第384話 職業体験初日終了

 昼休みに、子供が落下するという騒動がありつつも、なんとか無事に五、六時間目の授業も終えることができた。


「はい、じゃあまた明日、元気に登校してきてね」

『『『依桜せんせー、さようなら!』

「はい、さようなら」


 帰りの会が終わると、子供たちは仲のいい子同士で集まって家に帰る。

 みんなが帰っていくのを見送り、最後の一人が出て行ったところで、柊先生に話しかけられた。


「お疲れ様です、男女先生」

「あ、柊先生」

「今日はなかなかよかったですよ?」

「そうですか? ボクとしては、やっぱり至らない部分もあったので、色々と改善点が多いと思うんですけど……」

「朝も言いましたけど、最初なんてそんなものですよ。むしろ、初めてなのにあそこまでできるのは素直にすごいです」

「あ、ありがとうございます……」


 なんだか、正面から褒められるとちょっとこそばゆい。


 ボク自身、そこまでうまくできていた感じはなかったんだけど……。


「あ、そう言えば聞きましたよ。他クラスの子を助けたとか。その子の担任の先生が感謝してましたし、他の先生方からもすごいと言われていましたよ」

「あ、あはは……た、たまたま足が速かったからですよ。それに、ギリギリでしたし」

「ともあれ、助けてくれて、ありがとうございました」

「どうして、柊先生が感謝を?」

「受け持っていないとはいえ、この学校の生徒ですからね。私からも感謝をと」

「そうですか」


 本当にいい先生だね、柊先生って。


 今日、ボクがちょっと困っていると、さりげなくフォローしてくれたもん。


「それにしても、男女先生は子供の対応に慣れてますね。もしかして、弟さんや妹さんがいるんですか?」

「はい。と言っても、最近になって出来たんですけど」

「最近? もしかして、何か事情があってとか?」

「はい。ちょっと、海外の親戚の人たちの方に色々ありまして、子供を引き取ったんです」

「そうなんですね。それで、今は何人ほど?」

「六人ですね」

「え!? 六人もいるんですか!? え、と、歳とかは?」

「えーっと、小学四年生が三人と、小学三年生が三人ですね」

「な、なるほど……。もしかして男女先生のお家って、お金持ちだったりするんですか?」

「いえ、普通の一般家庭ですよ。両親は普通の会社に勤めてると思います」


 と言っても、ボクは父さんと母さんの仕事について、一切知らないんだけどね。


 お願いすれば多分教えてくれるとは思うけど、昔から普通の仕事、って言ってたし、多分普通の仕事だよね。


 一応、ボクの方がお金持ち、って父さんが前に言ってたしね。


 実際がどうなのかは知らないけど。


「一般家庭なのに、六人も……男女先生の家って、九人で住んでいるんですか?」

「いえ、実はもう一人いるんですよ」

「もう一人!? もしかして、祖父母の方ですか?」

「いえ、ボクの師匠です」

「師匠?」

「はい。武術の師匠でして……ちょっと色々あってボクの家で、一緒に暮らしてるんですよ。叡董学園で体育教師もしてますしね」

「なるほど……すごいお家ですね」

「まあ、十人で住んでますからね」


 これで一般家庭って言うのは、いささか無理があるような気がしてきたけど……今更だよね。

 妹が増えたのは本当にびっくりだったけど、今は毎日が幸せだし。


「家事とか大変そうですよね。お母さんとかどうなんですか? 苦労してたりとか……」

「あ、いえ、家事は基本ボクがしているので」

「そうなんですか? もしや、押し付けられてるとか……」

「そんなことないですよ。単純に、ボクが好きでしてることですし、母もお仕事で忙しいので、なら学生のボクが、って。あと、妹たちの面倒を見るのが楽しいので」

「あ、妹さんたちなんですね。そこまで言うということは、可愛いんですか?」

「それはもう! えっと、写真あるんですけど、見ますか?」

「いいんですか? それなら、是非。男女先生の妹さん達は気になりますからね」


 にこにことしながらそう言われたので、ボクはスマホを操作して、メルたちがいる写真を見せる。


「へぇ~、これが男女先生の妹さんたちですか」

「はい!」

「なるほどー、たしかにこれは、可愛がりますね。みなさんとても可愛らしいです」

「ありがとうございます」


 自分のことじゃないけど、みんなのことを褒められると、自分のこと以上に嬉しい。

 まあ、みんな可愛いしね。当たり前だね。


「雑談もほどほどにして、とりあえず、お仕事をしましょうか」

「あ、はい。わかりました。えっと、何をすればいいんでしょうか?」

「仕事、と言っても別段学校のことをするわけじゃないですよ。簡単に言えば、これからレポートを書いてもらいます」

「レポートですか」

「はい。内容は、今日の感想で構わないそうなので、こんなことがあった、とか、ここがダメだった、とか、そのようなことでいいので、この紙に書いてもらえるとありがたいです。一応、これが男女先生の職場体験での評価の判断材料になったりしますから」

「わかりました。じゃあ、しっかり書かないとですね」


 こう言うのは、真面目にしっかり書いておいた方が何かといいしね。

 変なことを書いて、やり直しになったらさすがに嫌だもん。


「別に、真面目過ぎなくてもいいですからね? どんな活動をしたか、ということがわかりやすく書いてあればいいので」

「なるほど。ありがとうございます、柊先生」


 わかりやすく教えてくれるからありがたいです。

 柊先生でよかったよ、ボクが担当するクラスの先生。


「とりあえず、レポートが書き終わったら、帰っても大丈夫ですので、よろしくお願いしますね、男女先生」

「わかりました」

「それでは、私は職員室にいますので、終わったら持ってきてもらえるとありがたいです」

「はい。じゃあ、すぐにとりかかって、終わり次第渡しに行きますね」

「ありがとうございます。それじゃあ、頑張ってくださいね」


 そう言うと、柊先生は教室から出て行った。


「それじゃ、ボクも早く書かないと。お買い物に行って、夜ご飯を作らないとだしね」


 最近、ボクって主婦みたい、なんて思い始めてます。


 どうなんだろう?



 それから一時間かからないくらいでレポートが書きあがり、柊先生に提出。


 すぐにOKがもらえたので、ボクは帰宅しました。


 電車に乗って、美天市に着いたら商店街にてお買い物。


 引っ越しのデメリットと言えば、商店街がちょっと遠くなったこと。


 と言っても、ほとんどデメリットにはならないんだけどね、ボクの場合。

 身体能力がそれなりに高いから、多少伸びてもそこまでって言うほど困らないし、そもそも疲れないしで、問題は無かったり。


『お、依桜ちゃん、今日はマアジと白エビが安いよ!』

「あ、本当ですか? じゃあ……その二つを十人前ずつと、あとはシジミを……こっちも十人前下さい」

『あいよ! 依桜ちゃんの家、随分大所帯になったなぁ! ま、うちは儲かるから助かるってもんだ!』

「あはは。仮に少なくても、普段から来てるじゃないですか」

『それもそうだな! ほい、マアジと白エビ、あとシジミね! 二千七百円だ!』

「じゃあ……はい、三千円で」

『んじゃ、お釣りの三百円な。おまけでサザエを入れといたから、よかったら食ってくれ』

「あ、いいんですか? ありがとうございます!」

『いいってことよ! もともと、殻が欠けてたりして、商品にならない奴だ。数もそれなりにあったし、依桜ちゃんの家で食べてくれ。最近できた妹さんたちは、育ち盛りだからな! 美味いもん食って、大きくなれってな!』

「あはは! そうですね。それじゃあ、ありがたくいただきます。それでは」


 今日はラッキーだったね。


 まさか、サザエが貰えるなんて。


 ちょうど今が旬だし、嬉しいな。


 そうなると……マアジは普通に塩焼き……あ、そう言えばなめろうとかいいかも。

 塩焼きは美味しいけど、魚料理の時って基本そうなっちゃうし、たまには別のものもいいかもね。


 なめろうと……残ったアラでアラ汁にして、いくつかは骨せんべいにしようかな。師匠のおつまみということで。


 白エビは唐揚げ……素揚げ……どっちがいいかな? うーん……うん、素揚げかな。


 あとはシジミで酒蒸しでも作ろうかな。


 サザエはもちろん、つぼ焼きだね。一番です。


 ともあれ、大体はこれでいいとして……野菜がないね。


 バランスよく食べないといけないから、サラダも作らないと。


「うん、じゃあ次は八百屋さんに行かないとね」


 今日の夜ご飯が決まったところで、残るお買い物を済ませるべく、次のお店に向かいました。



 家に帰り、夜ご飯をみんなで食べて、お風呂に入ったら軽く勉強。


 職場体験と言えど、予習復習は大事です。


「ん~~~っ……はぁ。ここまでにしようかな」


 大体二時間弱くらい勉強したところで、今日はやめにする。


 明日もお仕事だからね。


 早く寝ないと。


 ……まあ、最悪一時間の睡眠でも全く問題はないんだけど。


 とはいえ、ボクとしてはメルたちと一緒に寝たいので、大体みんなが寝るかな? くらいの時間にいつもの場所に行くようにしています。


 自分の部屋があるのに、ベッドを使う機会がないのは、ちょっとあれだけど。


 そろそろ寝ようかなと思って、立ち上がろうとしたら、


 ブーブー!


 と、スマホが鳴った。


〈イオ様―、LINNですぜー〉

「あ、ほんと? 誰から?」

〈誰からって言うか、単純にグループっすね。未果さんたちの〉

「わかった。ちょっと見てみるよ」

〈あーい〉


 スマホを手に取って、グループを開く。


『おっすー。お前ら、初日はどうだった?』


 見れば、態徒がボクたちに今日のことを尋ねているところだった。


『私はまあまあね。本の整理をしたり、貸出受付をしたりとかしたけど、なかなか楽しかったわよ』

『俺も、交番にいたが、地域の人たちと色々な話をしたな。意外と、手続きが大変だったが』

『わたしはねー、すっごく楽しかったよー。メイド喫茶以外での飲食店で働くのは初めてだったから、新鮮だったよ! 変なお客さんもいなかったしね!』

『オレは、結構忙しかったぜ。クレーンゲームで、めっちゃ乱獲する奴がいてよ、設置が地味に大変だった。まあ、楽しかったがな!』


 なるほど、みんなかなり楽しんでるみたいだね。


『依桜は? 既読が付いてるってことは、いるんでしょ?』

『ボクもちょっと大変だったけど、楽しかったよ。色々あったけど』

『……色々? 依桜がそう言うと、何らかの問題が起こったとしか思えないわ』


 それはそれで失礼じゃないかな?

 ……否定できないけど。


『依桜君、何かあったのー?』

『まあ、ちょっとね。昼休みに校庭で担当してるクラスの子とドッジボールをしていたら、度胸試しで三階のベランダの柵に立っている子がいてね』

『その時点ですでにやべぇ』

『まあ、案の定というか、落っこちちゃってね。『身体強化』と『瞬刹』を使って、なんとか助けたよ。もちろん、お説教したよ』

『……それ、依桜がいなかったら絶対死んでるわよね? その子』

『多分ね。ドッジボールのコートがある場所から、そのベランダの位置まで、それなりの距離はあったけど、さっき言った『身体強化』とかに助けられたよ。もしなかったら、魔法を使わざるを得なかったからね』


 少なくとも、死んでいなければ、ボクの回復魔法でどうにかなったとは思うけど、その代わりにボクの魔法が露呈しちゃうことになるからね。


 間に合ってよかった。


『……そもそも、三階から落ちた子供を助けている時点で、色々とおかしい気がするんだが、俺』

『まー、依桜君だしねぇ』


 その言葉の真意を知りたいです。


『ってか、行く先々で問題が発生するのな。やっぱ、トラブルホイホイなんじゃね? 依桜って』

『実際そうよね。依桜が問題に巻き込まれない事なんて、まずないもの』

『みんな、好き勝手言いすぎじゃない? ボクだって、巻き込まれない時くらいあるよ』

『『『『それはない』』』』

『そ、そですか……』


 ボクが発したメッセージの一秒後には、みんなから一斉の否定の言葉が送られました。

 ……酷い。


『あ、ボク明日も朝早いから、そろそろ寝るね』

『あいよー。おやすみ、依桜』

『おやすみ』

『おやすみー』

『おやすみ、依桜』

『うん、みんなもおやすみなさい』


 会話終了。


 さて、ボクも朝早いし寝ないとね。


 みんな、ボクを待ってるみたいだし、早く行ってあげよう。

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