第365話 依桜ちゃんのアルバイト2 7
「依桜ちゃん、大丈夫?」
ステージ裏にて、ボクはエナちゃんに心配されていました。
「う、うん。正直なところ、すごく緊張してるけど……エナちゃんの足を引っ張らないように頑張るね」
「緊張してても、リラックスリラックス! うちも最初はそうだったから!」
なんだか元気を与えてくれるような笑顔を浮かべ、ボクにそう言ってくれるエナちゃん。
本当に、いい人だね。
「あ、そう言えば今は依桜ちゃんじゃないのか」
「そ、そうだね。今は、依桜、じゃなくて『いのり』っていう名前だもんね」
そう。ボクの今回の芸名は、『いのり』になりました。
理由は特にないです。
なんとなく、その言葉が頭の中に真っ先に思い浮かんだので、いのりにしました。
「そうそう! じゃあ、うちも今だけは『いのりちゃん』、って呼ぶね! まずは、うちが出て、軽くいのりちゃんのことを話すから、呼んだら出てきてね!」
「う、うん」
「じゃ、行ってくるね!」
「頑張ってね」
「もっちろん! いのりちゃんがいるなら、百人力だよ!」
にこっと笑って、エナちゃんはステージに上がっていった。
「みんなー! こーんにーちはー!」
ステージに出てきたエナが、元気いっぱいに挨拶をすると、それに呼応し、彼女のファンである観客たちが一斉に沸いた。
「今日は、うちが夢見た日本武道館ライブ! この日のためだけに、うちは頑張って来たと言ってもいいくらい! ここまで来るまで長かったけど、それでも、胸の内は言い表しようのない達成感でいっぱいだよ!」
わー! という歓声が上がる。
それを満足そうに見ると、エナは言葉を続ける。
「うちがここに来れたのは、うちを応援してくれるファンのみんなのおかげ! それがなければ、うちは絶対にここまで来れなかったし、こんな風にみんなと一緒の空間にいられなかった! だから……早速その感謝を込めた歌を最初に送るよ! ……って、いつもなら言うんだけどね、今日は、みんなにサプラーイズ!」
初めの歌に入る前に、エナがそう言うと、先ほどまでの歓声などは何だったんだと言わんばかりに、会場内がざわつきだす。
サプライズと言うのだから、きっといいことがあるに違いない、と思う観客たち。
その光景を見渡した後、エナは再び口を開く。
「実はね、みんなに紹介したい人がいるの!」
そう言った瞬間、ざわついていた会場内が、さらにざわついた。
紹介したい人、というフレーズを聞いて、大体の人が思い浮かべるのは、おそらく『恋人』という単語だろう。
しかも、相手はアイドルであり、日本武道館という大きな舞台での発表ともなれば、そう思えてしまうのはある意味、必然と言えよう。
中には、引退してしまうのでは? と思う人もいるかもしれない。
「あ、もしかして、うちに彼氏ができた、とか、引退しちゃうかもー、とか思わせちゃったかな? でもでも、そういうのじゃないから、安心してね! うちは全然フリーだし、引退もまだまだ先だからね! うちがみんなの前から、いなくなるのは当分先だよ!」
そう言うと、目に見えて安堵するファンたち。
まあ、応援しているアイドルが引退、なんてことになったら、それこそ阿鼻叫喚になるかもしれない。
「今回、うちが紹介したいのは、一人の女の子! もうすでに、ステージ裏に待機しているから、早速呼びたいと思います! いのりちゃーん! 出番だよー!」
そう言った瞬間、スポットライトがステージ端を照らし出し、何もないところから突然現れるように、依桜こといのりが出現した。
ちなみにこれ、『気配遮断』を使用している。
「え、えっと、みなさん初めまして! いのりって言います! 今日は、エナちゃんと一緒に、この会場を盛り上げるべく来ました! 新人ですが、よろしくお願いします!」
ぺこりと可愛らしいお辞儀をする。
すると、
『『『おおおおおおおおおおおおお!』』』
という、歓声が上がった。
『うっわ、めっちゃ可愛い!』
『どんな娘が出てくるのかと思ったら、青髪の美少女!』
『しかも、すっごいスタイル!』
『新人ということは、今後も、エナちゃんと一緒とか?』
突然現れた新人アイドルに、ファンたちは驚きを見せたものの、すぐに順応。
しかも、いのりに対してかなり好意的である。
仮に自身の正体を明かしていないのにもかかわらず、こうも好意的に思われるのだから、いのりはすごい。
「今日は、ここにいるいのりちゃんと一緒に、みんなと楽しい楽しい、最高のライブにしていきたいので、盛り上がって行こ―!」
『『『おー!』』』
「じゃあ、早速歌に移ろう! アイドルのライブなんだから、歌が一番! じゃあ、いのりちゃん、準備おっけー?」
「うん、大丈夫だよ」
「うんうん、じゃあ、一曲目は『星の始まり』! いのりちゃん、行くよ―!」
「うん!」
エナの発言の直後、音楽が流れ出し、二人のライブが始まった。
いざ曲が始まると、ファンたちはそれに魅入った。
エナ自身は、元々アイドルとしての才能、資質が高かったため、歌はばっちり。正直、そこらのアイドルよりもかなりの技量を持っている。
歌が上手く、容姿は可愛いとあって、人気が出たエナ。
しかし、今回突然現れた謎の新人美少女アイドルは、どうかと、興味半分、心配半分だった。
が、そんな考えは一瞬で吹き飛ばされた。
というのも、
「終わりまで、駆けて行こう♪」
「たとえ、終わりが来たとしても♪」
「最後まで一緒にいよう♪」
「それが♪」
「「約束と始まりのメロディー♪」」
二人の掛け合いのような歌が初っ端から披露され、それがかなりの歌唱力を誇っていたからだ。
いのり自身、自覚はないが歌が上手い。
それは、例のスキー教室の時のカラオケでやや証明されていた。
だが、いのり自身に自覚がない……というか、上手いと思っていないため、あまり露呈しなかっただけである。
それに、全くの無名で、見たことがない新人を見て、本当に大丈夫なのか? ちゃんと踊れるのか? 歌えるのか? なんて思ったからこそ、いのりが披露した歌唱力は、見事にかなりの衝撃をファンたちに与えた。
しかも、いのりは無意識にエナの歌に合うようにユニゾンをしていたりするので、尚更上手く聴こえる。
あとは、アイドルであるため、歌いながら踊りもしている。
まあ、いのりの実質的な本職が暗殺者なので、身体技術は異常なまでに高い。
そのため、踊りに問題などなく、それどころかかなりキレッキレだ。
ダンサーもびっくりなほどである。
まさにハイスペック美少女だ。
そして、エナ&いのりコンビの歌は、会場を熱狂させた。
まだ序盤だというのに、かなりの熱気だ。
あとは……アイドルたるもの、笑顔が大事、と事前にマネージャーに言われていたので、いのりも魅力的な笑顔をずっと振りまいている。
たまに、可愛らしくウィンクをしたりして、ファンたちのハートを撃ち抜いていたりもする。
と言っても、踊りはエナと鏡合わせになるようになっているため、二人が同じ動きをして、全く同じタイミングでウィンクをしたりしているので、可愛さは倍増しているが。
こんな調子で、序盤の曲を数曲ほど歌いきり、トークパートに入る。
「さてさて、一曲目~五曲目までほとんどノンストップで歌ったところで、ちょっとしたトークパートに行こう!」
『『『YEAHHHHHHHHHHHHHH!』』』
エナが言えば、ファンたちも大きな声を上げる。
「おー、元気だね、みんな! うんうん、元気なのはいいこと! この調子で、最後まで応援してね!」
『もちろんだよー!』
『気絶しても応援するぜー!』
「気絶までしちゃだめだぞ☆ うち、心配しちゃうよ?」
『むしろ、心配されたい!』
『というか、ご褒美です!』
「あはは! 本当に、うちのファンのみんなは面白いね!」
そんな、とても楽しそうな表情でファンたちと話しているエナを見て、いのりはすごいなぁという感想を持った。
能力やスキルなんて使わなくてもわかるほどに、その表情は生き生きとしていたからだ。
「おっとっと。うちだけが話しててもダメだよね! いのりちゃんも、何か話さないとね!」
「ふぇ!?」
「驚いちゃダメだよ、いのりちゃん! ここはアイドルのライブの場! なら、いのりちゃんもしっかりうちのファンのみんなと一緒に楽しまないと!」
「な、なるほど……」
エナの言葉に、いのりは納得する。
そして、前を見て、会場内にいるファンたちを見回す。
「え、えっと、な、何を言えば、いいのかな?」
「あらら、そこからかー!」
「ご、ごめんね。こういう場は初めてで……」
「あ、それもそっか! んー、これ! と言ったものは無いけどね、とりあえず、思ったことを言うのが一番なんだよ、いのりちゃん!」
「思ったこと?」
「うん! そうだね……今回は、いのりちゃんは初出なんだから、自己紹介をしてみるとか!」
「自己紹介……」
「そそ! ね、ファンのみんなも聞きたいよねー!?」
『聞きたい聞きたい!』
『いのりちゃんのことを教えてー!』
『可愛いよー!』
「ふぇ!? か、可愛いって……あの、その……はぅぅ」
突然ファンたちの間から、可愛いという言葉が聞こえてきて、いのりは顔を赤くさせた。
それを見ていたファンたちは、思わず胸を押さえた。
「あ、いのりちゃんって恥ずかしがり屋さんなんだね!」
「ちょ、ちょっとだけ……」
「そっかそっか! でもでも、うちもいのりちゃんのことが気になるから、教えてほしいな!」
「う、うん。それじゃあ……こほん。みなさん、改めまして……新人アイドルのいのりです! 歳は、高校二年生の十六歳で、趣味は、料理やお菓子作りです!」
「なるほど! いのりちゃんって料理やお菓子作りが好きなんだ?」
「うん。料理は小さい頃からしてて、お菓子作りはちょっと前から始めたものだけど」
「でも、すごいなー! うち、あんまり料理ができなくて……あ、今度教えてもらってもいい?」
「もちろん!」
「わーい! ありがとう、いのりちゃん!」
と、なんとなくファンそっちのけの会話っぽくなっているが、二人の美少女の絡みを見て、幸せそうな感じの者たちが半数近くいるので、問題ないのだろう。
「それじゃあ、いのりちゃんに質問です!」
「うん、何でも聞いて」
「今回、アイドルとしてステージにいるけど、どうかな? 今の気持ちは」
「う、うーん……そう、だね。まさか、いきなり日本武道館でのライブに出ることになるとは思っていなかったけど、その……アイドルって、楽しいなって」
「わ、ほんと!?」
「うん。エナちゃんとエナちゃんのファンのみなさんとのライブ、とっても楽しいよ。ボク自身、あんまり目立ちたくないっていうタイプだけど、それでも、こう言うものはすごくいいなって」
軽く頬を染め、はにかみながら言ういのりに、ファンたちはドキドキだ。
かなりの美少女であるいのりの、可愛すぎるはにかみ顔を見れば、まあ、そうなってしまうのもおかしくないので。
「うんうん! まだまだライブは続くし、楽しもうね!」
「うん!」
「ところで、いのりちゃんってボクっ娘なんだね?」
「え、あ、う、うん。その、昔から一人称がボクだから。今更変えるのもちょっと違和感で……やっぱり、私、とかの方がいい、のかな?」
「そんなことないよ! ボクっていう一人称、すっごくいいと思うし、いのりちゃんに似合ってると思うよ! ファンのみんなはどう思うかな!」
『可愛いよー!』
『リアルボクっ娘最高!』
『否定するわけないぜー!』
「だって。いのりちゃんのその個性は、すごくいいと思うから、無理に直そうとしなくてもいいのと思うな!」
「……ふふっ、そうだね。ありがとう、エナちゃん。みなさん」
いのりとて、正直変えた方がいいのでは? と思う時がよくあった。
何せ、この一人称は、男だった時から用いていたものだったので、今の状況を考えると、ボクは変なんじゃないか、と思っていたのだ。
「うんうん。自然が一番! ……さて! そろそろ歌に戻ろう!」
「うん。次だね」
「アイドルの本業は、まさに歌! どんどんいっくよー!」
『『『おおおおおおおおおおおおお!』』』
再び、音楽が鳴り出すと、二人は歌い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます