第226話 三度目の異世界10

 翌日。


 朝目を覚ますと、いつも通りの姿に戻っていた。

 嬉しいような、嬉しくないような、本当に複雑な気持ちになるよ、あの姿は。


「さて、と」


 ボクは起き上がると、元の世界の服に着替える。

 異世界産の服を着ててもいいけど、さすがに元の世界じゃ目立っちゃうしね。

 それにやっぱり、普段着ている服の方が落ち着く。


 メルはまだぐっすり眠っている。

 正直、このまま起こさないで行くべきか、それとも起こして行くべきか迷う……。


 うーん……ボクは一応、この国の女王になっちゃったわけだし、定期的に来ないとまずいよね……。

 そう考えたら、その時に会えるわけだし……。


 ……どうしよう。


「ふぁぁ~~……んにゅ……ねーしゃま……?」


 どうしようか迷っていたら、メルが起きた。

 あぁ、起きちゃったか……。

 まあ、仕方ない、よね。


「ねーしゃまは、今日帰るんじゃったよな……?」

「……うん」

「……儂も、ねーしゃまと一緒に行きたいのじゃ……」


 ま、またそのお願い……。


 向こうの世界は、こっちとは違った危険があるからなぁ……。

 それに、言語についてもあるし……。


 あと、メルのような見た目だと、学校に行っていない、というのは変な話だよね……。

 ……いや、やっぱり連れていくわけにはいかない……。


「メル、ごめんね……。メルを連れていくことはできないんだ……」

「なんでなのじゃ……?」

「……一応、メルはこの国じゃ魔王様なんでしょ? 女王と魔王が二人ともいなくなる、っていうのは問題だと思うの。それに、向こうでは大変なことしかないんだよ? 危険なことだって……。そんな世界に、可愛いメルを連れていくことはできないよ……」

「うぅっ……」

「な、泣かないで!? 必ずこっちの世界に来るから、ね?」

「……ほんと?」

「もちろん。ボクだって、メルと離れるのはちょっと辛いけど……何度だって来るから」


 それに、こっちでの一週間くらいだったら、向こうでは一日だけ。

 土日を使えば、二週間はいられるはずだし……。


「……わかったのじゃ。絶対、また来るのじゃぞ?」

「うん。メルに寂しい思いをさせちゃうかもしれないけど、安心して。絶対に、また会いに来るから」

「約束じゃぞ……?」

「うん」


 微笑みながら頷くと、メルは少しだけ笑ってくれた。

 でも、涙を流していることは変わらない。

 ……うぅ、心が痛いぃ……。

 メル、すっごくいい娘なんだもん……離れたくないよ……。


「それじゃあ、そろそろボクは行かないと」

「……わかったのじゃ」

「またね、メル」

「また、なのじゃ」


 メルは泣きながら、ボクは目の端に涙を浮かべながら、笑いあった。



「お待たせしました、ジルミスさん」

「待つのは苦ではないので、大丈夫ですよ。それで、ティリメル様は?」

「お別れを済ませてきましたよ。といっても、また来るつもりですから、大丈夫です」

「……そうですか。ティリメル様は、イオ様を本当の姉ようだと言っておりましたので、さぞかし辛いことでしょうが……致し方ありません」

「ですね……」


 ボクだって、離れたくなかったし……。

 できることなら、一緒にいたかったんだけどね……。


「それでは、出発しましょう」

「はい」



 馬車が走り出すこと、約二時間。

 リーゲル王国に到着した。

 なんだか、久しぶりに来た感覚だよ……。

 二日前に出たばかりなんだけど。


「それでは、イオ様、お気を付けて」

「はい。ありがとうございました、ジルミスさん。ジルミスさんも、根を詰めすぎて、体を壊さないよう、気を付けてくださいね?」

「ははは。イオ様にそう言っていただけるだけで、疲れが吹き飛ぶというものです。それでは」

「さようなら、ジルミスさん」


 こくりと最後に頷くと、ジルミスさんたちは去っていた。

 見えなくなるまでそれを見送った後、ボクは王都に入り、王城を目指した。



『た、大変です!』

『どうした?』

『ティリメル様がいません!』

『な、なんだってぇえええええええええええ!?』


 一方、クナルラルでは、メルが忽然と姿を消して、城の中が騒然となった。



「おお、待っておったぞ、イオ殿。いや、イオ女王陛下、のほうがいいのかな?」

「や、やめてくださいよぉ。今はボク個人として来てるわけですし……。それに、いきなりそう呼ばれるのはちょっと……」


 王城に入って、王様に会って早々、意地の悪い笑みを浮かべながら、女王陛下と呼ばれた。

 さすがにそれは嫌なので、王様にやめるよう抗議した。


「ははは、すまない。つい、な。して、どうだった、魔族の国は」

「いい人たちばかりで、自然豊かな綺麗な国でしたよ。あと、果物がすごく美味しかったです」

「なんと。これは、是が非でも交流を積極的にせねばな」

「その方がいいと思いますよ」

「ああ、それから、新しい魔王が出ている、と訊いたのだが……どんな方だった?」


 恐る恐ると言った様子で、魔王について王様が尋ねてきた。


「可愛かったです」

「か、可愛い?」

「はい! それはもう、素直で可愛くて、ちょこちょこついてくるんですよ! しかも、ボクを『ねーさま』と呼んでくれて……。ボクのするお話を楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれるんです! 他にもですね、寝ている時とかくっついてくるんですよ? それが可愛くて……。あと、口調が年寄りみたいなんですけど、見た目とのギャップがいいんです! あ、もちろん、見た目も可愛いんですよ? 紫紺の髪とか、ルビーみたいな綺麗な瞳とか、ちっちゃい桜色の唇とか! それから――」

「わ、わかった! イオ殿がものすごく気に入っていると言うことはよくわかったから、その辺りで止めてくれ!」

「はっ! す、すみません、つい……」


 た、たしかにちょっと暴走気味だったかも……。

 あれかな、お別れしたばかりだから、ちょっと気分的に沈んでるのかな……?


「それにしても、普段のイオ殿からは考えられないほどの饒舌っぷりに、溺愛ぶりだなぁ」

「お、お恥ずかしい……」

「いやいや、恥ずかしがることはない」

「そ、そう言っていただけると、ありがたいです……」


 あぁ……あんな暴走した姿を見せちゃうなんて……あ、穴があったら入りたい……。


「さて、そろそろ帰還の方を済ませようか」

「あ、はい」

「準備はもうすでに万端だ。あとは、イオ殿が来てくれさえすれば、問題はない」

「わかりました。それじゃあ、行きましょう」


 話はそこそこに、ボクたちは召喚の間に向かった。



「イオ殿、何かやり残したことはあるか?」

「……いえ、大丈夫ですよ。始めてください」

「わかった。さあ、頼むぞ、お前たち!」


 召喚の間にいる、魔法使いの人たちが小さく頷くと、詠唱を開始した。

 詠唱が進むごとに、光はどんどん大きく膨れ上がり、召喚が完了する、と言った瞬間、


「ねーさま!」

「め、メル!?」


 突然、メルがボクに飛びついてきた。


「あ、ちょっ!」


 そんな、王様の焦った声が聞こえ来たけど、次の瞬間、ボクの視界が真っ白になり、意識が途絶えた。



 次に目を覚ますと、そこは見慣れた天井だった。


 窓の外を見れば、今はお昼くらいだと言うことがわかる。

 日付は、三月の十一日。

 時間は、十五時くらい、かな? 大体、十二時間経過した時間くらい、かな?


 うん。やっぱり、一週間が一日なのは間違いなさそう。


 さて……そろそろ現実を見ないと。


「……こっちに来ちゃったよ……」

「すぅ……すぅ……」


 ベッドで横になっているボクの上に乗っかかり、眠っている可愛いメルがいた。

 あー、どうしよう……これ絶対、クナルラルでは大騒ぎになってるよね……?

 この状況を、ボクはどうすればいいんだろう。

 とりあえず、メルを起こさないと……


「メル、起きて、メル」

『んぅ~~……ふぁあぁ……ねーさま……?』

「そうだよ、メル」

『? ねーさまの言葉がわからないのじゃ……』


 あ、しまった。つい日本語でしゃべっちゃってた。

 異世界の言葉にしないと。


『ごめんね、ボクの世界の言葉で話しちゃった』

『おお、今度はわかるぞ!』


 ボクの言葉がわかると知って、メルが安堵した表情をした。


『それで、えっと……どうして、王城にいたの?』

『……だって、ねーさまと離れたくなかったんじゃ……』

『でも、ボクは連れていけないって言ったし、メルも約束したよね?』

『……それでも、儂はねーさまと一緒がよかったのじゃ。ねーさまがいないと嫌なのじゃ……。寂しいのじゃ!』

『……』


 こ、ここまで言われちゃうとは思わなかった……。


 寂しい、か。


 ……たしかに、向こうではメルよりも年上の人しかいないし、なんだったら同年代の友達なんてできなさそうなんだよね……だって、年齢的には赤ちゃんだもん、メルって。


 あとは、あれだね。魔王って言う肩書がある以上、心を許せる人がいないのかも……。


『でもメル、どうやってボクの所に来たの? メルの気配は感じなかったんだけど……』

『『偽装』というスキルのおかげじゃ! これを使えば、気配を偽ることができるのじゃ』

『そ、そんなスキルが……』


 気配を偽るスキルなんて、明らかに暗殺者にとっては天敵ともいえるスキルな気が……。

 だって、ボクでさえ、気付かなかったわけだし……。

 師匠辺りなら気付きそうだけど。


『じゃから、それを使ってねーさまが乗っていた場所にこっそり忍び込んだのじゃ。そして、あとをついて行って、消える寸前にねーさまに抱き着いて、一緒に来たんじゃ』

『そ、そっか……』


 随分、アグレッシブな魔王様だなぁ……。


 まさか、ボクと一緒にいたいがためだ気にそんなことをするとは思わなかった……。

 うぅ、ここで怒っても仕方がないし……というか、理由が理由だから、ちょっと怒るのも気が引ける……。


 それに、もう一度向こうに行くには、学園長先生の手を借りないといけないんだよね……。


 仕方ない、かな。


『メルは、これからどうしたいの?』

『儂は、ねーさまと一緒がいいのじゃ……』

『……本当に?』

『本当じゃ!』

『そっか……』


 こんなに純粋に見つめられると、無下にもできないよね……。

 まあ、ボクにメルを追い出すとか、送り返す、なんて選択肢は全くないわけだけど……。


『わかったよ。じゃあ、一緒にここで暮らそうか』

『ほんとか!?』

『ほんとだよ。メルがそこまで言うのなら、仕方がないしね……』


 それに、まだまだ子供だもん。

 せめて、その間だけでも、色々とさせてあげた方がいい気がするし。


『ただし、何度かまた向こうに行くからね?』

『うむ! わかったのじゃ!』

『なら、いいよ。それじゃあ、今日から一緒だね』

『わーいなのじゃ!』

『うわわ、だ、だからいつも抱き着かないでって言って――』

「い、依桜……?」


 母さん、入室。

 部屋に入って来た母さんは、メルに抱きつかれているボクを見て、硬直していた。


「あ、え、えっと、た、ただいまー……」


 ボクは、そう言うしかなかった。

 あー……これは、かなり大変なことになりそう~……。

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