第360話 依桜ちゃんのアルバイト2 2

 というわけで、今日は女委からのお願いということで、朝早くから起きています。


 まあ、電話がかかってくるなり、警備員のお仕事を頼まれるとは思わなかったけどね、しかもアイドルのイベントの。


 聞くところによると、そのアイドルは今時珍しくグループ系ではなく、個人だそう。


 個人で売れるなんてすごく珍しいことだと思うなぁ、今の世の中だと。


 昭和だと、個人のアイドルは多かったけど、平成以降はグループ系だもんね。


 週末なヒロインとか、48人のアイドルとか、オタク系アイドルとか。


 どんな人なんだろう。


 なんてことを思いつつ、朝食を作る。


 師匠は、多分もうそろそろ起きて来るかな?


「ふぁあぁぁ……おはよーさん、イオ……」

「おはようございます、師匠。アイスコーヒー飲みますか?」

「んあー、頼むー……」


 噂をすればなんとやら。


 師匠が起きて来た。


 と言っても、噂なんて何一つ言ってないけど。


 まあ、そんなことはどうでもよくて。


 師匠のために、アイスコーヒーを入れる。


 ちなみに、師匠はブラック派です。


 大人……。


「はい、どうぞ」

「サンキュー。んっ、んっ、んっ……ぷはぁ。あー、目が冴えた。ありがとな」

「いえいえ。師匠、目玉焼きと玉子焼き、どっちがいいですか?」

「んー、今日の気分は玉子焼きだな。甘い方」

「了解です。ちょっと待ってくださいね」


 台所に戻るなり、ボクは玉子焼きの準備をする。


 玉子焼き用のフライパン、最近ちょっといいのに変えたから、ちょっとうきうき。


 新しい調理器具で料理をするのって、なんだか新鮮な感じがしていいよね。


『続いてのニュースです。本日、午後一時から日本武道館で行われる、今人気沸騰中のアイドル、エナさんのライブ当日ということもあり、大勢のファンが早朝から集まっているようです』

「へぇ、すごいな、同じ日に、でかいライブがあるなんて」

「ですね。ボクたちも東京に行きますけど、まさか同じ日、同じ都で、同時にライブがあるなんてびっくりですよね」


 しかも、日本武道館。


 日本の歌手やアイドルなら憧れる舞台。


 そんな場所でライブをするなんて、すごいなぁ。


「でも、こんなに朝早くからすでに会場前にいるなんて、すごいですね」

「そうだな。しかしま、こっちの世界じゃこれが普通なんだろ?」

「普通、というより、コアなファンはかなり早い時間に来るみたいですね」


 そう言った人たちは、本気でそのアイドルや歌手の人が好きみたいだしね。


 そう言う人は、なんだか尊敬するよ。


 一つのことに本気になれるのは、すごくいいことだから。


 ……まあ、それが原因で変な問題ごとを起こす人も中にはいるんだけど……。


「へぇ。そうなんだな。……イオ、飯はあとどれくらいでできる?」

「もうすぐできますよ」

「了解」


 師匠って、本当に食べることが好きだよね。


 もちろん、美味しそうにいつも残さず食べてくれるから、作り手としてはすごく嬉しいことだよ。


 メルたちもそうだしね。


 とりあえず、みんなには今日仕事があることを伝えてあるけど……お仕事が終わったらすぐに帰ってこよう。絶対。


「はい、どうぞ」

「お、来た来た。んじゃま、いただきます、と」


 テレビから視線を外すと、師匠はすぐに朝ご飯を食べ始めた。


 言い食べっぷりだよね、いつ見ても思うけど。


 うーん、嬉しい。


「じゃあ、ボクも、いただきます」


 師匠が食べている目の前で、ボクも朝ご飯を食べ始める。


 うん、我ながらいい感じに出来たと思うかな。


 玉子焼きって、ふわふわに作るのが難しいからね。


 最初の頃なんて、上手く作れなかったよ。


 難しいんだもん、玉子焼きって。


「にしても、メイの奴は顔が広いんだな」

「みたいですね。中学一年生の頃からの付き合いですけど、今でも謎なところも多いですから、女委は」

「ミステリアス、ってところか。まあ、いいんじゃないか? そういう顔が広い奴ってのは、万が一困った時に助けになってくれるからな。持つべきものは、多くのコネを持つ友人だ」

「師匠、それはどうかと思うんですけど……」


 ボクにとって、女委は大切な友達だからね。


 そんな利用することが前提のものじゃないです。


「でもまあ、いつか助けられると思うぞ、そう言う奴には」

「……すでに、各方面にパイプを持っている人に助けられてますよ、ボク」

「ん? ……ああ、エイコか。ま、あいつは色々とおかしいがな」


 あれ? なんだか今、学園長先生の名前を出したら不機嫌になったような……。

 やっぱり、二人に何かあったのかな?


「そういやイオ、向こうに行く服装ってのはどうするんだ?」

「えっと、とりあえず、普段着でいいそうですよ。ボクは変装していきますけどね」

「なんでだ?」

「ボクはお客さんに紛れてお仕事をするみたいで……さすがに、そんな状態で銀髪碧眼というのは目立つと言われたので、変装をと」

「ああ、たしかにお前は目立つしな。あたしは別にいいか。特にバレて困るような事態もないしな」


 師匠の場合、記憶操作ができるから、不測の事態に陥っても、それでどうにかできちゃうもんね。ボクには絶対無理だけど。


「でも、気を付けてくださいね? 師匠って美人なので、絡まれるかもしれないんですから」

「ははっ! このあたしが、この世界の奴なんぞに、後れを取ると思うか?」

「いえ、そうじゃなくて、殺しかねないじゃないですか、師匠」

「……お前、あたしを何だと思ってるんだよ」

「理不尽師匠です」

「……あいわかった。今度、地獄の修行をしようじゃあないか」

「え」

「たしか、八千メートルを大きく超える山があるんだったよな?」

「あ、あります、ね」

「そうだな……そこから目隠しして滑り降りる、って言うのはどうだ? いい修行になると思うぞ?」

「え、いや、それは、あの……し、死んでしまいます」

「馬鹿言うな。お前の体だったら、大して問題ないだろう。というか、一週間以内なら死んでも蘇生できるしな」

「……ええぇぇぇ」


 死んでも、一週間以内なら蘇生できるって……この人、本当にどうなってるんだろう?

 色々とおかしいよね?


 まあ、修行時代に師匠に散々殺されていたから身をもって知っているけど……。


「なんでまあ、楽しみにしとけ」

「い、いやです! 平和な世界にいるんですから、そんなことしたくないです!」

「なんだ、怖いのか?」

「怖いです!」

「清々しいまでの断言だな……まあいい。安心しろ冗談だ。あたしとて、休日返上でそんなことしたかない」

「ほっ……」


 変な修行をさせられないということに、ボクは胸をなでおろした。


 よ、よかった……。


 できることなら、ボクとしてもあまりしたくないよ、師匠が課す修行なんて……。


 命がいくつあっても足りない。


「ん、ごちそうさんっと。美味かったぞ、イオ」

「お粗末様です」


 早いね、食べるの。



 それから、みんなの分の朝ご飯を作っておき、置手紙も残す。


『お仕事に行ってきます。朝ご飯が冷蔵庫に入っているので、電子レンジで温めて食べてください』


 という風に。


 師匠と並んで歩き、駅前へ。


『うわ、なんだあの長身美人。かっけぇ』

『つか、綺麗すぎんだろ』

『だが、その横にいる奴、何と言うか……地味、だな』

『ああ。なんで一緒にいるのかわからないってレベルでな』


 周囲からそんな話声が聞こえてきた。

 すると、横からものすごい圧力が……


「……(迸る殺意)」


 って! 師匠から殺意が!?


「お、抑えてください、師匠!」

「……チッ。ったく、気分が悪い。愛弟子のどこが地味だ、どこが」

「どこに怒ってるんですか……」

「……お前が地味と言われたことに対してだな。というかだな、別に家に出る前からその姿になる必要はないだろ」

「いえ、早めに済ませたかっただけですから」

「まったく、お前はほんとに真面目だな」


 この場合、真面目って言うのかわからないけど。


 えっと、師匠のセリフと、周囲の反応を見てわかる通り、今のボクは変装しています。


 髪色を銀から黒へ、瞳の色を碧眼から黒眼に変えて、さらに髪の毛はいつもより伸ばして、前髪で顔を隠す。


 服装も、大き目の半袖のYシャツに黒のちょっとダボっとしたカーディガン、下は赤のミディ丈のフレアスカートを穿いてます。


 あとは、ストッキング。


 初めてストッキングなんて履いたけど……なんだか、ぴっちりしてるので、ちょっと違和感。


 まあ、不快感とかはないんだけど。


「にしても、よく見りゃ地味じゃないんだがなぁ、お前の容姿は」

「そ、そうですか? 一般的な黒髪黒目に、ちょっとダボっとした服装なので、結構地味だと思うんですけど……顔も隠してますから」

「……いや、そう言うわけじゃないんだが……まあいい。ほれ、行くぞ。電車が来ちまう」

「あ、はい」


 さっさと歩きだす師匠の背を追いかけて、ボクたちは改札をくぐった。



 依桜たちが改札を通った後。

 依桜を地味だと言っていた男たちは、


『……あの隣の地味な感じの娘さ、気づいたか?』

『ああ、気づいた』

『あれはやべえ』

『だよな……』

『『『めっちゃおっぱいでかかった』』』


 依桜のスタイルを見て、そう感想を言っていた。


 まあ、ダボっとした服装で、さらに地味に見えるようにわざわざ背中を丸めていたのだから、余計見えてしまうというもの。


 地味な感じにしても、結局は目立つのである。



 ガタンゴトンと音を発しながら電車が目的地に向かって進む。


 ボクと師匠は、朝早かったこともあって、並んで座っていた。


 日曜日の朝だから、あまり人はいない。


 ……はずなんだろうけど、今日に限って言えばそうではなく、ちらほらと人はいる。


 少なくとも、座席の方は満席になって、まばらに立っている人がいるくらいには。


 よく見ると、ちょっと大きめの荷物を持っていたりする人がほとんどで、中にはアイドルの写真などがプリントされた服を着ている人もいた。


 あ、もしかして例の日本武道館でやる人のライブに行く人たちかな?


 一応一本で行けるもんね、この電車。


「しっかし、あたしらも千代田区なんだよな?」

「はい、そうですね。少なくとも、送ってもらった住所を見た限りだと」

「何から何まで場所が同じなんだな」

「ですね」


 県外にはあまり出ないから、ついわくわくしてしまう。


「はぁ。あたしなら、わざわざ電車に乗らずとも一瞬で目的地に行けるんだがなぁ」

「師匠、それはダメです。こっちの世界には能力とかスキル、魔法なんてないんですから」


 こそっと師匠の呟きに対して、耳元でささやく。


「わーってる。ま、あたしもこっちの乗り物は嫌いじゃないんでね。ちょっと前には車とバイクの免許も取ったし」

「え、いつの間に……」

「あたしなら余裕だ」


 まあ、師匠って頭いいし、何でもできるもんね。


 すごいよね、一度見たものを覚えるなんて。


 しかも、基本的に忘れないらしいし。


 よほどのことじゃない限りは一生記憶は残るとか何とか。


 思い出したくもない過去があったら、『記憶操作』のスキルで自身の記憶を弄って、消したり封印したりするらしいんだけど、そうなったら、自分でもかけたことを忘れちゃうらしいんだよね。


 不便。



 しばらく電車に揺られる。


 駅に止まるたびに、どんどん人が増えていく。


 気が付けば満員と呼べるような状態になった。


 ふと、目の前を見れば、杖をついているおばあさんがいた。


 年齢は……七十代後半くらい、かな? 見たところ、腰を悪くしているみたい。


 うん。


「おばあさん、よかったらどうぞ」

『おや、いいのかい……?』

「はい。ボクは全然大丈夫ですし、ずっと座ってましたから」

『おぉおぉ、優しいお嬢さんだねぇ……ありがとう、座らせてもらうよ』


 おばあさん笑顔を浮かべると、ゆっくりと座席に座った。


 こう言うのは、お年寄りの人に譲るのが一番です。


 若い人は立っていても大して問題ないけど、お年寄りになると話は別。


 立っているだけでかなりの体力を消費しちゃう。しかも、満員電車ともなれば。


 ちらりと師匠の方を見れば、口元に笑みを浮かべていた。


(さすがだな、弟子。見ず知らずの若い奴にも席を譲るとは)


 いや、目の前の人若くないんですけど……。


 突然『感覚共鳴』を使って語り掛けられても、大して驚くこともなく冷静に返す。


(何を言う。あたしからすりゃ、大抵の奴は若いんだよ)


 師匠は四百歳以上だから、それを考えれば若いんでしょうけど……。


(どれ、あたしも立っているとしようかね。あたしはまだまだ元気なんでな)


 あはは……。


 師匠は立ち上がると、適当な人に席を譲っていた。


 見てみると、若い男の人だった。


 あれ? どうしてこの人なんだろう?


 と疑問に思いながら見ていると、気づいた。


 あ、よく見たらこの人、微妙に足を怪我してる。


 捻挫、かな? 治りかけの状態だけど、それでも電車内で立っているのは辛いよね。


 さすが師匠。一瞬で見抜いていたんだ。


 しかも、使ってないんだろうなぁ、能力とかスキル。


 師匠は規格外だって、よくわかるよね。

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