に受け取るのが一番ですから。


「んで? 買う物はこれで全部か?」

「えーっと……うん、日用品も買ったし、これくらいかな?」

「了解。なら、このまま依桜の家に向かう感じでいい?」

「うん、お願いします」

「あぁ」


 買う物を買ったら、さっさと帰宅。


 いつもなら、みんなともう少し話したいところだけど、さすがに弱くなってる以上、無理はできないからね。


 それなら、ささっと家に帰って休んだ方がいい。


 一日学園にいるだけでもかなりの疲労感があるし。


 体育があれば尚更。


 というわけで、ボクの家に向かって帰宅、となっていたんだけど、その途中。


「およ? ねえねえ、あそこにアイス屋さんが来てるぜー」


 道中の公園に、アイスクリーム屋さんのキッチンカーが止まっていた。


「あ、珍しいね。ちょっと休憩してく? 荷物のお礼にご馳走するよ?」

「いいの?」

「もちろん。最近は助けられてるからね。それに、お金にも余裕があるから」


 未だに減らないからね、ボクの貯金……。


 減るどころか、未だに増え続けてるし、最近確認したらまた増えてたから……多分あれ、ボクが今の状態になったから、だよね?


 う、うーん、どうなんだろうか。


「んじゃ、わたしは遠慮なく!」

「そう言う事なら俺も」

「オレも!」

「うちも食べる!」

「わたし、も、いい、なら」

「遠慮しないでいいからね。じゃ、買いに行こ?」


 というわけで、アイス屋さんでアイスをそれぞれ購入して、適当なベンチに座る。


 ここの公園、何気に大きいベンチがあるから、大人数の時はありがたい。


 みんなで座ってアイスを食べる。


 時期的には気温もちょうどいいし、アイスも美味しく食べられる。


 これが十一月とかだったらちょっときついかも。


 もう少しで十一月になるけど。


「そういや、来月は体育祭だっけか」

「そだねー。いやー、今年はどうなるのかねぇ」

「それもそうだが、依桜は大丈夫なのか? 去年ほどの活躍はできないだろ?」

「うーん、その頃までに力が戻れば問題ないけど……なんだか、戻らない気がするんだよ、ボク」

「そうなの?」

「うん。なんとなく、しばらくは戻らないと言うか、なんて言えばいいのかな……勘よりも漠然としたものかもしれないんだけど、しばらくはこのままな気がするんだ」

「ってことは、来月はあまり参加できない、ってことか?」

「そうだね。個人的には色々してあげたいんだけど……あまりできそうになくて……」

「気にしない方がいいよ、依桜ちゃん」

「そ、そうかな?」

「うん! 去年のことを聞いたけど、依桜ちゃんすっごく頑張ってたんでしょ? それなら、無理しないで今回は適度に参加する方がいいと思うの!」

「エナちゃん……」

「そう、だね。依桜君、学園祭、でも、頑張ってた、から。いいと思う、よ?」

「鈴音ちゃんも……ありがとう、二人とも」


 本当、こう言ってくれると嬉しい限りです。


 参加する種目は減っちゃうと思うけど……でも、何かはしたいな。


「そうだなぁ、とりあえずは何かこう、差し入れとか持ってこようかな」

「別にそこまでしなくてもいいんじゃないの?」

「んー、去年ほどのことができないって考えると、今のボクにできるのはサポートくらいだし。だったら、それくらいは、ね」


 あはは、と笑いながらそう伝える。


 せめて、サポートくらいはしたいかな。


 どうせなら、優勝したいって思うのが学生だもん。


 というより、うちの学園生だとそういうのを目指すのが普通みたいなところがあるからね、お祭りごとは全力で楽しみたいし。


 それに、元々ボクは裏方の方が好きだからね。


 異世界から帰って来てからは表舞台に出ることが多かったけど、今回は裏方で済みそう。


「あ、依桜がラッキー、みたいな顔をしてるわ」

「え、べ、別にしてないよ?」

「概ね、目立つことがなさそうでラッキー、なんて思ってるんだろうな」

「うっ」

「図星かよ。いやまぁ、依桜は目立つのが嫌だってのは良く知ってるしなー」

「だ、だって、今回はサポートだけで済みそうなんだよ? それなら、ありがたいし」

「あれ? でも依桜ちゃん、アイドルをしてる時は結構ノリノリじゃないかな?」

「そ、それはまぁ……あれは素性を隠してるし……」


 個人的に、アイドル活動は割と好きです。


 なんだろうね、こう、観客の人たちを見て思ったけど、すごくいい笑顔をしている人ばかりで、中にはライブが始まった後急激に精神的な意味で元気になった人が多かった。


 ボクとしては、異世界での戦争を経験してるから、そう言う人たちを見るとすごく嬉しくなる。


 人間、元気が一番だもん。


 誰かに元気を与えること、これはすごくいいことだからね。


「そりゃそうか」

「依桜君、が、アイドル、なの、すごく驚いた、よ」

「そりゃぁなぁ。ってかあれ、オレたちもマジで驚いたしな。それに、映像観て一発で分かったのって、未果くらいじゃね? あ、女委は依頼主って意味で除外な」

「くっ、依頼した身が恨めしいぜぃ」

「何言ってんのよ」

「いやー、悔しがった方がいいかなと。けどまぁ、わたしも一発でわかったしねぇ。晶君はどうだったんだい?」

「俺か? あー、まぁ、どことなく違和感はあったな。いつぞやのスキー教室で聴いた依桜の歌声に近かったしな。さすがに、未果ほどとはいかなかったが」

「幼稚園の頃からの付き合いなのよ? わからない方がおかしいわ。ってか、私が依桜のことで間違えるなんてありえないでしょ」

「あ、あはは、そこまで言われると照れるね……」

「おやおや、惚気かい? やっぱり、こういう時は幼馴染ポジが羨ましいよねぇ。昨今じゃ負けヒロイン筆頭なのにねぇ」

「何、喧嘩売ってるの? いいわよ、買ってやるわよ」

「いやいや、わたし非力な同人作家ですぜ? さすがに死んでしまいますよー」

「……冗談よ。ちょっと言ってみただけ。面白そうだったし」

「未果ちゃんも大概適当に生きてない?」

「女委ほどじゃないわ」


 あはは、と二人のやり取りに笑いを零すボクたち。


 実際のところ、未果は真面目そうに見えて結構楽しいことが大好きだし、なんだかんだうちの学園の生徒なんだなって思わされる場面が多い。


 学園祭とか体育祭の出し物や種目を決める時なんかはそうだよね。


「それにしても、ここの公園って結構子供が多いんだね。うちが前いたところはこんなにいなかったよ」


 ふと、目の前の光景を見てエナちゃんがそんなことを呟く。


 ボクたちの目の前では、ボール遊びに夢中になってる子供たちがいた。


 みんなとても楽しそうに遊んでる。


「あー、美天市は子供優先! みたいなところあるしなぁ。オレらも昔は公園で遊んだもんだぜ。あ、でも女委は他の街からだっけか?」

「そだねー。まあでも、みんなと友達になれたのはラッキーだったけどねん。でもあれだねぇ、子供がこう、走り回ってる光景っていいよねぇ。なんか、よその街だと子供の声がうるさい! ってなって、公園を撤去したりする場合もあるだし」

「あれは酷い、よね」

「わかる。子供は元気なのが一番なのにな。そいつらはそういう時代を過ごさなかったんかね?」

「自分の時代は時代で、今は今、みたいな線引きしてんじゃないの? ほら、偉くなると周りを見下すような人なんてざらだし」


 たしかにそうかも。


 未果の言う通り、叩き上げや成り上がりで貴族や商会のトップになった人たちって、実際にそう言う人が多かったんだよね。


 そう言う人たちほど、厄介なものはなかったけど。


『あ、ボールが行っちゃった』

『ぼく取りに行ってくる!』


 どうやらボールが道路側に出ちゃったみたい。


 幸いなことに、信号は歩行者側が青みたいだし、これと言って問題は……って、あれって……


「まずいっ!」

「え、依桜?」

「ごめん、ちょっと行ってくる!」


 ボクは大慌てで男の子を後を追う。


 男の子はそこまで遠い位置にいないから、今のボクでも十分間に合う。


 けど、すごく疲れるし体が怠い。


 でも、あのままじゃ……。


「はぁっ、はぁっ! 君、その先へ行かないでっ!」


 ボールを追いかけて走る男の子に、ボクは走りながらそう叫ぶ。


 その理由は、道路の向こう側から猛スピードでこちらに向かって走っている。


 男の子は横断歩道の真ん中に差し掛かろうとしていて、このままじゃあの子に車が!


「……今だけでもっ!」


 そう願ったからだろうか、不意に体が軽くなった。


 いつもの力が発揮され、ボクは瞬く間に男の子に追いついた。


 だけど、力が発揮されたのはそこまで、このままじゃ男の子諸共轢かれてしまうだろう。


 それなら。


「ごめんね、ちょっと痛いかもしれないけど……!」

『うわわっ! いたっ!』


 ボクは意を決して男の子を前方に突き飛ばした。


 男の子は前へと転がっていく。


 転ばせてしまったけど、この後のことに比べれば遥かにマシ。


 ふと横を見れば今もこちらに向かって猛スピードで突っ込んでくる車。


 なんだか、やけに時間がゆっくりに感じる。


 音もどこか遠い。


 後ろから未果たちの声が聞こえる気がするし、きっとこの後は最悪の状態になるんだろうなぁ、なんて思ってしまう。


 あの状態なら、このくらいかすり傷で済んだのかもしれない。


 でも、今のボクはひたすらに非力だ。


 多分、命が危ないかもなぁ、なんて。


 だから――


 ――ごめんね――


 ――そう思った次の瞬間、ドンッッッッ! と、全身を強烈な衝撃が通り抜けて行き、そしてボクはいとも容易く吹き飛ばされた。


 車がぶつかった、そう思った瞬間には、地面に何度もバウンドして、体中を何度も衝撃が襲う。


 そして、何度かバウンドして転がったんだろう。


 ようやく止まったみたい。


 視界はまだ見える……だけど、何も見えないと錯覚してしまいそうになるほどに、ぼやけている。


 音もどんどん遠くなっていく。


 体が揺さぶられる感覚がある。


 ぼやけているけど、みんなの声が聞こえる気がする。


『……お! ……て! ね…………!』


 あぁ、まずい……体が寒くなってきた気がする……なのに、熱くも感じる……。


 この感覚は覚えがあるなぁ……体から血が大量に失われてく時の状態だ。


 向こうで何度も体感した状態。


 あはは……本当に、ごめんね。


 そう思いながら、徐々に、徐々に……ボクの意識は薄れて行き、遂には完全に途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る