第542話 異世界旅行の裏側1

「悪魔、か……」


 買い物を終え、家に帰宅した後、あたしは自室で一人ショッピングモールでの一件のことを考えていた。


 空間歪曲を利用して悪魔が通ることができる、と言う事。


 そして、イオが見せた自己再生。


 この二つが問題となるわけだが……前者はともかくとして後者の方が問題だろうな。


 イオが……というより、あいつの母親も含めてミリエリアの子孫であることは以前鑑定をしたことで知っている。


 しかし、一番ヤバいのは母親の方ではなくイオの方だ。


 まさか自己再生を使うとは思わなかったからな……。


 とはいえ、あの時のあれはどう見てもイオは気づいていなかったな。無意識下での使用だったんだろう。


 それとも、自動的に発動したか……。


 ふぅむ、よくわからん。


 いや、それはそれとして悪魔の方も問題だろうな。


 一度現れたということは、今後出てこないとも限らん。


 それなら、あいつに悪魔の知識を与えておいた方がいい気がするし、何より神気の使い方も教えた方がいいだろうな。


 使い方は一度も教えたことはなかったはずだし。


 よし、そうと決まればあいつを呼び出すか。



 その後、イオに悪魔についての情報や現在の空間歪曲の状況、その他にも軽く天使ついての簡単な知識を与え、同時に神気の使い方をイオの体に叩き込んだ。


 これで、今後は悪魔とも戦いやすくなっただろう。


 少なくとも、魔の世界の方でも出てこないとも限らんからな。


 あたしは内心少し安心しつつ、その日は就寝となり、翌日。


「よ、イオ」


 予定していた時間に起床し、リビングへ降りて軽く本でも読んでいると、起床したばかりによってぴょこんと寝癖が付いたイオがやって来る。


「おはようございます、師匠。今日は早いですね。しかも、ボクよりも早いだなんて」


 にこっと微笑みながらそう言うイオはマジで癒しだな……。


 あと、一気に目が覚めた。


「ま、あたしも久々に向こうの世界に帰れるとあって、少しは楽しみにしてたんだよ。本来、あたしはあっちの世界の住人だからな。言っちまえば、こっちでのあたしの立場は、よそ者のようなものさ」


 もとより、意図せずしてこっちの世界に来ちまってるからなぁ、あたしは。


 まだ異世界へ渡るための魔法は完成していないからな……だが、開発自体はかなり順調だ。


 このままいけば、予定していた時期に完成するだろう。


 十二月下旬か、一月上旬、その辺りで完成することだろう。


「それを言ったらメルたちもそうなっちゃうんですが」

「あながち間違いじゃないだろ?」


 第一、あいつらはイオが救出したことで懐き、結果的にイオの妹になる形でこっちの世界に来たんだ。


 元は向こうの住人である以上、里帰りというのは間違いじゃないだろう。


「でも、ボクはみんなのことを家族だと思ってます。もちろん、師匠のことだって」

「お、おう、そうか」


 くっ、こいつ素でそういうことをさらっと言うんだよなぁ……侮れん奴だ。


「それで? どこで転移するんだ? さすがに、家の中と言うわけにもいかないだろ」


 話題転換、というわけではないが、どこで転移をするのかイオに尋ねる。


 家の中でやるにしても、さすがに土足では上がれんからな。


 向こうは基本、日本のように土足厳禁、というわけじゃないしな。


「あ、はい。それで師匠にお願いがあるんですけど……」

「なんだ、言ってみろ。あたしができる事ならしてやろう」


 ま、こいつの頼みだったらほぼほぼ無条件で請け負うつもりで入るがな。


 戦闘以外は。


「ありがとうございます。えっと、師匠って結界系の能力かスキルを持ってますよね?」

「ああ、持っているな」

「その中に、外部から姿を見えなくする、みたいなものってありませんか?」

「あるぞ? 当たり前だろう」


 むしろ、このあたしにできないことは限りなく少ない。


 イオが今し方訊いて来たことだって、あたしにかかりゃ一瞬よ。


「あまり遠くに行くのもあれですし、学園長先生の研究所から行ってもいいんですけどそれだと、行き帰りが何かと大変だと思うので、師匠にこの家の敷地を全部結界で覆ってもらって、庭から飛ぼうかなって」

「なるほど。まあ、悪くないと思うし、いいんじゃないか? あたしとしても、あまり遠くに行くのは嫌だな。めんどくさい」


 そう言う意味なら、たしかにイオの提案はかなりいいだろう。


 人気の少ない山とかにいくわけにもいかないからなぁ。


「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「ああ、任せな。んで? 行く面子には言ってあるのか?」

「はい。とりあえず、荷物を持ってボクの家に集合、ということにしています。みんなは駅で合流してからこっちに来るそうですよ。美羽さんだけは、ボクの今の家を知りませんし」

「ん、了解だ。で、メルたちは?」

「メルたちの準備も終わってますし、とりあえず、行く三十分前くらいまでは寝かせておいてあげようかなって」

「まあ、楽しみで夜はなかなか寝付けなかったみたいだしな。いいんじゃないか?」

「はい」


 実際、イオたちの寝床からやたらときゃっきゃとした楽しそうな声が聞こえていたし、割と夜遅くまで起きていたんだろう。


 ま、あいつらは子供だ、ある意味じゃ健全ともいえるな。


「さて、ボクは朝ご飯の用意でもしますね」


 そう言いつつ、イオはエプロンを身に付ける。


 うぅむ、ほんとにエプロン姿が似合うな……。


 新妻って感じがして可愛いと思う。


「ああ。あ、甘い卵焼きで頼む」

「わかってますよ。あと、サラダとコーヒーも付けますね。それと、パンとご飯、どっちがいいですか?」

「あー、そうだな……どうせ、向こうじゃ米なんてそうそう食えないし、白米で頼む。こっちの世界の、この国の米は美味い」

「了解しました。すぐに用意しますね」


 あたしのリクエストを受けると、イオが朝食を作り始める。


 なんつーか、ほんとにできた奴だよなぁ……勝手に用意するのではなく、何がいいかを事前に尋ねる辺りがイオらしい。


 鼻歌混じりに朝食を作るイオを見つつ、穏やかな朝を過ごした。



 それから少しして、異世界旅行へ行く面子が揃う。


 今回旅行に行くメンバーは、いつものイオたちのメンバーに加え、ミウとメルたち妹組がいる。


 つまり、結構な大所帯なわけだな。


 まったく、普通は異世界へ行く人数なんざ一人程度なんだがなぁ……あいつのバランスブレイカーっぷりは凄まじいもんだ。


〈いやー、こっちに入るのは久々ですねぇ〉

「アイちゃん、準備はできてる?」

〈もーまんたい! いつでも出発可能ですぜ! あとはイオ様が、このボタンをポチっとするだけで、起動します!〉

「うん。ありがとう」

〈ちなみに、転移する際はイオ様に直接触れるか、イオ様に直接触れている人に触れば一緒に転移できるんで、安心してくだせぇ〉

「だ、そうなので、えっと、触ってください」


(((((言い方が悪い……)))))


 あたし含め、メルたち妹組を除いた面子が軒並み苦い顔になる。


 その言い方だと、単純に体に触ってほしい変態みたいだと思うんだが……まぁ、イオだからなぁっ……!


「儂はねーさまの右足じゃ!」

「じゃあ、私はイオお姉ちゃんの左足です!」

「わ、わたし、は、み、右腕……!」

「ぼくは左腕にするっ!」

「では、私は右側の腰元にするのです」

「……左の腰元」


 イオの言葉に真っ先に反応したのは、当然と言うべきかメルたち妹組。


 メルが右足、ニアが左足、リルが右腕、ミリアが左腕、クーナが右側面、スイが左側面となった。


 ま、この辺りは遠慮をすることはないだろうということは予想出来てたしな。


「さ、他のみんなもどうぞ。見ての通りなので、その……肩とかに触れてください。ボクに触れられそうになかったら、他の人に触ってくださいね」


 イオがそう言えば、あたし含めて各々イオの体に触れる。


 ミカとメイの二人はイオの肩に触れ、あたしはなんとなく起きやすいと言うことで、イオの頭に手を置く。


 ミウとエナの二人は左右どちらかの二の腕辺りになぜか腕を絡め、アキラとタイトの二人はミカとメイそれぞれの体に触れた。


 なんとなく、イオに触れたくなかったのだろう。


「みんな、しっかり触ってるね? ……うん、それじゃあ、しゅっぱーつ!」

「「「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」」」」


 イオの掛け声とともに、あたしら全員が呼応すると同時に、イオの持つ転移装置の端末が徐々に光を放ち、辺り一帯を白く染めるほどの閃光になると、あたしたちの体を包み込み、そこで意識が暗転した。



「みんな、着いたよ」


 イオのその言葉で、ここにいる全員が閉じていた目を開ける。


 目を開くと、そこはイオの家の庭などではなく、どこか気品を感じさせる整った内装の部屋だった。


「ここが……異世界?」

「何と言うか、小説とかでよく見かけるような作りなんだな」

「ほへぇ、これはすごいね! やっべ! 写メっとかないと!」

「うおぉぉ、マジですげぇ! これ、城なんじゃね!?」

「豪華な部屋……お城なのかな?」

「すっごい綺麗! あと、ベッドも大きいし!」


 ミカたち法の世界組は興味津々に辺りを見回し、思い思いの感想を零す。


 ミカは信じられないと言った様子で、アキラは自身の知る創作物を思い出しながらの感想を零し、メイは興奮しながらも資料としての写真を撮ることを忘れず、タイトはここが城だと気づきテンションを上げ、美羽も冷静になりつつタイト同じ考えに行きつき、エナは内装の綺麗さとベッドの大きさに興奮していた。


「ふむ、ここはあのクソ野郎の城か」


 そして、あたしはと言えば……まぁ、この内装に、気配感知に引っかかる存在から、ここが間違いなくあのクソ野郎共の住む王城であるとあたりを付ける。


 少し、気持ち的に不快だが……まあいいだろう。


「おー! 外に沢山の人がいるのじゃ!」

「高そうなお部屋です……」

「ベッド、ふかふか……!」

「飛んだり跳ねたりができる!」

「ミリア、少しは落ち着くのです。でも……うぅ、私もしてみたいのです……」

「……ぴかぴか」


 で、妹組の方はと言えば、見たことがない内装や外の光景なんかに目をキラキラと輝かせ楽しそうにきゃいきゃいとしていた。


 子供らしく、微笑ましい光景だな。


 などと思っていると、あたしの気配感知がこの部屋に向かう存在を捉える。


「この部屋にいるのは誰だ! ……って、多っ!?」


 そして、いきなり扉が開け放たれると、一人の騎士然とした男が警戒した様子で入って来るが、侵入者の多さに思わず驚きの声を上げていた。


「あ、ヴェルガさん。お久しぶりです」


 ……あぁ、ヴェルガってあいつか。


 たしか、この世界にて、一番最初にイオの戦闘訓練をしていた。


 会ったのは、再びイオがこっちの世界に来た時だったか。


 ふむ、あの時よりかは少し強くなっているが……何かあったのか?


「な、い、イオ殿!? なぜここに……? あと、ミオ殿もいる? と言うか、その後ろにいる者たちは一体……」


 あたしの疑問をよそに、ヴェルガはイオだけでなくあたしの存在に気付くと、見知らぬ人物たちがいることに疑問を漏らしていた。


 まあ、突然見知った人物と全く見覚えのない人物がいりゃ、そう言う反応になるわな。


「えーっと、とりあえず、今って王様はいますか? 後ろの人たちのことは、そこで説明しますので」


 ヴェルガの質問に対し、イオは苦笑いを浮かべながら、国王のクソ野郎がいるかどうか尋ね、もしいるのなら国王に会ってから話すと言外に告げる。


 一瞬面食らったヴェルガだが、すぐに思考をなんとか戻し、頷くと口を開く。


「あ、あぁ、わかった。国王様は今は政務がある程度片付き休憩しているところだ。それと、姫様の方もちょうどいらっしゃる。すぐに謁見の間……よりも、これは食堂の方がよさそうだな。では、俺はすぐに知らせて来るので、イオ殿たちは食堂に行ってもらえる助かる」

「わかりました。ありがとうございます、突然のことなのに……」

「いや、気にしないで欲しい。イオ殿は英雄であり勇者殿だからな。どんな政務よりも、国王様にとっては、イオ殿の方が大事だろう」


 イオが礼を言うと、ヴェルガはふっと小さく笑みを浮かべてそう話す。


 まあ、ここでイオではなく仕事を優先するとか言ったら、このあたしがぶん殴っているところだが。


「あ、あはは……」

「では、俺はこれで失礼する。またあとで会おう」

「はい。どうしたの? みんな」


 ヴェルガが去り、ふとイオが後ろを見ると、そこには法の世界組がポカーンとした表情で固まっており、イオが小首を傾げた。


「どうしたのって……急に依桜がわけのわからない言語で会話しているものだから、びっくりしちゃったのよ」

「俺もだ。異世界って言うのは、本当なんだな。英語やドイツ語などとは、明らかに違っていたみたいだし……」

「やっべー、マジで意味がわからんかった……」

「ある意味、異世界の醍醐味だよね!」

「知らない言語を話せるなんて、やっぱり依桜ちゃんはすごいね」

「うんうん! 依桜ちゃん、英語とかも得意だもんね!」

「あ、あはは……」


 あぁ、そういやこいつらには『言語理解』がなかったから、イオとヴェルガのやり取りがわからなかったのか。


 となると、まずは『言語理解』を覚えることが先決だろうということをイオも思ったらしく、あたしと顔を見合わせると、まずは『言語理解』の習得をさせることにした。

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