第363話 依桜ちゃんのアルバイト2 5

「マネージャー! 逸材見つけた!」

「はぁ? あなたは何を言って……って、え」


 あの後、ボクが何かを言う前に、エナちゃんがボクの手を引っ張ってどこかの部屋に連れて行かれた。


 部屋に入るなり、エナちゃんは逸材を見つけた、って中にいたマネージャーさんにキラキラした目をしながら言っていた。


「うそ……。え、ほんとに?」

「あ、あの……」

「ああ、ごめんなさい。えーっと、あなたは?」

「い、依桜です」

「「……うん?」」

「ですから、男女依桜です」

「「…………はぃぃ!?」」


 ボクが自分の名前を告げると、二人は素っ頓狂な声を上げた。


 あれ、そんなにおどろくことってあった……って、あ。


 そっか。そう言えば今のボクって、銀髪碧眼に戻してるから、二人はわからなかったんだ……。あと、眼鏡も外してるし。


「え、ほ、本当に、依桜ちゃんなの?」

「そうですよ」

「え、でも、さっきは黒髪黒目で……えと、染めた?」

「違いますよ。元々こっちが素なんです」

「じゃあ、さっきの黒髪黒目ってなーに?」

「か、鬘とカラーコンタクト、です」

「へ~、今の鬘ってすっごく自然に見えるんだね~」

「そ、そうなんですよ」


 ……嘘です。本当は、『変装』と『変色』のスキルです。


 でも、魔法とかスキルを知らない人に対して、言えるわけないじゃないですか。


 あれは、下手に言いふらしたら、どんな広まり方がするかわからないし、去年の学園祭のように、テロリストなどに狙われかねないもん。


 そうなったら、周りに危害が及ぶからね。


「あの、一つ訊きたいのだけれど、いい?」

「は、はい、どうぞ」

「まさかとは思うんだけれど……『白銀の女神』とか言われていたり、しない?」

「……………………ま、まあ、一応……」


 ボクとしてはなぜそう呼ばれているのかが、未だにわからない。


 別段女神というわけじゃないんだけどね、ボク。


「……まさか、今日代わりに警備員の仕事を請け負ってくれた人が、『白銀の女神』本人とは……。女委さんは一体どうなっているのかしら?」

「あ、あははははは……」


 それは、ボクも疑問に思ってます。


 将来、何らかの会社を経営してそうだよね、女委って。


「ねえねえ、マネージャー! 依桜ちゃんなら大丈夫だよね!?」

「落ち着きなさい。そもそも、あなたが勝手に連れて来たんでしょう。それに、ここで出そうものなら各方面からのやっかみやらなんやらが酷くなるわよ?」

「うっ、そ、それを言われるとぉ……で、でもでも! 依桜ちゃんって強いんだよ!」

「そう言われても……というより、さっきの案、実行しようとしてるんじゃないでしょうね」

「ダメ?」

「男女さんに訊かないと何とも……」

「それもそっか! ねえねえ、依桜ちゃん、お願いがあるんだけど――」


 ボクに向き直ったエナちゃんは、事情を説明。


「――ということなの」

「なるほど……。つまり、脅迫状が心配で、できればある意味無防備になりやすいステージ上で守ってほしい、っていうことですか」

「そうそう! さっき、少ししか見れなかったけど、えっと、あの強そうな人を、キックだけでやっつけちゃってたから!」

「あ、あー、見られてたんですね……」


 まあ、タイミング的には見られてても不思議じゃない場所だったしね……。


「ひょっとして、依桜ちゃんって実はすっごく強いんじゃないかなって思ったの! それに、依桜ちゃんとっても可愛いから、意外とアイドルができるんじゃないかなって」

「さ、さすがにボクじゃできませんよ。ボクの取り柄なんて、人よりもちょっと体が動かせるだけですから」

「歌は?」

「歌は……人並み程度、ですね」


 スキー教室の時は、なぜか散々歌わされたけど。


 あれだって、よかったのかどうかはわからない。


 だって、みんな何も言ってくれないんだもん。


 なのに、アンコールがかかるんだもん。


 あの時は、何かの嫌がらせかと思ったよ。


 なぜか、顔が赤い人だっていたし。


「人並み……その割には、かなり声が可愛いよね、依桜ちゃん」

「そ、そうですか? 女委にも言われたり、美羽さんたちにも同じようなことを言われるんですけど……」

「美羽さん?」

「あ、え、えっと、ちょ、ちょっとした知り合い、です」


 しまった。


 ここで美羽さんの名前を出すのはちょっとまずいような……。


 美羽さんは大人気声優らしいし、そんな人と知り合いだと知られれば、変なことになる予感がしてならない……。


 うん。隠そう。誤魔化そう。


「ちょっと待って。まさかとは思うのだけれど……その、『美羽さん』という人は、宮崎美羽さんのこと? 声優の」


 ……あの、なんですぐにバレるんですか?


「え、そうなの!?」

「えーと、まあ、そのぉ……はい」

「まさかとは思ったけど、すごいわ……。まさか、声優の方にも知り合いがいるなんて」

「ちょ、ちょっと知り合いになる機会があったので、それで……」


 きっかけはエキストラのアルバイトの時だけど、その後に女委のお手伝いで売り子なんてした時に、再会してからの付き合いなので、実質そこがきっかけみたいなものだよね。


「依桜ちゃんってすごいね! 声優さん、それも美羽ちゃんと知り合いなんて!」

「あ、あはは……」


 まあ、運がよかっただけ、ということで。


「でも、さっき『美羽さんたち』って言ってたよね! それって、他にも声優さんのお知り合いがいたりするの!?」

「え、あ、いや、それは、そのぉ……」


 ……ボクって、そうしてこう普通の時はすぐにボロを出しちゃうんだろう……。


 ちゃんとしたお仕事モードなら、こういった状況にも対処できるのに。


 師匠に怒られそう……。


「いるんだ!」


 うぅ、すっごくキラキラした目で見られてるよぉ……!


 これ、言わないとダメな雰囲気だよね? そうなんだよね?


「ねえねえ、教えて教えて!」

「……莉奈さんと、音緒さん、あと奈雪さんの三人だよ」


 結局言ってしまった。


 まあ、この三人は、単純に美羽さんと知り合ったのがきっかけのような物だから、大して関連性を疑われることはないよね。うん。


 きっと大丈夫!


「……ねえ、男女さん」


 すると、マネージャーさんが何かを考えるそぶりを見せながら、ボクに話しかけてきた。


「なんですか?」

「『雪白桜』っていう名前に心当たりはない?」

「ふぇ!? な、ななな、なんでその人の名前を? ボク、そんな名前の声優さんは知らないです、よ!?」


 いきなり、声優活動する上で決めたボクの芸名を言われて、慌ててそんなことを返す。


 すると、信じられないような物を見たように、目を見開いて、次の瞬間にはこう言ってきた。


「……私、声優とは一言も言ってないのだけれど」

「………………」


 ぼ、墓穴を掘っちゃったぁ!


 いくら慌てていたとしても、それは言っちゃダメだよぉ!


 ボク、何してるの!?


「その反応ということは、まさか……。はぁ、『白銀の女神』が声優として活動していたなんてね。驚き」

「え、何々? もしかして依桜ちゃん、声優さんなの?」

「え、えーっと、そのぉ……一応」

「わー! すっごーい! 依桜ちゃん、声優さんなんてやってるんだ!」

「エナ、男女さん、『雪白桜』らしいわ」

「ほんと!? 御園生さんが急病で入院しちゃって、それで急に代打で入った、無名のあの!?」

「ま、まあ、一応……」

「うわぁ! うち、一度公式サイトで声を聴いたんだけど、すっごく気に入っちゃったの! すっごく可愛くって、あのキャラクターにぴったりだなって!」

「そ、そうなんだ」


 あの作品って、本当に人気なんだ。


 ちょっと気になって来た。


 その内、女委辺りからマンガを借りてみようかな?


「それじゃあ、きっと歌も大丈夫だよ!」

「え、今のどこに大丈夫だと思える要素があったんですか……?」

「だって、今の声優さんたちって、歌が上手い人がほとんどなんだもん! だからきっと、依桜ちゃんも上手いと思って!」


 その理屈はおかしいような……。


 たしかに、今の声優さんたちって、歌が上手い印象があるけど、そうとも限らないよね?


 ボクなんて、普通くらいだと思うし……。


「じゃあじゃあ、ちょっと歌ってみようよ! ね、マネージャーさん、大丈夫だよね!」

「……それもそうね。物は試し、とはよく言うし。男女さん、ちょっとステージの方に行って、歌ってみてくれない?」

「え」

「大丈夫。ちょっと歌うだけだから」

「…………まあ、歌うだけならいい、ですけど……」

「やた! じゃあ早速行こ!」

「わわっ! え、エナちゃん引っ張らないでぇ!」


 ここに連れてこられた時と同じく、ボクはエナちゃんに引っ張られていった。



 そして、なし崩し的に歌うことになったので、とりあえず、歌ってみたところ……


「「( ゚д゚)」」


 二人とも、ポカーンとしていた。


 何も反応がないのが一番辛いと思うんです、ボク。


「あ、あの……」


 ボクが声をかけた瞬間、ガシッ! とマネージャーさんがボクの両肩をがっちりつかんできた。


 え、何?


「今日だけでいいの。お願い、この娘を守ってあげて!」

「そ、それはどういう……」

「あなた、ものすっごい歌が上手いわ。歌的には、アイドル寄りの物だけれど、びっくりするくらいに歌が上手い」

「そう、なんですか? 以前、学園のスキー教室で、歌う機会があったんですけど、誰も何も言ってくれなくて……。みんな、顔を赤くしてぼーっとしていたものですから」

「……それ、単純に見惚れていただけなのでは?」

「さすがにないと思いますよ? ボク自身、そこまで可愛くない、と思いますし……」

「…………なるほど。事前に女委さんに聞いていた通りの性格ね」


 一体何を聞いたのかすっごく気になる。


 あと、今のどこになるほどと納得する部分があったのかについても。


「依桜ちゃんっ!」


 不意に、すごく嬉しそうな声音で、ボクを呼びながらエナちゃんが抱き着いてきた。


 なんだか、突然抱き着かれても普通に対処できるようになってしまった自分が不思議です……。


「え、エナちゃん?」

「すごいすごい、すごいよ依桜ちゃん!」

「え、えっと……?」

「依桜ちゃんがそうでもない、って言うからどれくらいかわからなかったけど、いざ聴いてみると、すっごく上手だったよ!」

「あ、ありがとう。でも、そうでもないと思うんだけど……」

「謙遜しないで! 依桜ちゃんの歌は、とっても可愛くて、元気になるような歌だったよ! だから自信を持とう!」


 そんなに可愛い、かな? ボクの歌って。


 うーん……よくわからない。


「そういうわけで、さっきも言った通り、今日だけでいいから、アイドルになって、エナを守ってあげてくれない?」

「ええ!?」

「お願い、依桜ちゃん! うち、不安な状態で歌いたくないの! 何の心配もなく、元気に明るく、楽しく歌って、ファンのみんなを楽しませてあげたいの!」


 そう言うエナちゃんの表情はすごく真剣だった。


 そこから見て取れるのは、エナちゃんがいかにアイドルという職業に対して、真剣に取り組んでいるか、というのと、ファンを大切にしているか、ということ。


 それに、日本武道館なんて言う、憧れであろう場所で、不安になってやるのはちょっと……というか、かなり違う。


 それはたしかに、エナちゃんの言う通り、申し訳ないことなのかも……。


 で、でも、だからと言ってボクにアイドルが務まるかはわからない。


 だって、ボクだよ? 取り柄と言えば、暗殺者時代で培った身体能力と、技術、それからちょっとした変声術くらい。


 他は……特にないんじゃないかな?


 みんなは、ボクの事をすごい、と褒めて来るけど、そう思えなくて……。


 うーん……でも、この二人、すっごくお願いしてきてるし……マネージャーさんなんて、今にも土下座しそうな雰囲気なんだよね……。


 ……うぅぅぅぅ。


「きょ、今日だけ、なんですよね……?」

「やってくれるの!?」

「どこまでできるかはわかりませんけど、その……ボクとしても、どうせなら楽しくやってもらいたいかなって。せっかく友達になったんですし、その友達が困っているのなら、助けてあげたいですから」

「ありがとう! 男女さん!」

「うちからもありがとう! まさか、受けてくれるなんて」

「あ、あはは……で、できれば目立ちたくはないですけど、その……やむを得ないですからね。エナちゃんが困っているのなら、ボクはボクのプライドのようなものは捨てますよ」


 自分のちっぽけなプライドを守るくらいなら、友達を助けたいもん。

 まあ、会ったばかり、という部分には目をつぶってほしいかな。


「~~~っ! 依桜ちゃん大好きっ!」

「ふぇ!? だ、だだだ、大好き!? え、あ、あの、え、えと……は、恥ずかしいので、あ、あまりそういったことを言わないでぇ……!」

((か、可愛い……))


 やっぱり慣れないよぉ……。


 そんなわけで、まさかの一日限定アイドルとして出ることになってしまいました。


 ……どうして、こうなったんだろう。

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