第193話 サバイバルゲーム4
インガドが消える様子を見届け、ユキはふと考える。
すなわち……
(こ、これからどうしよう……?)
と。
当初の目的である、インガドの撃破は達成。
これからすることと言えば、イベントを続行することになるのだが……何分、ユキ自身には優勝したい! という願望はない。
このイベントは、あくまでもインガドに仕返しをすることが目的だったし、何よりユキは目立ちたくないと思っている。
そうは思っても、先ほどの映像で、かなりユキの姿(顔は見えていない)は、少なくない数のプレイヤーたちの記憶に残った。
今はまだ、異常な強さを持ったプレイヤーとしてしか認識されていないが、これでフードとコートの下の姿が見られてしまえば、それこそ大騒ぎになってしまう。
サービス開始の次の日から、ユキは白銀亭を経営しているわけだが、徐々に徐々に客が増えていっているため、それなりに有名になりつつあった。
そもそも、料理を食べただけでバフがかかる、なんてぶっ壊れた能力を持っている上に、料理は美味い、そして、それを作っているプレイヤーも美少女とあって、大盛況。
ちなみに、最初は男性プレイヤーの方が多かったのだが、現在は半々だ。
そうなった理由は、ショウとレンが働き始めたから、だろう。
ショウ自体は普通にイケメンである上に、接客も丁寧。しかも、働き者と言うこともあって、女性人気が高い。ゲームの中でもだ。
そして、レンの方も意外と人が行っていた。
レン自身は、そこまで顔を変えていないのだが、決して現実のレンは見てくれが悪いわけではなく、単純に性格で損をしているだけなので、黙っていればそこそこモテそう、なんて言われていたりする。
もちろん、ユキたちもそう思っている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
実際、ユキの素顔自体はすでに知られているのだ。
中には、ユキの情報を欲しがるプレイヤーたちもいたのだが、料理屋と洋服屋の同時経営の店、白銀亭を経営していることしか出回っておらず、職業自体が不明、と言うことになっている。
キングフォレストボア―の騒動では、顔を見られていたりするのだが、遠めだったこともあり、未だにバレていない、と言うことになっている。
まあ、仮にそうだったとしても、異常に強いプレイヤーの正体が、白銀亭で料理を振舞っているなど、誰が想像できるのだろうか。
見た目で判断してはいけない、と言うのはこのことだろう。
「……とりあえず、動こうか」
結局、ユキは動き回ることにした。
街エリアを離れたユキが次に向かったのは、山岳エリアだ。
山岳エリアに行った理由はこれと言ってないが、強いて言えば、近かったから、だろうか。
それに、山岳エリアなら、ある程度は動ける(ユキのある程度は、常人には異常)。さらには、六つの地域の中で、一番高地にあるため、周囲を見渡すにはちょうど良かった、と言うわけだ。
ちなみにこのゲーム、視力も一応は反映される。
ただし、視力が悪いプレイヤーは、ゲームのシステム的なアレで、1.0くらいにはなる。
まあ、その辺りは一応初期設定で調整できるし、そうでなくてもアイテムやらなんやらでどうとでもできる。
「うーん、見た限りだと、いろんなところで戦闘が起こっているみたいだけど……」
ユキが呟いたように、各地域で戦闘が起こっていた。
激しいところから、そこまで激しくなく、一方的になっているなど、様々だ。
実際、この山岳エリアにも戦闘をしているプレイヤーは多い。
それを見て、ユキはふと思う。
「よく、刃を向けられなぁ」
と。
これはあくまでもゲームの中とはいえ、武器を人に向けているのと同義。
ユキにとって、少しばかり抵抗があるのだ。
と言っても、抵抗があるだけで、自分がやられたら意味がないと思っているので、普通に攻撃するのだが。
ユキの場合、向こうでの経験があるが、こっちの世界の人にとって、そう言った経験はまずない。
それでも、抵抗をほとんど感じずに攻撃するというのは、普通に考えてすごいことだとも思う。
中には、抵抗があるプレイヤーもいるのだろうが、ほとんどはおそらく、これはゲームだから、と言う風に線引き、もしくは割り切っているのだろう。
むしろ、そこを考えるユキは少数派かもしれない。
本物を知っているが故の、考え方。
「……【投擲】」
ふと、ユキが突然【投擲】を使用した。
『ぎゃああああああ!』
ユキが放ったものは、針。
あらかじめ【武器生成】で作ったものを、太腿にある、針を収めておくためのポーチ入れてあったものだ。
それを使用して、背後に【投擲】を放つと、背後にいたプレイヤーに当たり、消失させた。
ちなみに、そのプレイヤーは、【気配遮断】と【消音】を使用していたにもかかわらず、バレた。
もちろん、そのプレイヤーのスキルレベルが低かったのもあるのだろうが、ユキはスキルを使わなくても、なんとなくわかる。
この辺りは、本当に直感とか、その類だろう。システムに頼らない、個人的な技能。
強者は、自分の持つ能力や魔法に頼りきりにならない、というのがミオの持論。ユキ自身も、それには賛同している。
それで強くなっても意味がないからだ。
強いのはあくまでも、そのスキルや能力であって、本人の強さではない。
スキルや能力は、結局は手段と言うわけだ。
なんてことを思い出しながら、ユキは山岳エリアの頂上で一人座っていた。
イベントが開始してから、すでに十二時間が経過。
相変わらずユキは、山岳エリアの頂上に座っている。
不要な戦いを避けるため、と言う理由だ。
先ほどから、ユキを見つけては、攻撃を仕掛けてくる哀れな犠牲者たちも来たりしていたが、一度も攻撃が当たることはなく、瞬殺されて退場していった。
そうしているうちに、7万もいた参加者たちは、みるみるうちに減っていき、気が付けば5000人ほどになっていた。
これには、運営もびっくり。
参加者が7万人もいたこともそうだが、まさか十二時間の間でここまで減らされるとは思っていなかったのだ。
もっとも、そうなった原因を作ったのは、間違いなく、ユキである。
そもそも、序盤でかなりのプレイヤーを葬っている。
本人も、どれだけの人数を倒したかわかっていない。
山頂で座っている間も、多くのプレイヤーがユキを倒そうとしていたが、先ほど言ったように、瞬殺されて終了。
人数はどれくらいかわからないほどに、ユキに勝負を仕掛けてきていた。
そもそも、ユキに勝負を仕掛けるなど、無謀とも言えるような行動だ。
仮に、少しは攻撃を当てられる可能性があるとすれば、レギオくらいだろう。
まあ、結局は平和な日本で暮らしていた一般人であることを考えれば、当然と言えば当然だが。
「そこのお前、何をしている?」
ふと、ユキの背後から声が聞こえてきた。
と言っても、ユキ自身は、後ろから誰か来ていたことくらい、普通に察していたのだが。
ユキは、背後にいるプレイヤーが、今まで倒してきたプレイヤーよりも強いと確信する。
ゆっくりと、立ち上がり、後ろを振り返ると、そこには一人に女性プレイヤーがいた。
身長は170はある。女性にしては長身だが、このゲームにおいては、簡単に身長はいじれるので、そこまで珍しくないのだろう。
赤髪のベリーショートに、眼光鋭い黒の瞳。顔立ちは、きつめの美人と言ったところだろうか。
肌は、健康的な小麦色をしていて、スタイルもいいようだ。
見たところ、装備は刀。つまり、職業は侍だ。
防具に関しては、ほぼほぼ全身を守るような鎧を着込んでいる。
「見たとこ、ここでいろんな場所を見渡しているみたいだが?」
「そうですね」
「イベントに参加しておきながら、なぜ何もしないんだい?」
「目的は、もう果たしましたから。あとは、ここで座って眺めていたんですよ」
「……目的、ねぇ? なら、もう退場しても構わないってのかい?」
ユキの言葉に、目をスッと細め、まるで挑発するような言い方をする女性プレイヤー。
「ああ、あたしの名は、エイル。あんたは?」
「ユキです」
「ユキか。身に着けている装備を見たとこ、暗殺者、ってとこかい? あのクソみたいにむずい職業で、よくここまで生き残ってたねぇ?」
「運がよかったんですよ」
運ではなく、実力だが。
もちろん、エイルと名乗ったプレイヤーは、それを嘘だと、内心決めつけた。
「へぇ? じゃあ、あたしと戦ってみるかい?」
「……別に構いませんけど……」
「なんだい。やけに遠慮がちだね? こう言うのはもっと、テンション上げた方がいいんじゃないか?」
「そうは言われましても……」
ユキ自身、何度も何度も戦っていた経験があるので、テンションを上げるのは難しいように思えるが……。
「んで? あんたのレベルは? あたしは、34だ」
「ボクは、18ですよ」
「18ぃ? 正気かい? そんな低いレベルで、よく生き延びたもんだねぇ」
「まあ、色々と」
「ふぅん? まあいい。せっかく出会ったんだ、一勝負お願いできないか?」
「……わかりました」
「そうこなくっちゃな!」
ユキが了承したことに、喜色満面な笑みを浮かべる。
ユキは特に動こうとするそぶりを見せず、その場で棒立ちになる。
「いいのかい? そんなふざけた状態で」
その様子に、舐められたと思ったのか、苛立ちを見せる。
「問題ないですよ。いつでも、どうぞ」
「言うねぇ。なら……行くよ!」
次の瞬間、エイルはユキに肉薄し、刀を抜き放った。
そして、刀を振り抜き、前方を見ると、そこにユキはいなかった。
「き、消えた……!?」
「後ろですよ」
「なッ――!?」
振り向こうとした瞬間、ドシュッ! と、エイルの体に純白の短剣が突き刺さっていた。
しかも、自身の鎧の隙間を縫うようにして。
そして、漆黒の短剣がエイルの首を捉え、一閃した。
「うそ、だろう……?」
その言葉を呟いた直後に、エイルは消えた。
二撃。
レベル差二倍近くもあったエイルを、たった一刺し一閃で倒してしまった。
ちなみに、エイルはこのゲームにいて、二番目にレベルが高く、同時に、二番目に強いとさえ言われていたプレイヤーだ。
しかし、ユキにたった二発の攻撃で、倒される結果となった。
「……もう少し、加減するべき、だったかな」
なんてことを、ユキは呟いた。
『『『うわぁ……』』』
先ほどの、ユキのとんでもない攻撃を見ていた、敗者部屋のプレイヤーたちは、一様にドン引きしていた。
このイベントの優勝候補の一人と考えられていた、エイルをたったの二発で倒してしまい、しかも、最後の加減するべきだったかな、というセリフがさらにドン引きを加速させる結果となった。
『あの黒装備、強すぎじゃね?』
『さっきから見てるけどよ、被ダメ0はやばくね?』
『つか、動きがほとんど見えないんだが……』
『……レベル18の動きじゃねぇ』
『あれ、マジどうなってんの?』
レベルは高いとは言えず、服装は言ってしまえば全身黒い装備に身を包んだ、不審者。
顔は未だ見えず、余計に不審さを際立たせていた。
その上、インガド戦後、ずっと山岳エリアの山頂に座っているだけで、やっていることとすれば、自分に襲い掛かってくる他のプレイヤーたちを倒していることくらいだろう。
ほとんど見ずに。
『てか、普通に【気配遮断】とか【消音】を使ったプレイヤーとかも、わかってるような感じで倒してなかった?』
『……スキルを使った様子はなかったんだよなぁ』
『じゃあ、単純に個人的な技術?』
『何それ、ヤバ』
『……マジで素顔が気になる』
『それな』
『あのフードの下には、どんな顔が隠されてるのかねぇ?』
やはり、ユキの素顔は誰もが気になるようだった。
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