第364話 依桜ちゃんのアルバイト2 6
急遽アイドルとして出演することになってしまいました。
いや、うん……前日の夜に、師匠が言ったことが本当になったね、これ。
でも、誰だって、まさか警備員の仕事で行く場所に行ったら、アイドルをやる羽目になるとは、思わないでしょ?
ボクなんて、本当に予想外すぎて……。
声優の時でも予想外だったのに。
「男女さんの了承も得られたところで、男女さんの希望を聞いておきましょうか」
「希望、ですか?」
「ええ。例えば……『こんな服がいい』、とか、『できればこうしてほしい』とかね。まあ、何でもいいので、何か言ってくれると、こちらとしても最大限サポートするから」
「なるほど……。あの、それでしたら、名前をどうするかというのと、あまり知り合い――学園の人たちに知られたくないので、髪形と髪色を変えていいですか?」
「もちろん。ただ、髪色?」
「あ、はい。一応、その……鬘とかありますから、一通り」
「へー、依桜ちゃんって鬘いっぱい持ってるの?」
「ま、まあ。銀髪碧眼って目立っちゃうから」
「……それもそうね。一応、一般人という枠なわけなのだから、バレるのは嫌だものね。了解よ。それならいっそ、瞳の色も変えてみたら?」
「そうですね。そうなると……何色がいいんでしょうか?」
「そうね……」
髪色と瞳の色を変えるにあたって、どんな色にするかを決めないといけない。
顔を変えることもできないわけじゃないけど、下手に弄るのは難しいからね。
最悪、髪形と色さえ変えてしまえば、そうそうバレることはない……はず。
ただ、鋭い人は本当に鋭いので、あまり過信はできないけどね。
「あ、じゃあじゃあ、依桜ちゃんは青系統の色にすればいいんじゃないかな!」
「青?」
「うんっ! ほら、うちが赤系の色だから」
「なるほど……。たしかに、いい感じの対比が取れるわ。赤と青。よくある組み合わせだけど、いいわ、それ。男女さん、大丈夫?」
「あ、はい。えと、じゃあちょっと変えてきますね」
そう言って、ボクは一度部屋を出て、トイレに行った。
それから、トイレで少し髪形と髪色を弄ってから、再び部屋に。
「これで、どうでしょうか?」
「わぁ! うちと同じ髪型だー!」
ボクが部屋に戻ってくるなり、エナちゃんが嬉しそうな表情を浮かべ、そう言ってくる。
エナちゃんの言う通りで、今回はアイドルということで、一緒の髪型にしてみました。
セミロングに近いかな?
髪色は、銀髪から水色に近い青色に。
瞳も、碧眼から蒼眼に変わっています。
「なんだか、姉妹アイドルみたいで、いいわね」
ボクとエナちゃんの二人を見て、少し微笑みながらいうマネージャーさん。
髪型を同じにするのは、別に間違っていないかなと。
「それはそれとして……あれだけの毛量を、よくまとめられたわね」
「ま、まあ、便利なものを持ってまして……」
言っていることはあながち間違いじゃないよね。
だって、ここでいう便利な物って、『変装』の能力のことだもん。
「とりあえず、容姿に関してはこれでいいとして……問題は、服装」
「服装、ですか?」
「何分、こんなことになるなんて予想をしていなかったから、衣装がね……。背自体はエナの方が少し高いくらいだからいいのだけれど、問題はスタイル。男女さんのスタイルはよすぎるわ。主に、胸が」
「確かに。むむむぅ~~~……ねえねえ、依桜ちゃん。どうやったら、こんなにおっきくなるの?」
「え、あ、う、うーんと……い、遺伝、とか?」
「そっかぁ~……うん、そうだよね! 大体は遺伝だもんね! でもでも、こんなにおっきくて羨ましいな!」
「そ、そうかな? あまり激しく動くと、胸が揺れて痛いんだよ? それに……か、可愛いブラがなくて……」
「おっきい人って、みんなそう言うよね。そんなにないの?」
「うん。可愛いのを見つけても、サイズが合わないのが多くて……」
まあ、ボクの場合は、自分で創り出すこともできるんだけどね。
一応『裁縫』のスキルも持ってるし、それを使えば創れるからね。
仮に『裁縫』のスキルがなくとも、『アイテムボックス』を使用すれば、好きなデザインの、好きなサイズが出せるんだけど。
でも、あれは反則だからね。
お金を払わずに何でも手に入るって言うものだもん。
「何かいい方法はないかしら……」
……うー、ここは『裁縫』で創る?
一応、三十分程あれば創れないことはないし……。
問題は材料があるかどうかだけど……。
あったらすごく嬉しいんだけどね。
まあ、ダメもとで。
「あの、今日着ることになる衣装ってありますか? それと、それと同じ材質の布とか」
「ええ、あるわ」
「それじゃあ、それを用意してもらってもいいですか?」
「何をするつもりかわからないけど……了解よ。ちょっと待ってて」
そう言うと、マネージャーさんはどこかに電話をかけ始めた。
それから少しして、衣装と布を持った男の人がやってきた。
『黒内さん、頼まれていたものを持ってきました』
「ありがとう。そこの娘に渡してあげて」
『はい……って、あの、どちらですか? この娘は?』
「あー……今日、一日限定でアイドルをすることになった娘よ」
『急っすね!? そんなんで大丈夫なんですか? その、歌とか、踊りとか』
「問題なし。歌は実際に聴いたし、動きについても、女委さんからお墨付きを得ているわ」
『え、女委さんのっすか。それなら問題なさそうですね』
……あの、だから女委って、一体どういう存在なの?
ここにきて、女委の名前をよく聞くんだけど……どうなってるの?
普段一緒に学園で勉強をしたりしているのに、一体いつ知り合ったりとかしているのか、本当に気になる……。
『そんじゃあ、緊張するかもしれないけど、頑張って!』
そう言って、衣装などを持ってきてくれた人は、部屋を出て行った。
……絶対、緊張すると思います。ボク。
アイドルなんて、やったことないもん。
「それで、どうするの? まさかとは思うけど、衣装を作るとか……?」
「そのまさかです。ボク裁縫が得意でして」
「依桜ちゃん、一から衣装を作れるの?」
「まあ、それなりには」
「ちょっと待って。衣装を作るにしても、型紙とか、裁断とか、色々な工程があるのよ? それを、あと一時間半以内になんて……」
「やれるだけやってみます」
そう言って、ボクはカバンの中――に見せかけて、アイテムボックス――から裁縫セットを取り出す。
中から縫い針と糸を取り出した後、衣装のデザインを確認。
頭の中にそのデザインを入れて、縫い始める。
この『裁縫』のスキルの便利なところは、自分の思った通りに動かせるのと、イメージが明確に脳裏に浮かぶので、それ通りに作れる。
さらに言えば、見たことがある服を見れば、それを作成することが可能。
まあ、CFO内の『裁縫』のスキルも、そこをモデルにしてるんだろうけど。
「わぁ、速―い!」
「嘘、なにそのスピード……人力のミシンみたい……」
うん、言い得て妙。
このスキル、極めると、本当にミシンのような動きが可能になるので、向こうの世界では服飾系の職業に人たちにとって、基礎であり、奥義のようなスキルだったからね。
ボクは、あくまでも本職に届かないかなくらいのレベルだけど。
それでも、十分早くできる。
この調子なら、二十分くらいで終わりそう。
そんなこんなで、予想通り、二十分ほどで衣装が完成。
「えっと、完成しました」
「ちょ、ちょっと見せてもらえる?」
「はい、どうぞ」
ボクは完成させた衣装を、マネージャーさんに見せる。
衣装を受け取ったマネージャーさんは、服の内側や縫い目、ほつれがないかの確認をして行く。
そして、それが進むほどに、驚きの表情が深くなり、少しして確認が終わった。
「ありがとう」
「え、えっと、どう、でした?」
「文句なし、ね。この服を作るのに、それなりの時間がかかっていたはずなんだけど……それを、たった二十分で……。男女さん、あなたの裁縫の腕はすごいわ。それこそ、世界一レベルで」
「あ、あはは……」
まあ、スキル使ってますし……。
「依桜ちゃんって多才なの?」
「ど、どうなんだろう? みんなからはそう言われるけど……」
それでも、女委の方がある意味多才なんじゃないかな、って思うけどね、ボクは。
ボクの場合は異世界に行った結果の副産物敵なものだけど、女委はそう言う理由があるわけではなく、普通にできちゃってるんだもん。
普通におかしいと思います。
「でも、衣装って一着だけなんですか?」
「一応、あと三種類ほどあるんだけど……」
「……わかりました。ちょっと本気を出して作ってみますので、衣装、お願いします」
「え、ええ。わかったわ」
うん、妥協はなしです。
ボクは『身体強化』を併用して衣装さらに時間短縮で作成。
おかげで、魔力を六割も使ってしまいました。
最大で使用したから仕方ないんだけど……。
ともあれ、そのおかげで残る衣装三着を一着頭五分~十分で出来たのは大きかったね。
……まあ、そのせいで、
「「( ゚д゚)」」
二人がすごーくポカーンとしちゃってるんだけど……。
「男女さん、あなたいっそのこと、服飾店を開いた方がいい気がするのだけど」
「さ、さすがに無理ですよ。ボクにはデザインの才能はありませんから。いくら早く縫えても、デザインに関する知識とか才能がなければ、いい物は作れません」
「それじゃあ、女委さんがデザインをして、依桜ちゃんが作る、って言う風に分担すれば、いいんじゃないかな?」
「たしかに。今回のこの衣装、全部女委さんが引いた物だし、意外といいかもしれないわ」
え、待って?
今、女委がこの衣装のデザインを引いたって言ってた?
……女委、いつの間にそんなことをしてたの? というより、なんで本人のいないところで、どんどん情報が露出していくの?
……女委って、他にどんな仕事をしているんだろう。
すごく、気になる……。
「ともあれ、依桜ちゃんのおかげで、開演一時間前までには問題は解決したわ。あとは、まあ……踊りと歌、ね」
「依桜ちゃん、今日歌う曲、二十曲以上あるんだけどね、大丈夫かな?」
「うん、問題ないよ。これでも、体力には自信があるんだよ」
「男女さん、この娘のライブの場合、口パクは絶対にしないから、踊りと歌をセットでやらなくちゃいけないの。一応、途中に休憩はあるけれど、それでも二十曲ぶっ通しで歌と踊りを同時にしなくちゃいけないから、割としんどいと思うわよ?」
「なるほど……でも、特に問題はないですよ」
だって、向こうの世界なんて、一日中動き回っていることなんて、よくあることだったもん。
戦争の時とかね。
戦場を全力で駆けまわって、敵を無力化して、また次へ、って感じだったからね。
体力は多いに越したことはなかったんです。
それを鍛えたのも、師匠なんだけどね……。
だから、今のボクからすれば、二十曲を歌って踊るなんて、大した問題じゃないのです。
「すごい自信。やっぱり、女委さんの友達なだけはあるわ」
ボクとしては、女委がどういう存在なのかを聞きたいです。
「とりあえず、これ。そこに、歌の歌詞と振付があるから、覚えて。もちろん、覚えきれなくても問題ないわ。元々エナがメインなわけだから。最悪、口パクでもいいし、振付もオリジナルを混ぜて自然にしてくれればいいから」
「なるほど……えと、一応曲を聴いてもいいですか?」
「もちろん。これで聴いて」
「ありがとうございます」
ボクは歌詞の書かれた紙を見つつ、小型音楽プレイヤーで曲を聴いて行く。
正直なところ、一番と二番は大体リズムが同じなので、その後を重点的に聴こう。
歌詞と振付は、もう見て覚えたからね。
師匠に鍛えてもらったことが、まさかこんなことで生きるとは思わなかったけど。
そうして、ギリギリまで曲を覚え、遂に開演の時間となった。
……こうなってしまったのは仕方がないし、頑張ろう。ボク。
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