第367話 一日限定アイドルの翌日
一日限定のアイドルを終えた次の日の五月三十一日。
今日で五月は終わり。
だから何かがある、というわけではないけどね。
朝起きて、いつも通りに支度をしてから、みんなと一緒に学園へ向かう。
なんだけど……
「「「「「「むぎゅ~~……!」」」」」」
「あ、あはは……」
歩きつつも、みんなはボクにしがみついていました。
訊くまでもないんだろうけど、これって多分……昨日、ボクが一日家を空けていたからだよね?
みんながボクに懐いているというのはよくわかっているけど、まさかここまでとは思っていませんでした。
一日空けただけで、こんなにしがみつかれるなんて……。
まあ、可愛いから全然いいんだけどね。
……だとしても、
「あの、みんな? あんまりくっつくとボクが歩きにくいんだけど……」
「「「「「「一緒がいい(のじゃ)!」」」」」」
「そ、そですか」
離れる気配がありません。
「次のお休みはどこかに連れて行ってあげるから、今は危ないから離れて? ね?」
「「「「「「お出かけ!?」」」」」」
「うん、お出かけ。どこか行きたいところはある?」
そう言うと、みんなはまるで示し合わせたかのように、
「「「「「「プール!」」」」」」
と言ってきた。
なるほど、プール。
たしか、この街の近くにも大きい所があったはず。
それに、ボクが住んでるこの街……というより、県は関東の中でも南の方に位置しているからか、それなりに暖かい。むしろ、暑いかも。
六月上旬どころか、なんか明日からすでにプール開きするっていう話だったかな?
ちょっと天気予報を確認しておこうかな。
んーと……快晴。それも、かなり暑くなるみたいだね。
まあ、これなら。
「うん、いいよ。じゃあ、今週の土曜日はみんなでお出かけしようか」
「「「「「「わーい(なのじゃ)!」」」」」」
「それじゃあ、その日までしっかり勉強するんだよ?」
「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」
朝から元気いっぱいだね、みんな。
まあでも、みんなとプール……うん、いいね!
どうせなら、みんなも誘ってみようかな?
ともあれ、ちょっと土曜日が楽しみになったよ。
みんなでお出かけするということになった途端、みんなはボクから離れてくれた。
別段、みんながしがみついた状態で歩くことはできないこともないんだけど、さすがに周囲の眼もあるしね。下手に目立つと、みんなが変なことに巻き込まれてしまう可能性さえあるから。
そんなこんなで学園に到着し、いつものようにみんなと別れて自分のクラスへ行き、いつも通り授業を受ける。
そうして、気が付けば昼休みに。
今日は教室でのお昼です。
「ねえ、みんな。今週の土曜日って暇かな?」
ちょうどいいタイミングなので、みんなにあの話をしてみることに。
「私は特にないわよ」
「俺も、バイトは休みだ」
「オレもなんもないぜ」
「わたしもー。お店は副店長に任せてるから大丈夫さ」
「よかった。えっとね、土曜日にメルたちとプールに行くことになってね。それで、どうせならみんなも一緒にどうかなって。もちろん、お金はボクが持つよ」
ある意味、誰かの為にあのお金があるようなものだからね。
できる事なら、少しでも使いたいというのが、ボクの本音。
「へぇ、プールね。この辺りは割と暑い地域ではあるし、ちょうどいいかもね」
「そうだな。プールなんて、久しく行っていないし、いいぞ」
「反対する意味はないな!」
「おうともさ! 可愛い女の子の水着が見れるってだけでも、行く意味があるよね!」
「あ、あはは……」
普通、そう言うことを言うのって、男の人なんじゃないのかな。
なんで、女の子である女委が言ってるんだろう?
未果と晶も苦笑いしてるし。
「じゃあ、細かいことはLINNでね」
「了解よ」
これで問題なしかな?
あとの問題は……何かあったっけ?
ちょっと首をかしげていると、未果が「あ」と声を漏らす。
「どうしたの?」
「いえ。ふと思い出したんだけど、依桜あなた、胸がまた大きくなった、とか少し前に言ってなかったかしら」
「ふぇっ!? た、たしかに、い、言った、けど……」
「それなら、去年の水着って、着れないんじゃないの?」
「……あ」
い、言われてみれば、たしかに、水着が着られないかも……!
あれは、あの時のスタイルで合わせたものだし、今なんてその時よりも大きくなっちゃってるから……あ、買わないとダメかも……。
「おー、まだ大きくなってるんだ、依桜君。それなら、今日の放課後にでも買いに行くかい?」
「いいの?」
「うむ! 実はわたしもまた大きくなっちゃってねぇ。サイズが合わないんだよ」
「へえ、奇遇ね。私も」
「未果も? それなら尚更いかないとね。それに、メルたちの水着も買ってあげない行けないから、ちょうどいいかも」
幸いにして、今日は学園が終わるのが早いしね。五時間目が終わったら、そのまま帰宅だから、そのまま言っちゃおうかな。
「……なあ、晶。男のオレたちがいるのに、平気でこんなことを話すのって、気を許してる証拠なんかね?」
「そうなんじゃないか? 少なくとも、他のクラスメートはガン見しているがな」
「うわ、マジだ。男子の視線がえらいことになってら」
「二人はどうする?」
「ん、ああ、なんだ? 依桜。すまない、聞いてなかった」
「もぉ、今日の放課後、一緒にショッピングモールに行かない? って話なんだけど」
「そうか。あー、悪いんだが、今日はバイトが入っていてな。行けそうにない」
「オレも道場の手伝いだ。くっ、行きたかったぜ……」
「そっか。じゃあ、行くのはボクと未果、あとは女委にメルたち、かな?」
そこそこ大所帯だね。
メインは主にメルたちの水着だけど、ボクたちの方も買っておかないとね。
「あ、依桜君。ミオさんは誘わないの?」
「そっか、師匠。うーん。ちょっと聞いてみるね」
スマホを取り出して、師匠に電話を掛ける。
「あ、もしもし、師匠ですか?」
『ん、ああ、どうした? 珍しいな、この時間にかけてくるとは』
「ちょっと、師匠にお話があって」
『なんだ?』
「今週の土曜日に、みんなでプールに行くって言う話になったんですけど、師匠もどうかなって。あ、お金はボクが出しますから」
『プールってーと、あれか? 人工的に池を作って、そこで海難事故に遭った時のための対処法を学ぶ訓練をしたり、無呼吸泳法を鍛えたりする施設のことか?』
「いや、そういうものじゃないですよ!?」
師匠から見たプールってどうなってるの!?
少なくとも、そんな理由じゃないよ!
『なんだ違うのか?』
「普通に水の中で遊ぶだけです!」
『なんだ、そうか。で? 土曜日だったか?』
「そうです」
『ま、やることも特にないし、いいぞ』
「わかりました。それで、師匠って水着とか持ってないですよね?」
『ん? なんだ、下着じゃダメなのか?』
「当たり前です!」
『チッ、面倒だな……』
そこを面倒だと思う人、ボク初めて見たよ。
なんなんだろう、この人。
「そ、それでしたら、今日の放課後に水着を買いに行くんですけど、どうですか?」
『ああ、構わんぞ。どうせ、あたしは特にやることはないしな。体育の実技しか担当してないんで』
「そうですか。じゃあ、校門で待っていてもらえると助かります」
『了解だ。じゃ、そういうことでな』
「はい」
通話終了。
「OKって?」
「うん。暇だから行くって。あと、今日の放課後の買い物にはついてくるそうだよ」
「そっかそっか。じゃあ、今日は大所帯なんだね~」
本当にね。
少なくとも十人くらいかな?
うん。多い。
「いやー、楽しみだな!」
「そうね。プールなんて久々」
「まあ、最後に行ったのは、中三くらいの時だろうからな」
「んねー。行く機会ないからね、なかなか」
確かに。
去年は、なんだかんだで予定が合わなくて行けなかったからね。
それに、この辺りには屋内型のプールがないから、全季節を通して行ける場所がないというのもあるかも。
もちろん、ちょっと遠出すれば問題ないけど、さすがにそこまでして行きたいかと訊かれれば、そうではない。
だから、今回の機会はかなりいいかなも。
うん、楽しみ。
そんな感じで、しばらく話していると、
『やっぱ、この娘すっげえ可愛いよなぁ』
『わかるわかる!』
『いいよなぁ、お前ら。昨日のライブ、見に行けたんだろ?』
『おうよ! 超可愛かったぜ、いのりちゃん!』
そんな会話が聞こえてきた。
「……」
思わず、ボクは無言になった。
あの場に、クラスメートがいたという事実に。
「ああ、なんか昨日のエナのライブ、すごかったらしいな」
「たしか、新人のアイドルが出たんじゃなかったかしら? いのりって言う名前の」
「みたいだねぇ」
「そう言えば、今朝もニュースで取り上げられていた上に、ネット上でも大騒ぎらしいな」
え、待って? そんなことになってたの?
「ね、ねえ、晶。そのニュースとか、ネット上での騒ぎって、わかる?」
「ん? ああ、わかるぞ。あー……ああ、あった。これだ」
そう言って、晶は一つのニュースをスマホに映し出し、ボクに見せてくれた。
『昨日の日本武道館で行われた、大人気アイドル、エナさんのライブに、サプライズとして出演した新人アイドルが、今話題になっております』
『へぇ、新人なのに、話題に?』
『はい。ライブに行った人たちは、そのアイドルの歌唱力と可愛らしさに目を奪われたそうです』
『ほぉ~。そんな新人が……一体、どんな感じのアイドルで?』
『わかっている情報は、いのりという名前であること、高校生であること、それから料理とお菓子作りが趣味であることくらいでしょう』
『それだけじゃあまわからないなぁ。それで、写真とかは?』
『はい、こちらになります』
『うぉ、本当に可愛いな! こんな娘がまだいたとは、驚きだよ』
『そうですね。このいのりさんですが、今後どこで活動するかは不明としており、その辺りはかなり残念がられているそうです』
……えぇ?
昨日の今日でもう出回ってたの? あのライブのこと。
うぅ、じぶんのことなのに、すごく恥ずかしい……。
「あ、ありがとう、晶」
「ああ」
……どうしようこれ。
普通に今思ったんだけど、アイドルのライブって、DVDとして販売されるんだよね? ならこれ、ボクの姿も収められているというわけで……。
……は、恥ずかしぃ!
「んー……ねぇ、依桜君」
「なに? 女委」
「ちょっとだけ気になったんだけどね。……この娘、依桜君?」
「にゃ、にゃんで!?」
「んや、昨日のこのライブにさ、依桜君は警備員として行ったわけじゃん?」
「え、依桜そんなことしてたの?」
「ま、まあ、一応ね……?」
主に、ボクの『分身体』が、だけど。
ボク本人は別のことをしていたからね……。
「てか、なんで女委がそれ知ってんだ?」
「だって、わたしが依桜君を紹介したんだもん」
「……ん? どういうことだ?」
「いやね。このエナちゃんね、わたしの二年前からの友達」
「「「ええ!?」」」
うん。やっぱり、その事実には驚くよね。
幸いないのは、周囲には聞こえていない事、かな。
周りは周りでなんか盛り上がっているし。
それのおかげで、こちらの話は聞こえていないみたい。
「んでね、エナちゃんが警備員が三人ほどこれなくなっちゃったから、代わりになりそうな人いない? って訊かれて、それで依桜君とミオさんを紹介したんだよ」
「その時点で、問題が起こらないことが約束されたような物じゃない」
まあ、師匠がいるもんね。
師匠が一人いれば、十分すぎるほどだし。
「んまあ、そんなわけで、依桜君とミオさんがお仕事をしていたはずなんだけどねぇ……そんなタイミングに、あんなに可愛いアイドルが出てくるあたり、不思議じゃない?」
「「「たしかに」」」
「で、ここからはわたしの推論! エナちゃんは脅迫状を送られていたらしいんだよね。だから、警備もかなり厳重だったし、人数――それも、なるべく武術の有段者である人たちが欲しかった。で、そんな中、エナちゃんが舞台上に出て、守ってくれる人が欲しい! とか何とか言った後に、マネージャーさんに無理と否定。どうしようかなぁ、と考えている時にトイレに行ったら、たまたまそこにいた素の状態の依桜君に遭遇し、事情説明後、アイドルになった、ってとこかにゃー」
………………あ、当たってる。
なんで、その光景を見たかのように言い当ててるの?
女委って、実は探偵とかだったり、もしくは異世界に行っていたりしない?
「で? 当たってるの? 依桜」
「え、えーっと……そのぉ……」
「……OK。その反応で理解したわ。それに、私も少し気になってこのライブの中継を見ていたけど、どことなく声が依桜に似てたし。というか、スキー教室の時に歌っていた声にそっくりだったし」
「ああ、言われ見りゃそうだったな。オレも、違和感を感じてたけどよ、なるほどなー。それが原因か」
「依桜は、本当に変なことに巻き込まれるな」
「あ、あははは……」
本当に、笑うしかない。
ボクのあれこれは、色々と酷いからね……。
どうして、こんな感じの体質になったのか、今でもわからない。
そもそも、体質なのかわからないんだけど。
「モデル、エキストラ、声優と来て、次はアイドルか。どんどん肩書を増やしてるわね、依桜」
「なんと言うか……ボクもなんでこうなのかわからないです」
普通、ただ警備員の仕事をしに行くはずだったのに、アイドルをやらされる羽目になる、なんて想像できるわけないよ……。
ボクって、そんなにあれなの?
「まあ、概ね、変なフラグでも建てたんでしょ、依桜は」
「ふ、フラグって……。さすがに、フラグは建てて、な…………」
「まさか。本当に建てたの?」
「さ、さすがにないよ! ただちょっと、師匠が『お前がアイドルのイベントに行くとなると、まーた変なことに巻き込まれそうだな』って言ってきたから、笑いながら否定しただけだもん」
「「「「それをフラグって言うんだよ!」」」」
……みんなして強く言わなくも……ぐすん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます