第194話 サバイバルゲーム5

 さらに時間は経過し、気が付けば十八時間経過。


 このイベントが開始された時の、この専用フィールドの時間は、朝の六時だ。

 そのため、もう深夜零時を回っている。


 夜中と言うことは、辺りは真っ暗で、明るい場所はない。

 暗闇。暗殺者にとって、最も動きやすく、最も活発になる環境。


 もちろん、ユキも例外ではない。


 暗いところになれていないと、視界は悪くなり、突然の奇襲に対処できなくなる。


 しかし、暗所での行動になれている者であれば、何の問題もなく動き回れるし、先手を打つこともできる。

 そして、こう言う時、暗闇になれていないものは同じようなミスをする。


 それは、


「……明かりを点ける人が多い」


 明かりを点けることだ。


 いや、決して明かりを点けることが悪いことではない。


 しかし、暗闇になれている人間が近くにいた場合、それは仇となる。

 自身の場所を知らせてしまうためだ。


 だが、明かりがない状態で動けば、さらに危険な状態になるのも事実。

 つまり、どっちに転んでも、暗闇になれている者の方が有利になるというわけだ。


 そして、この時、一番逃げてはいけない場所と言えば、森林だろう。


 障害物が多く、見晴らしも悪い森林は、暗殺者にとって、最も能力を活かせる場所だ。

 このイベントに、暗殺者がどれくらいいるかは不明だが、もし生き延びているのだとすれば、夜の間は森林にいる可能性が高いだろう。


 現在、生存しているプレイヤーの数は、100人程度だろう。


 二十四時間も動きっぱなしになるこのイベントは、かなりの疲労を参加者にもたらす。

 それこそ、ユキのように数日間寝ずに動けるような、異常な体力を持っていなければ、動き続けるのはただただ地獄だ。


 これがギルド対抗戦などの集団戦イベントであったなら、交互に休憩を取り、睡眠をとるなどの行動がとれたが、このイベントは個人戦だ。


 それも、多くのプレイヤーが入り乱れる、大規模な。


 そのため、この時間帯まで生き延びているプレイヤーたちのほとんどは、体力を大きく消耗し、疲弊しきっている者が多い。


 一部例外もいるが、それでも疲れていないわけではない。


 本来なら、息切れをしていたり、足取りがややふらついていたりするのが普通なのだが、ユキのようにとんでもない人数を葬っておいて、全く疲れを見せていない方が異常なのである。


 このイベントが万が一、時間内に終わらなかった場合は、延長戦に突入し、さらに疲労することになるのは明白だ。


 そのため、この時間帯では、残ったプレイヤーたちが早く終わらせようと動くこと間違いなしだろう。

 現に明かりがあるというのことは、そうしようとしていることになる。


「……これは、早めに終わらせた方がいいのかなぁ」


 さすがのユキもそう呟いていた。



 そして、さらに時間は経過し、残り時間は二時間となっていた。

 残るプレイヤーも、気が付けばユキを含めて10人。


 相変わらず、ユキは山頂でぼーっとする。

 その間、やはり無謀者たちがユキに攻撃を仕掛けるも、一瞥されることもなく即死。


 ここまで来ると、本当に恐怖でしかない。

 真っ黒な装備で身を包んだ、異常に強い暗殺者。


 そんな風に認識されている。


 そして、残ったプレイヤーたちも、そんなユキを遠ざけるようにしていた。


 このイベントでは、一時間に一度閲覧可能な、専用フィールドのマップが用意されている。


 マップ上には、プレイヤーの名前とはいかずとも、プレイヤーたちの位置を示す点が表示されていた。と言っても、【気配遮断】のようなスキルを使用すると、見えなくなるのだが。


 このイベントに参加しているプレイヤーたちは、一時間に一度あるこれを頼りにプレイヤーを探し出し、戦闘をしていたのだが、ある時、ほぼすべてのプレイヤーが異常に気付く。


 それは、山岳エリアのとある地点から一歩も動かないプレイヤーがいたことだ。そして、そのプレイヤーに接近していたプレイヤーは、ことごとくマップ上から消えた。


 それが薄気味悪く、ある者は怖いもの見たさに。ある者は戦いに。


 そう言う考えで行ったのだが、誰一人として無事に帰ってくることはなかった。

 その全員が言うには、


『何かを投げられた』

『気が付いたら切られていた』

『いつの間にか、敗者部屋だった』


 と言うのだ。


 ここまで来ると、本当に恐怖しかない。


 そもそも、見ていないはずなのに、針を投げられ、いつの間にか体力を全損しているのだから、やられた側は笑えない。そして、それを見ていたプレイヤーたちも、笑えない。


 異常な強さを持つ、とんでもないプレイヤー。


 レベル自体は、おそらく、このイベントに参加しているプレイヤーの中で、下の上。下手したら、下の下かもしれない。


 それくらい、低レベルと呼ばれるくらいのレベルで、ユキは他のプレイヤーたちを葬り続けていた。


 優勝することには興味はないが、かといって簡単に負けるのはユキ的に師匠の教えに反することだと思っている。


 と言うか、負けたことが知れたら、何をされるかわからないという恐怖が、ユキを負けさせまいとしていた。


 純粋に優勝したいのではなく、ミオが怖いから、と言う理由で勝とうとしているわけである。


 このゲームには、ミオ自身はいないのだが、何らかの手段を用いて見ているかもしれないと思うと、油断はできない。


 そんなことを考えていると、気が付けば生き残っているのは2人になっていた。

 つまり、ユキともう一人しか残っていない、と言うわけだ。


「あと一人、か」


 とうとう、自分以外は一人なったことに、思わず呟く。

 そこには、達成感も何もない。

 そこにあるのは、


(ど、どうしよう!? なぜか残っちゃったんだけど!)


 という、動揺である。


 今まで、ユキは散々プレイヤーを葬って来たが、山頂にいる間は、エイルを除いて、ほぼ無意識に倒していた。


 無意識に迎撃ができるようになってしまっている時点で、色々とあれだが、原因はすべて、ミオにある。


 寝ていようが、軽く気絶していようが、体が勝手に迎撃するように仕込んでいるのだ。


 と言ってもこれは、日常生活ではほとんど現れないもので、現れるとすれば、このイベントように、常に周囲に気を配っている場合に限る。


 これは能力でも、スキルでもないのだが、強いて言うなら『自動反撃』だろうか。


 どっかの、憤怒の人が使ってそうな技名に似ている気がするが。


 ただ、これは完全にステータスに反映されていないものなので、ゲーム内でも問題なく使用されてしまっているわけだ。


 オンオフは……どうなのだろうか。ユキ自身も、知らないうちに身に着けてしまった技能ではあるので、もしかすると、ミオでなければどうにもならないかもしれない。


 ただ、自発的な戦闘においては、この技能は使用されていないはずだ。

 あってもなくても、体の動きは同じだから、そこまで変わらないのだが。


「……君が、最後のプレイヤーかな?」


 ふと、背後から声が聞こえてきた。

 ユキはこの状況に既視感を覚えつつ、後ろを振り返る。


「ずっと、ここにいたみたいだけど……強いね。ここに来たプレイヤー、全員倒してしまったんだろう?」


 こくりと、小さく頷くユキ。


 背後にいたのは、ショウと同じ、金髪の青年だった。

 と言っても、ショウよりも髪は長めで、少し撥ねている部分もあるが。

 しかし、顔は整っていて、イケメンと言っても過言じゃないだろう。

 どちらかと言えば、外国人のような顔立ちに近いかもしれない。


 身長は高く、180はありそうで、装備品も全身を守るかのような、全身鎧だ。

 銀色の鎧には、青い線がいくつも入っていて、機動性もしっかりと考慮された、品質のいい鎧だと、ユキは思った。


 そして、よく見るとそれは……


(あれ、ヴェルガさんが使ってた鎧?)


 リーゲル王国騎士団団長の、ヴェルガ=クロードが身に着けていた鎧と瓜二つだった。

 ユキは、まさか見知った人物の鎧が出てくるとは思わず、さすがに驚いた。


「……その鎧、どこで?」

「これかい? これは、とあるクエストの報酬だよ」

「報酬……」


 ということは、騎士団関連のクエストがあった可能性がある、ということになる。


「もしかして、この鎧が気になるのかい?」

「……いえ、知り合いがそれを持っていたものですから」

「そうなのか? これを入手するクエストの存在を知っているのは、俺だけなんだけどな……」


 ユキが言う知り合いは、もちろんヴェルガのことだ。

 この世界が異世界を模して創られていることを知っているのは、少なくともユキと、ミサたち、それから製作者である学園長、そしてミオくらいだ。

 ミオだけは、このゲームに関わっていないのだが。


「それで、もちろん勝負するんだよね?」

「……そうですね。さすがに、もうそろそろ終わらせないといけませんから」


 そう言いながら、ユキは立ち上がる。

 武器は念のため構える。


「そうだ、まだ名乗ってなかったね。俺は、レギオだ。君は?」

「ボクは、ユキです」

「ユキ、か。その装備は一体?」

「……偶然手に入れたものですよ」

「そうか。まあ、手にいれた場所を聞き出すのは、マナー違反になりかねないからね」


 偶然も何も、ユキが現実で使用していた防具なのだが。


「さあ、戦おうか」


 世の女性たちが見れば、思わず見惚れしまうような笑みを浮かべながら、レギオが直剣を構える。


 ユキは腰を落として、純白と漆黒の短剣を両手に構える。


 一瞬の時の後、両者同時に地を蹴って、接近した。


 この時、ユキは手加減として、AGIを200程度に落としている。と言っても、なんとなく、と言う感じでだが。


 とはいえ、手加減そのものはミオに散々叩き込まれているため、息をするようにこなせる。

 そして、二人の刃が衝突する。


「君ッ、なかなかSTRが高いね……!」


 そういうレギオの表情は、笑みを浮かべているが、そこには驚愕も混じっていた。


 レギオは、ユキの持つ武器が二本の短剣であるのを見て、暗殺者であるとすぐに理解した。


 そして、真正面からぶつかり合った瞬間、勝ちを確信したのだが、それはすぐに間違いだと思わされる結果となった。

 ユキのSTRが思った以上に高かったのだ。


(暗殺者のSTRじゃないッ!?)


 思わず、そう思ってしまうほどだった。

 レギオの職業は戦士。使用武器は直剣。


 戦士は、STRとVITが上げやすい。


 そのため、バランスのいい行動がとれて、初心者にもやりやすい職業として広まっている。

 広まっているも何も、このゲームが発売、サービス開始から、まだ一週間と二日しか経っていないが。


 職業には、それぞれ上げやすい項目があるのは、誰でも知っている事実。

 レギオもその例に漏れず、STRとVITを多めに振っているのだが、万が一があってはいけないと考え、他の項目にも振っていたのだ。


 主に、AGIに振っている。


 そして、自身を強くするべく、ひたすらモンスターを狩り、ダンジョンを攻略し、ついにゲーム内にいるプレイヤーの中で、最強の地位を手に入れた。


 本人は、自分のレベルが最も高いことは自覚している上に、自身がそれなりに強いとも思っている。


 だからこそ、このイベントでは、一騎当千のような活躍を見せていた。


 しかし、しかしだ。


 レベルは圧倒的に自分よりも下なのにも関わらず、ユキは攻撃を防いで見せたのだ。


 鍔迫り合いの状態が続く。


 そして、その状況を変えたのは……ユキだ。

 ユキは二振りの短剣を交差させて剣を止めていた。

 片方の短剣で、レギオの直剣を流すと、もう片方の短剣で首を狙いに行った。


「くっ――!?」


 間一髪のところで、レギオはユキの攻撃を受け止める。

 だが、次の瞬間にはもう、ユキは別の攻撃に移っていた。

 受け止められた――否、受け止めさせた後、ユキは右足によるハイキックを仕掛けていた。

 それは見事に、レギオの側頭部を捉え、吹き飛ばす。


「がっ!」


 何度かバウンドして、レギオは受け身を取り着地する。

 体力ゲージを見れば、今の一撃で2割と少しを削られていることに、目を剥く。

 ただの蹴りで、ここまで体力を持っていかれるとは思っていなかったからだ。


「やるね、君。でも……これは躱せるかな? 【煌聖斬こうせいざん】!」


 スキル名を叫びながら、レギオは白く光る直剣を振り下ろす。


 その瞬間、直剣から、光速の斬撃が繰り出される。

 それはユキを飲み込もうとして……空振りした。


「なっ!?」


 ユキは、斬撃を視認した瞬間には、すでに横に跳ぶことで回避し、そのまま疾走した。


 その時、レギオが放った斬撃の風圧によって、ユキのフードがめくれ、イベント中、一切素顔を見せなかったユキの素顔が露わになった。


「お、女の子!?」


 ユキが女だと気付いていていなかったレギオは、女神のような美貌の少女に、思わず驚きの声を上げていた。

 そして、その隙が仇となり、


「【一撃必殺】!」

「しまっ――!」


 ユキのえげつないスキルが炸裂。

 スキルを伴った短剣が、レギオの首を貫き、体力を全損させた。


 格上でも倒せてしまう、ユキが持つ最もえげつないスキル。

 気付かれていない場合の方がほぼ確実に倒せるが、ユキの場合【慈愛の暗殺者】の称号によって、急所に攻撃を当てれば二倍になる、という効果のせいで、仮に気付かれていても、よっぽどVITが高くない限りは防げないという、最凶の攻撃、というわけだ。


 最強と言われていたプレイヤーは、あっけなく消えた。

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