第361話 依桜ちゃんのアルバイト2 3

 そんなわけで、九段下駅に到着。


「あー、やっと着いたな。んっ、んんっ」


 こきこきと音を鳴らしながら首を左右に曲げる師匠。


「で? 場所はどこだ?」

「あ、はい。こっちです」


 ボクは女委に送られた地図を見て、目的地へ向かう。


 なんだか、同じ方向に行く人が多いなぁとか思ったけど、偶然だよねと決めつける。


 歩くこと約五分ほどで到着。


「あ、ここで……す?」

「…………なぁ、イオ。あたし、すっげえ見覚えがあるんだが、目の前の場所。具体的には、朝飯食う前」

「……奇遇ですね、師匠。ボクもです」


 ボクと師匠は、目的地である建物の前に止まり、苦笑を浮かべていた。


 いや、というかこれ……


「「日本武道館だよね(じゃねえか)」」


 え、待って? ということは何?


 女委の知り合いのアイドルって、もしかしなくても……今日ここでライブする人、だよね?


 ……ええぇぇぇ?


「なるほど。道理で給料がいいわけだ。おい、イオ。そろそろ行くぞ」

「そ、そうですね」


 そうだよね。うん。行こう。



 師匠に促されて、ボクたちは集合場所に設定されている場所に移動する。


 すると、数人の男女がそこにいた。


「あの……」

『はい? えーっと、あなたたちは?』


 とりあえず、一番近くにいた眼鏡をかけたちょっと神経質そうな男の人に声をかける。


「あの、今日警備員のお仕事を手伝うことになっていた者ですけど……」

『え、君たちが?』

「は、はい」

『名前は?』

「お、男女依桜です」

「ミオ・ヴェリルだ」

『なるほど、たしかに事前に女委さんから聞いていた名前と一致していますね』


 え、なんでここで女委の名前が……?


 本当に、女委ってどうなってるんだろう?


「今回の警備員のリーダーを任されています、遠藤と申します」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」

「よろしく」


 慌ててぺこりとお辞儀。


 学園長先生の研究所とか、向こう世界で年上との人たちと関わるのは慣れたけど、どうにも一般的な人たちの方は慣れない……。


 なんでだろう?


「お二人とも、今回の仕事を受けたということは、それなりに武術の心得がある、ということですよね?」

「は、はい」

「まあな」

「もちろん、女委さんのお話を疑うわけではないのですが、あまりそう言った風に見えないもので」


 あ、あー……たしかに、そうかも。


 今のボクは地味ないでたちをしているから、強そうには見えないし、師匠だってメリハリのあるスタイルをしているけど、強そうに見える方と言われればそう言うわけじゃないんだよね。


 まあ、実際は世界最強なんだけど、この人。


『おいおい、遠藤さん。こんなよわっちそうな女なんかに優しく言わなくてもいいって』


 ふと、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、一人の男性が前に出た。

 身長は百八十センチを優に超える大きさで、全体的に筋肉質の人。


「矢島。初対面の相手に失礼だぞ」

『初対面だろうが関係ねぇ。お前らよぉ、今日警備するライブのメインは、大人気アイドルのエナちゃんなんだよ。わかってっか?』

「は、はぁ……」

『そんな人の警備をすんのに、お前らのような弱そうな女が務まるわけないだろ?』

「矢島」

『いいんすよ、遠藤さん。俺は本当のことを言ってるだけっすよ』


 う、うーん、この矢島さん? が言っていることは、何と言うか……師匠風に言えば、『滑稽』とか『雑魚』って言われるタイプなんだけど……。


 見たところ、それなりの強さはあるみたいだけど……どちらかといえば、態徒の方が強いような……。


『どうせ、その体で誑し込んだんだろうがよ、この仕事はそんなに楽じゃないんだぜぇ?』


 どうしよう。反応に困る……。


 なんとなく周囲を見れば、遠藤さんをはじめ、辟易したような表情を浮かべている人ばかり。


 誰も賛同するような素振りを見せていない。


 うーん、なんだろう。この人どこかで見たことがあるような気がしてならない……どこだったかな?


「ハァ……まったく。警備の仕事だって言うから、どんな奴がいるのかと思えば……こんな雑魚とは」

『……んだと?』

「というかだな、外見だけで判断するとか、愚の骨頂すぎて思わず失笑しちまうよ」

『テメェ、俺を誰だと思ってんだ』

「知らん。生憎と、あたしは世俗に疎くてなァ。正直他の奴に興味解かないんだ。しかし、それなりの強者であるのなら、知っているんだが……見たところ、お前はまったくもって、強くない」

『すぐにその言葉を撤回するんなら、許してやる』

「ハッ。雑魚はすぐそう言う。まったく。マニュアルでもあるのか? というかだな。お前なんかよりも、ここにいるあたしの弟子の方が強い。そもそも、十……いや、五秒持てばいい方だと思うぞ」

『……そう言うんならやってもらおうじゃねぇか』

「おい、矢島。勝手なことは……」

「いや、いい。遠藤とやら。こういう輩は、一度も負けたことがないという絶対的な自信がある。で、それが原因で大抵の奴は格下だと思いこんじまう。ならば、その鼻っ柱を叩き折ってやるというのも、優しさだろう?」

「……そちらが言うのならば。男女さんは、それで大丈夫なのかい?」

「ま、まあ、師匠の命令には逆らえませんし……」


 気が付けば、勝手に試合紛いの事をさせられそうになってるしね……。


 師匠の顔色を伺えば、すごくにこにこ顔。


 あ、これ多分怒ってる。


 これじゃあ、本当に拒否権はないよね……。


『おーし、んじゃまあ、早速やろうぜぇ、嬢ちゃん』

「はぁ……」

『おいおい、まさか怖気づいたのかぁ? まあ、無理もねーわなぁ。どう見ても、戦力差は明らかだしよ。こぇんなら、さっさと逃げた方が、身のためだぜぇ?』


 う、うーん、どうしよう。本当に反応に困る……。


「おいイオ。あたしの教えたこと、覚えてるな?」

「あ、は、はい。えっと、『長ったらしく能書き垂れてる奴は、すぐに落とせ』でしたよね」

「ああ。その通りだ。……殺れ」

「わ、わかりました」

『おぉ? なんだ、えらく自信があるじゃぁねえか。まあ、俺相手にどれくらい持つかみも――』

「あの、遅いですよ?」

『なッ――』


 ボクはいつまでも体を動かさずに口ばかり動かしている矢島さんに肉薄すると、顔にハイキックを入れた。


『ぶべらっ!?』


 すると、矢島さんは錐揉みしながら吹っ飛んで、地面に何度かバウンドしながら、数メートル先でぐったりとした。


 万が一怪我してもいいように、足に回復魔法をエンチャントしてあるので、多分けがはないと思うけど。


「……これは……」


 今の状況を見ていた遠藤さんは、目を見開いてすごく驚いた表情を浮かべていた。


 周囲の人も同じような反応。


「はははは! これで、あいつが弱いと証明されたな。おい、遠藤と言ったか? これでどうだ?」

「ああ、はい。問題ありませんね。それどころか、こちらとしてもいてくれればすごく助かるほどに」

「よくやったぞ、イオ。あたしとしても、スカッとした」

「あ、あはは……」


 ボクは、むしろ矢島サンが不憫で仕方ないんだけど……。


 まあ、性格の方に難があったから自業自得ではあるんだろうけど……。


 とはいえ、これで一件落着、でいいんだよね?



『……ハッ! お、俺は……』

「目が覚めたか。この馬鹿者」


 数分ほどで矢島さんは目を覚ました。


 起きると同時に、遠藤さんに非難されていたけど。


「自分で喧嘩を吹っ掛けておいて、一瞬で負けるとは……情けない」

『い、いや、俺は負けたわけじゃねえ! 今のだって、あいつが何か――』

「アァ? テメェ、あたしの可愛い可愛い愛弟子が、何か卑怯なことをしたって言うのか? アァ?」

『ひぃっ!?』

「テメェが負けたのは、テメェが弱いだけだ。他人のせいにするんじゃねえ。だから弱いんだよ、お前は。もっと自分の弱さを自覚し、向き合いやがれ」

『ぐっ……く、クソッ!』


 師匠に正論を言われたせいか、矢島さんは顔を真っ赤にすると、そのままどこかへ走り去ってしまった。


「あ、おい、矢島! ……まったく、本当にどうしようもない男だ。……いや、すまなかった、二人とも。うちの馬鹿が失礼した」

「い、いいんですよ。ボクたちの方に被害があったわけじゃないですし……」

「イオの言う通りだ。悪いのはあいつだ。別段、お前が謝る必要はない」

「……そう言って頂けると、こちらとしても気が楽です」


 遠藤さんはふっと笑いを浮かべる。


 いい人みたいだね、この人は。


 こんなにいい人なのに、なんで、矢島さんのような人がいたんだろう?


 社会ってよくわからない。


「ですが、これで、問題はなさそうですね。それでは、お二人の分担について説明しますね。まずは――」


 と、遠藤さんが言おうとした時の事。


「こんにちはー」


 不意に、そんな声が聞こえてきた。


「エナ、勝手に行かないでと言っているでしょう」

「でも、今日代わりに入ってくれた高校生の女の子がいるんだよね? しかも、女委ちゃんのお友達の!」

「そうだけれど……だとしても、あんなことがあったんだから、危険でしょう」

「もー、マネージャーは心配性だよっ。だいじょーぶだいじょーぶ!」


 うんと、どういう状況なんだろう、これ。


 突然『こんにちはー』という挨拶が聞こえてきて、声がした方を見たら、なんだか同い年くらいの可愛らしい人がいて、その直後に真面目そうな女性が出てきたんだけど……。


「えーっと……あ! あなたが、女委ちゃんのお友達!?」

「ふぇ!? あ、あの」


 突然女の子に両手を握られて、ぶんぶんと上下に手を振られる。


 突然のことに思わずたじろいでしまう。


「うち、エナって言うの! えっと、あなたが女委ちゃんのお友達なんだよね?」

「は、はい、そうですけど……」

「やっぱり! ねえねえ、お名前を教えて!」

「お、男女依桜、です」

「なるほどなるほど、依桜ちゃんって言うんだね! よろしくね! あ、名前で呼んじゃったけど、大丈夫かな?」

「は、はい、大丈夫ですよ」

「よかった! うち、昔から積極的過ぎて、ちょっと引かれちゃうことがあったから。あ、もちろん嫌なことがあったら、遠慮なく言ってね! やめるから!」

「わ、わかりました」


 な、なんだろう。今までに会ったことがないタイプの人。


 アイちゃんにちょっとだけ近いかもしれないけど、根本的に違う気がする。


 でも、元気な人だね。


 なんとなく、エナさんを見る。


 肩口より少し下まで伸ばした、深紅のような綺麗な赤い髪に、その瞳と同じ紅色のぱっちりとした大きな瞳。


 スッと通った鼻筋に、淡い桜色の唇。


 身長は多分、ボクより少し大きいくらい、かな?


 スタイルもスレンダーな感じで、しなやかな手足が綺麗。


 肌は透き通るように白い。


 といっても、スタイルは悪いわけじゃなくて、着痩せするタイプなのかも?


 なんと言うか、体型としては未果に近いかも。未果も、なんだかんだで、胸はおっきかったしね。


 Dだったかな。


 ……って、ボクはなんで未果の胸のサイズを覚えてるんだろう。


 はぁ。女の子だからいいものの、これが男の時だったら、大問題な気がするよ。


「んー」

「え、えっと、何か?」


 ふと、じっとボクを見つめてくるのが気になって、尋ねてみる。


「なんと言うかね、女委ちゃんの知り合いって聞いたからどんな人が来るのかなぁって思ってたんだけど、意外と普通の人だったなーって」

「もしかして、がっかりしちゃいました?」

「ううん! 意外だっただけだよ! むしろ、優しそうな人で安心した!」

「それならよかったです」

「依桜ちゃんって、高校二年生なんだよね?」

「はい、そうですよ」

「やっぱり! まあ、女委ちゃんが言ってたから、きっと同じなんだろうなーって思ってたんだ! 実はね、うちも高校二年生なの!」

「え、そうなんですか?」

「うん! だからね、できれば敬語はやめてほしいかなーって。どうかな!」


 大人気のアイドルに対して、タメ口で話すのってなんだか気が引けるけど……


「……(眩しい笑顔)」


 うん。別にいいかも。


 考えてみたらボク、お姫様相手にタメ口で話してるもんね。


 それなら、アイドルくらいなら問題ないかも。


「わかったよ。じゃあ、エナさんでいいかな?」

「さん付けかぁ。できればこう、呼び捨てとか、ちゃん付けとかがいいなー」


 たしかに、さん付けって他人行儀かも。


 なんだか、呼び捨てってしっくりこないんだよね、エナさんって。


 うん。


「じゃあ、エナちゃんでいいかな」

「いいよいいよ! うちとしては、その方が嬉しい!」

「それならよかった。じゃあ、えっと、よろしくね、エナちゃん」

「うん! こっちこそよろしく、依桜ちゃん!」


 というわけで、アイドルの友達ができました。


 ……なんで、こうなったんだろうね?

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