第541話 買い物の裏側で
林間・臨海学校を終え、同時にあたしの禁酒生活が始まったが……本当に地獄だった。
その間、イオがアルコールが入ってはいないが、なぜか酒と同じくらい酔えるという謎の飲み物を手伝いの対価に渡してくれたんで、暴発せずに済んだ。
それから異世界へ旅行へ行く日が着々と近づき、遂に前日となった。
あたしはイオとメルたちの付き添いでショッピングモールへ買い物に来ていた。
「ねーさま、明日は異世界へ行くんじゃよな?」
「うん、そうだよ。メルはその時一緒に、里帰りかな?」
「うむ! 久しぶりに、魔族の国に行きたいのじゃ!」
「わかってるよ。だから、今日は準備しないとね」
「うむ!」
「イオお姉ちゃん、なにを買うの?」
「そうだね……とりあえず、必要な物とは言ったけど、買うのはほとんど衣類とかだけなんだよね。ご飯とかに関しては、向こうでどうにかできるからね。まあ、一人だけちょっと違うんだけど……」
イオたちが微笑まし気に買い物の話をしている裏で、あたしは酒や酒のつまみを選んでいた。
向こうにはこっちの酒がないからな。
やはり、酒こそ至高であり、旅のお供と言う奴だ。
「んー、これは必要だな……あとは、こっちもか。予算は潤沢。ならば、買えるだけ買う」
「師匠、あまり買いすぎないでくださいね? 飲むのもほどほどに」
あたしが酒を選んでいると、イオが小姑じみたことを注意をしてきた。
こいつ、本当にそういう部分がうるさいんだよな……。
「わかってる。一日十本程度で抑えるさ」
「いやそれも飲み過ぎですからね!?」
「は? 何を言う。あたしは散々禁酒をしたんだし、一日十本くらいは許してくれよ」
異世界への旅行へ行く前に期間が終わったんだから、あたしは向こうで自由に酒を飲む。
あと、向こうでも酒を買う。
「はぁ……まあ、禁酒をさせたのはボクですが、原因は師匠なんですよ? それと、禁酒が終わったからって、その反動で飲み過ぎると、体によくないですよ? いくら、師匠が規格外だからと言って……」
溜息を一つ、イオがあたしの健康面について口出ししてくる。
なんつーか、本当に小姑っつーか、母親? なんか、母親っぽいんだが? マジでなんなん?
「大丈夫だって。あたしを舐めるなよ?」
「ですから……って、師匠に言っても無駄ですよね……まあいいです。とりあえず、飲み過ぎなければ」
何かを言い募ろうとしたイオだったが、すぐに言っても無駄だと悟り、折れてくれた。
ふふ、やはりこいつは甘いぜ。
「わかってるじゃないか。んじゃま、あたしは適当に漁ってるんで、終わったら連絡くれ」
「わかりました。みんな、とりあえず、ボクたちは向こうへ行こっか」
「「「「「「はーい(なのじゃ)!」」」」」」
あたしがいても、あんまし意味がないので、あたしはイオたちと別れ、一人でショッピングモール内を回ることにした。
「んー、やはりここは刺身を買うべきか? 向こうでは流行ってねぇからなぁ……」
あたしが来たのは、鮮魚店だ。
様々な魚が売られており、ついつい目移りしてしまうほどの品揃えをしている。
やはり、魚のつまみと言えば、刺身だろう。
あとはフライもいいな、アジフライとか。
つーか、揚げ物系はマジで酒に合う。特にビール。
あれは犯罪的だな。
しかし、日本酒と合わせるんであれば、やはり刺身や枝豆と言った、日本の料理がいいと思う。
「ふむ……しかし、海であれば刺身は食おうと思えば食えるか?」
たしか、川魚を生で食ったらまずい理由は、そこに寄生虫がいるからだったな。
あたしなら、寄生虫程度大したダメージにもならんし、何よりこのあたしを食中毒にするとか無理だろう。
寄生虫なんぞ、体内に入り込んだ瞬間に即座に死滅だしな。
よし、じゃあ刺身も購入し、同時に向こうでもつまみは調達するとしよう。
「すまん、鮪とサーモン、あとイカに……あー、ハマチもくれ」
「あいよ!」
よしよし、魚はOK。
次は……肉料理か……ふぅむ、肉料理はいるか? あんましいらん気がするな……。
それに、肉に関しては最高級のA5ランクの国産黒毛和牛じゃない限り、向こうの世界の肉の方が美味いんだよな……魔物とか、普通に味いいし。
そういう部分じゃ、向こうの方が素材はいいか。
調味料や料理と言う意味じゃ、こっちの世界の方が美味いがな。
まぁ、結局のところどっこいどっこいじゃねぇかな。
「おし、次だ次」
肉料理はパスでいいだろう。
他に必要な物ってーと、何があったか……あぁ、枝豆を忘れていたな。
やはり、塩ゆでの枝豆は美味い。
なら購入と。
あとは……。
「ふぅむ、あんまりねぇな……」
異世界旅行と銘打ってはいるが、あたしからすりゃ里帰りみたいなもんだからな。
それを言ったら、メルも同じようなもんだが。
ニアたちは……あいつらは孤児な上に、誘拐されたとか言う酷い目に遭っている以上、旅行と言う面が強いだろうな。
頭に『大好きな姉との』という言葉が付くが。
今は楽しそうにショッピングを満喫してるっぽいしな、主にイオが。
あいつ、日に日にシスコンが重症化してる気がするんだよなぁ……この前とか、通学途中に同級生らしき男子と話している姿を見た時、殺気の籠った笑みを向けていたからなぁ……。
まぁ、相手は子供なんで、殺気に気付くことはなかったが……イオよ、さすがに小学生相手に殺気はやりすぎだろ。
とはいえ、あいつらが可愛いと言うことはあたしも認めるがな。
「少し小腹が空いたな……よし、フードコートにでも行くか」
なんとなく小腹が空いた気がしたあたしは、何か軽食を摂るべくフードコートへ向かった。
「ふむ、やはりクレープは美味いな……」
フードコートにてあたしが注文した物はクレープだ。
生クリームと果物の甘みと酸味、そしてそれをまとめる生地の組み合わせが最高だ。
向こうの世界にもアイスやらケーキなんかはあったが、なぜかクレープはなかったな……似たような料理ならあるんだがなぁ、ごりっごりの飯だが。
「スイーツ系も持っていくべきか……?」
食料に限らず、『アイテムボックス』に入れておけば風化や劣化は防げるしな……。
よし、これもいくつか購入し、持っていくとしよう。
「そうと決まれば……って、ん?」
不意に、あたしの『気配感知』に何かの反応が引っかかった。
それは、黒く淀み、悪意の塊のような……。
そして、その悪意の塊は、イオたちのすぐ傍にいる。
『きゃああああああああ!』
『うわぁ、な、なんなんだよあいつ!?』
『逃げろ! 逃げろおおおぉぉぉぉぉぉぉ!』
「ん? 騒がしいな……」
悪意の塊を感じ取った直後、辺りが騒がしくなり、ドガンッッ! という何かが衝突する音と共にショッピングモールが揺れる。
「ふぅむ、こりゃ愛弟子が何かに巻き込まれたか。だが……」
向こうは問題なし、だな。
しかしこの反応はなんだ?
少なくとも、魔の世界の存在じゃないことだけは確かだな……。
「謎の存在を誰かがこっちの世界に呼んだ? いや、それにしては術者らしき者の気配はないな……ふむ……」
ここは一つ、調査するかね。
あっちはしばらくイオに任せておけばいいだろう。
こっちはこっちで、なぜ現れたのかを確認するか。
行動方針を決めたあたしは、すぐに行動を開始した。
「なるほど、原因はこれか……」
何かあるとすればショッピングモール内だとあたりをつけたあたしは、『気配遮断』を活用してショッピングモール内を調査すると、あたしはここ最近でかなりの数見た物を発見する。
「空間歪曲……ここでもか」
そう、空間歪曲だ。
場所は、ゲームセンターのすぐ傍の通路だ。
基本的にベンチやソファーしかなく、魔法的な物は何一つ見つからん。
「ま、とりあえず、この空間歪曲は消すか」
調べてみたら、どうやら謎の存在はこれを通ってこっちの世界に来たみたいだからな。
まったく、厄介な話だ。
「まあいい。とりあえず、あいつの所に行くか」
あいつ、何してんのかねぇ?
そうして、イオの気配を辿ってイオがいる場所へ行くと……
「おい愛弟子。何してるんだ? さっきから」
そこでは、なぜかヤギ面で、胴体は人間っぽい黒い奴と戦っていた。
「あ、し、師匠!?」
『ん? 誰だ、アイツは』
「んー……あぁ、なるほど。お前はあれか。ここを襲撃した奴と戦ってんのか」
正直、関わっているだろうとは思ったが、どうやら戦闘中だったらしい。
ってことは、悪意の塊と感じた通り、辺り一帯に被害をまき散らすような奴だった、と。
はた迷惑だな……。
「そ、そうです!」
「で、能力とスキルによる索敵も掻い潜っているせいで、若干苦戦。だが、お前はある程度わかってるんだろ?」
「い、いえ! 微妙にわかってません!」
「チッ。だからお前はダメなんだ」
元気いっぱいに言うところじゃないだろうに……。
ってか、妙に余裕がないな、イオの奴。
……あぁ、なるほどな、そういうことか。
「まあいい。あとは、単純に建物やら客やらに被害が及ばない為に、力をセーブしてんだろ?」
「そうです!」
「なら仕方ないな。あたしが手を貸そう」
たしかに、そんな状態じゃ十全に力を発揮して戦う事なんざできないだろう。
だったらここは、師匠としてお膳立てをしてやるか。
「え、じゃあ、師匠が代わりに?」
イオが期待の籠った顔でそう言ってきた。
「んなわけあるか。あたしはあくまでも戦いやすいよう、手伝うだけだ。お前、最近はあまり戦闘もしてないし、ちょうどいい肩慣らしになるだろ」
だが、あたしがそんなことをするわけがない。
むしろ、修行の相手としてちょうどいいくらいだろ。
未知の奴ほど、ぶっつけ本番で戦えば、対応力や観察眼が養われるからな。
「え、えぇぇぇ……」
「どれ……【展開】」
あたしはイオへのお膳立てをするべく、結界魔法を使用した。
「え、えっと、師匠。何したんですか?」
一体何をしたのかわかっていないイオが、恐る恐ると言った様子で尋ねて来るので、あたしは優しい師匠だから答える。
「いやなに。どれだけ激しく暴れても、物が壊れない結界を少々。後ついでに、ここら一帯にいる人間全員にも、邪神クラスの奴が本気で攻撃しない限り死なない防御魔法をな」
こうすりゃ、あいつも最大限の力で戦えることだろう。
それにこの魔法、神気も込めてるからかなり頑丈だしな。
それこそ邪神の配下とかそう言ったレベルの奴じゃなけりゃ破壊なんざできねぇし。
「……」
『な、なんだアイツ。とんでもねェ結界と防御魔法を一瞬で展開しやがった……!』
イオは頭の痛そうな表情を浮かべ、悪魔は冷や汗を流し戦慄していた。
ふむ、あいつは理解してるっぽいな。
「ほれ、続きをしな。相手は見た感じ悪魔だろ? なら、聖属性魔法が一番手っ取り早い。あたしは家に帰って明日の準備を済ませたいんで、さっさとしな」
あの外見にちらっと見えた攻撃方法から、あいつは悪魔だろうな。
昔、天使の奴から色々聞いたことがあるんでな。
そうか、悪魔が来ていたのか……。
「あ、は、はい! え、えっと、と言うわけらしいので、続き、しましょうか」
まったく、気の抜けたセリフだなぁおい。
イオらしいと言えばらしいが。
『なんか調子狂うが……心置きなく戦えるってことだよな?』
「ああ、そうだな。悪魔」
戦えるかどうか訊いて来たんで、あたしはその言葉を肯定する。
あたしの肯定を聞き、悪魔は悪人的笑みを浮かべる。
『よくわからんが、そりゃァありがてェなァ。んじゃ、嬢ちゃん。さっさと勝負つけようや』
「そうですね。ボクも、さっさと倒して、みんなとお買い物の続きをしたいので」
『んじゃまァ、行くぜ!』
仕切り直しと言わんばかりに、再びイオと悪魔が激突した。
ってか、お前の願望妹との買い物かよ。
「ふぅ……なんとかなった、かな?」
それからは割とあっさり決着が付き、イオは血の付いたナイフを『アイテムボックス』にしまい込み一息吐く。
そのタイミングを見計らい、あたしはイオに声をかける。
「お疲れさん、イオ」
「あ、師匠。なんとか勝てました」
こいつ、何気に返り血が付いた状態で笑顔で言いやがったよ。
いろんな意味で怖いな、こう、ヤンデレっぽくて。
「なにが何とかだ。まだ余裕あったろ、お前。あと、『分身体』を使えば、一瞬で片が付いただろうに」
「あはは……やっぱり、バレてました?」
てへ、と可愛らしく舌をぺろっと出す仕草を見せるイオ。
くっ、可愛いなこの野郎……。
「当たり前だ。大方、これ以上目立つような行為はまずい、とか思ったんだろ? お前は目立つのが苦手だからな。なるべく、辛うじて問題ない範囲で魔法やら能力とか使用したんだろ? 面倒な生き方だ。あたしなら、速攻で消し飛ばすんだがなぁ……しかも、逃げられてるし」
それに、周りの被害はガン無視できるしな。
この程度の建物なら修復ができるし、人間の方も結界を張れば一発だ。
だが、イオにそんなことができる精神性なんか無い。
ほんと、面倒な生き方だよ。
「いいんです。ボクはボクなんですから。無駄な殺生は好まないんですよ」
「ま、それもそうだな。……さて、問題が残っているな」
ちらり、と別の方向を見つつ、あたしは問題が残ってるとイオに告げる。
「問題、ですか?」
「ああ。とりあえず、周囲を見な」
「ふぇ?」
くいっと周りを見ろと指で示すと、イオは呆けたような表情で周囲を見回した。
『『『おおおおおおおおおおおおおおおお!』』』
そんな周囲では、歓声が上がっていたがな。
「お前、派手に戦闘していたからな。そりゃ、こう言う反応にもなるさ」
少し笑いながらあたしがそう言うと、イオは自分のしでかしたことに気付き、その場に頭を抱えてうずくまった。
その時、あたしはイオの体に起こった変化を見逃さなかった。
先ほど、悪魔との戦闘で受けたであろう白い背中に切り傷があったんだが、どういうわけか、少しずつ再生しはじめていた。
あたしは、それを見つめる。
自己再生……こいつがそんな高度な治癒魔法が使えるわけがねぇ。
いや、そもそも暗殺者の能力にそんなもんはないし、自己再生自体スキルにはない。
あるとすれば、それは種族の固有能力として、なんだが……どういうことだ?
やっぱ、あいつの子孫だからなのか? それとも……。
「さて、イオ。あたしがこの状況をどうにかしてやろうか?」
いや、今は考察は後だ後。
今は、頭を抱えて蹲るイオをどうにかしなきゃ、だな。
「ど、どうにかってぇ……?」
「なに。簡単なことだ。お前の戦闘に関する記憶を、この場にいる一般の奴らから消してやろうかと」
「お願いしますっ!」
あたしの出した解決方法を聞くなり、イオはまるで神に対して拝む信者のように祈るように頼み込んできた。
「即答か。……まあいい。弟子のアフターケアも、師匠の務めだな。……【削除】【散開】」
パチンッ、と指を鳴らしつつ【削除】と唱えると、今までの歓声が嘘のように鳴りやみ、周囲の奴らが首をかしげて、なぜここにいたのかと疑問を持ち始める。
だが、誰一人としてそれを思い出すことはなく、不思議そうな顔でその場から離れていった。
ちなみにだが、今し方あたしが唱えた【散開】ってのは単純にこの場から離れさせるためだけのものだ。
「ほれ、どうにかしたぞ。電子の海の方は……まぁ、どうにかするか。ちょっと前に応用技術も得たしな」
「え、どうにかって……」
「ほれ【情報削除】」
「えっと、何を?」
「さっきのことに関する映像や写真は全部消した。ネット回線を通じて、ダウンロードした奴の物もな。まあ、さすがにUSBだとかSSDみたいな、外部の記録媒体に入れられたものは不可能だがな」
やはり、神気は便利なもんだな。
やりたいと思ったことがある程度できるからな。
……やっぱ、そろそろこいつにも教えるべきかもな。
「……師匠、普通の人はそんなことできません」
そんなイオだが、あたしがいましたことに対して、ジト目を向けて来る。
「なに。あたしだからな」
ふっと笑みを浮かべあたしがそう返すと、イオも諦めたように笑った。
その直後。
「ねーさま!」
「イオお姉ちゃん!」
「イオ、おねえちゃん!」
「イオねぇ!」
「イオお姉さま!」
「……イオおねーちゃん!」
「わわわっ! み、みんな」
突然メルたちが現れ、一斉にイオに抱き着いた。
相変わらず、愛されてんなぁ。
「大丈夫だった? 怪我はない? どこか痛いところは……」
「大丈夫じゃ! ミオが防御魔法で守ってくれたからの! それに、ねーさまも戦ってくれたわけじゃから!」
「よかった……これでもし、みんなに怪我があったら、ボクはさっきの悪魔がいる世界に乗り込んで、皆殺しにしているところだよ」
イオの物騒すぎるセリフに、あたしは最初に出会った頃のことを思い出して思わず苦笑いを浮かべた。
……こいつ、やっぱメルたちのことになると、途端にヤバい奴に変貌するな……。イオの最大の逆鱗は、メルたちかもしれないな……。
イオの逆鱗を再認識しつつ、あたしたちは買い物を再開した。
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