第366話 依桜ちゃんのアルバイト2 8

 やや視点は変わり、ミオへ。


「……あいつ、何やってんの?」


 開演前から、何体かの『分身体』を放っていたミオ。


 もちろん、警備を完璧なものにするための行動で、万が一バレないよう、分身体すべてに『気配遮断』がかかっている。


 そんな中、本人はどの分身体にも依桜が見つかっていないということに気づき、不思議に思いつつも、警備の仕事をしていた。


 途中、休憩をもらったので、試しにライブを見ていたところ……ステージ上に、自分の弟子がいて、酷く驚いた。


「いやいやいや、は? あいつ、仕事は? ……って、あ、あいつ、地味に『分身体』を配置してやがる。まあ、仕事はしてるみたいだしいいが……なんであいつもステージにいるんだよ」


 一応、外見はそこそこ変えているのだが、ミオにとっては大して意味を為さない。


 看破能力が非常に高い。


 というか、ミオが見破れないものなんてないのではないか、というレベルでその辺りの能力やらスキルが高い。


 愛弟子である依桜を見抜くことなんざ、わけないのだ。


 仮にそれがなかったとしても、見破れないわけはない、と言うことだろう。


「……はぁ。ったく、あいつ、マジで変なことに巻き込まれやがったな? しかも、アイドルになるとは……。まあ、似合ってるし、別にいいが……だとしても、あれはなぁ……」


 驚き通り越して呆れるほどである。


 ミオ自身、依桜が変なことに巻き込まれるんじゃないか、と依桜に直接言っていたが、まさか本当にそうなるとは思ってもいなかった。


 ちょっとした軽い気持ちでの発言。


 それがまさか、現実になろうとは思わないだろう。


「我が弟子ながら、数奇なもんだ。……まあいい。どうも、ステージ上で無駄に可愛い踊りと歌をしている割には、ちゃんと仕事はしているみたいだしな。それも、警戒しまくってる。ふむ。まあ、あたしが教えたことはしっかりしているし、許そう」


 休憩なのに、休憩じゃない、とか思いながらミオは現在の依桜の様子を見る。


 踊りでぴょんぴょん跳ねているため、たまに依桜のスカートがふわりと舞う。


 それに伴い、スカートの内側が見えてしまうわけで……つまるところ、パンツが見えている。


 まあ、アイドルが着る衣装によってはスカートが短かったり、そもそも、激しく動いたら捲れあがってしまうものがほとんどなので、所謂見せパンというものを穿いているので、一応問題はない。


 依桜も依桜で、それを穿いている。


「……ん? 何だこの反応」


 ふと、ミオの『気配感知』におかしな反応が引っ掛かった。


「…………ああ、なるほど。仕方ない、弟子がなんか楽しそうにアイドルしてるし、あたしもあたしで動きますかね」


 ミオは反応の正体に気づくと、そのまま反応があった場所へと向かって移動を始めた。



『へ、へへ……これで、エナちゃんと一緒に……!』


 とある場所。


 そこでは、一人の男が黒い笑みを浮かべながら、四角い何かを持っていた。


 よく見れば、ボタンが付いた何かも持っている。


『エナちゃんが悪いんだ、俺を無視するから……っ! あの女もダメだ。エナちゃんに近づきやがって……! どうせなら、一緒にまとめて……!』

「――そんなこと、あたしがさせると思うか? クソ野郎」

『――ッ!? だ、誰だ!?』


 不意に背後から声を掛けられたことで、慌てた様子を見せる矢島。


 振り返った先にいたのは、ミオだった。


「まったく……どこへ行ったのかと思えば、こんなところでなにをしているんだ? え? ヤジマとやら?」


 まあ、ミオからすれば、探そうと思えばすぐに探せたので適当に無視していたのだが、害があるとわかった以上放置をすることはせず、捕まえるべくこうして出てきた。


『お、お前は、朝のあの女の……!』

「なんだ、覚えてたのか。それで? 何しようとしてるんだ? まあ、見りゃわかるんだが……」

『ち、近づくんじゃねえ! い、いいか、近づいてみろ。俺はこのスイッチを押せば、あのステージもろとも、ドカンだ!』

「なんだ、その程度の言葉で脅してるつもりか?」

『当然だ! 爆発だぞ? 爆発すれば、どんな屈強な奴でも、ひとたまりもな――』

「いやいや。あたしからすれば、この世界の爆発物程度、どうってことないぞ? 第一、あたしがいる時点で、犯人は詰んでるわけだしな」

『な、何言ってんだよ! 爆弾をどうにかするなんて、普通の奴にできるわけないだろ!』


 脅威ではないと断言するミオに、狼狽える矢島は、今のような発言をする。


 そんな言葉を受け、ミオは眉一つ動かさない。


 どころか、余裕の表情だ。


「こっちの常識を、あたしに押し付けんなよ。意味がない。爆発? んなもん、させなきゃいい話だ。ま、仮に爆発しても問題なくあたしは対処するがな」

『な、何言って……』

「ああ、もういい。正直、あたしとしてはあいつの可愛い姿を見たいだけなんでな。だからまあ……眠ってな」

『は……? ごふっ……』


 ミオは一瞬で肉薄すると、肘鉄を鳩尾に叩き込んだ。


 あまりの激痛に、矢島はそのまま意識を手放した。


 もちろん、倒れた拍子にスイッチが入らないように、落ちるヵ所に『アイテムボックス』の入り口を開きそのまましまい込んだ。


「さて。こいつをどうするかね? とりあえず……エンドウに連絡ってところか」


 ミオは借りたインカムで遠藤に連絡を取り、状況を報告した。



 ミオの連絡を受けた遠藤たちはすぐに駆け付けた。


 そして、矢島が暴れないように軽く拘束すると、そのまま矢島を連れて部屋を出て行った。


「まったくもって、面倒な話だった。あとは、爆弾の回収だな。チッ、イオのアイドル姿を見る時間が減るじゃないか……あの野郎」


 犯人を見つけ、確保までかかった時間は、わずか七分程。


 警備は、ミオだけでいいんじゃないだろうか。


 この光景を依桜が見ていたらきっとそう思ったに違いない。



 さて、ライブの裏側で行われていた僅か七分ほどの出来事など、知る由もないアイドル二人。


 最初はガチガチに緊張しまくっていたいのりだったが、今では、


「みなさーん、楽しんでますかー!」

『『『YEAHHHHHHHHHHHHHH!』』』

「ボクも、初めてのアイドルとしての舞台、すっごく楽しんでます! それに、エナちゃんと一緒だからというのもあって、とっても!」

「わ、いのりちゃん嬉しいこと言ってくれるね! うちも、いのりちゃんと一緒だからとっても楽しいよ!」

「わわっ! い、いきなり抱き着かないでよぉ!」

「ごめんごめん。なんだか、嬉しくってつい」

「そっか」

「いつも、うちは一人でライブをしてるからね。もちろん、それも楽しいんだけど、誰かと一緒にアイドルができるのって、いいなって!」

「楽しいと思ってもらえてるなら、ボクも嬉しいよ。エナちゃんと会わなかったら、アイドルをやってないから」


 とまあ、こんな感じにものすごく生き生きとしていた。


 最早、緊張なんてどこかへ旅立ってしまった。


 その理由の一つとしては、素の姿で立っていないことが挙げられるだろう。


 普段は銀髪碧眼なんてかなり目立つ状態だが、今は青髪蒼眼にしているので、別人と思われている、そう思っているが故の反応だ。


 声優業の方も、似た理由だろう。


 自身の素の声で出ていないから、ほとんどバレる心配もない。だから、それなりに楽しめてできる、とか。


「ありがとう、いのりちゃん! じゃあじゃあ、うちたちの仲良しパワーで、最後の曲も行ってみよう!」

「うん!」

「じゃあ、今日のライブ、最後を締めくくるのは『Happy End』! 最後は、今まで以上に盛り上がっていくよー!」

『『『おおおおおおおおおおおおお!』』』

「いのりちゃん、行っくよー!」

「うん!」


 二人はお互いの右手と左手で手を繋ぐと、勢い良く繋いだ手を掲げて、歌を歌い出した。



 そして、最後の曲が終わり、ライブ恒例のアンコールがかかると、当然のように二人は歌う。


 楽しそうに歌い、踊る姿は、見る者たちの目を奪う。


 その高い歌唱力に。


 その高いレベルの踊りに。


 そして……ただただ可愛い美少女アイドル二人の百合百合しい光景が、ただただ素晴らしく眩しかった。


 まあ、言ってしまえば、百合っていいよね、的なものだろう。


 アンコールで歌われている曲の中では、手を繋ぐだけでなく、いのりがエナをお姫様抱っこしたり、軽く抱き合ったりもしていたので、余計に沸いた。


 歌が終わると、最後のトーク――エンディングトークへ。


「というわけで、みんな、これで今日の日本武道館ライブはお終いだよ! 楽しかったかな!?」

『楽しかった!』

『もっと聴きたい!』

『まだまだ物足りない!』

「あははっ、みんなまだまだ元気いっぱいだね! でも、残念! 今日はお終いなの! それに、ずーっとやっていたら疲れて倒れちゃうからね! うちは、そんな情けない姿をファンのみんなに見せるわけにはいかないのだ!」

『かっこかわいいよー、エナちゃん!』

『最高!』


 などなど、エナの発言には、必ずと言っていいほどに何らかの反応を返してくる。

 それを楽しそうにしているエナを見て、いのりは心の底からすごいと思った。


「さ、いのりちゃんも感想どうぞ!」

「あ、う、うん。えっと、みなさん、今日はありがとうございました! 突然乱入してきたようなボクを受け入れてくれて、とっても嬉しかったです! 初めてのライブが今日の日本武道館だったので、出て来る前はかなり緊張してたんですけど、いざライブが始まったら、緊張なんて吹き飛んじゃいました! 今日は、本当にありがとうございました! とっても……とーっても楽しかったです!」

『こっちも楽しかったよー!』

『いのりちゃん可愛い!』

『また会えるのー!?』


 と、いのりの感想に、様々な声が返ってくる。

 そんな中、『また会えるのか』という疑問がかなり上がっていた。


「そ、そうですね……もし、もしも、機会があれば、また会えると思います! ですが、あまり期待しないで待っていてくださいね!」

『『『えええええええええ!?』』』


 いのりが再び表舞台に出て来るか不明と言った瞬間、ファンたちから、残念そうな声が出てきた。


 それほどまでに、いのりはこのライブで人気になっていた。


「じゃあ、またうちと一緒にライブをやってくれることって……」

「ま、まあ、機会があれば、かな? でも、エナちゃんと一緒にライブできて嬉しかったのは本当だからね! 今日は、ありがとう、エナちゃん!」

「――っ! いのりちゃん!」

「わわわっ!?」


 いのりの本心からの笑顔とお礼に、感極まったのか、エナはいのりに勢いよく抱き着いた。


 不意打ちだったが、持ち前の運動神経と、突然抱き着かれることに対する慣れから、問題なく受け止める。


「うちも楽しかったよ! こっちこそ、ありがとう、いのりちゃん!」

「うん!」

「それじゃあ、みんな! 今日のライブはこれまで! またどこか、別のライブで会おうねー! バイバーイ!」

「またねー!」


 そうして、ただでさえ盛り上がっていたエナといのりの二人による日本武道館ライブは、最後に二人が抱き合いながらの挨拶という、百合百合しい光景を持って、幕を閉じた。



 ライブが終わり、控室。


「お疲れ様、依桜ちゃん!」


「エナちゃんもお疲れ様」


 ボクとエナちゃんの二人は、控室に戻ってきていました。


 そこには、マネージャーさんの姿も。


「お疲れ様、エナ、男女さん。ライブ、とってもよかったわ」

「ありがとう、マネージャー!」

「そう言ってもらえてよかったです」


 もし、これで微妙な反応だったら、ちょっとあれだったし。


「それにしても、随分様になってたわ、男女さん。アイドルの素質は相当ね」

「あ、あはは」

「どう? もしよかったら、今後もアイドルとして活動するっていうのは」

「あ、それいいね! ねえねえ、依桜ちゃん、一緒にやろ!」

「え、えっと、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、ボクにも色々と私情、というか、色々とありまして……」


 主に、声優とか。


 それ以外だと、学園長先生のお手伝いだってたまにあるし、学園関係でも色々とある。


 それに、異世界にも行く時があるし、何だったら、夏休みにはみんなと一緒に行く異世界旅行だって控えてる。


 高校生の割には、それなりに忙しいような気がするので、アイドルをやる暇はあまりないように思える。


 もちろん、楽しそうだとは思っているけど。


「残念。でも、またやりたいと思ったら、いつでも言ってね。私の所の事務所では大歓迎だから」

「ありがとうございます」

「むぅー、そっかー。まあ、依桜ちゃんにも色々あるんだもんね」

「うん。ごめんね、せっかく誘ってくれたのに」

「いいよいいよ! うちも、ちょっと残念だけど、依桜ちゃんにも色々あるんだもんね!」

「そう言ってもらえると、ボクとしても気が楽だよ」


 だって、エナちゃん残念そうな表情をするんだもん。


 さすがに、心に来るというか……。


「そう言えば、最後の挨拶の時に、機会があれば、って言っていたけれど……」

「あ」


 そ、そう言えば、あの時その場のノリで言ってたっけ……。


「大丈夫だよ、依桜ちゃん。あれだよね。あの場はああしておかないと、変に騒ぎになるから! って思ったんだよね?」

「う、うん。一応……」


 たしかに、その考えはあったけど、あれも本心と言えば本心だった。


 ま、まあ、とりあえず言わなくてもいい、かな。うん。


 そう言えば、分身体にの方に何も引っかからなかったけど、ストーカーとか、脅迫状を送って来た人、最後まで現れなかった気がする。


 もちろん、何もないにこしたことはないんだけどね。


「ともあれ、男女さん、今日はありがとう。本来は、護衛目的でもあったけれど、あなたのおかげで大盛り上がりだったわ」

「いえいえ、ボクとしても楽しかったですから」

「そう。それなら、たまに出てくれるっていうことかしら?」

「ま、まあ、機会があって、さらにボクの方に都合が付けば、でしょうか」


 結局言ってしまった。


 うん。わかってました。


「それなら、都合が合うことを期待しているわ」

「あ、あはは……」

「なんて。冗談。もしかすると、どこかでお願いする可能性がないこともないけれど、ね」

「そ、そうですか」


 お茶目にウィンクするマネージャーさん。


 外見だけ見ると、かなり堅そうなイメージだけど、こう言う部分もあるんだ。


「さて、ライブも終わったことだし、男女さんはそろそろ帰っても問題ないわ。何せ、本来なら出るはずもなかった人なわけだから。それを無理言ってでてもらっていたのだからね」

「そうですね。それじゃあ、ボクはそろそろ師匠の所に戻ろうと思います」

「ええ、重ね重ね言うけれど、本当に今日はありがとう」

「いえいえ」

「一応これ、私の連絡先。できれば、こちらも登録したいし、何か送ってもらえるかしら?」

「あ、はい」


 マネージャーさんのLINNのアカウントをボクの方で登録し、スタンプを送る。


「ありがとう」

「あ、マネージャーずるーい! 依桜ちゃん依桜ちゃん、うちもうちも!」

「もちろん」

「わーい!」


 エナちゃんに急かされるようにして、エナちゃんのアカウントも登録。


 なんだか、ボクのLINNに登録されている人たちを見ると、一般人がほとんどいない気がする。


 なんだかんだで、男性声優さんの人たちとも交換してたしね。


 むしろ、普通の人が未果たちと父さんと母さんだけっていう……。


 おかしい。


「それじゃあ、ボクはそろそろ行きますね」

「うん! またね、依桜ちゃん!」

「うん。エナちゃんも頑張ってね」

「もっちろんだよ! 依桜ちゃんも、声優のお仕事、頑張ってね!」

「うん。と言っても、ボクは今出ているアニメだけだと思うけどね」


 一応、それ以外のものに出るつもりなんて、今のところはないからね。


「そっかそっか! それでも、頑張ってね依桜ちゃん!」

「うん。それでは」

「ええ、今日はありがとう」

「お礼はもういいですよ。今日はありがとうございました。では、失礼します」


 最後に軽く頭を下げてから、ボクは控室を後にした。



 そして、近くのトイレで黒髪黒目に直してから、ボクは師匠の元へ戻る。


「お待たせしました、師匠」

「ああ、おかえり。アイドル、どうだった?」


 やっぱり、師匠は気づいていた。


 だよね。


 軽く変装したくらいで、師匠の目をごまかすなんて絶対無理だよね。


「楽しかったですよ」

「そうか。まあ、お前が楽しそうでよかったよ」


 ふっと微笑む師匠。


 その慈愛に満ちたような表情に、思わずドキッとした。


 反則だよぉ……。


「しかし、腹が減ったな」

「そうですね。もう夜の七時ですし……」

「どこか食いにでも行くか?」

「そう、ですね。メルたちの方は、母さんに任せてありますし、ボクたちは何か食べて帰りましょうか」

「そう来なくちゃな。さて、資金も十分すぎるほどあるし……ここはやはり、焼肉にでも行くか? いいとこの」

「ボクたち、電車ですよ? さすがに、臭いが付いちゃいますけど……」

「なあに。あたしの持つスキルがあれば、一瞬で臭いなんざ消せる。それとも何か? お前は食いたくないのか? 焼肉」

「いえ、最近は食べてませんでしたし、久しぶりに食べたいですね」

「だろ? なら、早速行くぞ、樹々苑だ」

「え、いいんですか?」


 樹々苑って普通に高いけど……。


「いいんだよ。あたしはあたしで、ちょっとした追加報酬が入ったし、元々それなりの金はあったんでな。あとは、頑張ったお前に、あたしからのご褒美ってとこだな」

「師匠……」


 なんだろう。


 師匠がボクにご褒美をくれると言うのは、すごく嬉しい。


「さ、行くぞ弟子! 店の肉が無くなるまで、食べ尽くすぞ!」

「それはやりすぎですよ!?」


 師匠の発言にツッコミを入れつつも、ボクたちは樹々苑のお店に入っていった。



 ちなみに、師匠が言っていたように、本当に食べ尽くしました。


 まあ、ボクも美味しい焼肉が食べられたので、目を瞑ります。


 ……すみません、他のお客さん。


 あとは、食べている時に、ストーカーと脅迫状を送った犯人を捕まえたと、お酒を飲みながら師匠が告げてきて、思わず噴き出しそうになりました。


 師匠はやっぱりすごいです……。

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