第192話 サバイバルゲーム3
「だ、誰だよお前!」
「教えてあげてもいいんですけど……あいにくと、目立ちたくないので、このままで失礼しますね」
自身の正体について尋ねてくるインガドに対し、傍から聞けばふざけたようにしか聞こえないようなセリフで返す。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!」
それに怒ったインガドがユキに切りかかるも、
「遅いですよ」
ひらりと回避し、インガドの背後に回る。
「避けんじゃねぇよ!」
「いや、何言ってるんですか。戦場に出て、そう言って避けない人がいると思いますか? 馬鹿なんですか?」
「何が戦場だ! こんなクソ平和な時代に、戦場なんてねぇんだよ! なんだお前。もしかして、中二病ってやつか? だとしたら、とんだ痛い奴だな!」
「……」
正直、ユキは中二病になるのか、不明なところではある。
実際、本当に魔法は使えるし、能力も、スキルも使える。
そう考えると、中二病ではないような気がするが……。
そもそも、現実で、『白銀の女神』なんて呼ばれている方が、かなり痛いような気がするが。
しかし、実際に魔法が使える、なんてことが言えるわけもなく、ユキは黙る。
「なんだ、だんまりか? はは! 図星ってことだなぁ? へっ、テメェみたいな奴はな、俺みたいな強者の言うことを聞いてりゃいいんだよッ!」
不意打ちのように大剣を横なぎに払うものの、まったく当たらない。そもそも、掠めもしない。
何度も何度も大剣を振るうも、柳に風と、ユキが躱し続ける。
「クソッ! なんでだ、なんだ当たんねぇんだよ!」
「弱いからじゃないですか?」
「ふざけんじゃねぇ! 俺はつえぇんだ! 31もあるんだ! 俺はトッププレイヤーなんだよッ!」
怒りに任せた攻撃は、やはり当たらない。
そもそも、感情的になっている時点で、攻撃が一直線すぎて、見極めやすい。
誰でも避けられるというものだ。
「畜生ッ……! こうなったら……【破斬】!」
意を決したように、インガドが【破斬】というスキルを使用し、ユキめがけて大剣を振り下ろす。
ユキは、それをサイドステップで躱す。
「馬鹿が! そっちが本命じゃねえんだよ!」
と、回避するユキめがけて、思い切り横なぎに大剣を振るうが……
「うーん、遅いですね」
「なっ……!」
ユキは大剣の上に乗っていた。
当たったと確信したはずなのに、ユキは自身の大剣の上に乗っているとあって、インガドの顔が驚愕に染まる。
「はぁ、これで強者、ですか」
思った以上に弱かったとあって、ユキはがっかりしていた。
「て、テメェ……! ふざけんじゃねぇ!」
何度も、何度も、何度も大剣を振るっているのにも関わらず、やはり、当たらない。
当てずっぽうに攻撃しても、最小限の動きで回避される。
「クソッ、クソッ! なんでだ! なんで当たらねぇんだよ!?」
攻撃が一向に当たらないことに、インガドが苛立ったように叫ぶ。
だが、ユキが答えることは、
「弱いからですよ」
先ほどと変わらない答えだった。
「クソがあああああああ!」
インガドはまるで諦めることなく、ユキに攻撃を続けていく。
一方、敗者部屋では、この戦闘が大きな話題となっていた。
『なあ、あの黒装備、やばくね?』
『ああ。さっきから、インガドの奴の攻撃を全部躱してやがる』
『しかも、不意打ちにも平気で対応してるし……なんなんだ、あのプレイヤーは……』
今まで見たことがないプレイヤーに、敗者部屋にいるプレイヤーたちは近くにいる者たちと話し合うも、まったく答えが出てこない。
ユキは、あの姿で何度か狩りに出かけているが、以前のキングフォレストボア―の一件で、変に騒ぎになってしまったことから、毎回隠れて移動している。
それが原因で、ほとんどのプレイヤーが知らないわけだが……。
それに、キングフォレストボア―戦を見ていたプレイヤーたちも、レギオというプレイヤーが有名になったことで、少し記憶が薄れていた。
だが、さすがにここまで来ると、
『……なあ、あの黒装備。サービス開始初日に現れた、キングフォレストボア―を倒したプレイヤーじゃね?』
『ああ、あの運営のミスで発生した、っていうバケモンか?』
『そうだ。で、それを倒したのが、あの黒装備を着た奴なんだが……』
『へぇ、どんな奴なんだ?』
『オレはよく見てなかったんが、とんでもな美少女だったらしい』
『マジで!? 何それ、めっちゃ気になる奴じゃん!』
一部のプレイヤーは、映像に映る黒装備が、ユキだと疑い始める者が出てくる。
『……つーか、さっきの1000人くらいいたプレイヤーたちを、たった一人で蹴散らしてた時点で、相当やばくないか?』
『たしかに。攻撃を見ないで躱すし、死角から放たれた矢だって弾くしで、勝てる気しないんだが』
『やられた奴曰。気が付いたら死んでた、だそうだ』
『マジか。暗殺者みたいな奴だな』
『……てか、装備が短刀二本って、普通に考えて、暗殺者じゃね?』
『……言われてみれば』
『え、じゃあ何か? あのクソみたいに高い難易度を誇る暗殺者でプレイしてるってことか?』
『……どうなってんだ?』
中にはこのように、暗殺者であることに気付くものが出始める。
暗殺者は、何度が高く、やるプレイヤーはほとんどいない。
いたとしても、すぐに断念して、キャラを初期化。別の職業に変更してしまうのだ。
なので、暗殺者でプレイしていると、それなりに目立つわけだ。
『でも、あれだな。ああやって、インガドが翻弄されてる姿を見ると、めっちゃスカッとする』
『わかる。あいつ、マジで威張り散らしてばかりだしよ。性格クソだもんな』
『そうそう。さっさと退場しろって話だよ』
やはり、他のプレイヤーからは嫌われているらしい。
『俺、あいつに生産職であることを馬鹿にされたから、マジで黒装備に勝ってほしい』
『私も。しかも、男女差別まがいのこと言われたのが本当にむかついたわ。……力がなくて、全然だめだったけど』
『んじゃ、黒装備を応援しようぜ』
その声に、反対するものはいなかった。
「はぁ、はぁ……なんでだっ……なんで……!」
感情に任せて攻撃しまくっていたことで、体力を激しく消耗したインガドは、大剣を地面に突き刺し、それによりかかるようして立っていた。
「いくら強くても、技が伴っていないと、意味はないです」
「うるせぇ! 俺は、そんなもんなくたって、強いんだよ!」
「じゃあ、早く攻撃を当ててください。ボクは、さっきから、待ってるんですよ」
「ふざけたこと言いやがって! テメェ、それで本気なんだろ!? 内心、俺の攻撃に焦ってんじゃねえのかよ!?」
「いえいえ。ボクは、これっぽっちも本気じゃないですよ」
「でまかせだ! 本当はすぐに逃げ出したいにきま――」
「本気だと、こんな感じですけど?」
軽く十メートルはあった距離を刹那のうちに肉薄し、ひたりと、短剣を首筋に突きつける。
「ひぃぃぃ!?」
自身の首に短剣を突き付けられたことに気付いた瞬間、情けなくもインガドは後ずさっていた。
ここが現実じゃなかったら、軽く漏らしていたと思えるほどの勢いのある後ずさりだ。
「な、何なんだよ! その動きはぁ!?」
「うーん……別に言ってもいいんですけどねぇ……」
「お、教えろ!」
「……言い方は気に食わないですけど、まあいいです。はっきり言います。ボクのAGIは980ですから」
「う、嘘だ! そんな出鱈目な数値があるはずがねぇ!」
「嘘じゃないですよ。ボクの場合、色々と幸運があっただけですよ」
もっとも、その幸運と言うのは、オート作成によるものだ。まあ、全然幸運でも何でもない気がするが。
これはすべて、ユキの努力の賜物だ。
「テメェのレベルはいくつなんだよ!? 俺圧倒するほどのステータスを持ったお前は!?」
「18ですよ」
「じゅ、18……?」
「18です。レベルは18です」
「……て、テメェ、まさか……あ、あのクソ料理屋の――!?」
「今更気付いたんですか? 声も変えてないのに……鈍感で、馬鹿なんですね、インガドさんは」
そう言いながら、ユキはインガドに近づいて行く。
「こ、こっちに来るんじゃねぇ!」
「いえいえ、これは戦いですよ。なんで逃げてるんですか? 戦えばいいじゃないですか。他のプレイヤーの人たちにしていたように」
フードで隠れていてよく見えないのだが、インガドはそこにとんでもない圧力のある笑顔を幻視した。
いや、幻視などではなく、実際にものすご~く笑顔を浮かべているのだが。
「それで……誤ってくれますよねぇ? インガドさん?」
「な、なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ!」
「なんで、ですか。……ボクの友達を散々馬鹿にして、突き飛ばしておいて、なんで? 本気で言ってるんですか?」
ユキの口から、とても想像できないほどの殺意の籠ったセリフが飛び出した。
そしてそれは、女神と称されるほど(ユキ自身は認めてない)の美貌を持った姿を知っているだけに、それはインガドの恐怖心をさらに増幅させた。
「お、おおお俺が悪かった! あ、謝る! 謝るからゆ、許してくれぇ!」
「……」
「い、いえ! 金輪際、二度と近づきません! だから、ゆ、許して、くださいッ……!」
「……ちゃんと、謝るというのなら、許しましょう」
「謝る! 謝るから!」
「……わかりました。ちゃんと、謝ってくださいね?」
「あ、ああ! 約束する!」
それを聞いて、ユキはインガドに背を向けた。
「……あめぇんだよ! クソアマがぁあああああああ!」
そして、それを見た瞬間、インガドはがら空きに見えるユキの背中めがけて、予備として持っていた別の大剣を振り下ろしたのだが……
「……こうしてくると思いましたよ」
「……は?」
気の抜けた声が、インガドの口から漏れた。
ザシュッ!
次の瞬間、インガドの視界はぐるりと反転した。
それどころか、普段よりも高い位置を舞っている気さえした。
そして、地面に落ちた。
「さようなら、インガドさん?」
インガドが最後に見たのは、高いところから覗き込むようにして自分を見る、笑顔のユキの顔だった。
『『『うおおおおおおおおおお!』』』
ユキがインガドを倒した直後、敗者部屋が沸いた。
『よっしゃあぁ! あの黒装備、インガドを倒した!』
『すっげえ胸がすっとした!』
『あんな情けねぇインガドとか、マジ受けるんだけど!』
『今までの報いだよな! いやぁ、マジ笑うわ』
『人を馬鹿にするから悪いのよ』
『ほんとそれ。これでもう二度と、威張れなくなるよね』
と、口々にインガドに対して馬鹿にするような言動していた。
それほどまでに、インガドという男は、迷惑な存在だった、と言うわけだ。
そして、そんなインガドは、
「クソが! あのクソアマぁ……俺をこけにしやがって!」
敗者部屋に送られて早々、そうやって怒りに満ちた顔と表情と声で、恥も外聞も関係なく怒鳴り散らしていた。
いや、むしろ、自分がどんな状況になっているか気づいておらず、恥を晒しまくっているのだが。
それを見ていた周囲のプレイヤーたちは、失笑するのみ。
クスクスと笑う声が周囲から漏れる。
「テメェら! 笑ってんじゃねえぞ!」
『はっ、今更威張っても、さっきのを見た後じゃなぁ?』
『許してくれぇ! だっけ?』
『ほんっと傑作だったぞ、インガド!』
『てか、生産職を馬鹿にするとか、ほんと信じらんない』
『そもそも、NPCが作ったりするよりも、プレイヤーが作った武器の方が強いし』
「ん、んなもん、レアドロで」
『レアドロ狙うなんて、非効率的だ。そもそも、俺たち戦闘職は、生産職がいるから戦えてんだよ』
『そんな生産職を馬鹿にするとか……一生使わなくてもいいんじゃないの?』
『てか、むしろ出禁だろ、出禁』
「ふ、ふざけんじゃねえ! 何の権利があってそんな!」
今までの鬱憤を晴らす勢いで、プレイヤーたちはインガドに冷たい言葉を浴びせる。
それに対し、言い返そうとするも、
『じゃあ、お前は何の権利があって、生産職たちを馬鹿にしたんだ?』
「ぐっ」
逆に正論を返され、なにも言い返せなくなる。
『あーあ、これから先、お前の依頼を受けてくれるプレイヤーなんていなくなったなー』
『ま、こっち的にはざまあみろ、だけどね』
『そんじゃあ、精々一人で頑張れよー』
「畜生ッ……!」
容赦なく、浴びせられた言葉に、インガドはただただそう言うだけだった。
《CFO公式掲示板 匿名プレイヤーたちのお話広場》
【スレッド名:インガドざまぁ】
1:いやぁ、マジスッキリしたわー
2:それな。女神様、ほんと感謝だわ
3:最後、怯えた表情で許しを請う姿とか、本当に傑作だったな。あれ、芸人になれんじゃね?
4:バーカ。無理に決まってんだろ。他人を馬鹿にするような奴だぞ。誰も採ってくれねーよ
5:それもそうだな!
6:にしても、本当に勝ったのぉ、女神様
7:まさか、レベル差を覆して勝利するとは……恐れ入ったでござる
8:つか、マジで強すぎじゃね? 聞いたか? AGI980とか言ってたぜ?
9:あの速さは、マジ、じゃろうなぁ
10:レベル18でAGI980とか、普通に考えて、ありえないけど、なんかとんでもない称号とかスキルとか持ってんのかね
11:そうじゃね? もし違かったら、AGI極振りになってるだろ
12:でも、極振りでも980までいかないぜ? やっぱ、装備品とかもあるだろ
13:まあ、ええじゃろ。女神様なんじゃから、何でもあり、ということで
14:……それもそうだな!
15:それで済ませりゃ、何の喧嘩にもならないしな
16:女神様だから、なんて便利な言葉……
17:にしても、やっぱスカッとしたよなぁ、インガドの首が飛んだとこ
18:このゲーム、頭飛ばすとかできたのな
19:それな。やっぱ、STRも高いのかね、女神様は
20:上げにくいはずだし、あんまり振ってないと思うンゴ
21:でも、普通に戦士とか重戦士職のプレイヤーの武器を弾き返したりしてたしなぁ
22:まあ、いいんじゃね? それよりもさ、インガドのあの話、拡散した?
23:当然。負けた瞬間に、こっちで公表したぜ
24:これが、大勢を敵に回した奴の末路、ってな!
25:これで、あいつが威張り散らすこともないな! そして、強くなることも
26:強くはなれるじゃろうが、一生ソロじゃな。しかも、生産職の手も借りれない、な
この後も、先ほどのユキとインガドの戦いで、このスレッドは盛り上がった。
ちなみに、このスレッドにいたプレイヤーたちは、本当にインガドのあの行動を公表した。先ほどの戦闘シーンの映像も相まって、インガドはこれから先、誰の力も借りれなくなったが……自業自得だ。
これに伴い、ユキの株が大高騰した。
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