2-4.5章 依桜たちの(非)日常2

第359話 依桜ちゃんのアルバイト2 1

 球技大会を終え、土曜日を挟んで日曜日。


 土曜日は球技大会の疲れからか、基本的に家でメルたちとだらだら~っと過ごしました。


 基本的にボクにべったりだったけど、可愛いので全然おっけーでした。


 可愛いは正義です。


 体の方も、通常時の姿に戻りました。


 やっぱり、普通の姿が一番落ち着くし、一番動きやすいよね。


 ……本当だったら、男だった時の方が、とか思うんだろうけど……何と言うか、今は、女の子の姿の方がしっくりきちゃってるんだよね……これはこれでどうなのか、とか思わないでもないけど、ようやく受け入れて来た、っていうことだもんね。


 うん…………大丈夫じゃないね! いろんな意味で。


 と、そんなボクのあれこれは置いておくとして、日曜日。


 土曜日でゆっくり休むことが出来たこともあって、元気いっぱい。


 特にやることがないのが、いつもだったんだけど……昨夜、ちょっと女委から電話がありました。



『~~♪』

〈イオ様―、電話ですぜー〉

「誰から?」

〈女委さんでっす〉


 女委から? 一体何だろう。


「あ、うん、了解だよ。……はい、もしもし、女委?」

『ばんわ~。今大丈夫~?』

「うん、ちょっとだけ予習復習をしていただけだから、大丈夫だよ」

『うおっ、さすが依桜君。優等生だねぇ』

「優等生は、どちらかと言えば未果と晶のことだと思うけど」


 ボクよりも頭いいしね、二人とも。


 未果なんて、学年トップクラスじゃなかったかな? たしか。


 晶は上の中くらい。


『何言ってんのさー。依桜君、なんだかんだで、テストじゃ三十位以内には必ず入ってるじゃないか』

「ま、まあその辺りは普段から勉強しているからだし、あとは、ヤマが当たるからかな?」

『ああ、そう言えば依桜君って昔から、テストのヤマを張るとほぼほぼ当たってたもんね。異常なほどに』

「あ、あはは」


 まあ、偶然だよ。


 ……なんて、言えるわけもなく。


 ボクの場合、単純に幸運値が原因だということはなんとなくわかってるしね……。


 異世界へ行く前から、色々と多かったしね、そう言うの。


「それで、電話してきた用件って?」

『おっと、そだった。依桜君って明日暇~?』

「明日? うん、特に用事もないから暇だけど」

『おー、よかったよかった。いやー、ちょっとお願い事があってね』

「お願い事? うん、何でも言って。女委のお願いなら、できる範囲でやるから」

『……お、おぅ』

「? どうしたの?」

『あ、う、ううん。ちょっと、依桜君の今の純粋な言葉にドキッとしてね。いやはや。無自覚で落としに来るんだもんなぁ……』


 落とすって何だろう?


 あと、女委の声音がちょっと嬉しそうに感じるんだけど、そんなにボクに受けてもらえて嬉しかったのかな?


「それで、えっと、お願い事ってなに?」

『おっとそうだった。実はわたし、ちょっとした知り合いがいて、その人が参加するイベントの警備員を探しているんだって』

「……ちょっと待って? それ、どんな知り合い?」


 普通、知り合いに警備員を必要とするようなイベントに参加する人がいるって、おかしくない?


 それを言ったら、ボクも美羽さんたちのような知り合いもいるけど。


 それはそれ。


 女委はどちらかと言えば、一般人のはずなんだけど……。


『んー、何と言うかだね、まあ……アイドル?』

「え、えぇぇえ!?」

『いや、うん。まあ、あれだよ。わたしの職業柄的な?』

「しょ、職業柄って……女委、何者?」

『ただの、同人作家で、メイド喫茶の店長をしている、普通の女子高生だよー』


 ……それは、普通とは言わないような?


 前言撤回。女委は一般人じゃないです。


「そもそも、どうやって知り合ったの? アイドルに」

『二年前の夏コミでちょっとね。その時はまだ無名とも言えるような人だったんだけど、去年くらいから売れてきてね。んでまあ、明日イベントがあるらしいんだよ』

「なるほど。でも、なんで警備員? 普通、そう言うのって警備会社とかから雇ったりするんじゃないの?」

『そうなんだけど、どうも三人くらい怪我とか病気で出れなくなっちゃってねぇ』

「それなら、会社の方にいないの? 代わりの人とか」

『だったらよかったんだけどねぇ……。その日は都合がつかない人ばかりで、まさかのまさか。出れる人が一人もいないという珍事件』

「それは……確かに問題だね」


 タイミングが悪すぎる。


 予備の人もいないとなると、たしかに大変だよね。


 しかも、一人ならともかく、三人だとちょっと厳しいかもしれない。


 向こうの世界だって、穴を埋めるのには苦労したって言う話だし。


 なんだかんだで、数は重要、ってヴェルガさんも言ってたから。


『それでね、どうしようかってなってるみたいなんだよ』


 あー、なんだか話が読めて来た。


「つまり、ボクにそのお仕事をしてほしい、っていうこと?」

『Yes! でも、依桜君も色々あって疲れてると思うし、無理にとは言わないよ。最悪向こうでうまくやりくりする、って言ってたし。わたしはあくまでもいい人材がいない? って訊かれただけだしね』

「そうなんだ」

『それで、どうかな?』

「うーん……」


 警備員のお仕事かぁ……。


 しかも、アイドルのイベントの。


「場所はどこ?」

『東京だね』


 東京かぁ。


 それなら行けない距離じゃないし、最悪の場合は師匠にお願いすれば一瞬で行ける距離。


 ボクだって、『身体強化』を最大でかけたら、一時間どころか、三十分も経たずに到着するしね、東京。


 もちろん、走って。


 ボク個人としてはそこまで問題もないんだよね……。


「でも、こういうお仕事って、男の人が多いような気がするんだけど。ボク、女の子だよ? 今は」

『んー、向こうの人曰く、女性も含まれていたらしいんだよ。まあ、その女性の人たちってみんな武術の有段者らしいから選ばれたみたいだけど』

「あ、なるほど」


 つまり、ある程度の武力行使ができれば、問題はないということかな?


 まあ、それならボクは問題ない……どころか、まず問題にすらならない。


 一応、この世界で知る限りじゃ、ボクって二番目に強いはず……だからね。


 一番はもちろん、師匠です。


 あの人に勝てるビジョンが見えない。


「それで、女委はボクに声をかけたんだ」

『そ。依桜君すっごく強いからね。仮に、銃で武装しまくった人たちが百人単位で襲い掛かってきても、問題ないでしょ?』

「うん、問題ないね。銃弾程度なら、問題なく目で追えるし、ナイフで切り払えるしね。なんとなく、傷になりそうだからやらないけど、手で掴むこともできるよ」

『……平然と人外なことを言う依桜君、さすがだぜ!』


 そうなった原因は、主に師匠だけどね。

 雷を目で追え、何て言うんだもん。


『とまあ、そんなわけで、依桜君に声をかけたの。一応、態徒君の方にも声をかけたんだけどねぇ。どうも、家の道場の方で予定があるらしいんだよ。未果ちゃんと晶君は苦手でしょ?』

「そうだね」


 二人とも運動神経はすごくいいけど、結局のところそれ止まりで、決して強いというわけではない。


 もちろん、一般的な高校生を基準に考えたら二人は平均以上だと思うけど、武術とかを習っているわけじゃないしね。


 逆に、態徒の方は昔から家の道場で鍛えられていたこともあって、一般的な高校生で見ても、かなり上の方。


 去年の体育祭は、相手が悪かっただけ……というか、ブライズが取り憑いていたから勝てなかっただけであって、取り憑いていなかったら、多分余裕で勝てていたんじゃないかな? なんだかんだで、師匠にも目を付けられているほどだし。

『一応、バイト代も出るよ。急なものだし、仕事をする場所も場所だから、日給二万』

「高いね!?」


 一日警備員をするだけで、二万円はかなり破格じゃないかな?


 普通なら、一万円~一万五千円くらいだと思うし。


 お金かぁ……。


 一応貯金はまだまだある……どころか、なぜか増える一方だし、困ってはいない。


 でも、あれを自分のために使うことはほとんどないし……。


 そう言う意味じゃ、口座がもう一つ欲しいかも。


 そっちには、アルバイトで手に入れたお金を入れるところ、みたいな。


 意外といいかも。


 自分のために使うのは多分、みんなとどこか出かける時くらいだと思うもん。


 ……まあ、単純に一高校生があんな大金を持つのが怖い上に、なんの制約もなく使っちゃったら、なんだか堕落しちゃいそうだから使わない、というのが一番の理由だったりするんだけど。


 そう言う意味では、普通の収入源とかがあってもいいかもしれない。


「時間は何時から?」

『んと、朝の八時に集まるみたいだよー。色々と確認事項とかがあるみたいだし』

「うんうん。……じゃあ、当日の服装とかは?」

『特にないかなー。大半の人は支給された制服でお仕事をするみたいだけど、一部はお客さんに紛れて仕事するみたいだし』

「そうなんだ。でも、ボクはどっち?」

『依桜君の場合、お客さんに紛れる方らしいよ』

「なるほど……」


 そうなると、内側から監視する、ということかな?


 こう言ったイベントでそう言う人がいるなんて言うのは聞いたことがないけど、ある意味では効率がいいのかもね。


 いくら外だけで確認していたとしても、確認漏れが合った場合大問題になるからね。


『それで、どうかな?』

「ボクとしては別に構わないかな」

『ほんと? ありがとう! 持つべきものは、異世界から帰ってきた友達だね!』

「あはは。普通はそう言う友達はいないよ」


 女委のおちゃらけた発言に、ボクも笑いつつそう返す。


 異世界へ行ったことがある人なんて、ボク以外にいるの? という疑問はあるけど、学園長先生のやらかし具合を考えればいそうなんだよね……。


 どうなんだろう?


『あとは、依桜君って目立つし、ちょっと変装した方がいいかも?』

「あー、うん。そうだね。銀髪碧眼なんてまずいないもんね。うん。ちょっと変えてみるよ」

『んー、そういうことじゃないんだけどなー……。まあいいや。なるべく、目立たないような感じがいいかも』

「例えば?」

『そうだねぇ。こういう時、アニメのキャラだと、前髪で顔を隠して、ちょっとダボっとした服を着てたりするかな? あとは、髪色を変えたり』

「なるほど……。うん、それくらいなら問題なくできるよ」


 女委の言う姿なら『変装』と『変色』で簡単に変えられるしね。


 服装は……うーん、あ、大人状態の時の服装ならいいかも。


 あれなら、いい感じにだぼっとしてるし。


『さすがだねぇ。とりあえず、向こうにはわたしから連絡しておくねぇ』

「うん、ありがとう」

『いやいやー、お礼を言うのはこっちだよ。正直、依桜君って色々と変なことに巻き込まれてるし、ここのところ災難続きだったから頼むのは気が引けたんだけど……』

「いいよいいよ。他ならない女委の頼みなら、ボクは基本的に断らないよ。大好きだからね、女委のこと」

『――ッ!?』


 やっぱり、こうして性別とかボクのしてきたことを知っても、変わらずに接してくれる大切な人だもん。


 もちろん、未果たちにも言えるだけどね。


 みんなのことは大好きです。


『ふ、不意打ちを喰らったぜぇ……まったくもぅ、依桜君は卑怯だよねぇ』

「え、卑怯? ボク何かした?」

『あっちゃー。無自覚ぅ』


 うーん? 女委は一体何に対して無自覚って言ってるんだろう?

 あ、そうだ。


「ところで女委。さっき、三人いないって言ってたけど、後二人はどうするの?」

『一人は決まってるけど、もう一人は決まってないねぇ』

「そっか。……それなら、師匠にも応援を頼む?」

『え、いいのかい? ミオさんだって、休みたいんじゃ?』

「それがね、あの人『あー、金が欲しい……』って呟いていたんだよ。だから、ちょうどいいかなって」

『うっわ、依桜君のミオさんの声真似すっごい似てる』

「そうかな?」

『うん。まさか、可愛い系の声の依桜君が、ややハスキーな声を出すとは思わなくてね』

「あはは。まあ、変声術は必須だったから」

『それでアニメの収録やってたみたいだしねぇ。まあ、こちらとしてはありがたいし、お願いしてもいいかな?』

「うん、いいよ。師匠にも声をかけてみるね。日給二万円だったら、動くと思うから」

『ありがとう! じゃあ、それで向こうには伝えておくね! 細かいことは、あとで依桜君のスマホにメールしとくから! それじゃ!』

「うん。またね、女委」

『バーイ!』


 そう言って、通話は終了。


「それにしても……まさか、女委にアイドルの知り合いがいたなんて、びっくりだよ」


 本当に、知れば知るほど謎が多いよね、女委って。


「さて。師匠の所に行こうかな」


 ボクは勉強椅子から立ち上がると、師匠の部屋へと向かった。



「――なるほど。アイドルの警備の仕事か」

「はい。どうでしょうか?」

「日給二万……なかなかにいい仕事だな。あれだろ? 怪しい奴がいないかを見張る仕事だろ?」

「ま、まあ、そんな感じ、ですね」


 ちょっと違うような、あっているような、何とも言えない。


 でも、警備員ってそんな感じだよね。


 うん。問題なしです。


「いいだろう。最近は体がちとなまっていたしな。それに、一日ちょっと警戒しているだけで終わる仕事なんざ、楽なもんさ」


 ははは、と笑う師匠。


 まあ、師匠にとって、一日は一時間程度にしか感じないもんね。


 たった一日警戒して立っているだけでお金がもらえる簡単な仕事、って思ってるんだろうなぁ。


 ……あれ? そう言えば、教師って副業禁止じゃなかったっけ……?


 あ、でも、それは公立の方であって、私立は規約になければいいんだっけ。


 学園長先生のことだし、その辺りは全然問題なさそうだよね。


 まあでも、一応確認。


 …………あ、問題ないね。禁止されてない。


「んで? 必要な物はあるのか?」

「いえ、特にはないそうです。とりあえず、朝八時に集合らしいですよ」

「ふむ、割と早いんだな。……いや、アイドル、という職業の警護だと考えたら普通か?」

「そうですね。というわけで、ボクたちは明日そちらのお仕事ですので、早起きしてくださいね、師匠」

「ま、遅れそうになったら頼む」

「……わかりました。師匠、朝はとことん苦手ですもんね」

「まあな」


 いや、胸を張って言われても……。


 まあいいけど。


 なんだかんだで、師匠のお世話をするのは嫌いじゃないし。


「しかしあれだな。お前がアイドルのイベントに行くとなると、まーた変なことに巻き込まれそうだな」

「あはは、さすがにないですよ」


 師匠がニヤッとした笑みで言ったことを、ボクは軽く笑って否定した。


 いくらボクの幸運値が高いとしても、さすがにもうないと思うからね。


 普通に警備員のお仕事をするだけのはずです!



 ……なんて、そう思ったボクでしたが、まさか、あんなことになるとは、この時ボクは知る由もありませんでした。

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