第362話 依桜ちゃんのアルバイト2 4

「ほら、エナ、そろそろリハーサルが始まるから、行くわよ」

「あ、はーい! じゃあ、依桜ちゃんお願いします!」

「うん、ボクだけじゃなくて師匠もいるから、安心してね」

「おー、心強いね! それじゃあ!」


 最後ににっこりと微笑んでから、エナさんはマネージャーさんと一緒に中に戻っていった。


「なるほど、今のが今回の守る対象ってわけか」

「はい。こちらは警備員として働くのと同時に、今回はエナさんを守るという仕事があるのです」

「? それって、どういうことなんですか?」

「実は――」


 と、遠藤さんが軽くエナさんの身に起きたことを説明。


 それを聞くなり、ボクと師匠二人そろって頭が痛そうな顔をした。


「――というわけです」

「なるほどな。……人気者ってのは、どこの世界でも変な奴がいるってことか」

「そうですね。人気者と言うのはどの業界でもこういった輩に狙われます」


 遠藤さんが言ったことは、簡単に言えば脅迫状が送られてきた、というもの。


 あとは、最近ストーカーがいるらしくて、その人から守るためということもあり、今回警備員として働く人たちは武術の有段者が多いらしいです。


 だから、遠藤さんも最初ボクたちを見た時に、ちょっとだけ難しい顔をしていたみたい。


 うん。やっぱりいい人だね。


 一応、『気配感知』でちょっと探ったけど、悪い人のオーラとか雰囲気のような物がこの人には全くないしね。


「それで? あたしとこいつは何をすれば?」

「ああ、そうでした。まず、男女さんには事前に女委さんの方からお伝えしてもらっている通り、観客に紛れて中で見張ってもらいます。といっても、こちらにもそれなりの人数がいるので、あまり肩肘張らないで大丈夫です」

「わかりました」

「ヴェリルさんは、会場外での警備になります」

「ふむ。となると、妖しい奴を見つけたら声をかけて聞き出す、と言ったところか?」

「概ねその解釈で問題ありません。基本的に金属探知機などで危険物を所持していないか、あとは入場者のカバンの中を確認する作業ですね。あとは、万が一暴れ出すような人が出たら、その人を捕まえるのも仕事に含まれています」

「了解した。その程度なら問題ない」

「ヴェリルさんは不思議な方ですね。傲慢な発言なのに、まったく不快な気持ちが出ませんね」

「はは。ま、あたしはこう見えてかなり強いからな」


 神様、殺せますもんね、神様。

 ……もしかして、宇宙に行っても生身で生きてられたりするのかな?


「……まあ、男女さんが師匠と仰ぐような人ですし、強いのでしょう。先ほどは、矢島を目にもとまらぬ速さで倒していましたからね」

「あ、あはは……すみません」

「いえいえ、謝らなくとも大丈夫です。悪いのは、外見だけで判断したあいつです。……もっとも、こちらも少なからず外見で判断してしまった節がありましたから、謝らなければならないのはこちらです」

「いやなに。実際外見だけ見れば弱そうだしな、こいつは」


 師匠、それはそれで傷つくんですけど……。


 ボクって、そんなに弱そうに見える? ……見えるんだろうね。


 だって、未果たちですらボクが強そうには見えない、っていつも言っていたもん。


「さて、男女さんの方はそのままの格好で問題ありませんが、ヴェリルさんにはこちらを着てもらいます」

「ああ、制服って奴か?」

「はい。一応私ども警備会社の制服です。終わった後、そのまま返していただいて問題ありません」

「洗濯はいいのか?」

「はい。もとより、こちらの都合でお二人には働いてもらうわけなので」

「そうか」


 洗濯について訊いてたけど、どのみちやるのボクなんですが……。


 別にいいんだけど。


「あと、男女さん、女委さん曰く『すっごく体力があるし、動きも素早いから、報告係のようなことをしても問題ないよ!』って言っていたのですが、大丈夫でしょうか?」

「……まったくもう、女委は……。はい、大丈夫ですよ。フルマラソンを全力で走っても全く疲れないくらいだと思ってください」

「ははは。男女さんは冗談が上手いですね」


 ボクが言った表現を、遠藤さんは冗談だと受け取る。


 うーん、別の冗談でも何でもないんだけど……まあ、こっちの世界の常識からはかなり逸脱しているから、仕方ないけど。


 まあ、向こうの世界には、フルマラソンを走ってもケロッとしている人って割といるんだけど。


 師匠なんて、一瞬だもん。


「ともかく、引き受けてくれる、ということでいいのでしょうか?」

「そうですね」

「ありがとうございます。では、こちらが地図です」


 そう言って、遠藤さんはボクに一枚の地図を手渡してきた。


 地図、というより会場の見取り図かな。


 なるほど、こうなってるんだ。


 うん。覚えた。


「万が一、問題があった際は、すぐに連絡を。インカムです。ここのボタンを押せば通話発言ができますので、どちらか一方の耳に着けておいてください」

「わかりました」

「了解だ」

「あとは、こう言った大きなライブである以上、おそらくおかしな輩が出るかと思いますが、慌てず、冷静に対処をしてください。もし、応援が必要だと判断したら、遠慮なくそのインカムで言っていただいて大丈夫です」


 応援は多分……いらないんじゃないかな、師匠の場合。


 何でも一人でできちゃう人だし。


 ボクは、場合によっては必要になりそう。


「男女さんの業務自体は、まだ少し先ですので、見学などをしていても問題ないですよ」

「わかりました」

「こちらのバッジを見せれば関係者専用の場所にも入れますので」

「え、いいんですか?」

「はい。他ならない女委さんの友人ですから」


 …………本当に、女委って何者なの?


 本気でそう思いました。



 視点と時間が少し変わり、開演から二時間ほど前の控室。


「はぁ……脅迫状、冗談だといいんだけどなー」

「そうね。このままでは、エナにストレスだけが溜まってしまうわ」


 控室にて、エナは机に突っ伏していた。


 その姿を見たマネージャーも、少しは呆れているが、言っていることが言っていることなので、仕方ないと割り切る。


「やはり、一人だけで活動するのも結局はヘイトを一人で集めかねないものね」

「じゃあ、今から増やす? いっそのこと、二人組のアイドルに! みたいなさ!」

「たしかに、悪くない案かもしれないけれど、下手な娘を使うことはできないわよ? あなたは色々な才能に恵まれているのだから。生半可な娘じゃとても……」

「えー? でも、探せばいるんじゃないかな? 例えば、『白銀の女神』って呼ばれてるあの人とか!」

「それこそ無理よ。彼女は通っている学園までは突き止められても、それ以外の情報が錯綜しているの。探すのは困難。それに、どこの事務所も未だに狙っているようだし」

「そっかー。なんだか、気が合いそうな気がしてるんだよね、うち」


 どこからその根拠は来るのか、とマネージャーは苦笑いを浮かべる。


 というか、その『白銀の女神』は普通にこの会場に来ているのだが。しかも、警備員として。


 さらに言えば、それとすでに友達になっているが。


 変装は完璧というわけである。


 これで間違って元の姿がバレなければ問題ないというわけである。


「増やす増やさないはともかく、やはり脅迫状の件は心配ね。しかもこれ、明らかにステージ上にいる時を狙ったような文章だし」

「うむむむ~……ねえ、マネージャーさん。もういっそのこと、ステージ上に守ってもらえる人を出した方が安全なんじゃないかな?」

「何を言うのよ、あなたは……。そんなこと、できるわけないでしょう? ましてや、警備員からそんな人を出すなんてできるわけないわ。容姿の方だって問題があるのよ? ちょっと可愛い程度じゃ逆に反感を買うだけ」

「だーよねー……。難しいなぁ……」


 お互い難しそうな表情を浮かべる。


「ちょっと、おトイレ行ってくるね」

「ええ」



「むぅ、何かいい案はないかなぁ……」


 脅迫状に対してどう対抗すればいいのかと考えながら、エナはトイレの扉を開けた。


 そして、


「ふぇ?」


 そこには、なぜか銀髪碧眼の超美少女――素の依桜がいた。


 突然の来訪者に、呆けた声を出して固まる依桜。


 お互いに、じーっと見つめ合う。


 そんな依桜を見て、エナは。


「――アイドル、やりませんか!?」


 いきなり、依桜の手を掴むなり、割と真剣な表情でそう迫っていた。



 どうして、素の状態で依桜がトイレのいたのか、時間と視点少し戻して説明しよう。



「へぇ、舞台裏はこんな感じになってるんだ」


 ボクは、見学していいと言われたので、せっかくだからと日本武道館内を見て回っていた。


 なるべく邪魔にならないように身を縮めつつ歩く。


 途中、スタッフさんたちから首を傾げられるようなことはあったけど、特に注意などをされることはなかった。


 それに、見学とは言っているけど、一応万が一があった時のためのルート確認もこの行動には含まれているしね。


 これならテロリストが襲撃してくるような事態にならなければ問題ない、かな?


 一応脅迫状が来てるって言う話だけど、さすがに武装したような人たちは来ないだろうし。


 来たとしても、そこまで大掛かりな装備で来ることはないはず。


 よくて、ハンドガンとかかな?


 それに、不審者は特にいない、と。


 ちょっとだけ心配な反応がないこともないんだけど……怪しいうちはまだわからないからね。


 もうちょっと様子見。


 それに、最悪の場合なんて師匠がいる限り訪れないと思うしね。


 あの人がいるところが世界で最も安全な場所だもん。


 ……それを考えたら、ボクはいらないんじゃ?


 なんて思ってしまったけど、ボクのお仕事は会場内にいること。


 そして、不審な人がいないかどうかの確認と、何か問題を起こしそうになった時に、それを阻止すること。


 でもあれだね。


 やっぱり、開演前で、バタバタしてるね。


 色々と指示が飛び交ってるし、色々なものが運ばれていく。


 中には衣装らしきものも。


 華やかな衣装から、大人しめの可愛らしい衣装まで様々。


 エナちゃんがアイドルだとよくわかるものだね。


 うーん、本当にどうして女委がエナちゃんと知り合ったのかがすごく気になる。


 夏〇ミが原因らしいけど……。


「……まあ、女委だもんね」


 ボクも色々とおかしいって言われるけど、ボクとしては女委の方は一番おかしいと思うよ。


 交友関係が広すぎるんだもん。


 そんなことを考えつつ、邪魔にならない程度に散策していると、不意にトイレに行きたくなった。


 なので、近くにあったトイレに。



「ふぅ……」


 スッキリして、個室から出て鏡の前へ。


 映るのは、黒髪黒目の地味な感じの女の子。


 前髪が長すぎるから、ちょっとあれだね。


 んー……ちょっとだけ戻そうかな。


 それに、黒髪って熱くて。


 一応屋内にいたからあれだけど、外にいた時とか、普通に髪の毛が熱を吸収しちゃって熱かったんだよね。


 普段は銀髪だからあまり熱は吸収しないから気にならなかったけど、いざ黒髪にしてみると色々と熱いということに気づきました。


 大変なんだね、黒髪って。


「うん、やっぱりこっちの方が見慣れてるね」


 生まれてずっと銀髪だったので、やっぱり落ち着くし、見慣れているから安心する。


 自分らしい姿が一番だね。


 さて、そろそろ戻さないと――


 ガチャ。


「むぅ、何かいい案はないかな……」


 いきなりトイレのドアが開いたと思ったら、少し難しそうな顔をしたエナちゃんが入ってきた。


「ふぇ?」


 突然入って来たことに驚き、ボクの口からはそんな呆けた声が漏れた。


 数秒の間お互いに見つめ合ったまま固まったと思ったら、


「――アイドル、やりませんか!?」


 いきなりボクの手を勢いよく掴み、そんなことを言ってきた。


 それに対してボクは。


「え……えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」


 そんな、素っ頓狂な声を上げた。


 ……何故?

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