第382話 体育の授業
二時間目、三時間目と何とか授業は進んでいき、四時間目。
四時間目は体育です。
言ってしまえば、ボクの独壇場のようなもの。
学園の体操着を持ってきているので、それに着替える。
今日は跳び箱とマット運動だそうです。
四時間目、しかも今は六月でやや暑いということもあり、体育館の中はちょっとじめじめしている。
ボクはこれ以上に暑い場所とか、じめじめしているところにいたから全然平気なんだけど、子供たちはそうじゃないよね。
苦手な子の方が多いと思う。
そうなってくるとちょっと可哀そうというか、熱中症になってしまうかも。
うーん……まあ、これくらいならこっそり使っても問題ないかな。
どのみち、両サイドの扉も開いてるし。
じゃあ、風魔法で……。
『あ、風だ』
『涼しい……』
うん、成功。
ただ風を吹かせているだけだから、そこまで魔力消費も厳しくないし、問題なし。
「それじゃあ、まずは準備運動からね」
ある程度涼しくしたところで、準備運動へ。
さて、そんなわけで始まった、依桜による体育の授業。
一応、指導方法などについては、柊から言われているので、問題ない。
もっとも、依桜にとっては、小学生の体育など、かなりレベルが低いため教えやすいのだが。
まあ、問題はそこではない。
現状、依桜は学園指定の体操着を着ている。
まあ、言ってしまえば体に合わせた服装というわけだ。
つまるところ、まあ……依桜の体つきがわかるわけで。
性格的、精神的なところを考えると、依桜は教師という職業に対する適正はかなり高いと言えるだろう。
だが、だがしかし。そんな適性が高いからこそ、反対に教育に悪い部分も兼ね備えているわけだ。
そこと言うのが……
「1、2、3、4……」
と、屈伸をしている時や、後ろに体を伸ばしたりした際、依桜の持つ凶悪なあれがどうなるか、おわかりだろうか。
つまるところ……揺れるのである。
それはもう、揺れる。
ジャンプなんて一番ヤバいかもしれない。
軽く跳ねる度に、ぽよんぽよんではなく、ばるんばるん! と揺れるのである。
まあ、教育に悪いこと。
しかも、本人にその自覚がないのが余計に質が悪い。
あとは、さらに厄介なことが一つ。
依桜が着ている体操着、実は特注品である。
理由はもちろん、でかいから。
そんなわけで、依桜の服はちょっとだけ大きめに作られており、胸元が見えてえしまう場合がある。なので、屈伸とかすると、思いっきり胸が見えてしまうのである。
と言っても、そこまで見えるわけではなく、谷間がちょっと見えるくらいである。
まあ、ちょっとと言えど、普通に見えてしまっているので、当然……
『い、依桜せんせーのおっぱいでけー』
『こうこうせーってみんなそうなのかな……?』
とまあ、見られる。
依桜本人は至って真面目で、そんなことに一切気づかない。
なんと言うか、色々と酷い。
まあ、そんな風に準備体操も終え、授業へ移る。
「じゃあ、まずは基本からかな。うーんと、今男女別でそれぞれ四列ずつで分かれてると思うんだけど、まずは各班、それぞれのマットで前転と後転をしてみよっか。そのあと、飛込前転と側方倒立回転をするからね。で、それが終わったら、次は跳び箱をするから、覚えておいてね。じゃあ、始め!」
依桜が軽く指示を出すと、それを受けた小学生たちがそれぞれの班に分かれて運動を始める。
それを見つつ、どこか改善点があった場合は、依桜がアドバイスをしに行く、という形になる。
「あ、影山君、ちょっと重心が右に行っちゃってるから、もうちょっと左に。深山さんは手を突く位置が両手でちょっと違うから、なるべくそろえてね」
とまあ、こんな感じ。
少し歩きながら、それぞれの生徒に、それぞれのアドバイスを言う。
普通ならこんなあほみたいなことできないのだが、今回の依桜は割と全力である。どの辺が全力かと言えば……実は、スキルを使用していたりする。
使用しているのは、『瞬刹』である。
知覚能力を上げるスキルで、代償はやや頭痛が発生する程度。
頭痛と言っても、軽い偏頭痛程度で思っておいて大丈夫だ。
人によっては、それでもかなり辛いものではあるが、依桜は体に剣とか槍が刺さったり、魔法が飛んできたりする世界で、日々戦い続けてきていたので、苦痛耐性はバッチリである。
ちくっとする注射だって、全く痛みを感じないし、シャーペンの芯が刺さってもダメージは0に等しい。
通常、こっちの世界ではなかなかに痛いであろう怪我でさえ、依桜にとってはそうでもないのである。
まあ、そんなわけで、今の依桜は余裕で全員を観察できているのだ。
ちなみに、視力も強化していたりするので、その本気度が窺える。
おそらく、子供には全力なのかもしれない。
さすが、シスコンと呼ばれるだけはある存在だ。
「うん、みんな基礎は大体できてるね。じゃあ、次は飛込前転と側方倒立回転をするから、まずはボクがお手本を見せるね」
そう言うと、依桜はマットの前に立つ。
そして、軽く足をまげて、それをばねのように使うと、前方に跳び、見事な飛込前転を見せた。
しかも、無駄に綺麗……というか、明らかに何らかの実践よりな動きである。
『『『おおー!』』』
パチパチと拍手が上がる。
「ありがとう。えっとね、飛込前転はなるべく勢いよく前に跳んで、上半身を出来るだけマットの方に向けるの。その際に、マットにつく手は、なるべく着地と同時に曲げるようにね。じゃないと、腕を痛めちゃうからね。じゃあ次、側方倒立回転なんだけど……ちょっと見ててね」
そう言うと、依桜は再びマットの前に立つ。
側方倒立回転とは言うが、まあ、言いかえれば側転である。
この動きは、戦闘時によくしていたため、依桜にとっては、かなり難易度が低い技だ。
ついでにいうなら体がとてつもなく柔らかいので、股が九十度どころか、百八十度以上で開くため、体操の選手のような動きになっている。
まあ、下手な体操選手よりも、動きがキレッキレなのだが。
とはいえ、さすがに百八十度以上足を開いての側転なんて、出来ない人の方がほとんどなので、小学生に合わせたお手本のような動きに変えている。
「こんな感じ。多分、中には特撮物を見ていたりして、真似したことがある動き魔知れないね。この技のポイントは、正面を向いてしっかりと片足を振り上げる事。肩の所に体重がかかるよう、お尻の位置を高くキープすること。そして、片足がマットについたら、手を離して、立ち上がること。これだけ。大丈夫かな? 質問がある人は、何でも言ってね」
と、なるべくわかりやすさを心がけて、依桜は説明をする。
質問を受け付けてみたところ、特に手は上がらなかった。
「うん、大丈夫そうだね。じゃあ、早速やってみよう。もしも怪我したらすぐに言ってね。じゃあ、始め!」
依桜の言葉で、それぞれの場所で運動が始まる。
それを見つつ、依桜は誰かが失敗して怪我をしないように見る。
現在は『瞬刹』も使用しているとあって、怪我しそうだと判断したら、即動くことも可能なのである。
まあ、何も起こらないのが一番いいと思っているのだが。
なんて、依桜がそう思った直後、
『わ、わわわっ……!』
少し離れたところでしていた、一人の女子生徒が側方倒立回転に失敗して、倒れそうになっていた。
一週間とはいえ、このクラスの教師である以上、依桜は何事にも全力である。
怪我はさせちゃいけないと思っており、もしそうなりそうであれば、依桜はある程度の自重は捨てるつもり。
なので……
「ふっ――」
少なくとも十メートル以上離れていそうな距離にいたにもかかわらず、依桜は一瞬でその距離を縮め、女子生徒をキャッチした。
『あ、あれ? わ、私、転んでない……?』
「大丈夫? どこも怪我してない?」
『あ、は、はい。ありがとうございます……』
「よかった。多分、怖がって前を向かなかったからバランスを崩しちゃったんだね。しっかり前を見れば、大丈夫だよ」
倒れてしまった原因を告げ、依桜は優しく下ろした。
『すっげーーー!』
『何今の!』
『依桜せんせーかっこいい!』
今の依桜の異常な行動を見て、小学生たちはそれはもう……テンションダダ上がりである。
小学四年生と言えば、特撮物から少しずつ離れ始める時期であり、尚且つアニメを見始める時期でもあるため、カッコいい動きなどに敏感なのである。
今回、依桜は明らかにそれらに当てはまるような動きをしたため、小学生たちからしたらヒーロー的な何かに見えてしまう、というわけだ。
そして、依桜に助けられて生徒はと言えば……
『か、カッコいい……』
顔を赤くして、なんだか小学生に似合わない熱っぽい視線を依桜に向けていた。
依桜は、性格イケメンみたいなところがあるので、まあ……無意識に落としてしまうのだろう。
この辺りは、天然なので絶対に自覚はしなさそうだ。
ある程度やったところで、跳び箱に移った。
残り時間は約二十分。
片づけを考えると、大体十五分程度が使えるわけだが……ここでも、依桜が微妙にやらかす。
例えば、踏み越し跳び(片足で踏み切って、台の上に乗り、ジャンプして降りるあれ)をした際なんかは、最初は片足で踏み切ったものの、もう片方の足で飛び乗ったと思ったら、そのまま飛び上がり、くるくると回転を見せて着地。
まあ、うん。多分、子供好きだから、こうなっていると思われる。
極めつけは、首はね跳び。
通常、あれは手を突き、軽く前転をしてから、ためを作って斜めに跳び着地、というものだが、依桜はちょっと違った。
ためを作るところまでは同じだったのだが、何を考えたのか、体操選手の如き空中ひねりを見せて、着地したのである。
なんと言うか……子供には自重がないようだ。
他の要因としては、力のセーブを普段からしていることだろう。
基本的に、力を使わない方向で、頑張って抑えているのだが、それには微妙に面倒くささが伴う。
言ってしまえば、ストレスのような物が溜まるのだ。
人間、必ずどこかで発散した方がいい、ということだ。
小学生相手なら、多少力を出しても、『すごい』とか『カッコいい』で済むから。
変に勘繰られたりすることはないので、依桜的にも安心できるのである。
まあ……担任はいるが。
その担任こと、柊は若干ぽかーんとしているが、意外とすぐに順応した。
世の中、そういうことができる人がいても不思議じゃないなと。
そんなこんなで、依桜が若干自重しなかったものの、体育の授業が無事に終了となった。
そして、更衣室にて。
「……うん、ちょっと楽しかったし、なんだかスッキリ!」
多少の発散ができて、すごく、機嫌がよかった。
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