第225話 三度目の異世界9

 拝啓、元の世界にいるであろう、父さんと母さん。気が付けばボクは……


「こちらにいらっしゃるのが、この度、我が魔族の国クナルラルの女王に即位なされる、イオ・オトコメ様だ!」

『わあああああああああ!』


 魔族の国の女王様になっていました。


 ボクは今、お城のバルコニーにて、広場に集まった魔族の人たちに手を振っている。


 もう一つ言えば、今のボクの衣装は、普段着ているようなラフな服装じゃなくて、ドレス姿に王冠を頭に乗せている。


 以前、王城でのパーティーをした時に着ていたのは、Aラインと呼ばれるドレスだったけど、今回は、スレンダーラインと呼ばれるドレス。


 ちょっとボディラインがわかるような感じになっちゃってるし、少し胸元も開いちゃってるけど、大人しめで、装飾が少ないドレスで合うのは、これだけだったらしく、仕方なく着ている、という状況です。


 できれば、普通のラフな格好とかの方がよかったんだけどね……だって、ドレスって聞慣れなくて、緊張しちゃうんだもん。


 元々男なのに、こうしてドレスを着ている、って言うのは、本当に不思議な気分だし、複雑……。

 ……女装をさせられていた時もあったから、抵抗があんまりない時もあるけど。


 ちなみに、頭に乗せている王冠は、なんだか重みがあった。物理的にも、精神的にも。

 ちょっと辛い……。


 それにしても、本当にすごい人数……。


 ジルミスさんが人数は一億人、なんて言ってたけど、本当にそうなんだろうなぁ。

 だって、広場に入りきらなくて、よく見ると街の方まで続いてるんだもん。


 まさか、本当に国中から集まってくるなんて予想もしてなかったよ……。


 あと、この国って、クナルラルって名前だったんだ。

 え、じゃあ何? ボクが即位すると、名前にこれが入るってこと?


 う、うわぁ……恥ずかしい……。


「此度の戦争で、先代魔王や、その思想に毒された者たちによって、搾取されてきた。そして、戦場で我々は大事な同胞たちを数多く失うことになってしまった。しかし、人間族たちの勇者――イオ女王陛下が、我々の共存への道を叶えてくださった!」


 じょ、女王陛下って……は、恥ずかしぃ!


 なんて恥ずかしい呼ばれ方なんだ!


 今まで感じてきた恥ずかしさなんて、霞むくらいの恥ずかしさなんだけど!


 う、うぅ……まさかこうなるとは思わなかったよ……。


 あと、魔族の人たちの夢を叶えた、というより、たまたまそうなっただけな気が……。

 だって、魔族と言っても人にしか見えなかったし……。

 それに、そこまで殺気も感じなかったし……。


 そんな人を殺すのは、さすがに……。


「イオ女王陛下は、我々魔族と人間族の共存のため、この国の女王となることを決意してくださった!」


 決意も何も……半分くらいはそうなんだけど、もう半分くらいはメルのためだったりするんだけど……。

 申し訳なくて言えない……。


「そして、今日! イオ女王陛下が即位なされる! これにより、魔族と人間族の共存に一歩近づいた!」

『うおおおおおおおおおおお!』


 あぁ……すごい歓声だよぉ……。

 どうしよう……。誰一人として、人間であるボクが女王になることに何も感じてないよ……。


 もっとこう、あるでしょ?


『人間なんかに任せられるか!』


 みたいな。


 シリアス展開が満載の小説とかマンガだと、そう言うの多いよね?

 理想と現実は違う、って言うけど、ボクとしては、こっちが理想で、作品の世界の方が現実であって欲しかった……。

 そうすれば、ボクが女王になることはなかったんだろうなぁ、なんて思うよ。


 ……でも、共存を目指して頑張っているのを見て、聞いちゃったから、黙ってみているって言うのも本当に申し訳なかったんだよね……。


 思いっきり関わっちゃってたし……。


 まだ、十九歳なのに、なんでこんな人生になってるんだろうなぁ……。


「それでは、イオ女王陛下より、即位の演説を行ってもらう! よろしくお願いします、女王陛下」

「は、はい」


 ジルミスさんに呼ばれ、ボクは前に出た。


 うっ、お、多いよぉ……。


 さっきは少し離れた位置からだったけど、こうしてさらに近くで見ると、本当に人数が多い。


 ぼ、ボク、こんなに人がいる国の女王になるの?

 ……ど、どうしよう。

 き、緊張してきた……。


 お、落ち着け、ボク。

 今までにやってきたことを思いだすんだ……。

 少なくとも、演説まがいのことは、こっちに三年滞在してきたときに何度もしてきたはず……。

 今更やっても、そこまで緊張は感じないはず!


 ……うん、やっぱり無理!


 だ、だって、あの時とは状況が違うもん!


 あの時は、本当に無我夢中でやった後で、貴族でも何でもない、勇者として演説をしていたからまだよかったけど、今は違う。

 今は、立場的には王族と言う位置になっちゃうから、すごく緊張しちゃうんだよぉ……。


「……イオ様」


 小声で、ジルミスさんが話しかけてくる。


「大丈夫です。落ち着いて、思ったことを言ってください。言葉遣いも気にしないで大丈夫です」


 こ、こんな時でもフォローをしてくれるなんて……。

 そ、そうだよね。

 ジルミスさんがそう言うんだから、素直に自分の思ったことを言えばいいだけだよね!

 う、うん。

 やろう。


「み、みなさん、初めまして。この度、魔族の国クナルラルの女王に即位しました、イオ・オトコメです」


 ボクが話し始めた瞬間、ざわついていた広場はぴたりと音が止んだ。

 よ、余計緊張してきたんだけど!


 というか、よく見たらなぜか顔を赤くしたり、惚けたりしている人もいるんだけど。なんで? 何かあったの?

 ま、まあ、とりあえず専念専念……。


「みなさんがご存知の通り、ボクは、みなさんとは違って、魔族ではなく人間です。ですが、人間と魔族が共存できる世界にしたいと思い、この国の女王となりました。本当は、女王になるつもりはなかったのですが、ボクが女王になれば魔族が人間と共存しやすくなると聞き、こうしてみなさんの前に立っています。最近まで、ボクたちは戦争をしていました。ですが、今はもう戦争は終わり、平和が訪れています。この平和が二度と戦争によってなくならないよう、人間と魔族は共存していかないといけません。もちろん、きっと苦難は多く、上手くいかないな気もあると思います。ですが、この国はすでに、リーゲル王国と国交を開くことになっています。今はまだ、一つの国としか交流はできません。ですが、リーゲル王国と良好な関係を築いて行けば、きっと他の国々もこの国を見直し、歩み寄ってもらえるはずです。いえ、むしろ、ボクたちが歩み寄っていくべきだと思っています。困っていたら、手を差し伸べることが一番大事です。そこに、理由なんて必要ありません。助けたいと思ったから助ける、それだけでいいです。だから、みなさんも歩み寄ってほしいのです。みなさんが、戦争に巻き込まれないようにと、人間の人たちを匿い、保護していたように。きっと、人間の人たちもわかってくれるはずです」


 一度話を切って、広場の人たちを見る。

 一様に真剣な表情で、ボクの話に耳を傾けてくれているみたい。

 それを見て、少しほっとした後、ボクは話を続ける。


「……ボクは、国営もできませんし、そもそも、女王という器ではありません。元の世界では、ごく普通の一般人です。でも、ボクがこの国の女王になり、象徴となることで、みなさんが幸せな世界になると言うのなら……ボクは、ボクができることでみなさんを幸せにしたいと思います。何もできず、至らない点が多いとは思いますが、よろしくお願いします」


 最後にそう言いながら、ボクは頭を下げた。


 王族は基本頭を下げちゃいけないらしいけど、ボクの場合はちょっと特殊。そもそも、下げられない頭なんてない。

 これが一番、誠意を見せられる気がしたから、こうした。


 少しの静寂の後……


 パチパチ……


 と、手を叩く音が鳴りだし、気が付けばそれは、広場全体にまで広がり、歓声も上がった。


 と思ったら、


『イオ女王陛下万歳! イオ女王陛下万歳!』


 なんて、アニメとかでしか見たことがないようなコールが入って来た。


 って、やめてぇ!? それだけは、本当にやめてぇ!?

 すっごく恥ずかしいからぁ!


 というか、似たようなコール、以前どこかで受けた記憶があるんだけど!


 あと、なぜか泣き出してる人とかいない!?


 今の話のどこに、泣く要素があったの? ボク、割と当たり障りのないことしか言ってない気がするんだけど……。


 どうすればいいのか困り、なんとなくジルミスさんを見ると……


「うっ……くぅっ……」


 なぜか泣いていた。


 え、えぇ……じ、ジルミスさんも……?


 もしかして、魔族の人たちって、すっごく感受性が豊かだったりするの……?

 いいことなんだと思うんだけど……かなり困る。


 これ、ボクはどうすればいいの?


「民たちよっ! イオ女王陛下のお言葉を深く、己の心に刻み付けたか!?」

『うおおおおおおおおおおお!』

「イオ女王陛下は、元々はこの世界の住人ではない。今回はアクシデントによる来訪とのことだ。そして、イオ女王陛下にも帰るべき場所というものが存在している。明日、イオ女王陛下は元の世界にお帰りになられる」


 え、ジルミスさんがそれを言うの!?

 い、いや、ボクの口からは言いにくいからありがたいけど……。


「だが、忘れないでほしい! たとえ、イオ女王陛下が不在であっても、その慈愛に満ちた碧の瞳で見守っていると!」


 さ、さすがに無理ですよ!?

 ……あ、でも、異世界観測装置を創ってる人がいるし、意外とできちゃうかもしれないけど!


「それでは、クナルラル前国王として、イオ女王陛下が即位したことを、宣言する!」

『わあああああああああ!』


 って、ええええええええええ!?


 じ、ジルミスさんが前の王様だったのーーーーーーーーー!?


 鳴りやまない歓声を聞きながら、ボクの心の中は、その驚愕の事実にただただ驚くだけだった。



 無事、演説も終わり、ボクはとある一室でぐったりしていた。


「あぁぁ~~~……つ、疲れたよぉ……」


 すごく緊張した……。

 話に聞いてはいたけど、まさかあんなに大勢の人たちが来るとは思わなかったから、余計だよ……。


「お疲れ様でした、イオ様」


 ぐったりしていると、ジルミスさんが部屋に入って来た。

 ちなみに、ちゃんとノックしてから入ってますよ?

 まあ、ボクは気にしないんだけど。


「ジルミスさん、ボクの演説、大丈夫でしたか? 何か、ダメな点とか……」


 ちょうどいいと思って、ボクはジルミスさんにさっきの演説について、尋ねていた。


「バッチリでしたよ。着飾らないお話で、国民たちは感動しておりました。それはもう、感涙にむせぶほどです」

「そ、そこまでですか?」

「はい。イオ様の慈愛溢れる、素晴らしいお話でした。思わず、私も涙を流してしまいました」


 あれは、ちゃんとボクの本心ではあるけど……内容はちぐはぐで、そこまでいいものじゃなかったと思うんだけどなぁ……。

 そこまでいいものなの? あれ。

 よくわからない……。


「ねーさま!」


 と、ここでメルが飛び込むようにして部屋に入って来た。

 そして、入ってくるなり、


「うわわっ」


 また抱き着いてきた。

 なんかもう、受け止めるのも慣れたよ、ボク。

 注意をしようと、口を開いたら、


「ねーさま、すっごくかっこよかったのじゃ!」


 メルがキラキラとした目をしながら、褒めてきた。


「かっこよくて、綺麗で、すごかったのじゃ! 堂々している姿は、よかったぞ! やっぱり、ねーさますごいのじゃ!」

「そ、そうかな?」

「そうなのじゃ!」

「そっか、ありがとう、メル」

「んぅ~、ねーさまのなでなではやっぱり気持ちいのじゃぁ~」


 体を使って表現してくるメルがなんだか微笑ましくて、毒気が抜かれちゃったよ。

 注意する気になれなくなっちゃった……。


 だ、ダメなんだろうけど、次、次はちゃんと言おう。


 それにしても、頭をなでてる時のメルは、本当に可愛いなぁ……。

 どうしよう。ボクもちょっと離れづらくなって来た……。


「あ、そう言えば、ボクはこの後、何かすることってあるんですか?」

「特にはありませんよ。明日、ご帰還なされるとのことですし、何か仕事をさせるようなことはしません。それに、元々象徴でいいと言ったのは私の方です。だから、ごゆっくりしてくださっても構いません」

「そうですか。ありがとうございます。ジルミスさん」

「いえ。それでは、私はそろそろ仕事の方に戻らせていただきます。ごゆっくり」


 いつも通りの会釈をしてから、ジルミスさんは部屋を去っていった。

 うーん、あそこまで恭しい態度をされると、前の王様には見えない……。

 人は見かけによらないって言うけど、本当なんだね。


「さてと、ボクたちはどうしよっか」

「そうじゃなぁ……儂は、ねーさまと一緒にいられれば、どこでもよいぞ!」

「嬉しいことを言ってくれるね」


 ボクといられればどこでもいい、か。

 本当、なんでこんなに懐かれたんだろうなぁ。

 まだ、出会ったばかりなのに。

 まあ、問題があるわけじゃないし、別に構わないんだけどね。


「それじゃあ、また何かお話でもする?」

「それがいいのじゃ! ねーさま、早く早く、なのじゃ!」

「そんなに引っ張らなくても、ちゃんとついて行くから大丈夫だよ」


 待ちきれないとばかりに手を引っ張るメルに、苦笑いをしながら言うボク。

 うん、やっぱりいいね、こう言うの。

 あぁ……心が癒されるよぉ……。

 なんてことを思いながら、ボクはメルと色々なお話をした。

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