第358話 球技大会閉幕
〈イオ様―。イオ様起きてくださーい。イオ様―〉
「ん……んぅ……はれぇ……?」
目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
上体を起こして、周囲を見渡して思い出す。
「えーっと、たしか……さいしゅうしゅもくをするために、ゲームのせかいにはいって、それで……うーん? なんだか、きおくが……」
〈え。……あの、イオ様? もしかして、なんですが……覚えてない?〉
「おぼえてないって……さいしゅうしゅもく?」
〈はい〉
「うーん、なんだろう。すっごくイライラしてて、そのじょうたいでゲームのせかいにいったのはおぼえてるんだけど……そこからさきがあまり……」
〈おぅふ……。そ、そう言うタイプっすか、イオ様……〉
そう言うタイプって、どういうタイプだろう?
でも、なんだろう。
「なんだか、すっごくスッキリした、さわやかなきぶんなんだけど」
今までのイライラ全てが解消されたような気がする。
うん。すごく、気持ちがいい。
〈あ、ハイ。そっすか。……これ、どう考えても、イライラが天元突破して、記憶が飛んだんでしょうねぇ……それほど、イライラしていたということか……南無三〉
「? アイちゃん、なにかいった?」
〈いえいえ。それじゃあイオ様、そろそろ戻りましょーぜ〉
「あ、うん。そうだね」
ボクはベッドから降りると、グラウンドの方へ向かった。
……そう言えば、美羽さんたちはもう行ったのかな? いなかったし。
学園長室の横の部屋から出て、ボクはグラウンドへ向かう。
ふと、いつになく視線が来るのを感じた。
暗殺者なので、視線には敏感。
でも、今回の視線のタイプはいつもとちょっと違う感じ。
なんと言うか……畏怖されているような……。
中には、変にキラキラした目を向けてくる人もいた。
と言っても、その大半は同級生の人たちというより、中学生以下の人たちが多かったんだけど……。
うーん、どういうことだろう?
色々と疑問に思いつつも、グラウンドへ到着。
やっぱり、変に畏怖されている気がする。
かと言って、怖がられているかと言われればそうじゃないような……。
でも、一体何があって、今のような視線を向けられているんだろう? ボク、何かしたかな?
そう考えつつも、グラウンドを歩き、未果たちを探す。
今は最終種目終了直後ということもあって、ぽつぽつと高等部の生徒たちが校舎から出てきているところ。
やり切ったような、それでいて『いや、あれは無理だろ……』みたいな事を思っていそうな表情を浮かべている人が大多数。
その様子がやっぱり気になる。
うーん、うーんとうなっていると、
「依桜」
不意に後ろから声を掛けられ、振り返るとそこには未果たちがいた。
「あ、みか」
探していた人が見つかって、顔に笑顔が浮かぶ。
その様子を見た未果たちが、なぜかほっとしたような顔をした。
「なんと言うか……いつもの依桜に戻ったんだな……」
どこか遠い目をして、そう呟く晶。
うん?
「えっと、いつものって、どういうこと? ボクはいつもこんなかんじだとおもうんだけど……」
そう、ボクが言った瞬間。
「「「「え……」」」」
みんなの口から間の抜けた声が漏れた。
え、何今の反応。
「い、依桜。ちょっと離れるわね」
「う、うん」
あはははは、と乾いた笑いをしながら、未果たちが少し離れた位置に移動。
小さい円の状態になって何かを話している。
「……未果。まさかとは思うんだけどよ、依桜があの状態になったら、記憶ってなくなるのか?」
「あー、どうだったかしら……。でも、依桜がああなった状態だと、微妙に記憶があやふやになっていた気はするわ」
「それ、記憶ないよね?」
「……まあ、それだけ依桜のストレスがやばかった、ということだろう」
「……それもそうね。やっぱり、優しくして上げた方がいい、わよね。うん」
「「「……Yes」」」
何かを話していたんだろうけど、いまいち聞こえなかった。というか、聞かなかった。
ああいうのは、盗み聞きするのはなんだか悪いしね。
基本的に聞こえないようにしているからね、ボク。
あ、戻って来た。
「依桜、何か欲しいものとかないかしら?」
「え、とつぜんどうしたの?」
「いえ、なんと言うか……日頃の感謝、的な? それで、何かない?」
「う、うーん……とくにない、かな? ボクとしては、へいおんなにちじょうがほしいと、つねひごろからおもっているけど……」
「……依桜らしいな」
「平穏が欲しい、何て言うのなんて依桜君くらいだよねぇ」
「まあ、依桜の場合は、波乱万丈すぎるしなぁ。てか、そうそういないだろ、こんな境遇の男子高校生」
と、態徒がそう言った時、微妙に間が空いた。
うん? と思いつつ、ハッとなる。
「……あ! だんしこうこうせい、ってボクのことだっけ」
「「「「ええぇぇぇぇ……」」」」
最近は、男だったという実感が微妙に薄れてきちゃってるからなぁ……。
「依桜、あなた、男だったことを忘れてたの?」
「あ、あはは、な、なんといいますか……さいきん、へんなことばかりあったから、つい……」
あぁ、ボクってもう男じゃないんだなぁ、って思えてきてるしね。
まあ、並行世界に行ったおかげで、前向きになれただけなんだけど。
「依桜の場合、仕方ないだろう。通常、男では体験しないような事態に何度も遭遇しているわけだしな。男だったことを忘れ始めていても不思議じゃないさ」
「それもそうだなぁ。前向きになるってのはいいことだしな」
「依桜君の場合、前向きって言うより、単純に忘れてるだけだと思うけどね!」
「そ、そうだね」
ここのところはそれを考える暇なんてなかったし、そもそも否定するという考えすら沸かなかったから、余計かも。
うーん、どうなんだろう。
「にしても、長いようで短い球技大会も終わりかぁ」
「そうね。依桜にとっては、災難続きのいやーなものになったかもしれないけど」
「そ、そうだね……ボク、つかれたよ……すごく……」
あはは、と力なく笑う。
すると、みんなはすごく生暖かい笑みを浮かべながら頭を撫でてきたり、肩をぽんとしてきたり、背中をぽんぽんと叩いてくれた。
あ、すごく落ち着く……。
「球技大会が終わったら、次のイベントは……林間・臨海学校かしら?」
「だねー。んでも、他に何かなかったっけ?」
「多分、職業体験のことだろうな」
「そういえば、あれって6がつだったっけ?」
「そうじゃなかったか? まあ、うちの学園の職業体験って、すっげえ特殊らしいけどな」
「そうなの?」
「らしいぞ。なんでも、場所によっては県外に行くらしいぞ?」
「県外て……ほんと、うちの学園は色々とおかしいわよね……」
未果のその言葉に、みんな頷いた。
だって、この学園って本当におかしいしね……。
むしろ、おかしくない要素がないというか……。
異世界の人を雇っちゃうくらいだもんね、教師として。
本当、どうやったんだろう、あの人。
「職業体験って言っても、色々と選択肢があるみたいだから、少し楽しみではあるな」
「わかるよー。わたし、飲食店とかあったら、そっち行こうかなー」
「女委はすでに店を持ってるでしょうが」
「いやいやー、それとこれとは別だよ。同業者がどういう風に働いているか、というのを知りたいだけだよ、わたし」
「さすが、プロね」
「へっへーん。それほどでもあるさ!」
女委はお店を持っていたり、同人誌を作っていたりするから、割とどこでもできそうな気がするよ。
というより、このグループだと、みんなそつなくこなしそうだよね。
『えー、間もなく閉会式が行われますので、生徒の皆さんは、高等部のグラウンドに集まるよう、お願いします』
「おっと、もうそんな時間か。そろそろ行こうぜ」
「うん」
気が付けばもうそんな時間になっていたので、ボクたちは自分のクラスへと移動した。
閉会式は割とすんなり進み、学園長先生の言葉に入った。
『皆さん、球技大会お疲れさまでした。今年は、例年よりも少々違う面が目立ちましたが、楽しめましたか?』
と、学園長先生が問うと、大多数の人たちは笑う。
同時に、遠い目をしている人たちもいたけど。
本当に、何があったんだろう……?
『各種目、優勝した人やクラスや、おめでとうございます。後日、クラスの方に賞品が渡されますので、楽しみにしていてください。最終種目で優勝したクラスと、MVPnいなった人も。なるべく早くお送りするので、すこーしだけ待ってくださいね。それから、こんな学園の球技大会に協力してくださった声優さんたち、本当にありがとうございました。種目では思わぬアクシデントで、あまり実況する暇がなかったと思いますが、それでも生徒たちにとってかなりいい思い出になったかと思います。もしも、またやりたい、などと言った要望がありました、大歓迎ですので、遠慮なく言ってくださいね』
笑みを浮かべながらそう言うと、軽い笑いが起きた。
美羽さんたちはまだ学園内にいて、『気配感知』で見た限りだと、今の学園長先生の発言に対しては好意的に感じる。
多分だけど、また参加したい、とか言うんじゃないかなぁ。
それならそれで嬉しいんだけどね。
体育祭辺りでまた来るかも。
『初等部や中等部の子たちは、今回がこの学園において初のイベントごとだと思います。正直、初等部と中等部の方はまだ始まったばかりですので、まだまだ改善点があると思います。なので、後日今回の件についてのアンケートを採りますので、思ったことなんでもいいので、書いていただけると、今後のイベント全てに活かせると思いますので、よろしくお願いします。……最後に、高等部の三年生。あなたたちにとっては、これが最後の球技大会でした。悔いが無いようできましたか?』
そう学園長先生が訊くと、三年生の所から何らかの反応が返ってくる。
まあ、この学園のイベントは結構おかしなものが多いけど、大抵は楽しいものだからね。
スポーツが苦手でも、十分楽しめるような物もあるし。
『別に、叫ばなくてもいいですよ。……まあ、ともかくとして、これにて、今年の球技大会は終わりです。皆さん、お疲れ様でした。明日明後日はお休みですので、しっかり休んで、夏休み前にある期末テストに向かって頑張ってくださいね』
そう言った瞬間、周囲から悲鳴が聞こえてきた。
うちの学園では、一学期には中間テストが存在していません。
そのため、一学期は言ってしまえば自発的に勉強をするのは、期末テスト前になるんだけどね。もっとも、普段からしっかり勉強をしていれば、直前になって困ることはないはずなんだけど。
『それでは、私からは以上です』
『ありがとうございました。それでは、ただいまをもちまして、叡董学園、球技大会を終わります。ご来場の皆様、お気を付けてお帰り下さい。生徒の皆さんは、この後後片付けがありますので、引き続きお願いします』
閉会式が終わった後、すぐに後片付けが始まった。
と言っても、すぐに帰りたいという気持ちが強かったのか、思いの外片付けは終了。
まあ、初等部と中等部が新設された分、生徒総数も増えたから、それのおかげもあって早く終わっているという面があるんだけど。
「うぅ、疲れたのじゃぁ……」
「私もです……」
「つか、れた……」
「ねむいぃ~……」
「へとへとなのです……」
「……眠い」
後片付けが終わった後、すぐに解散となったので、みんなを迎えに行ってすぐに帰宅。
家に着き、リビングに行くなり、メルたちが床に寝転ぶ。
「ほらほら、リビングにねころがっちゃだめだよ? みんなうんどうしたんだから、じゅうたんがよごれちゃう。おふろにはいっちゃお?」
「「「「「「はーい(なのじゃ)……」」」」」」
いつもより覇気がない。
うーん、でも仕方ないかな。
みんな、こっちに来て初めてのイベントごとだもんね。
張り切りすぎて、その反動で疲れちゃったんだよね。
ボクはみんなを引っ張って、お風呂へと移動した。
お風呂で汗や汚れを落としてから、リビングへ戻る。
荷物などは、お風呂から上がった後、代わりにボクがみんなの部屋に持って行きました。
そして、リビングから戻ってくると、
「「「「「「すぅー……すぅー……」」」」」」
「あ、ねちゃってる」
みんな、固まって寝ていました。
うーん、すごく癒される光景……。
やっぱり、いいね、こう言うの。
「うーん、うんどうしておなかすいているとおもうし、がっつりなメニューにしようかな。たしか、かあさんたちがおかいものにいっているみたいだし、でんわしておこう」
みんなの頭を一人ずつ撫でてから、ボクは母さんに電話を掛けた。
夜ご飯は、唐揚げになりました。
みんな、目を輝かせていたので、やっぱり子供に人気だよね、唐揚げって思いました。
子供が好きなメニューと言えば、お寿司、カレー、唐揚げ、ハンバーグなどが真っ先に思い浮かぶ。
その例にもれず、みんなも大好きみたい。
やっぱり、美味しそうに食べてもらうって言うのは、すごく嬉しいなぁ。
作り甲斐があるよ。
その後は、ちょっとだけ食休みをしてから就寝となりました。
みんな、やっぱり疲れていたらしく、すぐに眠りに落ちました。
「ふふっ、ほんとうに、かわいい」
寝ている姿を見て、そう呟く。
妹ができたことには本当にびっくりだったけど、こうしてみると意外としっくりくるものなんだね。
みんなと一緒に暮らすようになってから一ヶ月も経っていないけど、本当に馴染んでいるよね。みんなの方も、学園では楽しくやっているみたいだし、何の問題もなさそうで安心しているし。
学園なら、ボクと師匠がいるから万が一はまずないかな。
一応、『気配感知』を使って初等部まで伸ばしてるからね、範囲を。
おかげで安心できるというものです。
「ふあぁぁぁぁ……んぅ、ボクもねむいし、ねよう……あしたはゆっくりしよう……」
そう呟いたところで、ボクの意識は夢の世界へと落ちていった。
そんなこんなで、色々とあれだった球技大会は幕を閉じました。
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