第383話 給食と昼休み

 体育の授業が終われば、次は給食。

 子供たちが一番楽しみにしている(と思う)時間です。

 だって、なんかみんな生き生きしてるしね。


 でも、なんだか懐かしいね。

 五年前までこういうことをしてたんだもんなぁ……あ、ボクの場合は五年前じゃなくて、八年前か。

 だって、異世界にいたしね。


 今日の献立は……ご飯と、味噌汁、あとは豚の生姜焼きに、おひたし。

 うん、バランスがいいね。

 学校の給食って、バランスを考慮された献立だからね。


 とはいえ……


「えーっと……なんでこんなに大盛りなのかな?」

『依桜せんせーこうこうせーだから』

「先生、たしかに高校生だけど、こんなには食べないよ?」


 いや、食べようと思えば全然食べられるけど、あまり食べすぎても体によくないからね。

 食事は適量。腹八分がちょうどいいのです。


「それに、みんなは体育で運動したばかりだし、お腹空いてるでしょ? だから、みんなが食べないと。あとは、成長期だからね」

『依桜せんせーは成長期じゃないの?』

「うーん、ボクはある程度過ぎちゃったからね。だから……身長も低いわけでね……」


 ふふ……成長期……ボクはほとんど無縁なものだったなぁ……。


『せんせー、どうしたの?』

「あ、ううん、なんでもないよ。さ、みんなにちゃんと行き渡ったかな?」

『『『はーい!』』』

「それじゃあえっと、日直の人かな? お願いします」

『手を合わせてください! いただきます!』

『『『いただきます!』』』


 本当に懐かしい。


 こうだったね、小学生の頃は……。


 ボクからすれば、今の高校生よりもさらに懐かしく感じるよ。


 血風舞う、血生臭い場所に三年間もいたから、普通の人よりもひとしお。


 というか、かなり昔に感じるよ、ボク。


 遠い過去の話に思えてくるので、本当に懐かしく感じる。


 なんだか、おばあちゃんになった気分。


『依桜せんせー、食べないの?』

「あ、食べるよ。ちょっと、考え事をしててね」


 今現在、ボクが座っている班の子に言われて、ハッと我に返る。

 いけないいけない。あまりにも懐かしかったから、ちょっと感慨にふけってたよ。


『そうなんだ! こうこうせーって、考えることが多いの?』

「そうだねぇ……。大体、中学生になると、色々と考えなくちゃいけなくなるんだよ」

『へぇ~』

『じゃあ、ずっと小学生がいい!』

『私も!』

「あはは。それはダメだよ」

『どうしてー?』

「人はね、必ず成長しちゃうの。自分がどんなに大人になりたくない! って言っても、時間が経てば大人になっちゃうんだよ」


 ボクだって、色々なあれこれを巡って今に至ってるんだしね。


『私は、早く大人になりたい!』

『俺も大人になりたい!』

「あはは。今はそう言っててもね、大人になると、みーんな、小学生に戻りたいって言うんだよ」

『えー。大人の方が絶対楽しいよー!』

「そうだね。子供だと、出来ないことが多いもんね」


 同時に、辛いことも多いんだけどね、大人って……。



 軽い雑談のようなこともしつつ、給食を食べていると、


『むー、これきらーい!』


 と、別の班からそんな声が聞こえてきた。

 多分、嫌いなものが入ってたんだろうなぁ……。


 仕方ない。


「どうしたの?」

『私、これ嫌いなの!』


 そう言って、野田さんが示しているのは、ほうれん草のおひたし。

 なるほど……確かに、これくらいの子たちだと、苦手な人も多いかも。


「どうして苦手なの?」

『ちょっと苦い』

「なるほど……」


 実際のところ、ほうれん草が苦手な子供は多い。


 その理由は、大体がほうれん草の灰汁から来る、苦味などによるもの。

 あとは、食物繊維が豊富なので、ちょっとかみ切り難くて、口の中に残る感じが嫌だとか。


 ボクは好き嫌いは特になかったからあれだけど、未果は苦手だったんだよね。

 だから、よくボクが食べてたなぁ……。

 今は全然平気みたいだけど。


「でも、食べないと大きくなれないよ? それに、体を壊しやすくなっちゃう」

『おっきくなれないの?』

「うん。バランスよく食べないと、人は大きくなれないの。背だって低いままだよ?」

『じゃ、じゃあ、バランスよく食べたら、依桜せんせーみたいな、おっきいお胸になる?』

「え、そこなの?」

『うん! だって、おっきいお胸ってあこがれるもん!』

「そ、そうなんだ」


 ……そんなに胸って大きいのがいいのかな?

 ただただ重くて、ただただ運動しにくいだけだと思うんだけど……。


『でも、苦いから嫌い……』

「うーん……」


 仕方ない。

 さすがに、残すのも作ってくれた人たちに申し訳ないし、ここはボクが一肌脱ごう。


「ちょっと待ってね」


 そう言って、ボクは自分のカバンの中に手を入れて、そこから異世界産の調味料を取り出す。


 効果としては、臭み消しと苦味を緩和させるもの。

 同時に、味を良くしてくれるって言う、まさに魔法の調味料とも言えるものです。


 お値段は……まあ、決して安くはない値段、とだけ。


 あ、もちろん人体に害はないですよ。むしろ、血行をよくしたり、胃腸を整えたり、栄養素の効果を上げたりとか、本当にいいことづくめのもの。


 異世界って、不思議で満ちているからね。こういうのもあるんです。


 ちなみにこれ、ボクが作りました。


 決して安くはない値段、と言ったのは、これを造るための材料費がそこそこするからです。


 ちょっと無理をすれば、材料を自力で調達することもできたんだけどね。


 さすがに、時間もなかったので。


『せんせー、それなーに?』

「これはね、ボクが作った魔法の調味料だよ」

『魔法の?』

「うん。これをかければ、どんなものでも美味しく食べられるんだよ」

『本当?』

「本当だよ。かけてみる?」

『うん!』


 というわけで、パッパッと調味料を軽く振りかける。

 あまり多すぎてもダメだから、少しね。


「はい、食べてみて」

『う、うん……』


 恐る恐ると言った様子で、野田さんがほうれん草のおひたしを口に入れる。


 すると、


『お、美味しい!』


 驚いた表情をしつつも、そう言った。


「よかった。これなら食べられるかな?」

『うん! ありがとう、依桜せんせー!』

「どういたしまして。……でも、これができるのはボクがいるこの一週間だけだからね。できれば、自分で克服してほしいな」

『私、頑張って克服して、依桜せんせーみたいなお胸になるの!』

「そ、そっか。えっと……が、頑張ってね」

『うん!』


 ボクくらいの大きさになるのって……割と大変だって、未果たちが言っていた気がするんだけど……まあ、頑張って、としか言えないね、ボクは。


 この後、ボクが作った調味料を食べたい! って言いだす子が多くて、仕方ないので、希望した人全員にかけてあげた。


 うーん……この調味料は、それなりにとっておきだったけど、まあいいよね。


 異世界にはいつでも行けるわけだし、そこで買おう。

 お金も、そこそこあるしね。


 なんだったら、魔族の国に行って、レシピを教えて、それを普及させるのもいいかも。

 魔族は強い人が多いし、多分大丈夫だと思う。


 うん、夏休みに旅行へ行く際にでも、相談してみようかな。



 給食が終わると、今度は昼休み。


 この時間は基本的に外に出て遊ぶ人がほとんどで、教室に残る人は少ない。


 ボクはどうしようか、と思っていたけど、


『せんせー、一緒に遊ぼ!』


 と、遊びに誘われたので、一緒に遊ぶことに。


 せっかくだしね。


 そんなわけで、誘われて外に行くと、校庭では大勢の子供たちが思い思いに遊んでいた。

 なんだか、ほのぼのとしていてすごく和むね。


「それで、何をして遊ぶのかな?」

『ドッジボール!』

「ドッジボールね、うん。じゃあやろっか」


 まあ、小学生が昼休みに遊ぶとなったら、大抵はドッジボールだよね。


 うーん、なんだかこの姿になってからというもの、よくドッジボールをやるなぁ……。

 何か縁でもあるのかな?


 まあでも、楽しいからいいけどね。


 ふと、始める前にチーム決めをしていると、


『あ、田中だ! 田中、ドッジボールすんの?』

『そうだぞ! 今から、依桜せんせーと一緒にドッジボールするんだー』

『依桜せんせー?』

『うん、そこにいる綺麗なお姉さんだぞ』

『わ! ほんとだ! キレーな人だ!』

「ありがとう。えーっと、初めましてだね。ボクは、男女依桜です。今日から一週間、四年三組の先生をやってるの。見かけたら、いつでも話しかけてね」


 にっこり笑ってそう言うと、


『う、うん!』


 顔を赤くして頷いた。


 どうしたんだろう? 風邪かな?


『た、田中、俺も入れてくれないか?』

『いいぞ! 多い方が楽しいもんな!』

『ありがとう!』


 うん、誰でも受け入れると言うのはいいことです。

 最近は、お前はダメ、とか言って仲間外れにする子もいるからね、世の中には。

 仲間外れはダメだからね。



 というわけで、早速ドッジボールへ。


 人数は、それぞれのチームに十二人ずつの計二十四人。

 なかなかに多いけど、普通にやりやすそうだよね。


 小学生は体が小さいから、コートもある程度広く使えるし、そう言う意味では小さい方が利点あるよね。


 さて、始まったドッジボールがどうなっているかと言えば、


「やっと」

『くっそー! また依桜せんせーに取られたー!』

「ふふふ、ボクに当てようなんて、百年早いですよ」


 基本、ボクがボールを取っていました。


 もちろん、ボクは投げませんよ。

 だって、ボクが投げたら誰も取れないもん。


 高校生相手の力加減なら全然できるんだけど、小学生相手だと難しいんだよね、力の加減って。

 ボクの場合、誰かを殺しちゃうんじゃないか、っていうくらいに危ないもん。


 なので、ボクは基本的にパスに専念。


「深山さん!」

『わ、ありがとう、依桜せんせー!』


 なかなかボールが取れていなかった深山さんに、ボールをパスすると、可愛らしい笑顔を浮かべながらお礼を言ってきた。


 なんだろう。子供から笑顔でお礼を言われると、すごく癒される。


 普段から、バタバタした日常しか送っていないから、こんな風にほのぼのとした生活は本当に癒されるよ……。


 あ、もちろん、ボクにとっての一番の癒しはメルたちだけどね!



 しばらくドッジボールを楽しんでいると、


『げんちゃんすげー!』

『かっけー!』


 そんな声が聞こえてきた。

 何だろうと思って声のした方を見てみると……


「って、何やってるの!?」


 なんと、三階の教室のベランダにある柵の上に立っていました。


 思わず声を上げてしまうほどに、危険な行為をしている子がいた。


 え、今の子供ってあんなことするの!?

 昭和辺りだったら不思議じゃないかもしれないけど、現代じゃなかなか見かけないと思うんだけど……。


 って、そうじゃなくて!


 どう考えてもあれ、落ちるよ!


 ちょっとバランスを崩しただけで落っこちてしまうのに、なんであんな所に。


 止めに行かないと。


「ごめんね、先生ちょっとあの子たち止めてくるから」

『いってらっしゃい!』


 子供たちに見送られながら、ボクは地を蹴って走り出した。

 大体、距離が半分くらいまで縮められた時、


『わ、わわっ……うわあぁぁぁぁ!』


 ついに落下してしまった。


 その瞬間、周囲からは悲鳴が上がる。


 このままだと、間に合わない……!


 でも、こんなことで大怪我をしたり命を失ったりするのは間違ってる。


 なら……ちょっと疲れるけど、『瞬刹』と『身体強化』を使用。

 とりあえず、五倍くらいで。


 その瞬間、知覚能力と身体能力が強化され、体がよく動くようになる。


 それを確認したボクは、さらにスピードを上げて走り出し、あわや地面に激突する直前に、ボクはなんとかキャッチできた。


『あ、あれ……?』

「大丈夫? 怪我はない?」

『え、あ、う、うん……』

「よかった。じゃあ、一旦下ろすね。あ、この子と今の状況で関係がある子はちょっと来てね」


 お説教です。



 とりあえず、まずは事情を聴く。


 その結果判明したのは、


「度胸試しであんなことを?」

『『『うん……』』』


 度胸試しであんなことをしていたようです。


「まったく、なんて危ないことをしてるの! もしも落っこちちゃっていたら、大怪我どころか、死んじゃってたかもしれないんだよ!?」

『『『ご、ごめんなさい……』』』

「ボクが間に合ったからよかったものの……。いい? 度胸試しと言えど、あんな危険なことはしちゃダメ! そもそも、世の中には学校も行けず、小さい頃から働かないといけない子が大勢いて、大人になる前に死んでしまう子だっているんだよ? こんなことで命を落としちゃったら、君たちのお父さんやお母さんはすごく悲しむの。少なくとも、病気や事故で死んじゃうよりも、かなりね」

『『『……』』』


 ボクの話を、黙って聞いてくれる子たち。


「だからね、今後二度とこんなことはしないでね? あと、もしもさっきの君たちのような子をしている人がいたら、必ず止めてあげて? ね? 約束できる?」

『『『約束、する……』』』

「うん、じゃあ、先生との約束だよ。とりあえず、君たちの担任の先生の所に行って、事情を説明しないとね。きっと、ボク以上に怒られると思うけど……まあ、ボクの方からある程度言ったしね。少し抑えてもらうよう言ってあげるから」

『『『いいの?』』』「うん。あんまり怒りすぎてもよくないからね。ただ……さっきの約束、絶対破らないでね?」


 にっこりと笑顔を浮かべながら、同時にほんのわずかな威圧を込める。

 すると、子どもたちがびくっとした後、気をつけの姿勢を取り、


『『『は、ひゃい!』』』


 そんな返事をした。


 それを満足げに見て、ボクは威圧を消した。


 とりあえず、これで大丈夫そうだね。


 まさか、初日からこんなことになるなんて……。


 変に力を使っちゃったけど……まあ、何とか誤魔化そう。



 その後、度胸試しをしていた子たちを担任の先生の所に連れて行き、事情を話した。


 一応、ボクの方でお説教はしておいたので、できるだけ軽くでお願いします、と言うと、了承してくれました。


 いい先生でよかった。


 ただ、


『男女先生って、さっきまで校門近くのグラウンドでドッジボールをしていましたけど、どうやった落下する吉田君を助けたんですか?』


 と聞かれました。


 いや、まあ……


「ボク、足が速いので」


 と、笑って言っておきました。


 意外と、納得してくれた。


 ……これでいいの?

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