第191話 サバイバルゲーム2

「ついに始まったわけだけど……参加しなくて、よかったわね、私たち」

「ああ。あのユキの行動を見ればな……」

「てか、ノールックで反撃したりしてんだけど。化け物すぎるだろ、ユキ」

「まあ、師匠があれだからねぇ」

「そうね。師匠があの人なら、むしろ『これくらいできて当然』って言うんでしょうね」


 現在、イベントに参加しなかったミサたちは、白銀亭の中でイベントを観戦していた。

 家、もしくはギルドホームを持つ者には、イベント観戦の際、そこで見れる、という特典がある。


 今回、家主のユキがいないにもかかわらず、こうして見れているのには訳がある。

 訳と言っても、一時的に譲渡した、と言うわけではなく、代理としての所有権に、ミサたちを設定しているからだ。


 もし、家主やギルドマスターがいなかったとしても、代理所有権を設定しておけば、そのプレイヤーが問題なく店を営業したり、施設を利用できるようすることができる、と言うわけだ。


 ただし、あくまでもユキが所有者であるため、勝手に売却をしたりすることはできない。

 要するに、一部の行使権は得られるが、存続に関わったりするようなことに対する権利はない、と言うわけだ。


 まあ、別にその権利がミサたちに渡ったところで、それをやろうとする馬鹿はいないが。


 それ以前に、やった後が怖い、と言うのが本音になるだろう。


 ユキの力をよく知っているのは、ミサたちとユキの両親、それから学園長くらいのものだ。美羽も知っているには知っているが、そこまで深く知っているわけではない。


 話でしか聞いていないので、ユキがどれほどすごいか、と言う部分に関してはあまり理解はできていない。


 その内見せないと、とユキは思っていたりするが。


「にしてもこれ、ユキの独壇場みてーだな」

「レベル18であれとか、本当に笑えないわ。ユキが倒してるプレイヤーの中に、20後半もいたけど瞬殺されてるわ」

「そこまできたら、笑う以外ないねぇ」

「てか、【武器生成】だったか? あれ、【投擲】と相性良すぎじゃね?」

「そうだな。MPがあれば、いくらでも武器は作れるし、飛び道具扱いになるから、DEXの補正が働く。ただでさえ命中率が高いのに、さらにシステム補正がかかるとなると……当たるのはほぼ確実と言っていいだろうな」


 そう。【投擲】によって投げられたアイテム・武器は、飛び道具扱いとなり、DEXの命中率補正がかかる。

 システムによるアシストもなく、純粋な本人の技術によって、ユキはほぼ確実に狙った場所を当てられる。


 それこそ、10キロほど離れた位置にある、縫い針の穴に、別の針を投げて通すこともできる。


 といっても、これにはかなりの集中力を必要とするため、そうそうやらないような技術だが。


 そんな、とんでもない命中率を誇るユキのコントロールに、システム補正が働こうものなら、百発百中どころの騒ぎではなく、それこそ、千でも万でも確実に当てられるような化け物じみたものになるだろう。


 もちろん、ユキはそれを何でもないようにやっているが。

 これもすべて、ミオの異常な特訓のせいだ。


「だけど、これじゃあユキが優勝して終わりなんじゃね?」

「だね。ちょくちょく、レギオっていうプレイヤーも映ってるけど、ユキ君と比べると、何とも言えないよね。決して弱くはないと思うんだけど」


 ヤオイの言うように、イベントの映像には、先ほどからレギオの姿が映っている。

 どうやら、レギオというプレイヤーは、大剣を使うプレイヤーらしく、軽々と振り回していた。


 だが、ユキの動きに比べると……遅い。圧倒的なまでに。


 これに関しては、ユキが異常なほどのAGIを持っているのが原因だが。

 それを鑑みると、レギオの動きはまさにトップと言っても過言ではないだろう。


「戦士か、重戦士のどっちかだが……動きの速さを見る限りじゃ、戦士、ってとこか?」

「多分ね。重戦士はAGIが上げにくいから、そこまで速くならないでしょうからね。でも、あのプレイヤーは、それなりに速かったわ」

「なら、戦士だろうな。……だが、遅いな」

「まあ、戦士は堅実、と言った戦い方だから、あまり素早さは必要ないんじゃないかしら? むしろ、攻撃力と防御力を上げて、手堅くやれば、上手く戦えるはずよ」

「……んで、問題のあいつ。なるほどな、重戦士っぽいな、武器が」

「そうね。動きは遅めだけど、攻撃力が高そうね。多分200くらいあるんじゃない?」

「200、ねぇ?」

「ユキ君って、どれくらいだったけ?」

「たしか、250」

「あー……下手したらそれ、ユキの方が上じゃないの?」

「……かもしれないな」

「でもまあ、あのむかつく男は、瞬殺されて終わりね」

「だなー。さて、ユキは何してるのかねぇ」


 と、レンがそうぼやいた相手はと言うと――



「はぁっ!」

『『『ぎゃああああああ!』』』


 ――1000人単位の集団を一人で蹴散らしていた。


 なぜこうなったかと言えば、答えは単純。


 森林の木々を伐採しまくっているという、まさかすぎるプレイヤーが出始めたからだ。


 ユキ自身も、木々を伐採するようなプレイヤーが出現するとは思わず、思わず面食らっていた。


 とはいえ、その直後にかなりの人数のプレイヤーたちが押し寄せてきたこともあって、すぐに思考を戻す。


 ちなみに、ここに集まった1000人のプレイヤーたちは、明らかにユキ狙いだ。

 理由は単純。


 遠くからユキの行動を見ていたからだ。


 たった一人で、ノーダメージで、100人以上のプレイヤーたちを葬り続けていたユキを危険だと思ったからだ。


 しかも、見たこともない魔法、スキルを使用しているのだ、危機感を持って当然だ。


 むしろ、危機感を持たない人は、すぐに死ぬだろう。


 現に、たった一人だからと、油断していたプレイヤーたちは、軒並み消されている。


 そうして、危機感を持ったプレイヤーたちは、戦うのを一旦止め、手を組むことにして、ユキを迎え撃つことにした。


 そうして、襲い掛かるのだが……次々と倒されて行っているというわけだ。


 しかも、ユキは敵プレイヤーの攻撃をも利用し、どんどん死体を築いて行っている。


 ある者が切りかかってくれば、背後に回り、軽く背を押す。


 そうするだけで、その切りかかってきていたプレイヤーは別のプレイヤーを攻撃することになり、ダメージ負う。それを何度も何度も続け、なるべくスキルやMPを温存している。


 ちなみに、今回のイベントに向けて、ユキはあらかじめ料理を食べている。

 その際に得た内容は、【MP回復】だ。


 一度きり、みたいなものではなく、単純に自然回復するものだ。

 ちなみに、MPはもともと自動的に少しずつ回復する。

 大体、10秒に1くらいで。


 だが、今回ユキが得たバフは、10秒に1ではなく、1秒に1だ。


 これはおそらく、自分自身に作ったがためだと思われる。


 と言うのも、ユキ自身が作ったものを、他プレイヤーに食べさせた際、こんなあほみたいなバフがかかったことは一度もない。


 なので、本人限定で付くバフがあるかもしれないというわけだ。


 ただ、これのおかげで、ユキは先ほどから【武器生成(小)】を連発しまくっているにもかかわらず、全然問題がないわけだ。


 ちなみに、針を一本作るのに消費するMPは、2だ。


 本来なら10くらいは必要になるのだが、ユキが装備している【創造者ノグローブ】によって、消費MPが軽減され、効果が向上しているためだ。


 なので、針くらいなら、問題なく【投擲】で大抵は体力の半分を持っていける。さらに、ユキには【慈愛の暗殺者】という称号の効果もあって、急所に攻撃を当てれば、二倍のダメージが入るので、結果的に全損させることができている、というわけだ。


『な、なんなんだこいつはぁ!?』

『くそっ! 攻撃が当たらねぇよ! 背中に目でもついてんのかよ!』


 攻撃を後ろからしかけても、するりと避けられる。


 跳躍して、空中にいる間がチャンス! と思ったプレイヤーもいたが、逆に得物に乗られて、逆に逃げられる。


 暗殺者は本来、こういった集団戦は最も苦手とするところなのだが、いかんせん師匠が師匠なので、何の問題もなく捌けているというわけだ。


 それに、戦闘は素人であることも理由の一つだろう。


 本物を知っているユキからすれば、全然弱かった。


 途中、【ウィンドカッター】をまき散らして、プレイヤーのことごとくを切り刻んだり、100人をまとめて【投擲】で倒したりなど、本当におかしなことしかしていなかった。

 圧倒的、キル数である。


『ば、化け物だ! こんな戦い、やってられるか!』

『オレは逃げる!』

『つか、勝てるわけねえよ、あんなん!』


 そしてついに、逃げ出す者も出始めた。


 ユキには勝てない、絶対無理だ、そう思い始めた者たちが、蜘蛛の子を散らすようにして走り去っていく。


 ユキはその集団を見逃す。

 追う必要がないと考えたからだ。

 どの道、ユキの目的はインガドであるから、意味がないのだ。


「やっぱり、手ごたえがない、かぁ」


 あまりにも戦闘が多いものなので、ユキは思わずそんなことを呟いていた。

 完全に、スイッチが入っている。

 風景が異世界のそれに近かったので、結果的にそう言う気分になったのだろう。


「さて、もうすぐ街だね」


 手に持っていた短剣二本を鞘に納め、ユキは再び走り出した。



 そして、ついにユキは街にたどり着く。


「到着、と。えっと、インガドは……」


 街に到着したユキは、周囲をきょろきょろと見回す。


 耳をすませば、金属と金属がぶつかり合う音や、拳が人間の胴体に当たった時になるような、そんな鈍い音など、ところどころで戦闘が起きているみたいだった。


 ユキは一度、【映し鏡】を取り出しインガドの位置を探る。

 先ほどと変わらず、この街エリアにいることを確認。

 そして、今はどうやらどこかの建物内にいる、ということがわかる。


「んー……いっそのこと、ハイディングで近付こうかな」


 なんて、ちょっとしたいたずら心のような感じで、何となしに呟くユキ。


 自分を馬鹿にしていた、と言うことを思いだし、ならいっそ、その馬鹿にした暗殺者に背後を取られる、なんてことをしてみようと思い、ユキは《ハイディング》【気配遮断】【消音】の三つを使用。


 これだけで、ユキの姿は見えず、気配もなく、音も出ない、完璧なハイド状態となった。


 もっとも、《ハイディング》まで使う必要はないのだが。


 そもそも、【気配遮断】だけでも、ユキの姿を捉えることは難しい。というか、ほぼ不可能だ。

 気配を消すと言うことは、存在を希薄にすることなので、結果的に見えないに等しい。

 影が薄い人が目の前にいるのに気付かれないのと一緒だ。


 というわけで、ユキは完璧に隠れた状態でインガドのもとへと向かった。



「ははははは! よえぇな! おい!」


 インガドは一人、建物の屋上で笑い声を上げていた。


 この街のエリアに出現した後、インガドは手当たり次第に近くにいたプレイヤーを倒す……いや、蹂躙していた。


 強いプレイヤーも弱いプレイヤーも関係なく、だ。


 その際、馬鹿にすることも忘れない。


 同時に、すぐに倒すのではなく、少しずつじわじわと体力を削っていく。その際、何度も何度も馬鹿にするのだ。


「お前はよえぇんだから、こんなことさっさとやめて、弱者は弱者らしく、強者の言うことを聞いてりゃいいんだよ!」

『ぐふっ!?』


 ここまで来ると、クズのような人間だ。

 いや、ような、ではなく、本当にクズな人間なのだろう。

 自身が強くなったと錯覚して、威張り散らすだけの、ただの迷惑なプレイヤー。

 今だって、先ほど見かけた自分よりも格下の相手を一方的に攻撃し、頭を踏みつけている。


『く、そっ……!』


 頭を踏みつけられているプレイヤーは、反抗的な目をインガドに向ける。


「なんだ、その目は!」

『がはっ』

「ちっ、本当にクズみてーな人間だなぁ? まあいい。これで……終わりだ!」


 下卑た笑いを浮かべながら、大剣を振り下ろそうとして……ガキィィィンッッッ! という金属音を響かせて、ぴたりと止まった。


「あ?」


 見たこともない現象に、思わず手が止まるインガド。


「んだよ、バグかぁ? 俺の邪魔しやがって……まあいい。少し死期が伸びただけだ。今度こそ、敗者部屋に送ってやるよ!」


 もう駄目だと、倒れているプレイヤーが目を閉じた瞬間……またしても、ガキィィィンッッッ! という音が響き、大剣が止まった。


「なんなんだよ、これは!? こんなふざけたバグを放置してやがんのかよ、このゲームの運営さんはよぉ! クソ運営は、これだから困るんだよ!」


 なんて、好き勝手言うインガド。


「こっちが遊んでやってんだから、ちゃんとし――ぶげはっ!?」


 さらに何かを言おうとしたインガドが、見えない何かに吹き飛ばされた。


「クソっ!? 誰だ! どっから攻撃しやがった!?」


 そう叫ぶものの、誰一人として現れない。


「遠くから攻撃なんかしやがって……この臆病者がぁ!」


 煽るようなセリフを言うものの、やはり、現れない。


「畜生、今ので二割も持っていかれた……許さねぇ!」


 遠くから攻撃されていると思っているインガドは悪態をつきまくる。

 その光景を呆然としながら見ていたプレイヤーは、何が起こっているのかわからず、疑問顔を浮かべている。


 と、その時。


「今のうちに逃げて」


 鈴を転がしたような、澄んでいて、甘いような声が――女の子の声が聴こえてきた。


『へ……?』

「早く。じゃないと、巻き込まれちゃいますよ」


 幻聴かと思ってきょろきょろとしていると、再び聴こえてきた。

 しかし、逃げろと言われていたので、プレイヤーは急いで立ち上がると、そのまま走り去っていった。


「あ、テメェ! 逃げんじゃねぇ!」


 逃げたプレイヤーを追いかけようとするが、


「行かせませんよ?」

「――ッ!?」


 突然聴こえてきた声に、思わず飛び退くインガド。


「あれ、意外と冷静なんですね?」

「だ、誰だ!?」

「あのまま先へ進んでいたら、そのまま切ったんですけどね」

「な、何言ってやがる! いいからさっさと出て来いよ!」


 得体の知れない何かがいると知り、インガドは狼狽える。

 何がいるかわからない。何に切られそうになったのかわからない。

 未知と言うものに対し、恐怖心を抱いた。

 インガドが先ほど、声が聞こえた瞬間に飛び退いたのは、ゾッとする何かを感じたからだ。


「はぁ、しょうがないですね。いいですよ、姿を見せましょう」


 そう言って、インガドの目の前に現れたのは……全身黒装備のユキだった。

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