第385話 家庭科と道徳

 そんな感じで、特に問題もなく小学校の職業体験が過ぎていき、気が付けば今日で四日目。


 二日目、三日目に関しては何とか無事に乗り切りました。


 それに、特筆すべき部分はなかったしね。


 四日目も、一日目~三日目までのルーティンをこなして小学校へ。


 いつも通りの朝の会になり、終わりとなったところで、柊先生から連絡が。


「最近、この辺りで不審者が出ているとの連絡を受けました。その人は、この学校を含めた付近の小学校の生徒に話しかけたりしているそうなので、みなさんも気を付けてください。帰る時は、なるべく複数人で帰るようにしてくださいね」

『『『はーい』』』


 不審者……。


 ボクが小学生だった時も、そんな話がよくあったね。


 いやまあ、女の子になった後にもそんな話があったけどね。そっちは痴漢に関することだったけど。


「みたいなので、みんなはランドセルに付けてる防犯ブザーを遠慮なく使ったり、大声で助けを呼んだり、子供110番の家に駆けこんだりしてね。それじゃあ、今日も1日頑張ろうね!」

『『『はーい!』』』


 元気よく返事したところで、朝の会が終了。


 それと同時に、ボクは柊先生にちょんちょんと肩をつつかれる。


 どうやら、何か話があるみたい。


 場所を廊下に移して話す。


「男女先生、さっきの不審者のお話には続きがありまして……今、時間とか大丈夫ですか?」

「はい、問題ないですよ。授業の準備は事前の終えてますしね。それで、お話って?」

「男女先生は、四年三組の生徒に、澄咲ひよりさんがいるのはわかってますよね?」

「はい、黒髪ボブの女の子ですよね?」


 内気なところがあるけど、小柄らで可愛らしい感じの女の子だったはず。


「そうです。実は、澄咲さんが例の不審者に襲われかけたそうで……」

「それ、本当ですか?」

「はい。なので、かなり心配なんです。もし、普段と違ったことがあったら、気にしてあげてくれませんか?」

「もちろんですよ。一時的にとはいえ、先生ですからね。しっかりと見守ります」

「ありがとうございます、男女先生。それから、今日は職員会議があるので、参加してくださいね。あ、もしも用事があるようでしたら断っても大丈夫ですから」

「時間はありますから大丈夫ですよ」

「それならありがたいです。それじゃあ、そういうことでお願いします」

「はい」


 生徒想いのいい先生だよね、本当に。



 一時間目の算数、二時間の社会の授業を終えて、三、四時間目。

 この時間は家庭科です。


 今日は調理実習のようで、作る料理はてこれまた定番の料理、ハンバーグです。

 ボクの得意料理の一つでちょっと助かった。


「じゃあ、今日はみんなでハンバーグを作っていくよ! 作り方は一応各班に一枚ずつレシピが書かれたものがあるから、それを見て、みんなで協力して作ってね」

『せんせーは作らないんですか?』

「もちろん、ボクも作るよ。先生、お料理は得意だからね」

『すごーい!』

『せんせー、何が作れるのー?』

「色々作れるよ。少なくとも、給食に出てくる料理は作れちゃうね」

『ママよりすごい!』

『せんせーって何でもできるんだね!』

「あはは、何でもはできないよ。さ、そろそろ作り始めちゃお! 頑張って美味しく作ってね! もしわからないことがあったら、すぐにボクに訊いてね」

『『『はーい!』』』

「それじゃあ、始め!」


 ボクの合図で、みんなが一斉に作り始める。


 材料自体はすでに各班のテーブルに置いてあるので、みんなレシピの確認から始めている。


 すぐに誰がどの作業をするかを決めて、ハンバーグ作りに取り掛かる。


 とはいえ、料理をしたことがない人がいるのはたしか。


『わわっ! 卵の殻が入っちゃった!』


 こんな風に、卵を割るのを失敗しちゃう人もいる。

 まあ、仕方ないね。


「大丈夫?」

『せんせー、殻が……』

「うん、任せて」


 ボクは菜箸を手に取ると、一瞬ですべての殻を回収した。

 こう言うのはスピードが重要だからね。


『せんせーはやーい!』

『どうやってやったの?』

『教えて教えて!』

「ふふっ、これはね、先生が毎日お料理を頑張ったから出来るようになったことなの」

『じゃあ、毎日料理をしてたら、出来るようになる?』

「うーん、それは頑張り次第じゃないかな?」

『そうなんだ。でも、出来るように頑張る!』

「そっか、頑張ってね」


 少なくとも、今の技を使う機会なんてないけどね。


 単純に、身体能力が高いから出来るだけのものだし。

 言ってしまえば、入ってしまった殻を普通に取り除くという行為を、ただただ早く取り出してるだけだしね。


 じゃあ、ボクの方も作っちゃおっかな。


 ボクにとっては手慣れた料理だから、躓くこともない。


 とりあえず、玉ねぎをみじん切り……にしようとしたところで、一人の子からこんなことを言われた。


『せんせー!』

「何かな?」

『りょーりマンガみたいに、空中で玉ねぎ切ってー!』


 なんで?

 いや、本当になんで?


「え、えーっと、どうしてかな?」

『せんせーのカッコいい所が見たいから!』

「う、うーん、今は授業中なんだけど……」


 それに、そうやって切るのは食材で遊んでいるような気がする。

 ……あ、でも、ちゃんとボウルに入れればいい、のかな?

 ただ切るだけだし。


「でも、先生できないかもしれないよ?」

『せんせーならできるもん! 絶対できるもん!』


 その絶対的な信頼は何?


 昼休みとかで、クラスの子たちと一緒に遊んでいる時にやっていたことと言えば、パルクールのようなこととか、鉄棒の上で側転したり、体操の動きをしただけなんだけど。


「じゃあ、ちょっとだけだよ? みんなが作る時間もなくなっちゃうからね」

『わーい!』


 見たところ、言ってきた子以外にも見たい、と言わんばかりにこっちを見てくる人がいるしね。


「それじゃあ……ふっ――」


 ぽーんと玉ねぎを一つ、空中に放り投げると、ボクは手に持っていた包丁を振る。


 一応皮付きだったけど、玉ねぎの皮が最初に剥け、上と下の部分がそれぞれ切り落とされ、そこから一気にみじん切りになった。


 最後にそれをお皿にキャッチして終了。


「はい、こんな感じだよ」

『依桜せんせーすっげー!』

『カッコいい!』

『もう一回! もう一回!』

「だーめ。さ、みんなも作らないと時間が無くなっちゃうよ? そうなると、食べる時間も減っちゃうからね」


 きっぱりと言うと、みんなは言うことを聞いてくれて、ちゃんとハンバーグ作りに戻ってくれた。

 よかった。



 それから、しばらくしてすべての班が完成。


 途中、問題もあったけど、問題なく対処可能だったので、基本的には大丈夫でした。


 出来上がって、ある程度の片づけを終えたら早速食べる。


『おいしー!』

『上手くできてる!』

『そっちのも食べさせて!』


 と、なかなかに騒がしい食事風景。


 子供たちがこうしてわいわいと食べている姿を見るのは、本当に和む。


 家でもメルたちが食べているところを見るのは好きだしね。みんな、とても美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるし。


『せんせー』

「どうしたの?」

『せんせーのも食べたいです!』

「ボクのも? もちろんいいよ。みんなの分、作ってあるからね。あまり大きいと給食が食べられなくなっちゃうので、小さめに作ってあるからね。みんな、一個ずつ持って行って」


 ボクがそう言うと、みんなわっとボクのいるところに押し寄せて来た。

 ただ、一気に来ちゃったせいで、押し合いになってしまっている。

 なんだか、喧嘩もしそうな雰囲気。


「押しちゃダメだよ! 喧嘩すると、その人は抜きにしちゃうよ。だから、仲良くね!」


 脅すように言うと、押し合いはなくなり、みんな順番に並びだす。


 やっぱり、素直でいい子たちだよ。

 今時珍しいんじゃないかな? こういう子たちっていうのも。


「うん、みんな偉いね。じゃあ、一個ずつだよ」


 にこにことした笑顔を浮かべながら、ボクはみんなに一個ずつハンバーグを配る。


 なんか、給食みたいなことになってるけど……うん、まあ、小学校の調理実習って、こんな感じだよね!



 この後、ボクのハンバーグがかなり好評で、子供たちからかなりおかわりをせがまれたけど、そんなに量は作ってなかったので、上げませんでした。

 さすがにないのはね……。



 五時間目。


 五時間目は道徳。


 小学校での道徳の時間と言えば、なぜかはわからなかったけど、机をコの字型に並べて座っていた記憶があります。


 題材によって、それに合わせた劇? 会話? をしたりとかね。

 本来なら、教科書を使うんだけど……


「男女先生なら、教材がなくとも、子供たちにいいお話が出来そうですので、教材なしでお願いします」


 って、柊先生に言われてしまった。


 むちゃぶりすぎると思うけど……じゃあ、あれかな。ボクの考えや、経験でもお話して、それを議論してもらおうかな。


「じゃあ、今日は教科書を使わないで、ボクのお話で道徳をしますよ」

『教科書いらないの?』

「うん。今日はね、ボクが経験してきたこととか、世間――大人たちが言っていたことについてお話ししようか」


 とりあえず、これくらいの年齢で、今の内に話しておいても問題ないことは……まあ、ボクもまだまだだけど、恋愛観に関することかな。時間が余りそうだったら、別のものもプラスで話せばいいしね。


 ともあれ、小学四年生くらいになってくると、少しずつ恋愛に興味を抱き始めるころだろうし。


『じゃあ、依桜せんせー、今日は何をするの?』

「今日は、恋愛についてのお話をしよっか」

『恋のお話!?』

「うん、そうだよ」

『でも、恋が道徳に関係あるの?』

「もちろん。道徳はね、人に限らず、いろんな生き物たちの命の大切さや、いいことと悪いことの区別を自分でしっかり判断することなんだよ。もっと言うと、そこには差別、というものがあってね、これは悪いことなの」

『せんせー、差別ってなんですか?』


 あ、なるほど。


 差別を知らないんだね。


 テレビを見ていたり、アニメやマンガ、ゲームをしたりしていると、ちょこちょこ出てくると思うけど……まあ、知らない人がいても不思議じゃないよね。本来、あまり表に出てきちゃいけない言葉だと思うもん、ボクは。


「差別って言うのは……そうだね。例えば、みんなの中に、黒髪黒目じゃなくて、金髪で緑色の目をした子がいるとします。その子は途中からこのクラスに転校してきました。みんなとは違う容姿の子に戸惑います。その子は内気な子で、上手く話せません。周りの子も話そうとするけど上手く行かないので、次第に距離を置くようになりました。もっと言うと、金髪で緑色の目をしていることから、自分たちと違うから遊びたくない、という子まで現れてしまいました。……と、これが差別だね」

『そんなことをする人がいるの?』

「残念だけどね。世の中には人がいっぱいいるの。だから、そうやって人を見た目で判断しちゃうような人がいるんだよ」


 本当に、残念な話だよね。


 向こうの世界でもそういうのはあったし。


 世間一般では、亜人の人たちを差別するのは禁止されているんだけど、国によっては平気で差別するところもあって、ボクとしてはすごく嫌だった。


 そもそも、ボクの中に差別という概念はない。


『その人たちって、みんなと違う人が嫌いなの?』

「うーん、理由は色々とあると思うけど、たしかにそれもあるかもしれないね。例えば、自分たちと違う髪色に目の色をしているのに、カッコよかったり可愛かったりしたら、嫉妬してしまうでしょ? そこから、『あの子と遊ぶのは嫌』って言いだす子が出てきて、その子から周りに広まって集団的な差別――というより、いじめに発展しちゃうの」

『じゃあ、差別はいじめ?』

「そうだね。実はね、これは子供たちだけじゃなくて、大人たちもしてしまうの」

『大人が? 大人って、正しい人たちのことじゃないの?』


 あー、その認識は小さい頃にあったなぁ……。


 大人=正しい、みたいな図式があったっけ。


「まあ、正しい、と言えば正しいかもしれないね。だけど、実はそうじゃないの。大人は、何と言うか……正しいことをするために、正しくないことをするんだよ」


 ボクがそう言うと、クラスの子たちはみんな首をかしげて、難しそうな顔をする。

 うーん、やっぱり難しいよね。


「じゃあ、身近にあるものを一例にして言うね。みんなのお父さんやお母さんが、みんなを守る、安心させるために正しくないことをしました。でも、お父さんやお母さんは、普段と変わらず、いつもの笑顔をみんなに向けてくれます。裏ではちょっと正しくないことをしているけど、みんなが好きだからという気持ちだけで頑張ってるんだよ」


 具体例としてはちょっとわかりにくいし、薄いかもしれないけど、子供相手にはこれくらいの方が今はいい。


 大きくなっていくにつれて、意味を知っていくだろうからね。

 今はちょっと漠然なくらいでちょうどいいのです。


『じゃあ、お父さんやお母さんも悪いことをしたことがあるの?』

「多分ね。むしろ、迷惑をかけたことがない人なんていないよ。ボクだって、迷惑をかけちゃったことがあるもん」

『えー、せんせーが?』

『うっそー』

「嘘じゃないよ。ボクにもね、必ず誰かに迷惑をかけてるの。それこそ、小さい時とかにね」


 今でこそ、なるべく迷惑をかけないように立ち回っているけど……余りで来ていない気がする……というか、絶対できてないよね。


 なんだかんだ言って、未果たちに迷惑をかけてる気がするし。


「さて、じゃあ話を戻そっか。じゃあ、恋愛についてのお話をしようね。みんなは、恋をしたことはあるかな? ただ、漠然と『あの女の子が好き!』とか『あの男の子が好き!』でいいんだけど」


 と尋ねると、そこそこの人数が手を挙げてくれた。


「結構いるんだね。じゃあ、ここからが本題。今ボクが挙げた『あの女の子が好き』と『あの男の子が好き』と言ったのは、それぞれ男の子と女の子、どっちが言ったと思うかな?」


 試しにそう尋ねてみる。


 すると、


『女の子が好きって言ったのが男の子で、男の子が好きって言ったのが女の子!』


 って言ってきた。


『当たり前だよね!』


 さらに、それに賛同するような子も出てくる。


「うんうん。普通はそうだね。でも、今の世の中でそれを当たり前って言うのはちょっとだけ違うかな。もちろん、そう言っても問題はほとんどないけど」

『どういう意味―?』

「実はね、世の中には男の人が好きな男の人とか、女の人のことが好きな女の人がいるんだよ」


 主に、ボクの周りにね。


 少なくとも、女委に学園長先生、レノにセルジュさんがそうだしね。


 最近、未果もそうなんじゃないかな? って疑い始めてたりもするけどね、ボク。


 それに、あの学園には穂茂崎先生とかもいるし。


 あとは、ボクもそれに似た感じになってるしね……もともと男だから、女の子が好きになっても変じゃない。だけど、普通の人から見たら、明らかに同性愛に見えるんだろうなぁ……なんて。


『変なのー』

「こらこら。変なのって言っちゃダメだよ。人にはそれぞれ、好みがあるんだから。さっき言ったでしょ? 差別はダメって」


 そう言うと、変なのと言った子や、そう思っていたことたちがハッとしたような顔になった。


「いい? 世の中にはいろんな人がいるの。それこそ、世の中では当たり前じゃないとされていることがあるかもしれないけど、それは個人の自由。他の人は、それを馬鹿にしたり、貶したりしちゃダメなんだよ。みんなは、それを受け入れられる人になってもらいたいな、先生は」

『受け入れるって?』

「もしも、みんながこの先進む人生の途中で、そう言う人たちに会ったら、それを馬鹿にしたり、仲間外れとかにしないで、ちゃんと友達になってあげて欲しいの。別に、無理して友達になれ! って言ってるわけじゃなくて、せめて普通に接してあげて欲しいっていうこと。その人たちも、他の人は違うっていうことを理解した上で、悩んでいると思うから。いいかな?」

『『『はーい!』』』

「うんうん、いい返事だね。もちろん、強制じゃないからね、じゃあ、次のお話にいこっか」


 この後も、ボクが経験したことなどをベースに、わかりやすい一例を交えつつ、お話していきました。


 正直、小学生にする内容としてどうなの? って後々思ったけどね。

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